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32話:妖怪と神



「ふぁーあ、あ!? もうこんな時間か……遅刻だ」


 朝の朝、不知が目を覚ますと彼のスマホはAM10時の時刻を表示していた。不知は前日夜更かしをしていたわけではない、むしろ早くに寝ていたが、完全に寝坊してしまった。


「こんなに寝るなんて久しぶりだな……」


『お前は最近ずっとよく眠れていなかったものね。きっと昨日緊張の糸が切れて、疲れが一気に出たんだろうさ』


「そうか、そういうこともあるか……──えっ!?」


 クロムラサキの言葉に納得し、クロムラサキの方を見た不知は目をこすり、これが現実であるかどうか、夢や幻覚じゃないかと確かめる。


「クロムラサキ……その姿……シルエットだけだけど、形がハッキリ分かるようになってるじゃないか……なっ、なんでだ?」


 クロムラサキは未だクロとムラサキで塗りつぶされた影のような感じだが、今までと違ってその姿形がハッキリと見えた。霧やもやのような状態ではなく、明らかな人型、それも2m程はあるだろう女性、否、少女の姿をしていた。


 体は大きいが、身体のバランス的には成人女性のそれではなく、少女が巨大化したような感じで、右手は指が五本あるのに、左手には三本の指しかなかった。左手の人差し指と薬指がない。


『どうやらお前が幸福を感じ、癒やされると、私の傷も癒え、再生するようなんだ』


「俺が癒やされるとお前が再生する? 一体どういう理屈だ?」


『昨日のお前は辛そうじゃなかった、楽しそうにしていた。それを見ていたら、なんだか私の心も温かくなって、安らいだんだよ。だから昔の形をなんとなく思い出せたんだと思う。まだ完璧にではないけど、きっとこれからお前が幸福を感じて、私が癒やされたなら……いつか完全な形を取り戻して、記憶も復活するだろう』


「俺が幸福を感じると、お前も幸福になるってことか? どうして……? 俺とお前が繋がってるからなのか? でもそうか……記憶も姿も、お前は取り戻せるんだな。俺はずっと、お前から一方的に助けてもらってるだけだったから、お前の役に立ててよかったよ」


『私に一方的に助けられてる? きっとそれは違う……逆なんだ……そんな気がする。昨日の事がきっかけで思い出せた記憶は良いものじゃなかった……私は良い存在ではないんだ……』


「聞かせてくれ。無理にとは言わないが、俺はお前のことが知りたいんだ」


『分かった、思い出せた記憶を、お前に話そう。私は今お前達が生きている異世界【アン・ドゥアル・レゼド】から、お前達が元いた世界へと流れ着いた存在だ。遠い昔、私は消えない炎に燃やされ、絶え間ない苦しみの中にあった。苦しみから己の死を願っても、不死である私は死ぬこともできず、強い悲しみ、怒り、憎しみを抱えていた。だけど……私はそういった負の感情で、世界を穢したくなかった。だから逃げた……私が恨む者のいない、恨むことのできる存在がいない場所へ、誰も私を知らない場所へ』


「じゃあお前は……憎しみで他者を傷つけなくなかったから、一人別世界へ旅立つことを決めたのか……憎んでいた存在がいたんだろ? 復讐してやろうとは思わなかったのか?」


『私がこの世界に向けていた感情は憎しみだけではなかったからね。復讐の道を選び、自分が愛おしいと思う存在を戦いに巻き込んでしまうのが嫌だったんだよ。とにかく、傷ついた私は異七木の地に流れ着いた。孤独と苦しみ、憎しみ、悲しみで、私の心は荒んでいた……なんというか、投げやりで粗暴だったのを憶えている。私に興味を持ってやってきた人々を怖がらせて追い出したりしたものだ。しばらくすると、私は妖怪扱いされていた』



◆◆◆



銀手童ぎんてわらべじゃああ!! みんな逃げろー!! 髪を燃やされるぞー!」


『うるさい者共だ。私の家に近づくなといっておるだろう!!』


 青と緑の炎で燃える大きな子供、その者は銀手童と呼ばれるように、その妖怪の手は銀色の金属でできていた。銀手童は自分を燃やす炎を手にとっては投げ、人々の髪の毛にぶつけて燃やし、脅かすことで己の縄張りから人々を追い出した。


