29話:共感と論破
なんだか長くなってしまった……そんな回
「よかった無事で、黒凰くん戻って来ていたのね……学園に戻ったら、あなたが帰ってきていないって言うから心配したわ」
夕方、と言っても朝の二日目であるため、朝のように明るい。不知はオドロマに対する妨害を終えて聖浄学園に戻ると、朱玲音を探し出し保健室にやってきた。保健室で朱玲音と合流した不知は話をするため人気ない空き教室へと移動し、朱玲音が空き教室の鍵をかけて話し始めた。
「すみません心配かけて……俺、雪夏を家に送り届けたので、先輩達を警察署の方に探しに行ったんですが、入れ違いになっちゃったみたいですね」
「えぇ? アタシ達の所へ? 危険だと分かってる警察署に戻ろうとしたの? そんなのダメよ、危ないでしょう? 助けを呼ぶとか、それまでならいいけど、ヒーローでもないあなたが直接来ても危ないだけだわ」
朱玲音は不知のことを戦闘能力のない一般人だと思いこんでいるが故に、不知の行動が考えなしに見える。実際不知が一般人であったなら、朱玲音の言うことは間違いなく正しいのだが、不知には少し思う所があった。
「警察を頼れない状況で助けを求めるって、ヒーローにですか? いくら警察が腐敗しているのが周知の事実だったとしても、警察署に殴り込みにいくヒーローがどれぐらいいるって言うんですか? さらに言えば先輩はヒーローでしょう? ヒーローが自警行為を行って死亡したり、負傷したりしても、それは自己責任で、自業自得扱い、助けに来てくれる確実性なんてない。だったら……確実に現地に行ける俺が先輩を助けるべきだと思ったんです」
『おいおい、実際は助けを呼びに行こうとすらしていなかったのに、よくもまぁここまで言えるものだねぇ』
(……それはそうだが、実際先輩の考えは甘い。ヒーローを助けるためにヴィラン個人と敵対するヒーローはいても、組織を相手にしようってヒーローは中々いない。組織と敵対すれば家族や友人を狙われる可能性が格段に高くなる。正体がバレていないのなら、まだリスクは低いが……相手だって正体を暴くのに本気になる)
クロムラサキになじられる不知だが、考えを改めるつもりはない。朱玲音が不知を心配するように、不知も朱玲音を心配していた。それは本心からくるもので、そこに打算はなかった。
「う……あなたの言い分も少しは認めてあげてもいい、でもね……黒凰くん、あなたが警察署に来て、アタシをどう助けるっていうの? 何ができると言うの?」
「先輩は俺のことを知っているでしょう? 完全記憶能力があるって。魔法が使えなくとも、物理的なアプローチなら俺は先輩を助けるぐらいできる。俺は異七木署に行くと決まった時から、あそこの攻略方法を考えてきた。外観から得られる情報だけでも、爆破に適したポイントの割り出しや、逃走経路の想定は可能です」
「爆破!? いやいや、いくらあなたでも、そんなこと……否定されたからってムキになるのはよくな──」
朱玲音の言葉を遮るように不知はバッグの中から地図を取り出し、机の上に広げた。
「これは異七木署周辺の地図です。赤の点が爆破ポイント、青の線が想定した逃走経路です。俺には完全記憶能力があるので、こんなもの必要ありません。俺はこのプランを使うと判断したら先輩に渡して説明するつもりでした」
「え……? これ、本当にあなたが? この赤の爆破ポイントって……」
「大体はガス缶とマンホールのある場所ですね。俺の計算でギリギリ警察署以外の被害が軽微で終わるポイント。どちらも俺の作った爆弾で爆破、誘爆させることで警察署の破壊が可能です。ヴィランがこれによって倒されることはないかもしれませんが、警察署が破壊されれば、敵はヒーローの増援や、敵対関係にある異特隊の可能性を考えて撤退するはずです。そうなれば先輩が逃げる隙は作れた」
不知は続けてスクールバッグの中から水筒を取り出した。その水筒には配線と基盤がビニールテープによってくくりつけられていた。そして不知はその水筒を朱玲音に手渡した。水筒を受け取った朱玲音は、水筒の中から異常な重さを感じ、それがなんとなく本物であることを察した。
(この子……思ってた以上にヤバイ子じゃない!? ば、爆弾作るって……アタシ、警察署をさりげなく調べるから協力してって言っただけなのに……なんでここまで……)
