1話見てしまったもの
本編2話完結物語です。
アクセスありがとうございます。
高校3年の夏休みで、夏期講習の帰りに一樹は見てしまった・・・・。
高校入学からずっと学年トップクラスを維持している真理と付き合っている一樹は、高校まで同じ学校に通えたから大学も同じ学校に行きたいという不純な理由で夏期講習に参加している。
彼女は夏期講習に行かず今も体型維持と健康管理といって、部活の練習に参加しているほど余裕があるから羨ましいなと思いながら俺は俺だと思い、いつものように市内の雑居ビルである講習が終わり路面電車に乗った。
夏休みなのに朝から夕方まで勉強漬けの一樹は、揺れる路面電車が心地良くぼんやりと街の景色を眺めていると、ふと見覚えのある女の子が見えた気がした瞬間に意識が覚醒し姿を追う。
「・・・・真理?」
黒髪を肩まで伸ばしいつも隣りで見せてくれていた笑顔の彼女が、自分じゃない男に向けて手を繋ぎ歩いている光景に一樹は立ち上がり吊り革を握り締め凝視する。
一樹を運ぶ路面電車は前方の信号が赤のため減速し停留所ではない場所で止まるも、次の停留所まで数百メートル先のため一樹は降りることすらできず、ただ2人を眺めることしかできない。
「そんな・・今日は部活って・・」
真理から今日は女バス紅白試合の頭数として参加すると聞いていた一樹は、きっと他人の空似だと決めつけようとするも目が離せない。
「・・うん、真理じゃないはず。ただ、めっちゃ似てる子だよきっと・・・・」
自分に言い聞かせるように呟きながらも身体は疑っているようで、無意識にスマホを取り出した右手の指先は勝手に真理に電話をかけていた。
青信号に変わり路面電車がゆっくりと動き出したことで、一樹はその加速重力に逆らいながらも吊り革から左手を離しシートに座りスマホを耳に当てる。
その僅かな時間で鳴り続ける無機質な呼び出し音を聞きながら、通りを歩く真理の姿は少しづつ離れて行く。
「・・・・」
「もしもし?」
恋人の真理に似ていた女の子は手を繋いでいた手を離し、代わりにスマホを耳にした姿を見たと同時に聞こえて来た彼女の声に目を見開き落胆する。
「・・・・」
「一樹? 聞こえてる?」
今は学校にいるはずの時間なのに、彼女の声と一緒に聞こえてくる街の騒音が、視界に立つ彼女と一致してしまったことに一樹は最初にかける言葉を忘れたまま口を開く。
「えと、部活お疲れ様かな?」
「えっ・・うん、そう。そうだよ一樹。夏期講習終わったの?」
「終わったよ・・ゴメン。帰ったら電話する」
一樹は真理の返事を聞かず通話終わらせスマホをポケットにしまいこんだ。
彼女に向けていた、恋心も一緒に・・・・
「はぁ・・・・」
車内で涙を流す訳にもいかない一樹は、持っていたイヤホンで耳を塞ぎ外の世界の音を遮断するようにお気に入りの音楽を再生し乱れた心を落ち着かせようとする。
揺れる車内で目を閉じる一樹は、真理と男が親しげに歩く光景が鮮明に再生されてしまい、思わず目頭が熱くなる。
「・・どんな罰ゲームだよ」
強制終了させるために閉じていた目を開ける一樹は、車内広告を眺め意識を別のところへと飛ばしているうちに、家の最寄駅である駒田駅に着くアナウンスが聞こえたため、停車した電車から重い足取りで家へと帰った。
猛暑日で熱せられた家の中は蒸し風呂状態で、熱気がこもった自分の部屋に入る一樹は窓を全開にして快適になるよう扇風機を回し換気する。
「はぁ・・」
汗ばみ不快指数が上昇し続ける身体よりも、彼女の真理が浮気していた光景を目の当たりにしたショックで、不快感なんでどうでも良いぐらいに感じ、そのままフローリングに仰向けになる。
しばらく何もしない時間が流れた頃に、部屋のドアがノックされるも無視しているとドア越しから妹の声が聞こえる。
「・・・・」
「・・お兄ちゃん?」
「・・・・」
「お兄ちゃん、帰って来たよね? 開けていい?」
「・・・・」
