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1話:愚かな優しさ



「何なんだよお前ぇ! ば、化け物! く、来るなぁーー!!」


 かつて電気街であった区画で、男の叫び声が木霊する。その区画を構築するビル群が、今は魔法の力で夜の街を照らしているように、叫び声の主もまた、魔法の力を宿していた。


 その男は魔法で全身を硝子の棘で覆って、人を刺し、脅し、あるいは殺すことに活用した。魔法の力を使う悪党、それが病魔のように、街に蔓延していた。


 そうした悪党のことを、人々はヴィランと呼んだりした。漫画やアニメの影響から、若者がそう呼び出したものが定着したという。


 しかし、ヴィランがあるのなら、その対となる者も存在する。


 ──ヒーロー。


 警察や軍隊でもない、個人的な魔法を使う自警団。魔法の力を人を守るために使う者は、そう呼ばれた。


「う、うわああああ!! どうして! どうして、魔法も使わねぇのに、そんなつえーんだよおぉおお! おかしいだろぉ!!」


 仮称、棘硝子男が怯える視線を向けるその先に、一人の自警団員、ヒーローがいた。そのヒーローは見た目にまるでこだわりがないのか、ジャージとバイクのヘルメットを改造した、野暮ったい服装をしていた。


 ──ダン。


 ヒーローは何も言わない、無言で一歩踏み出した。その足音で棘硝子男の顔は青ざめる。


「あ、ああああ! 解放する! ていうかほら! もうしたから! 許してくれ! に、逃してくれよ! なぁ、ほら、もうこういうのやめるから!」


 ヒーローが何も言っていないのにも関わらず、棘硝子男は自発的に人質としていた、小学生ぐらいの女児を解放した。人質とされていた女児は、頭を下げながら、怯えながらも、ヒーローに礼を言って去っていった。


「逃がす? お前は逮捕される。身勝手な理由で人を3人も殺したのだから、逃がす訳がない」


「ま、待てよ!! おれ、逮捕されちまったら、殺されちまう! おれの首には賞金が掛かってんだ! 腐った警察は、おれを殺したいやつに売り払うに決まってる!! おれを殺さないでくれよ! た、たのむよぉ!!」


 泣いて懇願する棘硝子男、絶望から倒れ込む。そんな男に視線を合わせるように、ヒーローはしゃがんで、口を開く。


「売り払われなくともどのみち死刑だろう。気にするな」


 実際、それはヒーローの言う通りだったのだが、もし男が売り払われたなら、男は”楽しまれた後”に殺されることになる。悲惨な死、苦しみに溺れ、自ら死を望むようになって、飽きられたタイミングで殺される。


 ヒーローはそういったこともあるだろうと予測していたが、この男はそうなっても仕方がないで済んでしまうぐらい「終わってる」そう思っていた。だから見逃すことも、助けることもない。隣人がこうしたヴィランの悪意にさらされることを防ぐために、ヒーローをやっている彼からすれば、当然のことだった。


「うわああああああああああ!!」


 だとしても、棘硝子の男からすれば悲惨な死は受け入れがたいことで、抵抗の道を選ぶことはごく自然なことだった。それが例え、勝ち目のないものだったとしても。


 男から硝子の棘が伸びる。硝子はまるで木々が枝葉を伸ばすかのように、広がり、その枝の全てが、ヒーローに向かって襲いかかる。


 ヒーローは一振り、手を大きく振り払った。たったそれだけで、硝子の枝は砕け、粉々になって、男は風圧で地面に叩きつけられた。その衝撃で男は肩の骨を骨折し、痛みから気絶した。


 ヒーローは棘硝子男が言っていたように魔法を使っていなかった。けれど、ただ腕を振るっただけではないのは明白だった。


 ──魔力、魔法を構築する材料か、あるいは燃料か、それを魔法にしないまま、魔力そのものを、ただぶつける。そのヒーローにとっては、それだけで全てが事足りる程に、彼は強かった。


