19話:秩序の崩壊
「クソッ、異七木テレビの連中、あいつらだって裏組織と繋がっておるくせに、民衆と一緒になって警察を叩きおってからに……」
「署長、いくら事情を知っているものしかこの場にいないとはいえ、無用心ですよ?」
異七木警察署、この署はそこそこの規模で、大規模警察署にギリギリならないぐらいの人員が配属されていた。しかし、上から降りてくる予算は通常の警察署と殆ど変わらず、不遇な警察署だった。
署長も大規模警察署を任せるには不安の残る、上からの評価の低いキャリア組がやることが多かった。実質的な左遷配置、ここの署長になった者は出世ができないというのが定説だった。
不遇で出世も絶望的、その癖に激務となれば、そこで働く者たちも真面目に働くのが馬鹿らしくなってくるのが当然のことで、異七木警察署は所謂不良警察が多かった。
無論真面目な者もいたのだが……異世界転移が起こり、腐敗した警察がマフィアと繋がる過程で真面目な警察官は排除されていった。そういった事情もあって、元警察官の自警団員、ヒーローも多い。
「民衆も腐敗した警察より過激な殺人ヒーローの方が好きみたいですからねぇ。ははは、異七木テレビもあのパーカー男を批判しつつも、馬鹿みたいにパーカー男関連のことばかり報道してます。その方が市民に番組を見てもらえますから」
「金さえ入ればいいってか? まぁ否定はせんが、自分が否定する存在を使って金儲けをする面の皮の厚さには、ワシも流石に恐れ入る。生きてて恥ずかしくならないのか……」
「まぁ我々もプライドがあったらマフィアを手を組んだりなんかしませんし、人のことは言えないですよ。それより、警察がパーカー男を叩くなら今のタイミングしかありませんよ署長。このままだとヤツの人気が高まり過ぎる……本当にこちらが動けなくなってしまう……策を考えてすぐに実行しないと」
「そんなことを言われてもな……ワシとてこんな状況での対応なんて学ばなかったからなぁ……どうしたもんか」
──ガシャァン!!
「なっ!! あんの馬鹿ども!! 警察署を破壊するとは、いよいよ狂ったか!?」
警察署の窓ガラスが割れる、それは腐敗した警察を叩く市民が投げた石によるものだった。一人が石を投げ入れ、窓ガラスを割ると、一人、また一人と続いた。
硝子は次々と割れていく、その光景は、市民溜め込んだ不満、怒りをそのまま表しているかのようだった。
「おい! シャッターしめろ! これ以上窓を割られたら敵わん! 逮捕だ、逮捕! ……ん、待てよ? これは……使えるかもしれんぞ……」
「署長?」
署長は部下に向かってニヤリと笑い「会議を始めるぞ」と言った。
◆◆◆
『警察を批判する平和的なデモを行っていた市民を、警察が逮捕したことに、批判の声が集まっています。警察の腐敗が叫ばれる中、このような弾圧行為ともとれるような行い、批判が集まるのも当然ではないでしょうか? どうですか? コメンテーターの日家林さん』
メディアは警察の行いを批判し、火に油を注ぐため、事実を誇張し、重要な情報をあえて言わないことにした。
『デモ隊が警察署に石を投げ入れていたって情報もありますが、こんな魔法のある世界ですよ? みんながみんな常時銃やナイフで武装してるようなもんです、そんな世の中で石を投げ入れるなんて可愛いもんじゃないですか、平和的ですよ。パーカー男も何も声明を出しませんし、彼も警察を批判するこの流れを認めているんじゃないですかねぇ。私はパーカー男のやり方を認めてはいませんが、今の警察が彼を裁く権利があるとも思えませんよ』
石を投げ入れた者の中には、異七木テレビに雇われた”バイト”がいた。異七木テレビは過激な画が欲しくなったからと、自作自演まで行った。
警察もその事実を発表したが、異七木はそれを決して報道しないし、腐敗した警察が苦し紛れについた嘘だと否定した。
市民の中で悪者となっている警察の言い分が信じられることはなく、正義面をしている異七木テレビの偽りの仮面に、市民たちはあっさり騙された。
しかし──そういった”思惑”があるのは異七木テレビだけではない。
警察は挑発を行うかのように、パーカー男の大々的な捜査を行うと、わざわざメディアに発表した。
そんな発表を行えば捜査を邪魔されるリスクは高まる。異七木市という一つの街は、狭い空間であり、組織が動けばその動きは簡単に伝わる。そこに事前情報が合わされば妨害は容易だ。
狭い空間であるからこそ、情報を閉じなければ瞬く間に広まってしまう。だがそれは、警察を批判する者達にも同じことが言えた。
裏組織と繋がる警察は、そういった活動者達の集団に裏社会の人間をスパイとして送り込み、活動者達の活動予定の情報を得ると、計画を立てた。
「警察は目撃された場所である聖浄学園周辺で、パーカー男を探すつもりだ。マフィアにパーカー男への対応をせっつかれた警察署長は、現場の士気をあげるために現地にやってくる」
警察はそんな情報をスパイを通して活動者達に伝え、誘導する。警察を妨害する活動者達を、聖浄学園周辺に集結させるために。
「警察はパーカー男の捜査をやめろーー!!」
「お前らが仕事しないから、ああいうのが必要になるんだーー!」
デモ隊が警察を取り囲み、大声で威圧している。現場は聖浄学園周辺、となれば当然その声は学園の者達にも届く。
