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言わんこっちゃない

明けましておめでとうございます。

新年の挨拶代わりでございます。

「よし」


 綺麗に床を磨き終え、流れる汗を拭う。

 これで掃除は終り、この部屋に引っ越して来て以来、半年間毎日欠かさず掃除をして来たから年末掃除も直ぐに済ませる事が出来た。


「...以前の私なら考えられなかった」


 自分でも驚いてしまう。

 こんなに綺麗好きだっただろうか?

 やはり本当に好きな人と暮らすというのはこういう事なんだろう。


 一人暮らしをしていた頃、部屋は酷い有り様だった。

 実家に居た時は家事の得意な母が全部やっていたから。


「...政志」


 愛する恋人。

 彼と出会い、私は変わった。

 1年前、彼との出会いが腐っていた汚ならしい私を救ってくれたんだ。


 三年前、私は大学進学を機に親元を離れ一人暮らしを始めた。

 当時の恋人と別れてしまい、生活は乱れ自堕落になってしまった。


 バイト、サークル、都会の遊びに狂い、あのままの生活を続けていたら、間違いなく大学は辞めていただろう。

 大学の親友だった紀美の忠告すら耳に入らなかったくらいだし。


 『そんな生活してたらダメよ、また好きな人が出来た時どうするの?』

 そんな当たり前の言葉すら煩わしかった。


「本当、その通りだった」


 紀美は不特定多数の男と交際する私を心配してくれていた。

 でも高校時代の恋人に裏切られ、自暴自棄になっていた私はずっと恋人に一途な紀美の忠告は惚気にしか聞こえず、耳を傾ける気にならなかった。


 今なら分かる、本当は過去を捨て新しい出会いに全てを捧げるべきだった。


 そう政志の様な素晴らしい恋人を早く見つけるべきだったのだ。

 二年も掛かってしまったが、彼と出会えたのだから無駄では無かった。


 彼こそが私の全て。

 人柄、性格だけでなく身体の相性、政志程の人間は居なかった。

 忌むべき私の過去を知りながら、全部を包み込んでくれた彼の大きさに...


「お荷物です」


「はい」


 部屋のインターホンが鳴る。

 届いたのは大きなクーラーボックス。

 宛名は私で差出人は私が家庭教師をしている女の子の自宅からだった。


「ありがとうございました、これをどうぞ」


 配達の女性ドライバーさんに受け取りのサインをして、荷物を受け取る。

 外は寒い、部屋に置いてある温冷庫から温かい缶コーヒー2本取り出し、ドライバーさんにプレゼントした。


「ありがとうございました!」


 お礼を言われ少し照れ臭い、これは彼が普段している事を真似ただけ、ドアを閉め荷物を室内に入れた。


 政志と付き合いだして、私はそれまでの生活を全て改めた。

 大学へ再び真面目に通いだし、それまでしていた夜のアルバイトも辞めた。


 彼と同じ家庭教師を斡旋する会社に登録した。

 狂っていた金銭感覚だけど、直ぐに馴れ、派手な服や化粧品は全部処分した。


 売ったお金は結構な金額になり、このマンションへの引っ越す事も出来た。

 ピアスの穴も塞いだ、跡の残ってしまった臍や大きな穴も修復手術で綺麗になった。


 タトゥーをしなかったのは幸いだ、元彼に、お揃いでやろうと誘われていたが、拒否したのが結果として良かった。


 それは止めてくれた紀美に感謝しよう。

 結果として彼女が私を間接的に救ってくれた。

 今の幸せを全部、私が政志と同棲する今を紀美が...


「大きい...これ高いんじゃ?」


 発泡スチロールのクーラーボックスに入っていたのは立派なカニだった。

 家庭教師先の家は水産会社を経営しており、私は今日の為に1匹注文した。


 快く了解してくれだが、これは支払った料金と見合ってない。

 蟹の爪に緑のタグが付いてあり、間人(たいざ)蟹とある。

 どう考えても私の渡した1万円では足りない筈だ。


「もしもし、浜井さんでしょうか?」


 心配になり、家庭教師先のお父さんに連絡を入れる。

 間違って届いたなら大変な事だ。


『お、史佳ちゃん、蟹は着いたか?』


「はい、今着きましたけど...」


『立派だろ?幻の蟹だ旨いぞ』


「いや...でもこれは1万では」


『気にしないでくれ、娘の成績が上がったお礼だよ』


「え?」


 おおらかに電話の向こうで笑う声がする。


『もしもし史佳先生?』


「あ、史織ちゃん?」


 電話の声が代わり、教え子の史織ちゃんが出た。


『受け取って下さい、私達からのお礼だから』


「でも...」


 そう言われても、ちょっとこれは。


『恋人と食べて下さい、先生の彼氏も大好物なんでしょ?』


「うん」


 そう言えば話した事あったっけ、蟹は政志の大好物だって。


『美味しいよ!いい年越しを迎えてね。

 来年も宜しく』


「あ、ちょっと...」


 電話が切れる。

 なんだか恥ずかしい、でも暖かな気持ちになる。

 確かに一生懸命史織ちゃんの家庭教師を頑張ったけど、こんな立派な物を...


