2話 最終
アクセスありがとうございます。
とにかく長いです。すいません。
「かずき〜! おはよ〜」
「・・おはよう」
直前まで今まで通り接するか最初から拒絶するか悩んだ一樹は、唇を噛み締めた後にいつも通り接することを選択するものの、名前だけは呼ばないことにした。
「おはようございます。岩見沢さん」
一樹の横に立つ妹の美春は、兄の想いを察したかのように距離感がある挨拶をして僅かに頭を下げた。
「お、おはよう美春ちゃん?」
朝から冷たい視線と態度の美春に真理は戸惑いつつも笑顔のまま、一樹に視線を向けた。
「一樹、一緒に行こ?」
「別にいいけど・・」
真理は一樹の横に並び立ちたいものの、いつものその位置に妹の美春が既に居るため仕方なく彼の右側に移動した。
右手でカバンを持っているため、その分いつもより遠く距離感を感じる真理は少し気分が落ち込むも気付かれないよう歩く。
3人が通う高校は校舎に入る時に上履きへと履き替える習慣が無いため、生徒に靴箱は存在せずそのまま教室へと続く廊下を進む途中で美春が止まると、一樹は足を止めた。
「・・お兄ちゃん、今日の帰りは一緒に帰ろう?」
「おぅ、いいぜ。ついでに寄りたいとこあるけどいいか?」
「うん。私も一緒に行くから」
「わかった・・」
「それじゃ、またねお兄ちゃん!」
「またな、美春」
1人クラスが違う美春は兄に視線を向けるも、隣にいる真理に一切視線を向けることなく手を振り去って行く。そんな兄妹のやりとりを黙って眺めていた真理の心に嫉妬が芽生える。
「・・・・」
「行くぞ?」
明らかに不機嫌そうな表情に真理に一樹は気が付いていない素振りで話しかけると、真理は自分の居場所がやっと空いたかのように左側へと移動する。
「・・もぅ・・彼女の私を置いてけぼりにして、美春ちゃんと帰るの?」
「・・妹から誘われたからな?」
「なによ、それ・・私も一緒に帰る」
「一緒に? いいけど・・・・・・他に帰りたい相手が居るんじゃないか?」
「・・なんか言った?」
「別に、なにも・・」
少し間を置いて呟いたせいか、ハッキリと聞こえなかったらしいものの聞いていなかったフリかもと一樹は思いながら苦笑いして、止めていた足を動かし教室へと向かう。
夏休みの登校日でも一樹と真理が一緒に教室に入った瞬間に、先に教室にいたクラスメイトの視線を集めてしまい、噂の新婚がやっぱり一緒に登校して来たと盛り上がり揶揄い始める。
「・・別にまだ新婚っていう関係じゃねーし!」
「そうだよ! ただの恋人だもん!!」
一樹と真理が付き合っていることをクラス全員が知っているため、とりあえず2人が一緒ならイジれという流れができている雰囲気のクラスだった。
2人の反応を楽しんで満足したクラスメイトは、適当なところでイジるのをやめて普段通りのテンションに戻っていくものの、夏休みを挟んだせいか一樹の小さな変化に誰一人として気が付いた生徒は皆無だった。
チャイムが鳴り響き散らばっていた生徒達が自分の席へと座り大人しくしていると、担任の女教師がスーパーにある買い物カゴの色違いを持って教室に入って来た。
「おはよう、みんな! 少しぶりだけど元気だったかな?」
担任の問い掛けに半数以上の生徒達は、登校日なんて不要だと愚痴り始めてしまい収拾がつかなくなっていくところで、大きく手を叩き騒ぐ生徒達を笑顔のまま静かにさせる。
「はいはい、先生も学生の時はみんなと同じでした・・今日は授業なんてないし、ただみんなの無事を確認したら終わりってだけだからね? だーけーどー! 先生からみんなに暑中見舞いでーす!」
持って来ていた買い物カゴを教壇へと置くと、担任は高く積まれた課題プリントを配り始める。
「はいはい、そんな面白い顔を先生に向けないで、今渡している課題を提出するのよ?」
終業式の日に手渡された課題の量が少なかったことに歓喜していた生徒達は、新たにもらった課題の量の多さに皆が死んだ魚の目をして担任を見つめる。
「ウフフッ・・みんなのその反応が、先生の明日への活力になるわ」
誰1人として文句を言わない生徒達に担任は満足そうに何度も頷きながら教室のドアへと向かい歩くも、その手前で止まり振り返る。