一樹は妹の美春に応えず、ただドアを見ているとゆっくりとドアが開けられ遠慮気味に覗く美春と視線が重なる。
薄茶色の瞳を兄である一樹に向ける美春は、フローリングに横たわり汗だくで反応が無かった一樹を見て焦った。
「お兄ちゃん!?」
蒸し暑い兄の部屋で横たわる一樹が脱水症状で動けないのではと心配する美春は、駆け寄りながら優しく頭を抱き抱えゆっくり起こし膝枕をする。
「・・美春?」
妹の不安そうな表情に一樹は、どうしたのかと思い、ここでやっと声を出した。
「お兄ちゃん、すごい汗だよ? 冷たいお水持ってくるからね」
「大丈夫だよ、美春。ただ横になってただけだから」
「でも!?」
汗だくの一樹に美春は心配でギュッとさらに抱き締めた。
「美春? お兄ちゃんの汗で服が濡れるぞ?」
「そんなの気にしなくていいの・・」
「でもな・・ちゃんと起きれるから、大丈夫だぞお兄ちゃんは」
一樹は妹に膝枕をされていた身体を起こし、胡座をかいた姿勢になり心配する美春に笑顔をみせた。
「お兄ちゃん?」
兄が見せる普段とは違い過ぎる不自然な笑顔に、美春は妹ながら女の勘が働いた。
「・・・・真理さんと、何かあった?」
「・・・・」
妹の鋭い指摘に一樹は固まる。
「そ、そうなんだ。ゴメン、お兄ちゃん」
「いや、別に・・美春が謝ることじゃないからさ?」
「・・・・うん」
兄妹でぎこちない空気に包まれていると、フローリングに置いていた一樹にスマホが着信を知らせるバイブが繰り返し作動する。
「・・・・」
画面に視線を向けて真理からの着信だと知るも、一樹は眺めるだけで手を伸ばす気配は無い。
「・・お兄ちゃん、電話にでないの?」
「あぁ、何を話せばいいのか、わからないんだ」
恋人同士なら話すことがなくても、ただ好きな人の声が聞けたらいいと思えるのではと思っていた美春は、兄から吐き出された言葉に深刻な出来事が起きたのだと察した。
「・・・・お兄ちゃん、私がでてもいい?」
「・・好きにしていいよ、美春」
「うん」
美春はスマホに向けていた視線を窓の空へと向けてため息を吐く兄を見てから、スマホを手に取り応答をタップして耳に当てる。
「・・あっ一樹? もう早く電話に出てよ? 心配したんだからねー?」
スピーカー越しに聞こえる兄の彼女である真理の声を聞いた美春は、この女は大好きな兄に何をしたのかという感情が一気に湧き上がり言葉を発さず聞き手になる。
「もしもーし? 帰ったら電話するって言ったの一樹だよ? わたし、部活終わってから待ってたのに、かけてくれないから先にかけちゃったんだよー?」
「・・・・」
女がイミフな理由で部活練習に出ているだけで、兄がこんな生きる気力を無くした顔になる筈が無いと喉元まで出かけた言葉を我慢し言葉を発しない。
「もう聞いてる? もしもーし? かずき〜?? っぁ・・ダメぇ・・電話中・・だから」
スピーカー越しから耳障りな女の声の背後で別の声が微かに聞こえ、ガサッと物音がした後に微かにこもって聞こえた声を美春は聞き逃さなかった。
兄とは違う気持ち悪い男の声と一瞬だけ隠せれなかった女の甘い声に美春は我慢できず、とうとう低い声で言葉を吐き出す。
「・・兄は寝ています。二度と連絡しないで下さい」
「・・えっ? 今の美春ちゃ・・・・」
もう兄の彼女では無くなった女の声を最後まで聞く必要が無いと判断する美春は、耳からスマホを離し終了をタップして、兄の枕元に優しく置いた。
「お兄ちゃん、シャワー浴びて全部流そ?」
「・・あぁ、アリだな美春・・ありがとう」
「うん。お兄ちゃんの妹だもん」
笑顔を見せる美春の頭撫でてから一樹は立ち上がり部屋を出て、そのままシャワーを浴びに1階へと降りる。
頭からシャワーの温水を浴びながら下を向き、排水口へと流れていくのを眺めている一樹は真理が男と歩いている光景が再び思い浮かぶと、バキッと割れて溶け出し落ちて温水と一緒に排水口へと流れていった。
