30話:クラックタイルの影
「まさかお前の精神力がこれ程までとは……これ以上はどれだけ拷問を行ったとしても無駄に終わりそうだ」
「ぜぇ……はぇ……あぁ? 拷問が無駄だって分かったら、次はなんだ? 僕を殺すのか……? そうかぁ、じゃあお前は僕から情報を取れなかったわけで、僕の勝ちだ!」
不知はナイトメア・メルターの姿でダントウこと肋木堂馬の拷問を行っていた。勿論不知の父の部屋でだ。その拷問は肌を削り、電気と刺激物によって激痛を発生させるというものだったが……肋木堂馬はそれに耐えきった。今回の拷問で数回目だったが、堂馬の精神はまるで摩耗していなかった。
拷問によって堂馬から情報を得ることを諦めた不知はゴミ箱の中、ジェルで固定された堂馬の治療を行うことにした。ゴミ箱から四肢を失った堂馬を取り出し床に置くと、汚物で汚染されたジェルをプラズマで焼却、ゴミ箱を風呂場で洗浄すると、ゴミ箱に水を入れる。
そして不衛生な状態にある堂馬をシャワーで洗い始めた。
「なっ……なにをするつもりだ!!」
「あの部屋は筋ダルマがいるだけでもクサイのに、お前までクサイとなると……俺の気も滅入る、拷問のためにわざと不衛生な状態にしていたが、本当はさっさと綺麗にしたかったんだ……よし、洗い終わったし、次は循環システムを構築するか……」
不知は例のゴミ箱にポンプと洗浄システムを取り付ける。どちらも不知が八童子なんでもサービスの作業場から持ち帰ったもので、勿論燕児から許可を得ている。
「これでお前が汚れたら水が出てお前を洗い、清潔を保つことができる。あとはこれの実験もしておくか」
不知はそういうと黄色い謎の液体の入った霧吹きで堂馬に液体を噴きつけた。
「っぶ、ぶえっ、なんだよこれ!! せっかく洗ったのにクサイじゃないか!!」
「これは時間が経てば気にならなくなるはずだ。この液体は筋ダルマの体液から分離抽出した回復薬だ」
「はぁあああああああああ!? んな汚ぇもんを僕にふきつけるなよ!! それに、体液ってなんだよ!! なぁ!? これ黄色いじゃんか!!」
「おで、汚くないぃ! お前嫌い!!」
堂馬の罵倒に切れる筋ダルマ、最近は意識もはっきりしてきていて、不知にも懐いている。エサをくれる人と認識しているようだった。
自由はないが食事を与えられ、安全を確保されたこの環境で、意外にも筋ダルマは大人しくしていた。
「ヤツの血液とおしっこだな。分離抽出したから不衛生ではないぞ、気分は悪いかもしれないが……おそらく俺が拷問で傷つけたお前の傷を癒やすはずだ」
「はぁ……? あれ……そういや、傷がなんか……かゆ、かゆいいいいい!! くそ、かけない、手がないいいいいい!! うわあああああああ!!! かけない、お前のせいでええええええ!!!」
「はははっ、俺が苦心しながら行った拷問より、こっちの方が余程効果的だったみたいだな。おお……傷が、再生してきている……免疫が反応して攻撃するってこともないようだな。単に代謝が活発になって神経が刺激された結果、痒みが発生しているのか」
「うわあああああ!! 何笑ってるんだ! このサイコ野郎がああああ!!!」
マジギレする堂馬、当然である。
「しかし不可思議だな……俺の拷問を余裕で耐えた精神力の持ち主が、俺に情報を与え、裏切ることに忌避感を抱いた? お前に指示を出した黒幕を、何故そこまで恐れた? 俺が思うに、お前ならば何があっても黒幕を恐れることはなさそうなんだがな……何か処理でも施されているのか?」
「処理……? 僕が……あいつらに何かされてるって言うのか? ……けど、そうだな。確かに変だ……どうして僕はあそこまで裏切りによる制裁を恐れた? 僕は家族のことも嫌いだし、殺してくれるなら、そうしてくれて構わない、人質は意味をなさない……」
「ほう? そう言えば家に言われてやりたくもない学者をやっていたと言っていたものな。家族は嫌いにもなるか……だがこうなると、お前がなんらかの力によって思考、認知を歪められているのは間違いなさそうだな……歪み、行動パターンの制限、誘導か? そうなると筋ダルマも同じ人物によって誘導されて、学園を襲ったのか?」
『不知、誘導操ったとなるとクラックタイルがやった可能性もあるんじゃないのかい?』
(クラックタイルは男である俺の人形にすることを嫌がっていたし、堂馬や筋ダルマを操るとは思えないが……意思がある状態で、人形にしないのならいいのか……? うーん、なんだかしっくりこないんだよな。そもそもこいつらが操られている状態ならば、俺達の居場所、正体も敵にバレているんじゃないか? クラックタイルの能力の詳細が分かっていないし、断定はできないが……クラックタイルとは方向性が違うように思えるんだ。自由を奪うという意味では同じなんだが……まるで思考をロックされているような……頑固さを感じる)
「精神に作用する魔法能力者が、敵に存在する可能性……それもクラックタイルとは別の……」
「ッグ!? あぁッ!? なんで、お前、その名前を!! 知ってるんだよ!! なんで、なんでその名を口にしたァ!! ああ! ああああ!! うわああああああああ!!」
──ガタガタガタガタ!!
