33話:ビッチVSダークーヒーロー
戦いは戦闘だけではありません。
「お前の話を聞いてたらすっかり午後だな。もう学校はいいや、丁度平日の昼間だし、ラフトスキップに出没するという例の女の調査を行おう」
『学園に連絡ぐらいはしておけよ? 詮索されるのも面倒だし』
「分かってるよ」
不知はスマホで学園に体調不良で休む旨を伝え、そのまま自宅を出る。
(今日来てくれると助かるけど、あんまし期待しないでおこう。来たらラッキーぐらいで……──!? あ! きたきたきた!! マジか……いいのか? こんなにあっさり)
『なんとまぁ……こうも思惑通りに事が進むとどこかで揺り戻しが来るんじゃないかと不安になるね』
不知がラフトスキップの店内が見える位置にあるカフェで小豆ぜんざいパフェを食べて監視してすぐのことだった。例の警察官と如何わしい関係を持っているというロリータファッションの女がタクシーでラフトスキップにやってきた。
(とりあえずは接触せず、様子見だな。監視して移動したら後をつけて住居や活動拠点を記憶する……────────っく、中々買い物終わらないなこの人……よく来るんだったらすぐに買い物終わるんじゃないのか? 何をどうやったらこうも長くなるんだ?)
『どうも店員と立ち話をしているようだぞ。セフレ? がどうだのあーだのをずっと言ってて、店員も困っている。あの女も自分の行いが歓迎されていないのは理解しているようだが……店員を困らせることを楽しんでいる節があるな』
(カスみたいな客だな……そりゃあ俺達に情報漏洩でヤバイやつだって言いたくもなる……けど悪いな店員さん、俺はあなたを助けることはできない、耐えてくれ)
店員が犠牲となり、例のビッチは買い物を終える、そのタイミングでラフトスキップの店前に一台のワンボックスカーが止まる。窓は真っ黒な遮光シートでべったりで、車の中を確認することは不可能、やましいことをしますと宣言しているかのような車だった。
ビッチがワンボックスカーに乗ると車は移動を始めた。不知はビッチがスマホで誰かに連絡していた段階で車が来ることを察していたので、ビッチが車に乗り込む段階でカフェでの会計を済ませ、車を追跡する準備を終えていた。
不知の追跡方法、それはシンプルに走って追いかけるというもので、安物のジャージと目出し帽を被った不審者スタイルで全速で車を追いかけた。ナイトメア・メルターのスーツを着用しないのは、ナイトメア・メルターがこの女に関心を持っていると悟らせたくないからで、スーツは不知の背負ったリュックの中にしまってある。
一旦スピードが乗れば、不知は一般道を走る車程度なら追い越せるスピードを出すことが可能だ。一般人はビルの上を猛スピードで飛ぶように移動する不知に気づくことはない。
気づく存在があるとすれば実力のあるヴィランやヒーローになるが、今回は誰にも補足されず、ビッチを乗せた車の目的地までたどり着いた。
(如何わしい女と聞いていたしホテルかどこかに止まるのかと思ったがそうじゃないんだな。これは……なんだ? 不動産事務所的な所か? もしかして、如何わしい事の後にラフトスキップに来てたのか? タクシー代を貰って……あーそうか、だからセフレがどうとか、そういう話で店員さんに長話をしてたんだ)
『……不知、あの女……単なる淫乱女なのか? あの女が車を降りる時、出迎えの男たちが建物から出てきたけど……女に頭を下げていた……あの集団の中で偉いヤツなんじゃ?』
(偉いやつ? そうなのか……? なんだろう、ヤクザとかマフィアの偉い人の愛人とか恋人とか……? えーでも、その愛人が他の男とそういうアレコレをするのを許すのか……? 少なくとも金を稼ぐ目的でそういったことをする必要はなさそうだが……金目的じゃないってなると……この女が単にスケベでそういったことをしたいだけってことになる……そんなことがありえるのか?)
『いやそんなことがありえるのか? と言われても私に分かるわけないだろう!? もしかしたらパートナーがそういったことに肯定的だったり、好きだったりするのかも』
(えっ……!? そ、そんなことがありえるのか!? 自分の恋人が他人に取られるのが好きだなんて人間が存在するのか……? り、理解ができない……)
『だから私だって分からないって言ってるだろう!? もういいから、とりあえずあの女を探ろう』
(そうだな、仮定の話ばかりしても意味がない。真実は自分の目で確認すればいいことだ)
不知は事務所の外壁についた通気孔をプラズマの力で溶断して開けると、中へ入り込んだ。そのまま内部を慎重に、音を立てないように進んでいく。少し進んではプラズマで小さな穴を天井に空けて下を確認、確認が終われば進む、そうやって黙々と進んでいく。
(穴を開けるまでもないな、声が聞こえる!!)