「そうそう、今日はコレで終わりです。部活練習は午後と決まっているから、間違っても今から練習しないように・・さよなら〜」
手を振りながら教室を出て行く担任に生徒達は、呪いの念を乗せた視線を送り見送った後にリュックを背負い帰宅する生徒やもらった課題を仲良し組で机をよ寄せ合い始める生徒を、なぜか一樹は帰ろうとせず眺めている。
ガヤガヤと賑やかな教室の中で美春のクラスも終わったかなと一樹はスマホを取り出し画面に視線を落としてメッセージを作成している途中に、聞き慣れない男子生徒の声が教室に響き渡る。
「・・・・まりちゃん! まだいるかな!?」
このクラスで、まりと呼ばれる女子生徒は1人しか存在しない・・・・それは、岩見沢真理だ。
真理が男子生徒に呼ばれたことに騒がしかった教室は一気に静かになり、突然現れた男子生徒へとクラスメイトは視線を向けるも、一樹の視線は微動だにしない。
「・・沼田くん!?」
静まり返った教室で真理が呼ぶ名前に聞き覚えがあった一樹は、たしか男バスキャプテンで長身の爽やかイケメン君だったなと思い出すも、美春へのメッセージが作成途中のため彼を見る気は無い。
「あっ! まりちゃん、帰りにまた一緒に遊びに行こうよ? 昨日、行けなかったショップとか連れて行ってあげれてないからさ」
真理の教室に来た沼田は、真理と篠宮一樹がクラスで恋人認定されているとは知らず、自分の彼女のように笑顔で話し続ける。
沼田の誘いに教室の温度が絶対零度まで下がったことに、陽キャである沼田もクラスの空気が変わったことを察して、教室を見渡すとただ1人の男子を除き全員が真理に視線を向けていることを知る。
「なにコレ?」
「・・な、なんで教室に来たの? ってか、いきなりなんですか!?」
「?? まりちゃん??」
もう身体を重ねて互いに求め合った関係なのに、学校で拒絶するような彼女の態度に意味がわからない沼田は、ただ彼女の名前を口にするだけだ。
「わたし、沼田君に誘われる意味がわからないんですけど?」
真理は彼氏の一樹がいるこの教室に沼田が誘いに来るとは思っておらず、もうパニック状態に陥りこのまま沼田が察して、勘違いだと言いながら去ってくれるのを願うも現実は思う通りにいかない・・いくわけがない。
「あははは・・まりちゃん冗談キツいよ? 昨日は、ここにいる童貞クン達に言えない関係までになったのにさ?」
男バスキャプテンで何度も女子に告白されて来た沼田のプライドが許せず、パッと見で童貞野郎ばかりしかいない教室の男子の顔を見ながら自慢するように吐き出してしまう。
ダムが決壊してしまったかのように教室に女子達の悲鳴のような言葉にならない声に、一樹と真理は手で耳を覆い沼田は笑顔で両手を上げて静かにするようアピールする。
そんな沼田の素振りに声を上げていた女子達の声量が下がって来たところで、不意にガタッと椅子を強く引き摺るような音にビクッと反応したかのように口を押さえ黙り込んだ女子達の視線は一樹に向けられた。
教室に悲鳴が響き渡る直前に美春にメッセージを送っていた一樹は、顔面蒼白の真理を一瞥した後にイケメン君の沼田に初めて視線を向け重なった。
「・・沼田くん・・だったかな?」
「そうだよ」
沼田の顔を見るもあの光景を思い出せない一樹は、彼の話であの時一緒にいた男が彼だったのだろうと納得する。
「あのさ、DTの俺達ににはさ・・刺激が強い話はこれ以上しないでくれるかな?」
「そっか、ゴメンね? まりちゃんとの相性が良過ぎて、つい自慢のしちゃったよ」
「んーわかんないかな? 沼田くん・・女子もいる教室で、そういうハナシは・・ねぇ?」
沼田は名前も知らない平凡な男子生徒からの指摘に溜息をついてから、席に座る好みではない女子達の姿を見てから頷く。
「たしかに、ボクとしたことが・・・・とりあえず、まりちゃんに用事があって来ただけだから、キミは退いてくれるかな?」
「そっか・・残念・・なんか、邪魔して悪かった」
「一樹・・」
震える真理の声は、一樹の耳に届いていない。
「いいよ。わかってくれれば別にさ? まりちゃん!? 準備できたら廊下に来て!」
こんな堂々と誘う沼田に一樹は呆れて、違う角度から話かけた。
「・・ゴメン、最後に一つ聞いてもいいかな?」
「はぁ・・いいけど、なに?