「...嬉しい」


 真心の詰まったプレゼント、こんな気持ちは家族以外で今まで味わった事が無かった。

 これも政志と出会え、私が変わったお陰なのだろう。


 キッチンに向かい、大きな鍋に湯を沸かす。

 まな板に蟹を置き、下拵えを始めた。

 政志、今日は蟹鍋だよ!


「我ながら上手く捌けた」


 苦手だった料理も今は大好き。

 なんといっても政志の喜ぶ顔が見られるんだから。


「お母さん、ありがとう」


 料理は母から手解きを受けた。

 真面目に暮らし始め、母に料理を教えて欲しいと頼むと、空いた時間を縫ってここに来てくれた。


 自堕落な時は疎遠になっていたが、私の変化に両親は涙を浮かべ喜んでくれたのだ。

 もちろん政志を両親と引き合わせた。


『史佳を...宜しくお願いします』


『こちらこそ』

 政志の手を握る両親に彼は微笑んだ。

 それからずっと両親は電話がある度に政志の事ばかり聞く、でも本当の親孝行はこれからだよ。


 来年には大学を卒業する。

 彼とは違う会社だけど、名の知れた会社に内定を貰えた。

 そしてお金を貯めて結婚するんだ。

 両親はお金を出すから早くと言っていたが、政志と話し合って自分達でと決めた。


「まだかな」


 時刻は午後5時、政志が今年最後の家庭教師から帰って来るのが7時だから、もう少しの我慢よ。


 炬燵の天板上にコンロと出汁を張った鍋を置く。

 冷蔵庫には切り分けた蟹と野菜を大皿に乗せ、ラップを掛けてある。


 あとは炬燵で暖を取りながら、政志と二人、カニ鍋をつつく。

 こんな満ち足りた年越しは久し振り、いや生まれて初めて、まるで高校時代に戻ったみたい。

 何も知らなかった無垢の頃に...


「結構伸びたな」


 部屋の脇に置いてある鏡に映る私。

 一年経って髪の毛もかなり伸びた。

 もう染めたりしてない、金髪を黒く染め直した部分と、元の髪の境目も随分下になってきた。

 あと一年もしたら昔のように綺麗な黒髪になる。


「ん?」


 携帯が鳴る、政志に何かあったの?


「...へえ」


 携帯の画面には一人の名前。

 これが最後の通話になる、元親友からただの知り合い...いやそれ以下に。


「もしもし紀美」


『あ...史佳?』


 繋がった通話口から聞こえる女の声。

 声は上ずり、明らかに様子がおかしい、理由は分かっている。


『ご...ごめ...んね、あの政志を知らない?』


「さあ?アパートに行ったら」


「...居ないの、引っ越したみたいで」


「そうなの?」


 1年前、政志を捨てた癖に今さらだ、私と付き合っている事も、半年前から一緒に暮らしてる事も絶対に教えてやるもんか。


「もう別れたんでしょ?

 貴女には恋人がいるじゃない、裏切っといてよくもまあ...」


『止めて!』


 紀美は金切り声を上げるが、止めるもんか。


「ごめんなさい、そういえばアイツは先月薬で捕まったんだったわね。

 随分危ない薬だったそうだけど、紀美は大丈夫だった?」


『...あぁ』


 こうして電話してくるって事は使って無かったのだろう。

 でも奴は媚薬とかを乱用してたからな、そっちは使われただろう。

 ...私の様に。


「そういえば、留年だって?

 1年間殆ど大学に顔出してなければ当然でしょうけど」


『う...』


「就職活動もしてないから、ちょうど良いじゃない来年に掛けたら?」


『ふざけないで!』


 我慢出来なくなった紀美が怒鳴った。

 でもふざけてるのはどっち?


「どうせ政志の元に帰ろうって考えたんでしょうけど無駄よ、アンタはもう戻れない」


『...な』


「全身のあっちこっちにタトゥーなんか、しかも男の名前まで」


『アアァ...』


 タトゥーを否定しないが、余りにやり過ぎ。

 最後に見た時、手首や首筋、胸元にまでタトゥーを入れていた。

 あれだけ私に止める様に言ったのにね。


「変な動画をバラ蒔かれる前にアイツが捕まって良かったじゃない、そうなったら手遅れだったし」


『な...なんでその事を?』


「忘れたの?アイツは私の知り合いだった事」


『うぅ...』


 実際は交際していたが、アイツを元カレだなんて言いたくない、正に黒歴史その物だ。


 奴が捕まり、警察に没収されたアイツの携帯には私の連絡先もあった。

 1年以上前に奴と別れていたが、データーが消されて無かったので私に辿り着いたそうだ。


 それより、データーの中には薬で無理矢理セックスをされている女の子の画像もあったらしい。

 もしかしたら紀美がそうかもしれないが...