「・・もう別れるしかないよな・・・・好きだったけど」
吐き出した好きという想いも足元に流れ落ち温水に混ざり合うかのように溶けて消え、排水口に消えた後に胸がスッキリして心が軽くなる気分に一樹はなった。
汗も流したことで全身に纏わりついていた不快感が消え去った一樹は、美春が準備してくれていた部屋着に着替えてリビングに向かう。
「涼しい〜」
「お兄ちゃん、おかえり。エアコンつけちゃった」
「ありがとう、美春。美春もシャワー浴びるか?」
「ううん。わたし、先に浴びてたから」
「そっか・・」
陽が沈み夜になるまで一樹と美春の2人はリビングで過ごしていたため、部屋に放置されていた一樹のスマホには真理からの着信件数が誰にも知られず増えていくだけだった。
自分のスマホの存在を忘れて美春と過ごしていた一樹は、仕事から帰って来た両親と一緒に夕飯を食べて寝るため自分の部屋に戻ってからスマホの存在を思い出す。
「・・すげぇ、着信履歴だな」
枕元にあったスマホを手にした一樹は、画面に表示された真理からだけの着信件数が二桁だったことに驚愕する。
昨日までの自分なら指先が勝手に動いて、真理へと電話をするのに今はピクリととも指先は反応しないことに笑ってしまう。
「・・・・寝よ」
このまま何もせず寝ようとしたところで、スマホからカレンダーのスケジュール機能で明日の予定がポップする。
「・・・・登校日、忘れてた」
夏休み中に1日ある登校日が明日だったことを知る一樹は、制服をクローゼットから取り出し登校準備を済ませて眠りについた。
夏の夜明けは一樹が起きる時間の2時間前から空が明るくなるため、カーテンがほぼ遮光しないため一度は目が覚めるも普段なら寝れるのに寝れないため、ただベッドの上でゴロゴロして時間を潰し起床時間を迎えた。
スマホの目覚ましアラームが鳴り起き上がる一樹は、大きく背伸びをして部屋を出て朝の支度を始めていると、廊下で眠そうな美春とすれ違う。
「おはよ」
「おはよう、お兄ちゃん〜」
同じ高校に通う妹の美春は3月生まれのため双子ではないけど同じ学年になるため、一樹と同じで今日は登校日だった。
夏休みの登校日だということを母親も忘れていたため、2人の朝食を作っておらず物音で目が覚めた時に2人が制服を着ていたことで思い出してしまった。
母親に謝られながらお金をもらい、一樹と美春は一緒に家を出て途中にあるコンビニで買うことに決める。
「お兄ちゃん、おにぎりにする? パンにするの?」
「ん〜午前中で学校終わるから、パンにするかな」
「お兄ちゃんがパンなら、わたしもパンにしちゃおうかなー」
「美春、パンはカロリー高いぞ?」
「き、気にしないもーん別に・・・・」
通学路の途中にあるコンビニで互いにパンを手に取り買い終えた2人は、再び学校へと歩き出す。兄妹で好みが似ているのか、互いに2個買ったうちの1つは同じ菓子パンだった。
ゆっくりと今日も暑くなるぞと予告するかのように暑い朝の陽射しの中を歩く一樹と美春の視線の先にある学校の正門前で、1人の女子生徒が日陰で誰かを待っている姿を見つけた。
「・・お兄ちゃん、あそこにいるのって・・」
「あぁ、岩見沢さんだな」
「だよね」
兄がもうアレを彼女又は真理と呼ばずに、苗字で呼んだことに美春はあの女に対しての接し方を決めたのだった。
夏休み前までは真理と家の近くで待ち合わせし毎日一緒に登校していた一樹だったが、登校日だったためもあり時間を遅らせたため結果的に別々に登校するカタチになっていた。
そんな彼女を遠くから眺めながら歩く一樹は、遅かれ早かれ接触することに変わりはないため顔を逸らさず真っ直ぐ前を向いて歩いて行くと、真理は一樹が登校して来たことに気が付いて普段通りの笑顔を見せながら歩み寄って来たのだった・・・・・
立ち読みありがとうございました。
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