「ほ、本物なのは分かったわ……で、でも爆弾なんて、どうしてここまで……」
「先輩は分かっていない。ヒーローもヴィランも、魔法を使えない者からすれば、この爆弾以上のものを常に所持しているぐらい、危険な力を持っている存在だってことを。ここまでやって、初めて影響を与えられる。これより威力が低いと、きっと魔力で強化された肉体に危機感を抱かせるのは不可能でしょう。なぜヒーローやヴィランが、魔法という爆弾を持っているのに、魔法を使えない者がそれに対抗する力を持ってはいけないのです?」
『まぁ今のお前は魔法を使えるし、魔法を使えなかった時でも、他のヴィランやヒーローよりも強かったけどねぇ~……無力な一般人への感情移入をここまでするなんて、お前も演技派だねぇ、いや……一般人の魂を憑依させる降霊術だったりしてぇ~』
(う、うるさいぞクロムラサキ! さっき俺が言った言葉は、過去に俺が反魔法テロリストに言われた言葉だ。俺は魔法使えないけどって反論したけど、使えなくても対抗できるなら似たようなもんだろうって言われて説得できなかったんだよ……まぁ、そもそも俺はヤツの主張を否定できなかった……それもそうかと思ってしまった)
◆◆◆
「魔法を使う者は自覚しろ!! お前達は人と同じ心を持つ化け物だ! ボクは人という存在を最も恐れていた! だが今はそれ以上の存在がいる! 魔法を使わずとも世界を荒らし尽くした愚かな人類が! 力を手に入れたら、その先は破滅しか待っていない! だから魔法は消さなきゃいけない! お前達は生きた爆弾だ!! 俺が手に持つ、コレを常に持っているのと変わらないんだ!!」
過去の異七木で、不知は愚弄者として反魔法テロリストの名崎と対峙していた。名崎と愚弄者は電気街のビルの屋上で民衆達に見守られていた。
「……それは……そうかもしれないが……お前がその爆弾を使えば、死ぬ者の殆どは魔法を使えない者だ。お前のその行動が魔法を消すことに繋がるとは思えない……」
「は? お前は馬鹿なのか? テロリストと呼ぶ者の意見に納得してどうする! っち、調子を狂わせるヤツだ……お前は人間が何故魔法を使えるようになったと思う? ボクには確信がある、これは人を超えた存在、いうなれば神の如き存在が、この世界に来た人間に与えたモノだ。で、あるならば! そいつを呼び出し、ボクが説得することができれば人は魔法を使えなくなる」
「なるほど……だがなぜ爆弾を爆破することが、その神を呼び出すことに繋がる?」
「きっと、神が魔法を与えたのは……過酷なこの異世界で人を生き残らせるためだ。ボクにはアレが人を守りたがっているように見える。だけどダメなんだ、逆効果だ! こんな力を手に入れれば、人は自滅してしまう! だから……魔法の使えないボクが、魔法を使える者も、使えない者も、大勢殺そうとすれば、きっと止めに来てくれる。そうに違いないんだ!!」
一見すると名崎は尤もらしいことを言っていたが、そこに至るための根拠が乏しく、他人からすればどう見ても飛躍しているように見えた。だから誰も名崎の行動を認めたりはしない、精神のバランスを崩した犯罪者で、耳を傾ける価値のない者としてみなした。
「ま、待て……! 俺はお前と同じで魔法を使えないが、魔法が悪いものだとは思わない。お前が問題視しているのも、魔法ではなく、それを使う人の心の方なのだろう? なら……その心の方の問題を解決していけば……」
「っく! 黙れ愚弄者! お前のことなんて知ってるよ!! 魔法が使えなくとも、魔法を使うものに対抗できるのなら……! ボクからすれば魔法を使える者となんの変わりもない! 傲慢な視点で弱者を踏み潰すだけだ! そうして弱者が全て消えた後、次は強者であった者の中で強者と弱者が生まれる! 最後に残るのはただの一人、けど……強者であろうと一人では生き残れない……そいつも死ぬ、全部終わるんだよ! このままじゃ……! 本気でボクの言葉に耳を傾ける気もない癖に、ボクを惑わそうとするなよ!!」
名崎とまともに対話をしたのは愚弄者だけだった。そんな愚弄者の言葉は名崎の心に迷いを生ませた。心情的には名崎はすでに愚弄者が正しいかもしれないと思っていた。けれど……それまでずっと孤独だった名崎は先鋭化し、自分の行うことに使命感を感じるようになってしまっていた。