とは言いつつも不知は通気孔から天井に穴を空け、ちゃんと目でも確認を行う。不知は女が男たちに爪の手入れをさせている姿を目視する。
「で? あの変態男はなんて言ってるの?」
「は、はい! これからはこちら側の企業と連携し、連携した企業には手を出さない契約で資金を集めろとのことです……」
(変態男……? 企業と連携? 連携したら手を出さない代わりに金を……変態男は謎だが……なんかあれだな……まるでヤクザだとかマフィアのみかじめ料みたいな……というかそれそのものか?)
「ふーん、じゃあ警察の方もこっちと合流して企業を管理するっていう感じになるのかなぁ~? けど資金なんて集める意味ある~? だって~今は食べ物でもなんでも、使ったらなくなるのは全部勝手に補充されるでしょ~? うちらが補充の半魔体の半分を抑えてるんだから、もう働かなくてもいいじゃん。うちはずっとエッチだけしてたいのにな~」
「上は補充の半魔体の力を独占したいんじゃないですかね? あれの力で街を支配するみたいな。どのみち補充の数は無制限じゃないですし、格差は生まれるっすよ。やっぱ格差が生まれるなら、上に立ちたいですよ」
(……この感じ……この女は裏社会のお偉いさんのオマケってわけじゃなさそうだな。こいつ自体がこの建物の組織のトップで、周りの男たちが部下……けど補充の半魔体……そんなの初めて聞いたぞ……でもよくよく考えるとそうだよな。この異七木市は外の世界と隔絶されているのに、資源が枯渇する様子は見られない……明らかに異常だ……異七木の外で作られたような既製品が入荷し続けているのは……その補充の半魔体とやらのおかげというわけか)
ナイトメア・メルターは女の話した補充の半魔体の話が気になり、スーツの一部を解除、学生服のポケットから黒豆の菓子を取り出す。ナイトメア・メルターのプラズマの光で少しだけ黒豆のパッケージを照らす。
(日付は……昨日買ったのに消費期限切れてるじゃないかこれ……でも古い感じが全くない……日付は古いけど新しいのか? まるで過去から持ってきたみたいだ……補充の半魔体っていうのは、そういうことなのか?)
「あれ? なんか今光らなかった~?」
(やべっ……! そういや、天井にちょっと穴を空けてたんだった……)
──ドゴォ!!
「バレたのなら仕方ないな」
ナイトメア・メルターは通気孔をぶち抜き、そのまま女のいる部屋に着地する。
「ぷ、プラズママン!?」
「なっ……まさかその名で呼ばれるとは……俺が一番嫌いなバリエーションだ……」
ビッチにプラズママンというマイナーなあだ名で呼ばれ、落ち込んでしまうナイトメア・メルターこと黒凰不知。
「えぇ!? そうだったの~? ご、ごめーん。うちはプラズママンがおバカっぽい響きで好きだったから……けどなんだっけ? な、ナメナメマンだっけ? 正式名称」
「違う!! ナイトメア・メルターだこの馬鹿!! 全く、どういう間違え方だ……一体何をナメナメするって言うんだ……」
「え、何をってそりゃぁ、ねぇ?」
ビッチが自分の胸と股を抑えだした。
『なんだよこれ……馬鹿しかいないのか……』
(なんだこれ、馬鹿ばっかか?)
クロムラサキとビッチの部下達の思いがシンクロする。
「冗談だってば~。だってあなたうちのセンサーに反応しないしきっと好みじゃないでしょ? そっちが頼み込んで来るなら考えてあげなくもないけどね~」
『なっ、この女!? うちの子に何てことを言うんだい!? だ、大体好みじゃないってどういうこと!? 不知の顔はカッコいいんだよ!? 見てもいない癖に!!』
(俺の顔ってクロムラサキから見てもカッコいいのか……よく言われるけど、俺は人の美醜がよく分からないから、まるで実感がわかないな……)
「センサー? まさか……この状態でお前は俺の素顔が分かるとでも言うのか!? そういう固有魔法能力なのか……?」
「あっはは! プラズママンて天然ちゃん?」
「俺は天然じゃなあああああい!!」
天然扱いされて反射的にブチギレてしまうナイトメア・メルター。ビッチの部下達はドン引きして後退る。
「ごめんて、天然ちゃんて天然扱いされるの嫌だもんね~? 別にセンサーは魔法じゃないよ~? 単にぃ、女の本能的な? 匂いとか感覚的なもので、大体相手が自分の好みかどうか分かるの。それで、プラズママンはぁ、うちの好みじゃないんだなって分かったの。プラズママンて、イケメンでしょ? イケメン好みじゃないんだよねぇ~うちってば」
「なっ……イケメンが好みではない……? ならばお前は何が好みだと言うんだ?」
(この反応……ナイトメア・メルターはイケメンか……)
ナイトメア・メルターの反応により、ビッチの部下達はナイトメア・メルターの正体がイケメンであることを察してしまう。
