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16話:棘多き薔薇



「ちょっとまってよ朱玲音スレイン! そんな突然、一方的に……別れるだなんて勝手だ!」


「うるさい! あんたは言うほどアタシのこと好きじゃないでしょう? アタシが危ない時、助けにも来なかった癖に!」


「う……そんなこと言われても……命をかけるなんてそんな……」


 聖浄学園の校門前で、二人の生徒が言い争っている。別れる別れないと、青春だなと、遠目で見守っていた教師は、あれなんかちょっと殺伐としているなと、止めようか止めまいか迷い始めた。だが結局教師は声をかけるのをやめた。恋愛には詳しくなかったので、やぶ蛇は簡便だったのだ。


「困ったなぁ……学園に恋愛の先生っていないのかな?」


「恋愛の先生? それってどんな?」


「ああ、なんていうか恋愛経験豊富で、俺のような童貞でも優しく導いてくれそうな……って、うわっ!? 急に話しかけてこないでよ! さっきのは独り言だったの! あっ、俺が童貞なのは絶対にみんなには秘密だよ!?」


「えっと、海凪竜蔵うみなぎ りゅうぞう先生でしたっけ? すみません独り言に反応してしまって、俺は黒凰不知と言います。俺も童貞ですから安心してください」


(なんだこの子……いきなり自己紹介と童貞情報の開示をし始めた、天然か? けどこんな子うちにいたっけ……あ! よく見たらこの子あれか、学園長が特例で入れた二年生の子だ。なんか白髪になってるから気づかなかった……)


「うん、お気遣いありがとう。俺も安心して童貞でいられ……いられないな。高校生と29歳じゃ色々と違う……」


「人間やったことのないことの方が多いんですから気にすることないですよ。俺は知っていてもやったことのない事の方が99%ですからね。それはそうとあそこで揉めてるのって、確か三年の論道朱玲音ろんどう すれいん先輩ですよね? 先日筋ダルマの中に閉じ込められたっていう、風紀委員長」


「君のカバー能力は素晴らしいね、俺の悩みもどうでもよくなってくる。そうだよ、筋ダルマの筋肉に閉じ込められた子だ。なんか彼氏くんが助けに来なかったから、怒ってるみたいだね。アタシのこと大事に思ってないんでしょ! って……いやそりゃそうだろって俺は思うね。命をかけてアタシを助けなさぁい! ってことでしょ? いやいやいや、家族でもないのに普通の人間に命を賭けさせるってよっぽどの絆がないと無理だよ。大体あなたはそうさせるだけの魅力があるんですか? って話ですよ。そういった魅力がないのにも関わらず、さも自分が正しいかのように言って、恐ろしいねぇ……お前は自分の魅力の無さに負けたんだよ論道君!」


 滅茶苦茶早口で語り紡ぐ海凪先生。不知はその横でうんうんと頷いて同調した。


『いやこんなヤツに同調するなよ不知……』


(言ってること自体はわかるからね。あの朱玲音て先輩は自意識過剰な所があると思う)


 やれやれと身振り手振りで呆れるクロムラサキ。


「先生は正しい。だけど先生が童貞な理由が、モテない理由がよくわかりましたよ。海凪先生顔はイケメンだって女生徒達から言われてましたよ? 今後一切喋らなければモテるのでは?」


「無理だ!! 黙るなんて無理だ! それはマグロに泳ぐなと言っているようなもの、死ねと言っているようなもの! うわああああああああああああ!!!」


 怒りと悲しみでおかしくなって奇声をあげる海凪に周囲の生徒たちはドン引きし、ヒソヒソ話を始める。


 すると不知と竜蔵の話題の中心である、例の朱玲音先輩がジっと不知達の方を見る。不知はなんとなく手を振って反応すると、朱玲音は「はぁ?」といった表情をした後、さっと目を逸らした。


「朱玲音、僕たち目立っちゃってるし、他の場所で話そう?」


 恥ずかしくなった朱玲音の彼氏が朱玲音にそう切り出すと……


「だから別れるって言ってるでしょう!? どうせ別れるのよ! あんたはアタシを捨てるのよ! アタシを見捨てなかった、本当のヒーローは、アタシにとっての男は、あのパーカーの男だけよ! あの人以外男として見ることはできないわ! あんたはもう邪魔なの、だからもう別れた、これは決定よ!! 覆せないことなの!」


「ブゥウウウウウウウッッ!!?」


 とんでもない流れ弾に噴き出す不知、やばいやばいと焦って口元を押さえた。


「コラッ! そんな笑ったら失礼だろ黒凰君! 確かに面白いけどさぁ」


「あァ? 誰が面白いんですか!? 海凪先生? 誰が面白いんですか? どこのっ! 誰がッ……!!」


 バチギレ状態で海凪に詰め寄る朱玲音、海凪は情けないことに普通に萎縮してしまう。あまりに迫力があったせいか、朱玲音の彼氏、否、元彼氏はその場から逃げるように去っていった。