だから名崎は止まれない。使命に殉ずることが絶対の正義であると自分に言い聞かせ、迷いを断ち切った。名崎は爆弾の起爆スイッチを押した。
名崎は自身の立つビルを爆破、ドミノ倒しのように周囲のビルをなぎ倒しながらそれらのビルも爆破するつもりだった。
「──ッ!!」
しかし事が大きければ大きい程、生きた理不尽である愚弄者とってはやりやすかった。愚弄者は名崎が起爆スイッチを押すその寸前にビルの屋上の床を踏み抜き、穴を開けるとそのまま弾丸のように一直線にビルの内部へと飛び込んだ。
そうしてビルを倒壊させるための基点に仕掛けられた爆弾に、自身の体を当て、被さり包んだ。愚弄者は膨大な魔力によって自身の肉体を限界まで強化し、爆発のエネルギー全てを総身で受け止めた。
「え……? なんで……ビルが……倒れない? このビルが倒れないと……連鎖しない……まさか……嘘だろ……? あいつが、止めたのか?」
名崎の察した通り、爆発のエネルギーは全て愚弄者が受け止めていた。しかし……ビルの基点はしっかり破壊されていた。
だから──愚弄者がビルの基点として、己の膂力にてビルを繋ぎ止めていた。
「……っぐ、クソっ……流石に持たないぞ……体が、ちぎれそうだ……っ!!」
ギチギチ、ブチブチと愚弄者の全身の筋肉が切れる音が、誰もいないビルの地下で響く。誰も愚弄者が一人でビルを支えている事など知らない。ビルを支えていると予測ができたとしても、基点のある爆破ポイントの場所など誰も知らない。名崎の計画を突き止め、爆弾の設置箇所まで完全に予測できた者は愚弄者だけだったからだ。
愚弄者は黒凰不知としての力、完全記憶能力を使い、ビルの図面全てを記憶し、爆破ポイントを計算して割り出した。名崎の家を調べて試作された爆弾のパーツを見て、爆弾の種類を特定し、丸めて床に捨てられたメモからビルを連鎖的に破壊する計画を看破した。ついでに名崎の思想を調べるために名崎の蔵書もすべて読んで記憶した。
その思想書を全て読んでしまったがために、愚弄者は名崎の考えに理解を示した。若干の洗脳状態にあったが、愚弄者はそのことを自覚していない。
だから、爆破ポイントを知っているのは、愚弄者以外は名崎だけだった。
「……お、お、おおおお前! 何やってんだよ! 滅茶苦茶だ!! このままじゃ死ぬぞ!! それだけ頑丈なら、ビルが倒壊した方がお前は助かるぞ!」
名崎はまさかなと思いつつ、爆破ポイントへと走り、そこで愚弄者を発見した。
「っく……俺の心配をするとはな……実は……お前の部屋にあった蔵書を全て読んだ。それでなんとなくお前がどういった人間かは分かった」
「は……? こんな時に何言ってんだよ……!!」
「お前は真面目で理想主義者で……どうしたら人が幸福になれるのか、そればかりを考えていたんじゃないのか? お前の蔵書は全部……自分の幸福だとか、欲望に繋がるものが一切なかった。お前は……人の為に生きることにしか興味がない……だからこの計画も、きっとお前にとっては……人の為なんだろう?」
「え……?」
全くの想定外な事を言われた名崎は口をポカンと空けて、言葉を失う。
「……俺が……痛ってぇえええ!? ここまでッ!? するのはな……実は、好きな子がいるからなんだよ。友達や親友も大事だけど、多分あいつらのためだけだったらここまでしない。日常が消えて──~~ッ、あの子が笑えなくなってしまったら、俺は嫌だ。お前からすれば大義でもなんでもない、ちっぽけで個人的なことかもしれないが……俺はそんな理由で、お前の邪魔をした。すまん……だけど、だけど名崎! 頼む! 俺を助けてくれ……! このままだと俺が千切れて死んで、あの子が悲しむか、あの子の日常が消えて笑えなくなってしまう! それだけは嫌なんだ!!」
「……そんなにいい子なのか? その子……羨ましい限りだ。そうか……人を助けるって、そういう気持ちが先にあるものだよな。ボクは……空っぽだ……大切な人を遠ざけて、勝手に一人になって、誰でもない誰かの為にしか考えられなくなっていた……」
「はは、いい子かだって? 諸説あるな。俺をからかうことだってよくあるし、俺が好きだから、異常によく見えてしまっているだけかもしれん」
──ブチィ!!