「クラスで人気の岩見沢さんとは、いつから付き合ってるの?」
「知りたい?」
「あぁ、知りたい。この先にあるかもしれない、新しい恋のためにさ?」
「か、一樹! ちがっ・・」
「仕方ないなー」
真理に背を向けている一樹は、彼女の言葉よりも目の前にいる沼田から馴れ初めをきいて、クラスを味方にしようとしている。
そんな一樹の企みなど知らずに、沼田は恋愛初心だと見下している一樹に真理との馴れ初めを語り始めた。
「・・そっか、もう夏休み前からなんだ・・・・さすがだね、沼田くん!」
「でしょ? もう誘ってから一緒に過ごしたい時間は、ジェットコースターみたいに刺激的だったよ。それにね? 2人きりになるとさ・・・・」
「もう黙れよ!?」
「はぁ!? お前から聞いてきたんだろうが!!」
一樹の態度に沼田は瞬間湯沸かし器のように一気に感情を爆発させ、胸ぐらを掴むも軽く投げ飛ばされてしまい受け身を取れないまま床に背中を叩きつけられ呼吸ができなくなる。
肺から強制的に吐き出された空気を必死に吸い込もうとするも吸えないまま苦しんでいるのを放置する一樹は、小刻みに震えている真理を数歩離れた位置から見つめた。
「・・浮気ちゃん、何か言いたいことは?」
「・・ち、ちがうの一樹・・あの男が勝手に言ってる妄想なの」
「妄想? 沼田くんが言ったことが?」
「そう! 気持ち悪いぐらいずっと言い寄って来てたけど、一樹がいるって拒否してたんだよ? だから、信じてよ一樹!」
涙ながら訴えてくる真理に一樹は、まだ平気で嘘をつくのかと呆れて苦笑いをする。
そんな一樹の苦笑いに真理は自分の言葉を信じてくれたと勘違いしてしまい、重く動かせなかった足を1歩踏み出すと一樹は2歩下がる。
「なん・・っで?」
「岩見沢さん、見てたんだ俺は。昨日、市内を沼田と恋人繋ぎをして楽しそうに歩くお前を」
「・・・・」
「幸せな浮気時間中に俺からの電話に出ただろ? 俺には部活練習が終わったところだと普通に嘘をついて」
「ちがっ・・浮気してない!」
クラスメイト女子の誰かがやっぱり岩見沢さんだったんだと呟き、他にも目撃者がいたことにまた違う女子から最低という言葉がゆっくりと教室に染み渡るように広がると、真理はビクッと震え膝から崩れ落ちるように席に座る。
クラスの誰もが真理に軽蔑の視線を向ける中で、一樹がメッセージを送った相手の美春がタイミングよく教室に辿り着いた。
「・・失礼しま〜すって、空気おもっ・・」
兄がいる教室の空気が重く感じた美春は、なにが起きたのだろうと原因を探っていると一カ所集まる視線の先に俯いているあの女の姿を見て、美春の口角は無意識に上がっていた。
「・・お兄ちゃんの席は〜っと」
初めて入る兄の教室であるも、美春は見覚えのあるカバンを見つけ歩み寄り手に取った後に何故か俯いている真理に傍に立つ。
「・・・・ねぇ、ビッチさん。黙ったままだけど、もう言うことないの?」
「・・え?」
この教室に居るはずがない美春の姿に、真理は恐怖を感じ言葉が出せない。
「一樹という最高の彼氏がいるのに他の男に靡くビッチ・・じゃなくて、元彼に誘われたからって簡単について行く神経が理解できないわよ!」
「・・元彼? 美春、どう言うこと?」
美春が吐き出した言葉に一樹は反応し真理を見る。
「・・一樹、そういうのじゃなくて」
「はぁ? 付き合ってたじゃん、中3の時にソイツとアンタは!」
「・・・・」
どうして一樹の妹である美春が自分と沼田が中学3年の時に付き合っていたことを知っているのかと動揺しながら自白する。
「1ヶ月で別れた! 何もしてない!」
「なんだ・・俺が浮気相手だったのかよ・・ってか、もうどーでもいいけど」
真理に告白したあの日に互いに初めての交際だと話していたのに、実はもう沼田と先に付き合っていた事実を聞かされた一樹は、思いの外ショックを受けておらず美春の傍に歩み寄る。