 朱玲音は元彼が逃げていくのを見ていたが、悲しい顔をするでも怒るでもなく、それを分かっていたかのように無反応だった。


「まぁ朱玲音先輩そう怒らないでくださいよ。そんなことでいちいちキレる人には、あのパーカー男だって振り向かないんじゃないですか?」


「なによあなた、さっきから変な子、もしかして天然?」


「俺は天然じゃないッ!!! 言っていいことと悪いことがあるぞ!! いくら先輩でも許せないんですが!?」


「「ひっ……」」


 穏やかな少年から怒り鬼に豹変する不知に、竜蔵も朱玲音もビビった。そしてクロムラサキは呆れた。


「天然扱いしたことは謝るわ、ごめんなさい。他人には理解し難い基準て、あるものよね。だけど何故アタシの振る舞いがパーカー男に嫌われるって分かるの? あの男の好みでも分かるっていうの?」


「え……? いやぁ、そうですねぇ……まぁ彼も一応人助けをしてたわけだし、人が困るようなことをする人は嫌なんじゃないですかね?」


 不知の他人事激浅コメントが炸裂する。


「なるほど? けどアタシだってヒーローとして活動してるのよ? でも人を困らせる人間を嫌いになったりはしないわ。誰しもそういった要素はあるものだし」


「寛容だか、寛容じゃないのかこれわかんねぇなぁ……」


「先生心の声が出ちゃってますよ」


(俺は木、背景だ。俺は木、俺は木、俺は木……)


 不知に指摘されると、海凪は目を閉じ、全力で気配を消すことに注力した。しかしその努力は虚しく、挙動不審な彼は普通に目立っていた。


「まぁいいわ間抜け先生は放っておきましょう? それより君、話を続けましょう? なぜだかあなたの話は興味深く感じられるのよ」


「え? いや俺……ちょっと用事が……」


 逃げようとする不知だが……


『いや不知逃げるな。自然な形でこいつの血縁者と思われる論道香里奈の話を聞くチャンスだろう? 論道香里奈は学生の自衛力強化を推進を掲げる者の代表的存在で、お前も注目してただろうに……雪夏のためだと思って頑張れ』


(はぁ……雪夏のためだと言われるとどうしようもないな。わかったよ、頑張るよ)


「用事あったけど、まぁ……急ぎでもないしいいか。じゃあちょっと場所を移して話しましょうか」



◆◆◆



 苛烈でワガママな朱玲音先輩に連れられ、不知はオシャレなカフェにやってきた。


(うわこの店高いな……先輩って裕福なんだな……)


「アタシが奢るから遠慮しないで好きなの頼んでいいわよ」


「え!? マジ!?」


「いや海凪先生には奢るわけないでしょう? というかなんで付いてきてるんです?」


「いやぁ、だって気になるでしょうよ。それに俺も君を笑ってしまった手前、引けないんだよ。俺は君を笑ったけど、俺は自分の感覚が間違っているとは思わない。だから君は笑われても仕方ないのだということを、ちゃんと見て勝利するまでは安心して眠ることができないんだ」


(この教師……終わっている……生徒を論破し、自己正当化することで心の平穏を保とうとしているッ……!)


 流石の不知も海凪の発言に呆れる。


「それじゃあ……すみませーん! このきなこアイスと黒糖コーヒーお願いします!」


「ちょっと和風な感じね、そういうのが好みなの? アタシはミルクティーときなこアイスで、アタシもきなこアイス食べたくなっちゃった」


「そう言えば……俺は全体的に和風の味が好きかも……完全に無意識だったから、全然気が付かなかった。そうだ……自己紹介がまだでしたね。俺は二年の黒凰不知と言います」


「君は有名だからアタシも名前だけは知っているわよ。聞いてたよりも明るい子なのね」


「俺が……明るい? というか俺どんな感じに言われてるんですか?」


「明るいわよ。前向きだし、そこの間抜けな先生のことも元気づけようとしていたでしょう? 話の内容は聞こえなかったけど、なんとなく慰めているように見えたわ。あなたはそうね、あまりあなたと親しくない子達からは、何を考えているのか分からない不気味な天才って感じよ。けど嫌われてはいないわ、むしろミステリアスなイケメンだって一部の女生徒からは人気があるぐらい」


「へぇ~、そうなんですか。おっと、そういえば先輩の話をするためにここに来たんだった。そっちの話をしましょう」


「そうね……アタシはあのパーカー男に助けられて、彼に憧れてしまった。彼は顔を隠していたけど、アタシを助ける時、こっちのことをしっかり見てくれた。何も言わなくとも、仮面の奥から、もう大丈夫だって意志が伝わってくる感じだった。犯罪者を拉致したり殺したりと過激だけど、アタシは……あの人は本質的に優しい人だと思うのよ」


「うーん、本質的に優しいとしても、その行動が過激で優しさの欠けるものなら、俺はどうかと思いますけどね。過激になってしまう何らかの理由があるのかもしれないですが……」