不知がクラックタイルの名を口にした瞬間、堂馬は発狂し、激しく痙攣し始めた。明らかな異常反応、堂馬に仕掛けられていた何かが発動した。
「ああああああああああああ!!!」
「なんだ……? いきなりどうしたんだ!!」
不知は痙攣する堂馬の体を支えると、堂馬の体温の高さに驚いた。
「体温が上昇している……? 40度どころじゃないぞ? これでは……脳機能に異常をきたしてしまう……クソ! イチかバチかだが!! やるしかないか!!」
不知は冷蔵庫から大量の氷をバケツに入れて持ってくると堂馬の入ったゴミ箱に氷を敷き詰めた。
「駄目だな、体内温度が中々下がらない……待てよ? これが魔法能力によるものなら……魔力運動、つまり──魔力反応が強い箇所が、魔法能力の適用された発動箇所だ! だが俺に感じられるのか? 魔力を……」
『不知、お前ならできるよ。だってお前は──この世界に来るよりもずっと、ずっと前から、人の魔力を見てきただろう? 人やモノのカタチが、魔力の波にしか見えなくなる程に』
クロムラサキの言葉に不知は目を見開いた、気がついた。
不知が絵や文字を描こうとしても書けなかった理由、ノートに書き込んだデタラメな文様の正体に。
「はは、そうか……あの景色は、魔力の波だったのか、同じものだと思えば、絵を描こうとすれば見えるじゃないか!! 分かる、分かるぞ!! 魔力というものが!!」
不知はナイトメア・メルターの手で堂馬の頭を掴むと掌からプラズマのビームを発射した。ビームは不知の狙った箇所、堂馬の脳、魔力が活性化した箇所を的確に焼く。その傷は最小限で、魔力運動の流れのみを断ち切った。
魔力の流れが切断された結果、堂馬の痙攣は止まり、体温は平常時に戻った。
「ふぅ……うまくいったな。とりあえず氷をどかして、こいつを温めないとな……今日は色々やるつもりだったけど、無理そうだな」
◆◆◆
日曜日の休日、朱玲音の自宅、朱玲音は自分の部屋で警察署から持ち帰った警官達の私物を調査していた。部屋に鍵をかけ、テーブルの上に私物を並べながら、朱玲音は私物の一つ一つを見ていく。
「スマホはロックが掛かってるから、アタシじゃ無理ね、誰か専門技術を持ってる人に頼まないと……となるとあとはメモと”コレ”か……」
朱玲音がコレと呼ぶモノ、それは警官と不倫相手、もしくは性的なサービスに従事する女性との性行為の写真だった。
朱玲音は不快感を憶えつつも、これも調査のためだと自分に言い聞かせて、写真をしっかりと見ていく。
「警官の方の顔が写ってることは殆どない、精々ガラスとかテーブルの反射、映り込みがあるぐらい……けど左手は写ってる、その左手に大きな傷跡……これは何か刃物で切られたような感じ……女性の方は、金髪でこれは……コスプレ? それとも私服? なんだかロリータファッションをしてる写真が多いわね……これなら、この女性の方の特定は可能かもしれないわね」
朱玲音はテーブルの上に並べた証拠品を片付けて棚にしまうと、自分のスマホを手に取り、電話を掛け始めた。
「ああもしもし、論道だけど、今から一緒にラフトスキップに行けないかしら? ああ、ラフトスキップはロリータファッションを取り扱っている店よ。例の件で手がかりが見つかるかもしれないから一緒に来て欲しいのよ。ほんと? ありがとう、協力感謝するわ」
朱玲音は電話を切って身支度を始めた。
◆◆◆
「論道先輩こんにちは! けどロリータファッションの店って、俺が入ってもいいんでしょうか? 先輩だけの方が事がスムーズに進みませんか?」
「歓迎はされないかもしれないけど、別に問題はないでしょう。アタシは意識できていることしか情報として拾えないけど、黒凰くんなら見落としなく記憶できる」
今は電車が通る事のない異七木駅で、朱玲音と不知は合流する。駅という機能を失って活気の無くなった異七木駅には人が殆どいない。朱玲音が待ち合わせ場所として活用したように、目印程度の意味しかない。
「なるほど……けどそれなら俺に警察署から拾ってきたのを見せてくだされば、そっちも全部記憶でき──」
「──ダメダメダメダメ! あんなのを完全記憶なんてしちゃダメよ!! アタシはもう18だからまだいいけど、あなたはまだそうじゃないでしょ? それとも、そういう如何わしいのが見たくてしょうがないのかしら? 男の子ってみんなエッチだって聞くし」
