39話:喪失と守護の相克
ナルヴァーンが死亡し、オドロマが倒れた。ナルヴァーンの部下達は自分達の敗北を悟り、逃走に集中する。
ナルヴァーンが倒れても、人質の利用が逃走のための有効な手段であるのは変わらない。そのためにマフィア達は聖浄の生徒達を拘束しようとするが……
「──ッ!!」
「てめぇ、このガキィ!!」
人質の少女が一人、マフィアに激突し、そのままの勢いで何かをマフィアから奪った。
「あの子、なんて無茶を……! だけど奴らの注意が逸れた、仕掛けるぞ!!」
マフィア達が少女に奪われたモノは余程大事なモノだったらしく、マフィア達の視線は少女に石透雪夏に釘付けだった。
(やっぱり、大事なものだったんだ! この石……オカマの人が戦う前に、部下の人に渡してたからそうじゃないかって)
「返しやがれ! 死にてぇのか!! ぶっ殺すぞ!!」
金属の棘を生み出す固有魔法を持つマフィアが声を荒らげる。彼であれば無能力の少女一人、片手間で殺せるはずだが、あきらかに能力の使用を渋っており、雪夏を走って追いかけるに留まった。
(魔法を使わない? そっか、この石を壊したくないんだ! 急いでここから離れよう、みんなが無事に逃げられたら、わたしも逃げよう)
雪夏は全力で駆ける。行き先は半壊する校舎、今にも天井や壁が崩壊しそうな危険地帯だ。雪夏は自分の向かう場所が危険であることを分かっていたが、自分の選択に、行動に迷いなどなかった。勇気、マフィアに捕まり殺されずとも、崩落する校舎に潰され死ぬかもしれない、雪夏は心の中の冷静な自分に「行けば、死ぬ。やめた方がいい」何度もそう言われた。
けれど雪夏は止まらない。雪夏は誰にも死んで欲しくなかった。自分以外の誰かが居なくなることが、嫌で嫌で仕方がなかった。雪夏は誰かに命の危険がある度に、どうしても思い出してしまうことがあった。
それは雪夏が中学の時に死んだ、雪夏の父の事だった。雪夏は父親の事が大好きだった。母親の冬姫が焼き餅を焼くぐらいには、何かあればお父さん、お父さんと、今日はこういうことがあった、お父さんはどう思う? と、毎日話した。
雪夏は父親に褒められるのが好きだった。雪夏は自分が何か良いことや、良い成績を残せば父が必ず褒めてくれるのをしっていた。
雪夏は父親に甘やかされて育ったと言える。かけっこで一番だったと言うだけで、雪夏は父からノーベル賞だとか、オリンピックの金メダルだとか、偉業を成したかのように褒め称えられた。
雪夏は早い段階で父が大げさな人間で、その評価が世間とはズレのあるものだと気づいたけれど、それはそれとして褒められるのが嬉しかった。そんな環境で育った雪夏だったが、意外にも慢心することはなく、前向きに自分から努力をする子供に育った。それは勿論父に褒めてもらいたかったから。
しかし、雪夏の父は死んでしまった。いつも通り「行ってきます」と元気よく家を出て、そのまま帰ってこなかった。返って来たのは、棺と父の亡骸で、損傷が激しかったソレは、大量の縫い後があった。普通ではない死に方をした、雪夏はそれをなんとなく察した。
親戚のおじさん、おばさんも、母親も、誰も雪夏に答えない。父がどうして死んだのかを。雪夏はそこで初めて気がついた。
(わたし……お父さんのこと……何もしらない……)
もう父がどんなことをしていて、どんな風に生きてきたのかを、本人に聞くことはできない。雪夏がどれだけそれを望んでも、あるのは後悔だけ。もっとお父さんと、お父さんの話をしたかったと。
雪夏は父親に褒められたくて頑張っていた。褒められるために生きていたとも言える。だからこそ、その父が死んで、何をどうすればいいのかが分からなくなってしまった。心にぽっかりと穴が空いて、自分の心と体が同期しない。泣きたくなくても涙は流れ、学校に行こうと思っても、体が動かないのだ。
母親である冬姫もそんな状態で、むしろ雪夏よりも酷い状態だった。何も食べず、弱っていく母親を見て、雪夏はこのままでは母親まで死んでしまうかもと思った。
(お母さんまで死んじゃったら、お父さんは嫌だよね……お父さんが育てたわたしは、ここで悲しみに潰されたら駄目なんだ。わたしは、証明するんだ。お父さんが今まで育ててくれたから、わたしは立派になれたんだって、胸を張って言えるように!)