「美春、もう帰ろう」
「うん、お兄ちゃん」
美春からカバンを受け取り教室を出ようと歩き出したところで、真理は躊躇いなく一樹の腕をギュッと掴んだ。
「ま、待ってよ一樹」
「無理。今は何も話したくない」
「ヤダ・・」
拒絶するように真理の手を振り払った一樹は、代わりに美春の手を掴み一緒に学校から出て行ったのだった・・・・。
学校の校舎が見えなくなった通学路の道まで無言のまま歩いていたら2人は、先に一樹が口を開いたことで会話が再開する。
「・・あのさ、美春は知ってたんだ? あの2人が付き合ってたことを」
「・・うん。お兄ちゃん、中学の時は恋愛よりバスケだったでしょ?」
「たしかにそうだった・・恋なんて考えずバスケだけで充実してたから」
「でもね、私も偶然知ったんだよ? テニス部の走るコースから逸れてサボって歩いていたら、あの女が告白されるところに遭遇したの」
「すげぇ、偶然だな」
「うん・・私もそう思う。それでね、ずっとお兄ちゃんの傍に居たクセにパッとしないあの男からの告白を受けたのが許せなくて、監視してたんだ・・」
「監視って・・美春」
隣りを歩く美春の申し訳なさそうな横顔を見つめていた一樹は、ソッと妹の頭を撫でる。
「そっか、俺が知らないところで美春に迷惑をかけていたんだな・・」
「いいの、お兄ちゃん。私が勝手にしたことだし・・それに、1ヶ月で本当に別れてたよ」
「ホントに1ヶ月で?」
「うん。お兄ちゃん、急に1ヶ月くらいあの女が一緒にいなかった日が続いた時期を覚えてない?」
「・・そー言われてみれば、あったかも。部活とか忙しくて、たいして気にしてなかったかもだけど。でも、俺の傍には美春がずっと居てくれてたのは覚えてる」
「・・うん」
あの女の存在感が曖昧で、自分のことをハッキリ憶えていてくれた兄に美春は顔を逸らし笑顔になる。
「いい妹だな、美春は」
「えへへ・・」
頭を撫でながら褒める一樹に美春は家の外なのに周囲の目を気にすることなく身を委ね幸せな時間を過ごした。
帰りに寄り道をするはずだった2人は美春が家でのんびり過ごしたいと言ったため、一樹は特に急ぐ用事でもないためそのまま家に帰ることにした。
両親が仕事で居ない家のリビングで遠慮なくエアコンを作動させて快適に過ごしている2人の邪魔をするかのように、インターホンの呼び出し音が鳴る。
「「 ・・・・ 」」
一樹と美春は互いに見合い、何も言わずにこのまま居留守をするも迷惑な訪問者も粘り強い。
「はぁ・・出るか・・」
「お兄ちゃん・・」
一樹はソファから立ち上がりリビングドア横の壁にあるモニターを見て迷惑な訪問者の姿を確認し、通話ボタンを押す直前で指の力を抜いて立ちつくす。
「出ないの?」
「・・・・」
応答しない兄の後ろ姿に美春は不思議に思いながら遅れて立ち上がり一樹の背後に立ちモニターを見た。
「うわ・・何しに来たのかな?」
「わからん」
玄関モニターに映し出された訪問者は、岩見沢真理だった。このまま居留守を行使しようと思う一樹とは違って、美春は通話ボタンを押す。
「・・はいはーい?」
「・・あの、一樹と話がしたいの・・・・させてください!」
押していた通話ボタンを離す美春は一樹を見上げ呟く。
「だって、お兄ちゃん?」
「・・断っても、面倒ごとになりそうだよな?」
「だと思うよ? あの性格だし」
「はぁ・・玄関で話すか」
「私も行く」
一樹と美春は玄関モニターの画面を消してからリビングを出て玄関へと向かう。あのドアの向こう側にアイツが待っていると思うと、どんな言い訳をしてくるのか一樹は考えながらドアを僅かに開ける。
「・・今更、何しに来たんだよ?」
「か、一樹!? お願いだから、私の話を聞いてください!?」
「話なら別に聞くけど?」
「ありがとう。ねぇ、2人で話したいから、一樹の部屋でお願い?」
「・・俺の部屋は無理。聞くだけだから、このままでも話せるだろ?」