 圧倒的な未覚醒の力、全てのヒーローとヴィランをあざ笑うかのようなその在り方から、彼はこう呼ばれた。


 ──愚弄者ぐろうしゃ、リディキュールと。


「終わったし、引き渡してさっさと帰るか。学園祭の準備だなんだと、最近煩いし」


 ヒーローは仕事を終わらせて、ただの人として、日常に戻る。男子高校生として、学生の世界に戻る。


◆◆◆


「もう! 不知しらずくん! また寝坊? うちのクラスは自由時間少ないんだから、できる時にしっかり準備しないと、学園祭間に合わないよ?」


 青黒い長髪の少女が、眠そうにしている黒髪の少年を叱責する。少年は目にかかった、少し伸びすぎてしまった前髪を掻き上げ、欠伸をする。


「ふわぁ~あ、ごめん雪夏せっか、最近は忙しくて……なのに、治安は悪くなる一方だ……」


「不知くん、ヒーロー活動もいいけど、そんな生活続けてると……続けてると……」


「……?」


「えっと、幸せを逃しちゃうよ?」


 少しばかりの妙な間、この少女に興味を持たない人からすれば、まるで気にもとめない程度の呼吸のズレに、黒髪の少年、不知は違和感を覚える。


「雪夏、何かあったのか? なんだかうまく言えないけれど、少し変だ」


 不知の問いに青黒髪の少女、雪夏はすぐに答えた。


「大丈夫だよ。特に何もないから」


 雪夏は笑っていた。その笑顔は不知のよく知るものと完全に同一のものだった。不知は雪夏に違和感は感じたものの、その違和感の正体の言語化がうまくできないでいた。


 発言、動作、行動パターン、どれも普段通りの雪夏と同じだった。なのに、不知の心は何かが違う、おかしいと、そう感じていた。


 だけどそんな少し嫌な感じがした、それだけのことで雪夏を問い詰めたり、調べたりすることは不知には憚られた。不知は雪夏に嫌われたくなかった。


 その遠慮はごく自然なことだし、人として正しい選択の一つであったのは間違いない。けれど、間違えていた。


 この時、不知が雪夏をちゃんと見ていたなら、話は違ったかもしれない。



◆◆◆



 11月17日、その日は聖浄学園の学園祭の日だった。聖浄学園は異世界に街ごと転移してしまった異七木市いななきしにある私立高校の一つで、今年の聖浄学園の学園祭は、高校だけでなく、異七木市の住民達を元気づける目的もあって、開かれた、人々を元気づけるための学園祭だった。


 未だ慣れない異世界での生活も転移から一年が過ぎ、きっと元の世界には戻れないのだろうと、人々が現実を受け入れ始めた頃で、魔法による犯罪があとを絶たず、皆暗い顔が増えていた。


 この開かれた学園祭は、そんな異七木の住民を元気づけたいと思った聖浄学園の学園長の計らいだった。


 開かれた学園祭、それは色んな人間が出入りするということで、その中には──紛れ込む余地があった。


「──慣れない異世界での生活ですが、人間の適応力は素晴らしいものだと、私は信じて疑いません。きっと、この困難な時代も、乗り越えることができ──」


 ──パチ、パチ、パチ。


 学園祭の開始を告げる学園長の挨拶、そんな時だった。わざとらしい、テンポの悪い拍手が響く。


「そうそう、人の適応力は素晴らしい。最適化というのが、一番の課題だった。自分の趣味趣向というのは、案外試してみてから初めて分かることが多くて、まずは知る所から始まって、時間がかかったよ」


 拍手の主はいつの間にか壇上にいる学園長の隣に立っていた。そして、馴れ馴れしく、学園長の肩に手を回した。


「なんだ……あいつ……だが、明らかにヴィランだ……悪趣味な……」


 拍手をした男は、不知の知らない者だったが、不知はその男がすぐに悪党、ヴィランであることが分かった。何故なら男は、手や足等の切り取った人の一部を、壇上に並べ始めたからだ。


「なんなんだ、君は──」


 ──ザシュ。


 学園長が当然の疑問を口にした瞬間、彼の首はヴィランの持つハサミによって切り裂かれ、学園長は即死した。


 学園に悲鳴が響き渡る。


 パニックを起こした生徒、その家族、地域住民達の悲鳴。


「これらは僕の失敗の数だ。いいなと思って自分のモノにしてみたけど、よく見たら思ったのと違う場所が結構あって、もやもやしてしまって……切り取ったんだ。ああ安心してくれ、彼女たちはみんな生きてる。適切な処置をしたからね、悪い部分を切り離してあげただけで済んだ。けど彼女たちのおかげで、自分の細かい部分での好みというものを追求できた。まぁ何が言いたいかと言うとだね? 世界を僕の好みにする準備が整ったんだ」


 ヴィランの皮膚は全身、白と赤のタイルが張り付いていて、その上から洋服を着ていた。目玉も鼻も口もない、しかし、顔を見れば表情は分かる。


 顔のタイルには罅が入っていて、その罅がまるで顔のように見えるからだ。だからこの場にいる全ての人が、このヴィランの表情を理解することができた。


 ヴィランは笑っていた。ずっと、最初から。学園長を殺すその時も、壇上に切り取った体を並べる時も、意味不明な演説をしている時も、そのヴィランは笑っていた。


 不知は学生服を着たまま、改造ヘルメットを被る。開かれた学園祭と聞いていた時点で、不知はヴィランが紛れ込む可能性を考えていた。警備をくぐり抜ける知能のある犯罪者がやってくることを。


 ──ダン。


 不知は動き出す。ヒーローとして、目の前の悪党を止めるために。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 最高に面白かったです! [一言] これからも追ってまいりますので、執筆頑張って下さい!
2023/07/11 21:12 退会済み
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