雪夏の決意は、雪夏の動かなくなった体を再び動かした。弱った母親を慰め、世話をして、学校に登校した。
笑顔で友達に接した、例え心の底から笑えなくとも。
涙を流す代わりに笑った、例え不安に押しつぶされそうでも。
無理をしていた、雪夏は父親が死んでそれからずっと、無理をしていた。昔は思うがままに自動で動いた体を、手動で動かさなければならないような、ボロボロな状態でも頑張り続けた。
雪夏は無理をしても、それを気づかせないように振る舞えたから、誰も気が付かなかった。
けれどただ一人、気づいた者がいた。それが黒凰不知だった。
無理をしなくていい、頑張らなくて良い、ただそこに居てくれるだけでいい。いつか言った不知のそんな言葉は、雪夏の救いとなっていた。それだけで、雪夏の心は軽くなった。
不知が天然を発揮し、おかしなことを言うと雪夏は素直に笑うことができた。そこには偽りも、無理もない。ただそこに居てくれるだけでいい、そう思ったのは不知だけではなかった。雪夏が不知に対して思うことでもあった。
(失われてしまう命はきっと、誰かにとっての、わたしにとってのお父さんや不知くんと同じ。側に居て欲しい、まるで心の前提条件みたいな……いなくなったら悲しいじゃ済まない、だから嫌。誰かが、死んでしまうのは)
雪夏は全力で校舎を走ったが、実験室の手前に来た所で立ち止まる。進む先にはマフィアがいた、もう進むことができない。そこに追いかけてくるマフィアが来て、雪夏はマフィアに挟まれる形となる。
(足の速さには結構自信あったんだけどなぁ……)
マフィア達が雪夏を取り囲もうと、にじり寄る。マフィア達の手にはナイフ、銃、あるいは魔法。雪夏は自分の死を予感する。
『──俺は君が死んでしまったら、寂しいじゃ済まないよ……』
雪夏は不知の言葉を噛みしめるように思い出していた。
(わたしは馬鹿だっ……! わたしだって嫌だ……わたしが死んで、不知くんが悲しい思いをしたら……なのにわたしは……わたしだって死にたくないのに……不知くんと、もっと一緒に、いたかったのに……足を踏み出せば、こうなるかもって、分かってたのに……)
雪夏は涙を流し後悔した。雪夏はもう父の偉大さを証明するためだけに生きてはいなかった。ただ不知と共に過ごすことが楽しくて、自分の人生のために生きていた。だからこそ、雪夏は自分の命が涙を流す程に、大事になっていた。
不知と出会わなければ、雪夏にそんな後悔は生まれなかった。人のために死ぬのなら、それは本望であると納得してしまったことだろう。
「た、助け──」
「──うおおおおおおおおお!!」
──ドガシャアアン!!
マフィアの一人が半壊した校舎のコンクリート片で頭部を殴打される。何者かが、雪夏を襲わんとするマフィアを奇襲した。
「り、理事長……!? ど、どうして……こんな危ない所に……」
理事長と呼ばれた痩せ型の男は震えながらも、拳を構えて答えた。
「子どもは未来だ。それも誰かのために命を掛けて行動できる、勇気ある子が死んでしまったら、それは未来の大きな損失だ。もうすぐ助けが来る! 頑張れ!!」
聖浄学園を創設し、理事長として学園を運営する男、浪川藤五郎、それが雪夏を窮地から救った男だった。
──バギオオオオオオオオン!!
理事長が現れ、また新たな乱入者が現れる。その男は、校舎の壁を熱で溶かし割り、青白い光を纏ってやってきた。
「──な、ナイトメア・メルターなん──」
男はマフィアが絶望しきる時間すら与えなかった。理事長と雪夏以外の者は、一瞬のうちにナイトメア・メルターの触手に溶断され、細切れとなり、即死した。
「両手が塞がっているものでな、手を煩わせることもできない」
ナイトメア・メルターは両脇にプラチナムスタックこと白夜少年と、補充の半魔体ことレルヴィスを抱えており。プラチナムスタックはナイトメア・メルタータクシーの乗り心地が最悪だったのか、震えていた。
「っぶ、ちょ、何言ってるの? え? もしかして、今のってジョーク? ナイトメア・メルターって天然なの?」
「なっ、俺は天然じゃっ! あっ……俺は天然だッ!!」
(あ、あぶねーッ!! 雪夏に誘導されるところだった……ここで俺がいつもの調子で天然を否定したら、危うくナイトメア・メルターの正体がバレる所だった……)
「え……?」
困惑する雪夏と理事長。
「うおっほん!! それはそうと、お前達、怪我はないか?」
「わたしは大丈夫、ですけど……」
「ああ、僕も怪我は大丈夫だ。でも彼女は精神的ショックがあるように見受けられる。君が彼女を安全な所まで運んでくれたら助かるのだが……」
『怪我をしてないなら、この理事長とやらが雪夏を運べばいいんじゃないのかね? 上に立つ人間というのは、人を使うのが当たり前になりすぎて堕落しとるんじゃないか?』
(まぁいいじゃないか、こいつは雪夏をマフィアから助けてくれたようだし。それはそうと両脇に二人を抱えた状態で三人目、どうやって運んだものか……)
『お前には便利なピロピロがあるでしょう? これこれ』
クロムラサキがナイトメア・メルターの背に生えた帯状の触手をツンツンする。ナイトメア・メルターは頷き、ピロピロで雪夏を巻き取ると、学園の者達が避難する公園へと走りだした。
「──行ったか……いやぁ良かった良かった。危ない所だった……」
理事長が誰もいない実験室に入り、瓦礫の散乱した床から、細々とした破片を取り除く。
──ダン!