「ゆ、許してくだされぇー! もうここしか水を汲める場所がないのです! 水がないと、わしらは何もできず、死ぬしかありませぬ……」


 歯の抜けた爺が泣きながら銀手童の許しを請う。そんな爺の姿を見て、銀手童は炎を投げるのをやめた。


『水がないだと? 水があればお前達は私の縄張りに来なくて済むのか? なら言ってみよ、なぜ水がないのだ』


「化け物みたいにデカいイノシシが狂って、わしらが使っている水場を荒らし回っているからです。その……銀手童様も恐ろしいですが、だーれも死んだ人はいませんでしたので……死ぬよりは髪を燃やされる方がマシだと……申し訳ありません」


『そうか、ならそのイノシシとやらの所へ私を案内せよ』


「え……?」


 予想外の言葉が返ってきた爺は困惑するものの、銀手童の言葉に従い、彼女を狂った大猪の所まで案内した。


 その水場にいた大猪の目は赤く光っており、牙が黒曜石のように輝いていた。猪は己の強さに慢心し、銀手童や爺が来ても気にもとめなかった。


 淡々と、人の屍肉貪り食い、腐敗した地を小川に撒き散らしていた。


『これがイノシシというモノか? 可哀想に、呪いで我を忘れたか……こっちにおいで、楽にしてやる』


 銀手童がそう言って手を大猪に向かって伸ばすと、大猪は銀手童を見つめ、怯え、震えた。大猪に取り憑いた呪いが、銀手童が自分よりも遥かに格の高い存在であることに気づいたからだ。


「グヒィイイイイイイイ!!!」


 呪いが銀手童に怯え逃げようとする一方で、大猪の体、元の魂は救いを求め、銀手童の元へ向かおうとする。大猪は体の殆どを呪いに支配されていたが、最後の最後に力を振り絞り、呪いに抗う。これでダメなら自分はもう駄目だ、そんな覚悟が大猪にはあった。


 大猪は生きたいと願い、全力で駆ける。呪いが向かいたいのとは逆の方向へ、そうしてついに大猪の体は真っ二つに千切れ、割れてしまった。


 千切れた大猪の下半身には、大猪の中にあった呪いの全てが集まっていた。逆に上半身は穢れなく綺麗な身をしていて、大猪の顔は穏やかだった。大猪は自分が死ぬことを理解していて、涙を流していたが、それでもできることをやった、悔いはない。そう言っているかのような表情をしていた。


『頑張ったな、お前の魂は全部無事だ、お前には続きがある。さぁお前の新しい体だよ』


 銀手童はそう言うと金属で出来た手で小川の近くにあった大岩に触れた。


 すると信じ難いことに銀手童の手で触れられた大岩は生き物のように、あるいは水のように滑らかに動き、形を変え始めた。大岩は魚となり、トカゲとなり、鳥に、亀、犬、次々と形を変え、最後に人の形となった。


 そして大猪の上半身から輝く光の球が飛び出し、大岩から出来た人型の中に入り込んだ。そうして男の人型は目を覚ます。耳の上から猪の牙のような角を生やした人型は、銀手童を見つめると大泣きした。


「ああ、ああああ!! ああ! ああああ!!」


 その人型は言葉をしらず、話すことができなかったが、それでもこの者が口から出す音で銀手童に何を伝えたいのかが、この場にいる全ての者には理解できた。ありがとう、ありがとうと、感謝の言葉をひたすらに繰り返していた。


「こりゃあ……銀手童は神様だったのか……大岩と猪で鬼を産んだ……猪もわしらのことも助けてくれた……なんて優しい神様なんじゃ……みんなに伝えんと!!」


 爺は自分が見たことの全てを村の人々に伝え、銀手童を神として祀ることにした。そんな彼らを邪険に扱う銀手童だったが、彼らからお供物の作物や宝を持ってこられると、次第に大人しくなり、人々の願いを叶えるようになった。


