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私たちは今を生かすために夢を殺している。

作者: 青木真実


 この夢が一向に覚めてくれない。


 足取りはしっかりしてるけど、重力が緩くなった感じ。目まぐるしく景色が変わり、今では電車の中にいる。突然だけど、もうここに来てから十日は経ってる。どうしてだか何となく分かる。


 もう随分両親の顔は見ていない。

 たたん、たたん。電車の走る音が心地好く響く。今までに撮ったことがある写真が窓の外を流れる。どうでもいい数式が頭を通り過ぎて、吊革が揺れる。目眩がしそうだったから、思わずそれを掴んだ。


 自分の行動に一貫性が無くて、私が私じゃなくなったような気持ち悪さを覚える。過去がデタラメに私の体を動かしている。取り留めのない記憶は途中でぶつ切りになって消えていってしまう。何故だか、手から取りこぼしたものは何であろうと恋しくなってしまう。

 違う。今考えるべきはそれじゃない。


 私はもう、夢に呑まれているのかもしれない。思考すら自分で操れなくなっている。現実にいる私は、どのくらい眠り続けているのだろうか?もしかしたら、私はこの夢に永遠に振り回されることになるのだろうか。私の命が尽きるまでの間。

 酷く恐ろしい想像が浮かんでは消える。気がつけば、電車の外は真っ黒に染まっていた。電車はその走行音を急に甲高くさせて、そろそろと遅くなっていく。駅が近い。


 大きい揺れを残して電車が止まる。両側のドアが開くが、ホームがあるのは左側のみ。右側には絶えない闇が広がっている。夢の私はその闇には目もくれずホームに降り立った。


 私は何がしたいのだろう。ここに何があるのだろうか。ノイズみたいな音で蛍光灯がついた。剥げかけの点字ブロックに、額縁だけある広告、青く塗り潰された駅名は思い出せそうに無い。非常用の扉も無くて、ただ無機質な壁が階段の方まで続いている。電車は『回送』を報せている。


 階段。その先を私は目指したがっている気がする。夢が夢であると認識してしまっている上で、夢の中の私でない現実の私が求めるものも、何故だか向こうにあると感じる。今まで夢に振り回されていたのも忘れて、夢の私と繋がった気分になった。


 私たちは走った。夢中で走った。これが夢であろうとそうでなかろうと、私たちの求めるもののために走った。

 ふと、反対のホームに人影が見えた。それも一人や二人ではなく、大勢の人だ。苦しい。彼らを見ていると、そこから湧き上がる何かに体を燃やされるような感覚、恥ずかしさにも似たものに襲われる。彼らとずっと前から笑っていた知らない記憶が蘇ってくる。


 井上、相模、原本、剣城、浪川、沢辺、加瀬、長谷部、中村、柳、小田、倉橋、遠藤、曽我、稲村、伊藤、根岸、雨森、蕨、菅原、松田、平山、結城、新渡戸、立川、倉野、誠、船岡、石井、齋藤、板東、林、松方、西条、岩崎、橋本、木下、秋葉、米川、近藤、嶋崎、入江、黒沢、田中。


 ただの黒いシルエットだというのに、名前と顔が浮かんでくる。でも、知らない。覚えていない。ごめんなさい。これも夢の中だけの存在なのだろうか?

 思わず、彼らに向かって手を伸ばすと。


 だん。


 重い音が一発鳴り響く。

 その瞬間、彼らは紙吹雪になって散ってしまった。その内の一枚が、いつの間にか立ち尽くしていた私の手のひらに落ちる。

 長瀬のものだ。


 立っているところが凹んでいく。自分を中心に蟻地獄が生まれるように。真っ黒い海に突き落とされるように、ホームからは遠く離れて、握っていたはずの長瀬も消えてしまった。



 私たちの、長い旅が終わる。それは夢の終末を意味している。理由がどうであれ、私はこの夢を見るべきだったのだろう。走り、転がり、泳いで、弾んで、歩いて、止まって、くたばった。願わくば、次の夢はもうちょっといい気分になれたらいいな。



 ジリリリリリリ。ジリリリリリリ。


「ふぁ。」


 けたたましい目覚まし時計を手探りで止める。目垢のざらざらを感じながら目を擦ると。


「え!もうこんな時間!」


 寝坊だ。布団から跳ね起きて急いで支度をする。何だかとても疲れてる。いっぱい眠ってしまったせいだろうか。


 ナガセ。


 ふと頭に浮かんだ名前。何だろうな。絶対に夢の話だ。うーん、こういうのは思い出せないとモヤモヤする。


「ま、いっか。」


 いつか続きが見れるでしょ。夢なんだし。



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