そうして綺麗になった実験室の床を、理事長が踏みつけると、床材の一部が浮き上がる。理事長は床材が浮き上がってできた隙間に手を差し込むと、中にあったリング付きのワイヤーを勢いよく引っ張った。
──ギィィィ。
木の軋むような音が鳴り響く。実験室の壁が開き、別の部屋への入り口ができた。
表向き、実験室には隣の部屋など存在しない。しかし何もないはずの空間に、その隠し部屋は存在した。
理事長が隠し部屋に入ると隠し扉は閉まり、まるで何事もなかったかのように元通りとなる。
「あんな所で暴れられたら、僕のアトリエが駄目になる所だったよ。いい材料が手に入って、インスピレーションが湧いてきた所でこれだ……現実とはままならないものだねぇ、君もそう思わないかい?」
理事長が、痩せ型の男が、手足のない、胸像のような姿となっている少女に語りかけ、その頭を優しく撫でた。
「はい、ワタシもソウオモイマス、マスター」
人形よりも無機質な、虚ろな目で、少女が答えた。
「けど、そうか……白夜は僕を裏切ったのかぁ……全く、あの子は……どうせ僕からは逃げられないというのに……ナイトメア・メルターに僕の正体がバレるのも時間の問題……か……バレたら生き方を変えなきゃいけないのが面倒だね……まぁいいか、その時はその時だ」
痩せ型の男は机の上にある仮面を手に取る。罅の入ったタイルの仮面を。
タイルの仮面が男の顔を覆った時、仮面からタイルが流れ出るように溢れ、男の体を包んでいった。
──聖浄学園理事長、浪川藤五郎/クラックタイル。
「ああ、歯痒い……どこまでも邪魔な男だよ君は、ナイトメア・メルター!! あいつを殺せるだけの力がない自分に、苛立って仕方がない……僕の白夜まで奪うとは……何故だ、どうやって白夜の心を支配したッ!!」
クラックタイルは激怒し、机を叩きつける。どんなに強く机を叩き、大きな音を出そうとも、この音が部屋の外に伝わることは決してない。クラックタイルのアトリエは完璧な防音処理と、独立した空調システムにより、臭いも音も、光も遮断している。
完全な秘匿空間で、クラックタイルは白夜の裏切りのことを考える。何故白夜が裏切ったのかを……しかしクラックタイルが正解にたどり着くことはない。
クラックタイルには人の心がない。理屈や言葉は分かっても、心は分からない。だから白夜が自分を裏切った理由が分からない。
レルヴィスに苦痛を与えようとも、白夜は自分の家族で、家族はどうやら特別らしいので、嫌がっているように見えても、最終的には特別に自分の行動を肯定し、自分のことを優先してくれる。そういうシステムだと、クラックタイルは本気で思い込んでいる。
家族は特別で強い絆を持つ、一番大事。そんな概念を言葉通り受け取るだけで、概念の中にある意味を、感覚を理解できない。
だからクラックタイルにとって現実は、確率によって振れ幅があるだけ、自分が望む結果になるのも、ならないのも、単なる確率。
クラックタイルからすれば、裏切りも確率、一定の確率で白夜は裏切るだろうと思っていた。理由はよくわからないが、経験上、人は人を裏切るものであり、世の中に絶対も必然もないと思っているから、家族という特別の枠組みに白夜を入れても、低確率で裏切ると思っていた。
「どうして僕の思い通りにならないかなぁ? やっぱり努力が足りないのかなぁ? 確率を上げていくための努力が……もっと頑張らないといけないねぇ」
少しでも「良かった!」「続きが気になる!」という所があれば
↓↓↓の方から評価、ブクマお願いします! 連載の励みになります!
感想などもあれば気軽にお願いします! 滅茶苦茶喜びます!