一際大きな筋の切れる音が響いた。もう愚弄者の体は全身血塗れで、限界が近かった。筋が断裂するよりも前に失血死する可能性もある。
「……小さいことが繋がって、大きなことになってるんだよな。ボクは……愚弄者、お前に死んでほしくないよ。お前の好きな子はどうでもいいけど、人の為にそこまで頑張れるヤツに死んでほしくない。この場所をヒーロー達に通報しておく、きっとすぐに助けが来るだろう。だからそれまで……絶対に耐えて見せろよ!! 絶対だからな!!」
名崎はそう言うとスマホでメールを送信し、その場に捨てた。
「あ、ありがとう名崎!」
「もう喋るな!! 死ぬぞ!! クソ……これで応急処置になればいいが……」
名崎は爆弾工作に使用していた粘着テープと自分の服を使って愚弄者の止血、応急処置を施した。そして応急処置を終えると、名崎は走って去っていった。愚弄者の救出と基点の修復のためにやってくるヒーローから逃走するためだった。
愚弄者は名崎の助けもあって、一命をとりとめ、建築物を修復する能力者がビルの基点を修復して、誰一人死者を出すことなく事件は解決した。
名崎は愚弄者を助けるための応急処置に時間を掛けすぎたため、ヒーロー達に捕まった。しかし、捕まった名崎の表情に後悔の色はなかったという。
◆◆◆
──そして現在の聖浄学園。
(というようなことがあってだな……)
『なるほど? 変わり者同士気が合ったってことかな? っていやいやいや……お前も根本的には昔とまるで変わっていないね……ズレているし、滅茶苦茶だ。まぁそれがいい所かもしれないけどねぇ~ふふ』
なぜだかクロムラサキは嬉しそうにしていて、きっとこの会話を第三者が聞けば、不知だけでなくクロムラサキにもツッコミを入れることだろう。
「魔法は爆弾と同じぐらい危険か……それはそうでしょうけど、だからといって危険物を所持するのはどうかと思うわ。人って馬鹿だから基本的には見た目で判断するのよ、武器なんて持ってる人が目の前にいれば誰だって警戒するし、恐怖を抱いたりする。いらぬ争いの原因になるからダメよ爆弾なんて」
「なっ……確かにそうかもしれない……」
不知が自信げに語った名崎理論は朱玲音に秒で論破されてしまう。あくまで現実的な側面から論理展開をする朱玲音の意見に不知は納得してしまった。
「ど、どうしような……この爆弾……先輩どうしたらいいと思います?」
「まぁいつか使えるかもしれないし、然るべき場所、人に見つからないような場所で保管しておけばいいんじゃない?」
「えっ!? 爆弾を使うのはダメじゃないんですか!?」
「だからそれは表向きの話よ。実際無覚醒者であるあなたがヴィランに対抗するのに有効なものだと思うし、あなたが爆弾を使ってるってバレなきゃいいのよ。爆弾じゃなくて、爆破能力のある謎のヒーローが爆破して去っていったみたいな嘘をついて誤魔化せばいい。魔法が当たり前のなった今の異七木なら、それで誰も疑問に思わないはずよ。それを調べる警察はもういないからバレることなんてほぼないわ」
「う、うわぁ……そうか、盲点だったな。魔法が当たり前だからこその誤魔化しかぁ……けど待ってくださいよ。なんで先輩は俺が爆弾を使う前提で、ヴィランに対抗するみたいな話をしてるんです?」
「だってあなたはアタシが想定していた以上に優秀なようだし、無覚醒であったとしても十分ヒーローとして活動が可能なレベルよ。それを活かさない手はないし、アタシはあなたの手を借りたいと思っているからよ」
「え……? じゃあ……俺、先輩との約束を守れなかったけど……風紀委員として、学園内で動きやすいようにしてくれるっていうのは……」
「何を言ってるの? 別に海凪先生のせいで約束が果たせなくなっただけで、あなたに落ち度はないわ。あなたはアタシに協力する意思を見せて、実際に警察署に行ったのだから、あの約束は守るべきものだとアタシは認識しているわ」
(律儀な人だ……先輩クレバーな所があるから、約束はナシでってされるかと思っていた……)
結局、約束を果たせなかったからどうしようと悩んでいたのは不知の取り越し苦労だった。
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