「う、うるさー……いや俺もパーカー男の応援はしたいけどさぁ……本人的にはどうなんだろうなぁ」
モッキーが話題を不知に振る。それが話題の当事者であることは当然知らない。
「うーん、パーカー男が何を思うかは分からないけど、こんな緊張状態だと、暴力的な衝突が起こってもおかしくないからな。穏便に終わって欲しいところだ」
「だよなぁ……声もデカいし怖いよなぁ。いつケンカが始まってもおかしくないって感じだ……っておい! あれ! 不知あそこ見ろよ! あれってお前の親友の、嵐登じゃないか? 謹慎中の」
「え!? な、なんで嵐登があんな所に……デモ隊と一緒になって警察を批判してるのか……? 何やってんだよ嵐登……危ないだろ」
不知達は校舎二階にある教室の窓から外を見下ろしていた。その見下ろした先に、何故か不知の親友である抜頭嵐登がいた。しかも、なにやらデモ達の者達と意気投合している様子で、彼らが持ってきた軽食の焼き鳥を貰って喜んでいた。
「いやー、焼き鳥うまいっすねぇ~。けどこんなにパーカー男のこと好きな奴がいるなんて知らなかったぜ」
「まぁ祭りみたいなもんよ。フェスだよフェス、こうやって騒いだらバイト代も貰えるしな。パーカー男が好きなのも嘘じゃないし、警察がカスなのも本当だしな!」
不知の心配をよそに、嵐登は祭り感覚でこの場を楽しんでいた。というのも、異七木テレビに雇われたバイトの男がデモ隊の意見を真面目に聞いていた嵐登を誘ったからだった。追い込まれるパーカー男を応援しつつ、応援仲間と騒いで親睦を深めるというバイトの男の言い分に嵐登は流されてしまった。
「えっバイト代貰ってるんすか? どこから? そういう応援って、やっぱ善意から、無償だから意味があるんじゃ……」
「馬鹿言っちゃいけねぇよ兄ちゃん。なにやるにしても人が動けば金は当然動くだろ。だって必要なんだもん、俺だって酒代欲しいんだわ。やっぱさ、テンション上がると応援も盛り上がるだろぉ? 相乗効果があってよろしいってもんよ」
「まぁ理屈は分かるっすけど……けど信念ていうのは濁っちゃダメだとオレは思うんすよね。金貰って、お兄さんは純粋な気持ちでいられるんすか? パーカー男のことを本当に応援したいと思ってたとして、それは次第に金のための応援になっちまうんじゃねぇんすか?」
「んだよ、うるせぇなぁ……んな硬いこと言ってるとハゲるぞ? 場を盛り下げること言うんじゃねーよ。空気を読め空気を……くそ、焼き鳥返せよ」
「いやもう食べちゃったんで、それはできないっす……」
「うるせぇーーー!! 食ったなら吐けやあああ!! 吐きたくなるように手伝ってやってもいいんだぞ? こっちはァ!!」
そういってバイトの男は拳を作って嵐登の腹の前に突き出した。嵐登は完全に酔ってんなこいつと思いながらそっと男の拳をどけた。
「ちょっと酔い過ぎっすよ? オレは別にお兄さんとケンカしたいわけじゃ……」
嵐登は不良のような見た目をしているし、変わり者だったが、本質的には真面目だったので穏便に済まそうとした。嵐登の穏やかな表情に、敵意を削がれたのか、バイトの男も大人しくなり、うとうととし始めた。
「うるせぇなァ……誠に不快でござるなァ……どいつもこいつも濁った音ばかり、一貫性がない。これならば、いっそ染まった悪の方が清く美しいというもの」
「は……?」
枯れた老人のような声が響く、だが声の持ち主は若く、逞しい体つきをしていた。鍛えられた体に、巨大な刀を背負っていた。
──ジャララ、チャリンチャリンチャリン。
男の上体が大きく揺れる。すると男のサラシにジャラジャラとついた古銭が小気味よい音を立てた。
その音から続くようにして、異なる音が響く。
──ブシャアアアアアア!!
それは血しぶきの吹き上がる音、その音はどこか洗練されていて、大きく、澄んだ音をしていた。
古銭を鳴らした男が刀を振る。刀についていた血がコンクリートの地面を斑に彩った。
「お、お兄さん!? な、なんなんだお前はあああああああ!!!」
恐怖よりも怒りが先に込み上げた嵐登が男に掴みかかる。
「そこな男は、程度の低いカスだ。怒るほどこいつと親しかったのか? いや、そうは見えんな。お前は他と違って良い音をしている。拙者の邪魔をしないなら、お前は殺さないでおいてやろう」
「確かに、この人はいい人じゃなかったのかもしれねぇ……でも、だからって殺すこたぁねぇだろうが!! お前は、お前はどうなんだよ!! お前は、自分に殺さないだけの価値があるっていうのよ!!」
「おお、中々に痛い所をついてくる。そうさな、拙者は己に切られるべき、唾棄すべき半端者かもしれぬ。故に、こうして研ぎ澄ますのだ……ゴミ共を生贄に、拙者はあの男を呼び出し、死合ってもらう。ヤツは来る、そう聞いたからなァ!!」
古銭の男は「そう聞いた」と言っていた。それはつまり、この男は何者かによって”あの男”を呼び出す方法を教えられ、コレを行ったということであり。
「──さぁ出てこい! パーカー男よ! 拙者と殺し合おうではないか! 闘争の真理に、拙者を誘ってくれ!!」
古銭の男は、パーカー男に差し向けられた刺客/ヴィランであることを意味していた。
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