一樹の背後で隠れている美春は、お兄ちゃん辛辣ぅと言いながらクスクス笑っている。
「けど、近所の人の目が気になるし・・」
「俺は気にしないから・・・・ぅお!」
不意に玄関ドアを強引に引かれてしまい、抵抗する前に開放されたドアの隙間に滑り込むようにして真理は玄関に入って来た。
「ちょっと、勝手に入らないでくれます?」
態勢を崩された一樹よりも先に美春が素早く反応し、真理の侵入を最低限に阻んだ。
「外は暑いんだもん。少しぐらいいいじゃないのよ」
「とりあえずさ、玄関でいいから話せよ」
一樹の投げやりな応対に真理の表情は歪むも、文句を言える立場ではないことは理解している。
「・・教室じゃ言えなかったけど、沼田くんと付き合ったのは1ヶ月だけ」
「それは聞いた」
「本当に何もしてないの。手も繋いだりしてなかったから!」
「昨日は、繋いで最後までシタんだろう?」
「昨日の話は、まだしてない!」
「「 ???? 」」
一樹と美春は、まさか中学からの馴れ初めを聞かされるのかとハテナマークが頭に浮かぶ。
「私の初めては、一樹に全部あげたんだよ?」
「・・・・」
真理の言葉に一樹は目をパチパチして言葉が出ないでいると、美春が代わりに応えた。
「それが、どうしたの? 問題をすり替えないでくれる?」
「美春ちゃん、女の子が初めてをあげる大切さを知ってるでしょ?」
「あのね、お兄ちゃんは別に処女厨じゃないし今は浮気したアンタが悪いことを理解してるの?」
「浮気じゃない! 一樹は、歩いているとこしか見てないのに私が浮気した理由になるの!?」
もう真理が言っていることが支離滅裂になっていくため、これ以上彼女と話し合いをしても無駄だと察した一樹は、溜息を吐き出した時にスッと頭の中に浮かんできた言葉を口にした。
「真理。たしかに俺は真理が沼田と歩いている姿しか見てない。それだけで浮気と決めつけた俺は、器が小さい男だと思う」
「それだったら・・」
「だけどな? 真理・・・・とつきとおか・・だ」
「とつきとおか?」
「そう・・わからないなら、この意味はここでは言わない。帰ってから、ネット検索してみて。それが過ぎるまで俺達は距離を置こう。だから、もう帰って」
一樹は無理矢理にでも真理を追い出すことに成功し、ドアの鍵を締めた。諦められない真理は、玄関ドアを何度も叩くも親の迷惑になると告げると、ゴメンなさいと謝り帰って行った。
「・・お兄ちゃん、さっきの意味は何?」
「あぁ、とつきとおかのこと?」
「うん」
「赤ちゃんが生まれるまでの、おおよその期間らしいよ」
「それって、まさか?」
「そう・・アイツらが避妊してても、もしかしたらがあるだろ? だから、それまでの期間はアイツと距離を置くことにしたんだよ。変な言い掛かりをされないためにね」
「そうなんだ・・ねぇ、お兄ちゃん。私は、お兄ちゃんとの10月生まれの子が欲しいな?」
「アホか!? 実の兄妹だからダメに決まってるだろ? 他の良い男を見つけてお兄ちゃんに紹介しなさい。会った瞬間にぶん殴ってやるから」
「あははは・・お兄ちゃんおもしろーい! 連れて来た彼をぶん殴るって・・・・でも、そんなことできないよお兄ちゃんは?」
「ふん・・どんな屈強な男でも、お兄ちゃんは絶対に負けない!」
「そーじゃなくてさ・・」
一樹と美春の会話は、珍しく微妙に噛み合っていない。
「そーじゃないって、なんだよさっきから?」
「義理だよ? お兄ちゃん」
「はぁ? バレンタインは、まだ先だぞ?」
「もう、そうじゃなくて、私とお兄ちゃんは義理の兄妹なの!?」
「・・・・えっ?」
「知らなかった?」
「知らんし、信じられんし・・美春、暑さで頭がヤラレタのか?」
一樹は妹の美春が言っていることが受け入れられず、彼女の思考回路を心配して薄茶色の瞳を見つめる。
「キャッ・・見つめないでお兄ちゃん・・・・じゃなくて、本当に鈍感なんだから。あのさ、汐田美春って女の子に聞き覚えない?」