「過激になってしまう何らかの理由……? そっか……そういうことなのね……彼が過激な行いをしているのはもしかすると、優しさの裏返しなのかもしれないわね。きっと守りたい何かがあるんだわ……そのためにがむしゃらで、余裕がないから過激になってしまうのよ」


「ははは、じゃあ論道君が過激なのは余裕がないからなんだ? 余裕がないとモテないよ~?」


「黙りなさい、お前は余裕があってもモテないだろうから、同じ目線でモノを語れると思わないでくれる?」


 茶々を入れる海凪先生に対し、遂にお前呼びする朱玲音。それを見て不知も少し笑ってしまう、すると海凪は裏切られた気持ちになったのかシュンと悲しい顔をした。


「やれやれ、流石に棘の多過ぎる美しき薔薇と言われるだけはあるね、論道くんは」


「論道……そう言えば、先輩は論道先生と同じ苗字ですね? 血縁者かなんかですか?」


「アレはアタシの母親よ。アタシがキツイのは完全にあの女の遺伝ね……それを責めるつもりはないけど、アレを見ていると自分の未来を見ているようで嫌になるわ」


「え、お母さん……なんですか? 副学園長……けどまだ若いよな……ん?」


「ええそうよ。あの人は若い頃に、学生の頃にアタシを産んだの……でも夢見がちだった学生の頃に勢いで結婚したのは失敗だったって言ってた。それじゃあアタシはその失敗談の男の子供ってことじゃない? そう言われた子供の気持ちが分からないのかしら、失礼な話よ。うまくいかなくて離婚したのは、自分の激しい性格が原因だと言うのに、まるで被害者面、気に入らないわ」


「そんな事情があったなんて……論道先生、娘にこんな思いをさせてる癖に偉そうに俺に説教をしてるんだ。許せないな……俺を説教するからには正しくあるべきでしょうが。君は俺なんかに同情されるのは嫌かもしれないが、やっと納得がいったよ。君がイライラして、余裕がないのは当然のことだったんだ。何事も因果、原因が存在するというのに、俺は浅はかだったよ。まぁそれでも俺は自分が言ったことが間違っているとは思わないけどね。けど君を許そう、論道君」


 海凪はやはり早口だったが、本心から朱玲音に同情しているようだった。


「お許し頂きどうも。それで黒凰くんはどう思う? 酷いと思わない? アタシのママ」


「まぁ正直問題は感じますね。でも……俺が大事だと思うのは、そこに心があるか、愛があるかだと思ってます。先輩のお母さんは、先輩のことを思ってくれているんですか?」


「愛、ねぇ……まぁ、あの人なりにアタシを思ってはいるんでしょうけど……仕事人間で、家であまり話さないから、よく分からないわね。はぁ……嫌になるわ、アタシに自分のような自立した強い女性になれだの言うけど、自意識過剰もいいところだわ。自分が自立することによって犠牲にした事からは目を逸らすんだから……アタシは絶対に、温くて、愛のある家庭を築いてやる。そのためにはアタシに耐えられる夫が必要なのよ、やっぱり優しいだけでは駄目ね、自分の意思というのをしっかり持ってる人でないと、自分がないから立て直せない」


「いやぁ……理屈はわかりますけど、先輩もそれを望むのなら、先輩自身も自分の激しい性格を律していく努力が必要だと思いますよ? お母さんが自身の弱さ、欠点から目を背けていると言うのなら、先輩はきちんと自分と向き合うことをしなきゃ、未来は変えられない」


「それは当然のことよ。けど未来を変えるね、面白い言い方ね……確かにこのまま行くと、未来のアタシはママのようになってしまうだろうし、危機感を抱くいい表現ね。アタシに気圧されず、しっかりとここまで話を聞いてくれる人は今までいなかったわ。有意義な時間をありがとう、これからも君にはアタシの相談に乗ってもらうわ。それじゃ、またね」


「えっちょ、デザートとか……って、いつの間に食べてたんだ……もう食べ終わってる」


「論道君も忙しい子だよね。セカセカしてて仕事も早そうだ……デザートは君が話す言葉に悩んで下向いたり横向いたりしてる時にささっと食べてたよ。話してる時はずっと君の目を見てたし、きっと人の目を見て話すという習慣がしっかりしてるんだ。そして時間を無駄にしたくないから、君が言葉を途切れさせて、目線が合っていない間に食事を……いやぁこのきなこアイスおいしいね。先生も君たちが食べてるの見て頼んじゃった」


「先生、先生は生徒が帰っても仕事あるんじゃないんですか?」


「大丈夫、下痢でずっとトイレに籠もってたことにしておくから。そのためにも、このカフェにあるアイスを全部食べるつもりだ。それによって俺を下痢とする!!」


「あのーお客様、他のお客様のご迷惑になりますので、そういったお話を大声でするのは……」


「すみません!! ですが! アイスは食べさせてください!!」


 店員に注意された海凪だったが、その後無事に腹を下したという。





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