第4話『忌まわしき過去』①
薄暗い夕闇の中、母と共に木々の中を駆け抜けていた。山中なので、道が狭い上に砂利や石で着地が安定せず、全速力とはいかない。そんな中、背後からは複数体の怪物が追って来ている。
広い地帯に出て、追い付かれるというところで決断したのは母だった。彼女は走るのを止め、優と追手の間に立ち止まった。真っ黒い怪物がもう目前に迫っている。
「母さん!」
「行きなさい、優。貴方だけでも生き延びるのよ」
「そんな……」
「速く!」
母の悲壮な表情は、優の足を動かすに十分だった。彼は走った。母がどんな目に遭うかは想像するだけでも恐ろしかったが、その期待を裏切りたくなかった。優は後ろを振り返らずに走った。
ずっと追って来る足音が聞こえる。何処まで逃げれば良いのかわからない。母はどうなったのだろう。「絶対に諦めない」が信条の優だが、現実離れした悪夢のような展開に心が折れそうになる。
その時、もはや暗くなった空から銀色の輝きが流れて来て、優のすぐ脇に落ちた。驚いて横を見ると、銀の仮面、銀の装束を纏った怪人が立っていた。闇の中でもそのまばゆい輝きは直視するのが辛い程だったが、この怪人には不思議と恐怖を感じなかった。
「ここは任せろ。行け!」
彼はそう言うと、優を追って来ていた怪物に向かっていく。そして、目にも止まらぬ速さと凄まじい攻撃力であっという間に三体を撃破した。怪物達は頭や手足、胴を砕かれ、完全に動かなくなった。
逃げろと言われた優だが、あまりの圧倒的な強さに思わず見とれていた。怪物を倒した戦士が優に近付いてくる。
「逃げろと言っただろう」
「あ、ありがとうございます」
優は礼を言った。そして、思い出したかのように
「母が……母が僕を逃がして捕まっているんです。お願いです。助けてください」
と懇願した。戦士は首を振り、
「言った筈だ。もう手は出すな! 戦いに未熟者はいらない」
優を振り払って背を向けて行ってしまった。
「待ってくれ! 俺は……」
「待ってくれ!」
もう一度叫んだ時、優は自分がベッドの上で寝ている事に気付いた。夢を見ていたのだ。
「先輩! 大丈夫ですか」
傍らに咲がいた。心配そうな顔でこちらを見ている。
「ここは?」
「N県立病院です。先輩は昼過ぎにこの病院の前に倒れていたんです」
「俺が? 病院に?」
窓から見える景色はもう真っ暗だった。戦ったのは午前中だった筈だから、ほぼ午後丸々寝ていたのだろう。優は状況を思い出そうと記憶を辿った。銀の戦士が二体の怪物を倒した後、自分を試すといい、向かっていったものの簡単にのされてしまい、気を失ったのだ。おそらく、その後、彼が気絶した優の身体をここまで運んだのだろう。
「何となく状況はわかった」
優は思い出した事を咲に話した。
「そうだったんですね。でも、無事で良かった」
「無事なものか。数か所負傷しているし……」
と言いながら、優は自分の身体の異変に気が付いた。怪物や銀の戦士にやられた箇所の痛みが全くない。
「おかしい。傷が癒えている。昨夜の駐車場での戦いの負傷部分もだ。全く痛くない」
優は腕を回しながら首を捻った。
「スーツの力ですかね?」
「いや、そんな治癒能力はない。もしかすると、彼が何か施してくれたのかも知れん」
「彼って……今教えてくれた銀色の戦士ですか」
「彼も地球の人間ではないからな。そんな特殊な能力を持っていてもおかしくはない」
「でも、先輩を攻撃するなんて酷いです」
「彼なりの優しさかも知れないな。未熟者の俺が戦うのを諦めさせようとするのはわかる気がする。俺だって集中する為、戦っている時は桜花が傍にいない方が良いと感じるのと一緒だよ」
優は銀の戦士に冷たく突き放されたものの、そう信じたい思いもあった。
「まあ酷い言い方」
咲は頬を膨らませるが、
「悪い意味じゃない。戦っている最中に近くにいるかと思うと、心配で気持ちが乱れるんだよ。彼からしたら、俺みたいなのにうろちょろされたら、自由に戦えないっていう思いはあるのかもな」
「そういう事ですか。確かに足手まといになっちゃいますもんね」
「でもな、桜花が頑張れって言ってくれるのは、力になるんだ。だから感謝はしている」
「うふふ。そう言われると、私も少しは役に立っているんだと実感出来ます」
咲は嬉しそうに妙な笑いを浮かべた。
「で、桜花はどうしてここへ?」
「あの風間さんが、先輩が病院にいると教えてくれたんです。あの人、私達の事を何もかも調べている感じですね」
「そうだな。俺が戦っている事までわかっていたようだったし」
「でも、あの人酷いんですよ。最初、駐車場の騒ぎを見て、逃がしてくれたじゃないですか。車で区役所まで送ってくれたのはいいんですが、あとはご自由にとか言って、放り出して行っちゃったんです」
「ふうん」
区役所は大学から車で十分以内の距離にある。確かに大学まで行けるバスはあるし、その気になれば歩いてでも行けるので交通の便は悪くないが、咲をそんな所に置いて、風間自身は何処へ行ったのだろう。あの情報収集能力としつこい性質からして、ひょっとしたら現場に戻って来て、戦いを見ていたのかも知れない。
「それで、私もそんな所にいても仕方がないので、もう一度大学へ向かおうと歩いていたら、風間さんから電話が来て、先輩がこの病院に運ばれたって……」
「……という事は、彼は銀の戦士が俺を運ぶのを見ていたって事になるな。少なくとも、桜花と別れた後、何らかの形で俺の動きを追っていたのは間違いない。むう」
優は唸った。風間という探偵、かなりのやり手だと認めざるを得ない。既に相当な部分、もしかしたら優達が知らないような事まで調査が進んでいるのかも知れない。
「それはそうと、先輩は昔からその……銀の戦士を知っているんですね?」
「ああ」
優は頷いた。風間という怪しい人物や銀の戦士が出現したこともあり、そろそろ咲にも全部話す時かも知れない。
「なあ、桜花。ここって食事は出るのかな。お腹空いたな」
「入院だから出るんじゃないですか。私もペコペコです」
「食べずに俺の様子を見ていてくれたのか。ありがとな。そしたら食事行くか。こういう病院って、食堂みたいな所あるよな。俺が奢るよ、病院の飯で申し訳ないが」
「先輩、大丈夫なんですか」
「ああ、さっきも言ったようにダメージはない。食べながら少し話を聞いてくれないか。銀の戦士の事とか、過去に何があったか、ここまで来たら桜花にはちゃんと話しておきたい」
二人は立ち上がって、病室を出た。看護師に身体の状態を説明して了解を得て、病院の最上階にある食堂へ向かった。
N県立病院は十階建ての総合病院で、最上階に展望ラウンジや食堂があった。二人で入った食堂からは、大都会ではないがN県の夜景が綺麗に見えた。
「こうやって見ると私達の街も結構美しいんですね」
「そうだな。田舎とはいえ、やっぱり街中はビルもそれなりにあるしな」
夜景の感想を語っている間に注文した料理が運ばれてきた。優はカレーライスを、咲はミートソースのパスタを頼んだのだった。
「じゃあ食べながら聞いてくれ。俺も人に話すのは初めてだ。少し思い出しながら話すよ」
カレーを口に運びながら、優が語ったのは次のような話だった。