「しおたみはる?」
「そう・・汐田美春ちゃん・・・・しおみーちゃん」
初めて聞いたような名前なのにスッと耳に入ってくる一樹は、過去の記憶を辿りその女の子を探す。
「・・あっ!!」
頭のテッペンにアホ毛のように立てた髪を作り笑顔を見せる美春を見て、一樹は思い出した。
「しおみちゃん!」
まだ真理と出会う前の幼き頃に遊んでいた女の子の面影が美春にあり、過去の交通事故の影響で欠けていた記憶の中で見つけたカケラと一致する。
「そーだよ。やっと思い出してくれたね、かずくん!」
「そう・・ずっと、そう呼んでたよね・・しおみちゃんは」
「うん!」
美春は一樹の実の母親から一樹が思い出したら美春の好きにして良いと言われていたため、長年胸に秘めていた想いを吐き出しながら一樹に抱き着く。
「み、美春?」
「大好きだよ、かずくん! あんな女なんか捨てて、私と結婚しよ!?」
「え? えー!! 母さーん! 美春にプロポーズされたー!」
ガチャッ・・
母親に助けを求めるかのように叫ぶと、不意に玄関ドアが開錠されドアが開かれた。
「さっきから近所迷惑よ一樹!! 責任とって、美春と結婚しなさい!!」
「ありがとう、お母さん! 美春はお兄ちゃんと幸せになるね!」
「ちょっ・・待って? 全然2人についていけないんだけど?」
「「 男なら、ビシッと覚悟を決め(て!)なさい! 」」
「はいっ!!」
2人に押し切られるように将来のパートナーが決まってしまった一樹は、せめて学校では兄妹らしい関係を維持することを要望して、残りの高校生活を過ごすことになった・・・・。
一樹と美春の絆が深まったことを知る由も無い岩見沢真理は、同じクラスの一樹から距離を置かれ同じように仲の良かったクラスメイトからも距離を取られ孤立していく。
教室で浮気ビッチ扱いされている真理の姿を見た一樹は、クラスメイト達にそういう扱いをやめて欲しいと言われたため教室では、そういう接し方をしなくなる。
登校する毎日で教室にいる真理を腫物に触れるような扱いをされ続けていた真理は、誰も話す相手がおらず夏が終わり涼しくなった秋頃から体調不良が続く。
今になっては挨拶程度の日常会話をクラスメイトたちとできるようになった真理だったが、それ以上の会話へと繋げれないため精神的な影響で体調不良だと思い欠席する日が続く中で、この異変が別の原因だと知ってしまった。
「・・ウソ、陽性?」
自分を襲う症状にまさかと思いながら薬局で買った検査キットを家で使った真理の手元には、ハッキリと陽性を告げるラインが浮かび上がっていた。
どうしたら良いかわからない真理は、この原因を作った存在に連絡をする。
「・・・・なんでよ!?」
最後にシタ相手は一樹ではなく沼田だったため、彼のスマホに電話を久しぶりにかけるもブロックされていたため、アプリ経由でメッセージを送るも全てブロックされていた。
「・・信じられない!!」
どこにもぶつけられない乱れ狂う感情を発散できない真理は、自分の部屋に戻り手短にあった何かを掴み思いっきり投げた。
その直後に何かが割れるような音が響き渡り、視線を向けた先にあったモノに真理は目を見開く。一樹とのデートの時に買ったお揃いのマグカップが割れて使えない状態になってしまっていたのだから。
「そ、そんな! ウソでしょ!? なんでよ!」
割れて砕けた破片を夢中で集める真理の白く細い指先は赤く染まり痛々しくなるも、割ってしまったショックで痛覚がマヒしそのまま拾い上げ抱き締める。
「・・ぜんぶ・・全部、アイツが悪いんだ。アイツさえ居なければ、私は一樹とずっと幸せで居れたのに・・」
赤く手を染める真理は何かに取り憑かれたかのように割れたマグカップを抱き抱えながら呟き、この元凶を作った男の元へと向かうため暗い夜の中家を静かに出て行ったのだった・・・・。
後日談は、未定です。