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ふぁみりあでいずっ!  作者: 螺子川くるる
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第七話 オペラ・エリスアートという少女

──魔力量三千。


 それは一つの到達点だと言われている。賢者や勇者、物語の英雄だけが辿り着ける領域であり、努力を重ねた天才が生涯を懸けて手を伸ばし続け、最後の最後で漸く届く。そういった数値。


 それをオペラは生まれた時点で保有していた。それはこの国に生きる人間にとってはとても喜ばしい出来事であり、希望だった。


──多くの人間がその誕生を祝福した。

──多くの人間がその将来に期待した。


 オペラの体の異変に気づく、その時までは……。


 本来魔力とは大人になるにつれ、体の成長に合わせて増加していくものだ。なら、魔力量三千という数値で生まれて来た赤子は、その肉体も生まれた時から特別なのだろうか?


──決してそんな事はない。


 他の子と何ら変わりはない、柔らかくて、温かくて、すべすべしている。そんな普通の、可愛らしい赤子。


 故にその魔力は体を蝕む毒でしかなく、持って生まれた呪いでしかなかった。オペラは常に苦痛に悩まされ、度々熱を出す、そんな幼少期を過ごしていた。


 私は通常よりも早く講師を雇い、自らも率先してオペラに魔力制御の練習をさせた。その成果もあり、オペラの年齢が十二を迎える頃には、殆ど苦痛に悩まされる事も無くなり、どこにでもいる元気な普通の女の子として生活出来るようになっていた。ただし、今まで殆ど外出出来なかった反動からか、少々お転婆に成長してしまったが……まぁ、それは置いておくとしよう。


 そんなオペラにも一人の友達ができた。元気溌剌なオペラとは正反対の、物静かで儚げな女の子。その子はオペラにとても良く懐いていて、よく二人で街に出て、泥だらけになって帰って来るのが恒例だった。オペラに関しては街で男の子と喧嘩をする事も多く、生傷も絶えなかった。私はその度に叱りつけ街へ出ないように注意したが、それでも懲りずに遊びに行っていた。


 そしてその日もオペラはその女の子と街へ遊びに行っていた。買いたいものがある。そんな言葉を残して、いつも通り屋敷を抜け出していった。


 夕方になり、いつもよりも帰りが遅い事を心配した私は、二人を探しに街へ出た。街の人に行方を聞くも色々なお店に顔を出していたらしく、中々足取りは掴めなかった。そんな時、街の外れからここまで響き渡るほどの大きな爆発音が聞こえて来た。


 まさかと思い、急いで音のした方へと駆けつけた。そこで見たのは──ボロボロなった自分の娘の姿だった。その側では怪我をした友達が泣きじゃくり、少し離れた場所では血に塗れ、手足があらぬ方向に曲がった男達の姿があった。


 私はすぐに手当てができる人間を呼び、その場はどうにか一人の死者も出さずに収まった。ただ、一番重症だったのはオペラだった。外傷は程なくして治ったが内側の損傷が酷く、自分の力で起き上がる事もできない状態だった。何が起きたのか、一番怪我の少なかったオペラの友達に話を聞いた。


 話を聞くと二人は男達に攫われそうになっていたという。一度はその場をやり過ごす事が出来たが、オペラが少し目を離した隙に友達は捕まってしまったそうだ。その事に気が付いたオペラはその子の事を助けに向かい、男達と争った。結果としてオペラは魔力を暴走させ、爆発を起こしたのだった。


 その一件以来、オペラは魔力の制御ができなくなった。内側の怪我は治ったが、それでも使う事ができなかった。医者が言うには心に原因があるとの事だった。


 そして今、オペラは人と触れ合う事を恐れ、遠ざけるようになった。魔力を上手く扱えない事が原因だろう。学園でも度々制御に失敗し、被害を出しているそうだ。











「──とまぁ、ここまでが君に話したかった内容だ。長々とすまなかったね」


 カーマインさんはそう言って話を締め括った。


「いえ。教えていただきありがとうございます」


「こんな話をしたのはね、君にオペラを支えて欲しかったからなんだ。あの一件以来、あの子は僕たちにも距離を置くようになってね。今の距離感に戻るまで沢山の時間を要したんだ。そんなあの子の心の傷を埋められるとしたら、それは多分『使い魔』なんじゃないか。私はそういう風に考えていたんだ。だから今日、あの子がどんな使い魔と契約するのか楽しみにしていたんだよ」


「す、すみません。何か、僕みたいなのが来ちゃって」


 なんとなくいたたまれなくなり頭を掻きながら、カーマインさんに謝罪する。


「本当だよ……。魔力の多いあの子の事だ、何か凄い事をしでかすんじゃないかとは思っていたけど、まさか人間を召喚するとはね。バルバフに話を聞いた時は絶望したよ」


「ううっ」


「──でも私は、君で良かった、そう思えたんだ」


「え?」


 カーマインさんは顔を綻ばせ、僕の眼を真っ直ぐ見据える。目尻を下げ、口元を緩めた、先程ご主人様に向けていたような優しい表情。


「あの子がね、久しぶりに本気の感情を見せてくれたんだ」


「あっ……」


──ヒイロを虐めたら、本当に本当に怒るからね!