「うちの好みぃ? えっと……やっぱりぃ、モンスターみたいな、キモい、ブサイクな人が良いかなぁ~ああいう化け物みたいなのに犯されるのが好きなんよね~あぁ、うち化け物にやられちゃってる……っていうのが好きでぇ、ガッツンガッツン乱暴にされるのがいいんだけど。心まで暴力的なのって思ったよりいないのよねぇ、丁度いい塩梅のが……」
「な、なんてこった……こんな女が実在するのか……まるで都市伝説だが……妖怪か?」
「もう! 妖怪って失礼ね! けどそういうわけだから、うちに相手されたいなら、もっと化け物みたいな見た目になって来てくれる?」
「別に俺はお前に相手されたいわけじゃないのだが……それよりも女、お前が言っていた変態男というのは、もしかしてクラックタイルのことじゃないのか?」
「え? そうだ──いぎッ!? っぐあ、ああああああああ!?? 痛い痛い痛い痛い……! 頭、われちゃう……っ、やめ、やめてええええぇえええ!!」
「おい! ナイトメア・メルターてめぇ! 千虎様に何をした!! 早く解除しやがれ!!」
クラックタイルの名を出した瞬間、ビッチ/千虎が苦しみだした。千虎の部下達はナイトメア・メルターがこれを行ったのだと、疑いの目を向け、戦闘態勢に入る。
「これは俺の仕業ではない……だが、前にもこういったことを見たことがある。俺が倒したダントウを知っているか? あれを捕らえて拷問していたのだが、アレもクラックタイルの名を出した瞬間に苦しみだした。おそらく……この女も何者かによって、魔法を仕込まれているのだろう。クラックタイルの情報を外に流出させないための、仕掛けだ」
「なっ、じゃあ結局お前が悪いんじゃないかよ!! 千虎様を助けろよ!! お前がやったんだから!! この人は俺達を助けてくれた、いい人なんだよ!!」
「い、いだ、い、ああああああ!!!?」
千虎の部下達は涙ぐんでいて、本気で千虎のことを思っているのが、ナイトメア・メルターには見えた。ナイトメア・メルターは体を跳ねさせ、激しく痙攣する千虎を見下ろし、見つめた。
「いいだろう、助けてやる。部下にこれだけ思われているということは、裏の人間であっても、少しは良識があるってことだろうからな」
ナイトメア・メルターは千虎に近づき、その掌を彼女の額に当てた。
ナイトメア・メルターの掌からプラズマが発生し、プラズマによる光を魔力的な状態へと移行する。ナイトメア・メルターはその光で千虎を苦しめる原因、脳に仕掛けられた固有魔法を焼き、消滅させた。
「あ、ああ……う……あ……お……き、きもちぃ~……ガクッ……」
「き、気持ちいい? なっ、なんてヤツだ……あまりにもタフ過ぎないかこいつ……なぁ、お前達、こいつの治療をしてもいいか? 俺にはそういった心得もある」
「え……? ナイトメア・メルター、あんたは医者かなんかか?」
千虎の部下達はナイトメア・メルターが千虎を助けたことを理解したようで、ナイトメア・メルターに対する敵意を消し去った。
「医者ではないが、捕らえた悪党達を拷問したり治療したり、飯を作ったりしてるうちにやれることが増えた。そして、まるでファンタジーな話だが、万能回復役の精製にも成功した。これを使えば、この女の脳へのダメージも修復されるだろう」
「の、脳へのダメージだって!? そんなに深刻なのか!?」
「同じ魔法を仕掛けられていたダントウは脳にダメージを受けていた。この女の耐久性が異常に高い場合は別だが、この回復役を使わなければまずいだろうな……」
ナイトメア・メルターはスーツの腰ベルトにつけられた弾丸ポケットから銃弾のような形状をしたビンを取り出す。その中には黄色い液体が入っており、ナイトメア・メルターはその液体を気絶する千虎の口に注いだ。
「お前達、この女のことを思うなら、この女を拘束しておけ。この回復役には副作用がある、全身が痒くなるんだ。この長い爪で全身を掻きむしると、跡が残る……だから痒みが治まるまでは、拘束したほうがいい」
「あ、ああ……分かった……」
千虎の部下達はナイトメア・メルターの指示に素直に従った。部下達は事務所のどこからか拘束具を持ってきて、ベルトと医療用ベッドで千虎をガチガチに固定した。
「さて……この女が目を醒ますまで暇だな……本でも読むか……」
ナイトメア・メルターはそう言って部屋の本棚から本を手に取ろうとするが──
「これ……官能小説ばっかじゃないか……まぁいいか、俺には絵付きより文章だけの方が没入感を得られるし。思うよりもいいかも知れない」
ナイトメア・メルターは千虎の使っていた革張りの高級椅子に座り、彼女の私物であろう官能小説を読み始めた。
『よ、読むんだ……』
(読むのか……)
クロムラサキと千虎の部下達の心はまたしても同調してしまうのだった。しかしナイトメア・メルター/不知には関係のない事、彼はマイペースに官能小説を読み進めるのだった。
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