「私、言ったわよねアイツに近づくなって」


『...史佳』


「別に取られるのを恐れてじゃない、アイツの性格を知っていたからよ」


 見栄えだけのクズ、女を金蔓かセックスの捌け口としか見てない。

 なにより寝とりが生き甲斐の歪んだ性癖の持ち主だと教えてやったのに。


「それなのに、なんでアンタは...」


『だ...騙されてたのよ!』


「だから何?

 今さら政志に何を言うつもり?

 騙されてたからまたやり直しましょうとでも?」


『ウ...ウゥ...』


 紀美の嗚咽が聞こえる。

 私の言葉は紀美に届かなかった、昔の私がそうだったみたいに。


『お願いよ...政志を返して』


「あなたまさか?」


 何を言うんだ?


『聞いたよ、政志と付き合ってるんでしょ?』


「...う」


 思わぬ反撃、まさか知っていたのか。


『酷いよ...私から政志を奪うなんて』


「はあ?」


 頭に血が昇る、何を言うのだ。


「誰か奪った?

 ふざけないでくれる?

 アンタがバカに抱かれたのが原因でしょ?」


『うるさい!』


「うるさいのはそっちよ、言っとくけど私から政志に連絡したんじゃないわよ。

 アンタが政志の携帯に送り着けた奴とセックスしてるバカ画像を見て、政志の方から聞いてきたんだから、この男を知ってるかって」


『嘘よ!』


「嘘なもんですか!!」


 どこで紀美がクソ野郎と接点を持ったかは知らない、でも分かった時に私は止めた。

 それなのに紀美は浮気を止めず、堕ちて行っただけの事。

 だから私は政志を助けた、結果的にみれば奪った事になるのかもしれない。


 ずっと憧れていたんだ。

 そう、政志の事をずっと...


『お願いよ...このままじゃ私、実家に連れ戻されちゃう』


「あっそ」


 そう言う事か。

 きっと娘の仕出かした事は警察から両親に知られてしまい、強制的に帰郷か。

 なんの事はない、政志に会いたいは単にここに残りたいだけの口実に過ぎないんだ。


『なんでよ...たった1年間だけよ?

 史佳は2年もふらついていた癖に...なんでアンタは幸せになれるの?』


 それが本音か...


「確かに私はクズな生活をしていた。

 でもアンタみたいに恋人を裏切ってない。

 恋人を...政志を絶望に叩き落としたりね」


『...黙れ』


「ねえ、政志...政志さんは素晴らしいわよ。

 あんな人を...アンタ本当にバカね。

 彼以上の男性は居なかった、間違い無く全てに於いてね」


『...止めてよ』


 そろそろ切ろう。

 これ以上は時間の無駄だ。


「それじゃ」


『あ...ちょっと』


 何か言いたそうな紀美だが、通話を切る。

 続けて着信拒否をした。


「可哀想なんか思わないよ」


 静かに携帯をエプロンのポケットへしまう。

 これでお仕舞い、さよならだ。


「ただいま」


 扉が開き、愛しい彼が!!


「お帰りなさい!」


 嫌な気持ちは忽ち消えて行く、急いで玄関に走った。


「誰かと話してたのか?」


「聞いてたの?」


「詳しくじゃないけど、廊下からな」


「そっか」


 危ない、政志に紀美の話しはタブーだ。


「なんでもないよ、蟹のお礼をしてたの」


 冷蔵庫から蟹を取り出し政志に見せた。


「凄いな!!」


 政志は思わず目を輝かせる。

 ああ、堪らない...


「シメは雑炊だな」


「うん、御飯も用意してるからね」


 政志のコートを脱がせ、ハンガーに掛ける。

 なんて幸せなんだ、この生活を手放してなるものか...


「愛してるよ」


「ありがとう、俺も」


「大好き...政志」


 頷く政志の背中に呟いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです(^^♪ 紀美… さんざん史佳に忠告とかして史佳は踏みとどまってたのに 当の本人が友人の忠告を無視して堕ちてるとは… 恋は盲目だったのか、もともと史佳の元カレが見た目がい…
[良い点] タトゥーは消すのも大変だし失敗ですね… 好きな人と同じって付き合ってる時はいいけど、嫌悪感ある人だっているだろうし、特におせっせするときに気が付くような秘部にあると最悪。 あと相手の名前と…
[良い点] 女同士のせめぎ合い…… うぅと唸りながら読ませていただきました。
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