「俺はエッチじゃありません! 他の男子と一緒にしないでください! 俺は人の外見で性的な興奮を覚えることができないんです」
「え、そうなの? でもダメよ。視覚情報で興奮することがなくとも、そういったシチュエーションだとかで、想像力が刺激されてエッチな方向に向く可能性は十分ありえるわ!」
「なっ……確かに……そうか……シチュエーションと、それから想起される妄想……そういう方法があるのか」
『まぁ実際お前は雪夏の部屋の箪笥に隠しカメラを仕掛けていた時、雪夏の下着を見て、彼女が活動しているのを想像して興奮していたしね』
(うっ……仮に性的に興奮をしていたとしても! 俺はそれを解消していないからセーフだ。俺は雪夏を守るために、結果的に下着を見てしまっただけ、そこに邪な目的はない、だからセーフなんだ……!)
クロムラサキに痛い所を突かれた不知は自己暗示のように、俺はセーフだと言い聞かせる。しかし……部屋に忍び込んで隠しカメラを設置し、不知はその映像を早送りで毎日しっかり確認しているので、どこにもセーフな要素などなかった。
不知の言の通り、彼はその映像をそういったアレコレに使用はしていないが、不知は悶々とした落ち着かなさの中で毎日就寝している。
当然、不知と繋がるクロムラサキにはそのことが伝わってしまう。
『セーフではないけど、まぁ仕方ないよ。お前も私も万能ではないからね……責めるつもりもない、ただ……雪夏がその事実を知ったら、彼女がどう思うか』
(うわあああああああああ!! やめろ! それ以上言うんじゃない! 俺は正しくなくとも、雪夏を守らなきゃいけないんだ! 俺に雪夏に嫌われる可能性を自覚させるな、監視ができなくなって、あいつを守れなくなる)
「ちょ……黒凰くん? どうしたのいきなり……なんか苦しそうだけど……ま、まさか……妄想による刺激法を実践してるの?」
「ち、違いますよォ!! 急に悲しくなってしまっただけなんです……気にしないでください……」
「え、えぇ……?」
急にテンションがだだ下がりになってしまった不知を見て、朱玲音は「この子大丈夫かしら……? 情緒不安定? 脳に負った怪我の後遺症だったりするのかしら?」と思ったりした。
「先輩もう行きましょう。服屋を調査するんですよね? 早く終わらせましょうよ……」
「服屋の調査というより、そこに来る人間の調査だからそう時間は掛からないんじゃない……? アタシが写真を店員さんや常連ぽい人に見せて、見かけたことがあるかを聞いてくから、あなたは質問された人の表情だとか反応を記憶しておいて」
「えっ!? 写真を見せる? それってセーフなヤツですか?」
「何言ってるの? 当たり前でしょう? そんなアウトなヤツを見せて回ったらアタシが変態扱いされちゃうわ。少ないけどちゃんと普通の写真もあったのよ」
朱玲音はそう言ってロリータファッション店、ラフトスキップに入って、聞き込み調査を始めた。
──そして、朱玲音と不知が二人でラフトスキップに入っていくのを見ていた人物がいた。
「えっ……? 不知……くん? それと……ろ、ろろろ、論道先輩!? あ、あああアレって……でっ、ででででででで、デートだったりする!?」
雪夏は動揺のあまり、見ず知らずの通行人に質問してしまう。本当に偶然、偶々二人のことを目撃してしまった雪夏、彼女は母親と一緒にデパートに買い物に来ていた帰りだった。
「お、おおお、お母さん!! ちょっと服買いたいかもしれないんだけど!!」
「えっ、服ってあの店? 雪夏ああいう服好きだったっけ? もしかして……黒凰くんがそういうの趣味だったりするの……?」
「その可能性が……あるのかなぁ?」
「いやどうして疑問形なの? 変な子ねぇ……分かったわ、雪夏ちゃんがそこまで言うなら服買いましょ?」
こうして石透親子もロリータファッション店、ラフトスキップに入店する。ロリータファッションに興味のない者達が、何故か一度に4人も入店することとなった。
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