 猪の鬼は銀手童に懐いて離れようとしなかった。猪の鬼は銀手童の役に立ちたくて仕方がなかった。銀手童は誰にも守られる必要はなかったが、猪の鬼はいつも銀手童を守ろうとしていた。護衛であり世話係であり、親に甘える子供のようでもあった。


 銀手童は孤独ではなくなった。けれども、銀手童の体は消えない炎で燃えたままで、苦しみは確実に銀手童の心を蝕んでいた。


 ──自分のことを炎で燃やしたあの者達を殺してやりたい。そんな復讐心が、もう自分では抑えられない程に溢れてしまった。そうして銀手童が異七木の地の神として憑き、数百年が経った頃。銀手童は自分を崇める者達にこう言った。


『お前達を守ってやる代わりに一番良い子を貰うよ。私を焼いた者達を殺すための生贄だ』


 一番良い子を貰う。復讐のために、銀手童は生贄を求めた。それは銀手童が自ら求めた最初で最後の望み、最初で最後の生贄だった。



◆◆◆



『私は自分の復讐のために生贄を求めた……その望みを私が口にした時……私は自分の大切な何かを失った、変わってしまったように感じた。悪しき存在になってしまったと、強い後悔が、後になってから押し寄せたのを憶えている。きっと私は……一番良い子を……生贄に、犠牲に……復讐するために使ってしまったんだ……』


「きっと……? 待ってくれ、その言い方だと良い子が手に入ったのかどうか、手に入ったとして、どうなったのかは憶えてないってことか?今日お前が思い出したこの記憶は、お前の過去の記憶の一部分でしかないんだろう? 切り取られた一部分だけ見たって、真実は分からないさ。お前が生贄を使って何かをしたとは限らないじゃないか」


 頭を抱え、落ち込むクロムラサキを不知は元気づけようとする。子供のように怯え、うずくまるクロムラサキの頭を撫でようとした。


『え……? 不知、お前……私に触れられるのか……?』


 不知はクロムラサキの体に、触れられた。頭を撫でたれた。それは今までできないことだった。クロムラサキは誰にも触れられないはずだったが、少なくとも、不知は触れることができるようになっていた。


「みたいだな。俺はお前が復讐のために誰かを犠牲にしたとは思えない」


『気休めは良い……だって、だって……私の体はもう──燃えていない!! 苦しみがない……これはきっと……一番良い子の生贄を……使ったってことなんだよ!! それに……私だって憶えているぞ、私はお前と契約する時……お前にナニカを殺してくれと頼んでいた!! そんなことをお前に頼むヤツが……良い存在であるはずがない!!』


「記憶が全て戻れば答えは出る。それまでは、お前の過去の真実は分からない。俺はただ……なんとなく思っただけなんだ。お前が誰かを生贄にして、自分の目的を果たすようなヤツとは思えないってさ。根拠なんてないけど……お前は、誰かを犠牲にするぐらいだったら、迷いなく自分が傷つく道を選ぶ、そんな風に見えた。じゃなきゃ……自分の復讐心を遠ざけるために別の世界に旅立ったりなんてしない」


『だといいな……』


「ああもう! そんな落ち込むなよ! どのみち過去は過去だ。俺達には今がある、やるべきことがあるんだ。お前がそんな調子じゃ、俺の目的だって果たせなくなってしまう。俺は雪夏を絶対に守りたい、だからもしも、お前が自分の過去の罪に押しつぶされそうなら、いくらかは俺は背負ってやる」


『黙れ馬鹿!! 罪を背負うだと!? 不知! 気軽にそんなことを言うな! もし私がとんでもない大罪人だったらどうするんだよ!!』


「お前こそ俺を舐めるなよ!! 俺は! 雪夏を守るためだったら、世界を敵に回したっていいんだ!! お前が本当に大罪人で世界の敵だったとしても、俺はお前の罪を背負ってやるって言ってんだよ!!」


『うぅ……不知……お前というヤツは本当に……愚かで、優しい子だね……』


 クロムラサキの頬を涙が伝う。それは魔力の幻影だったが、不知にはハッキリと涙が見えた。相変わらずクロムラサキの表情は見えないが、クロムラサキが落ち着きを取り戻しているのが不知には分かった。





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