 頭に浮かんだのはそんな言葉。確かにご主人様はそう言っていた。人と触れ合う事を恐れ、遠ざけるようになった少女が──確かにそう言っていたのだ。


「まるで昔のあの子を見ている様だった。昔から独占欲が強い子でね、大切なものはなかなか手放してくれない子どもだったんだ。だから君と部屋に入ってきた時は心底驚いたものだよ。あの子が昔みたいに、その手に大事な物を握って執務室に来たのだからね。まぁそれが男の子っていうのは、男親として複雑な部分ではあるんだけど……。ただそれでも──それでも私は嬉しかったんだよ。必死で感情を抑えないと、涙が出てしまうくらいにはね」


 カーマインさんは目元を潤ませ、戯けた様に笑う。


「あの子のこと、任せてもいいかな?」


──正直、こういう期待のされ方はキツイ。今までの話を聞いて、カーマインさんの表情を見て、その上で簡単に、言葉だけで、返事ができる人間じゃない。でも、それでも──僕は誓ったから。


「はい!」


──ちゃんと言葉にしよう。ご主人様の為に、カーマインさんの為に。そして何より、自分自身の為に。


 カーマインさんの頬を一筋の涙がつたう。


「……ありがとう」


 そして深く、深く頭を下げた。


 カーマインさんはゆっくりと顔を上げると、誤魔化す様に笑みを浮かべる。


「さてと、そろそろ切り上げようか。あんまり待たせるとオペラに悪いからね」


「はい。ではそろそろ……」


 その直後、扉の外から物音が聞こえた。まるで何かに物をぶつけたかの様な、そんな音だ。


 二人の間に静寂が訪れる。


「失礼します」


 僕は素早く立ち上がり、一度カーマインさんに礼をした後、扉を思いっきり引いた。すると二人の想像通りの人物が、よろける様に中へと入ってきた。


「あっ、えぇと、その、あはははは……。そっ、そろそろご飯の時間だったから、さ。呼びにね、来たんだけど……」


 ご主人様である。気まずそうに視線を動かし、目を合わせようとしない。その分かりやすい姿から、何をしていたかは明白だった。


 僕らはため息を吐く。


「そっか、もうそんな時間か……。じゃあそろそろ僕は帰ろうかな」


「ええぇ、一緒にご飯食べようよぉ」


 そう言ってご主人様は僕の服を掴む。引っ張って駄々をこねる姿はまるで子どものようだ。


「ほ、ほら僕いきなり召喚されちゃったからさ、家族に何も伝えていないんだよね。多分家でご飯を用意してくれてると思うんだ。だからさ、一緒に食べるのはまた今度って事じゃ駄目かな?」


 我儘をいう子どもをあやすように優しく微笑み、次の約束をする。


「そっか、ヒイロにも家族はいるもんね。……うん、いいよ。また今度。約束だよ?」


 ようやく服を離し、一歩後ろに下がる。


「うん約束だ。……で、僕はどうやって帰ればいいのかな?」


「え、えぇと……」


 ご主人様はカーマインさんの方へと目を向ける。


「ヒイロ君が頭の中で帰りたいと強く願えば、帰れる筈さ」


「頭の中で……」


 僕は意識を集中し、目を閉じる。だが暫く経ち、そのまま目を開けた。


「……え? 何も変化がないんですけど……」


「ふむ、イメージ不足かな?」


 カーマインさんは顎に手を当て考える仕草をする。本来使い魔は、主の許可なく結構簡単に帰る事ができる生き物だ。それなのに帰る事が出来ないという事実に頭を捻る。するとご主人様が何かを思い出したかの様に呟いた。


「……あっ。 ヒイロはまだ魔力が使えないから」


「そうか、なら今回は私がサポートしよう。ヒイロ君、少し背中を借りるよ」


「おっ、お願いします!」


 カーマインさんは学園長が僕にしてくれた時と同じように僕の後ろに回り、背中に手を当てる。そして魔力を体の中へとゆっくり流しこんでくる。


「……ヒイロ君」


「はい! それじゃあ念じ……」


「──すまない」


「……え?」


 カーマインさんの口から出た言葉に驚き、ついそちらへ顔を体ごと向けてしまう。


「……何が、ですか?」


 謝罪の言葉から、一つの可能性に行き着く。その横ではご主人様も同じ事を考えたのか、同じ様にカーマインさんの顔を見ている。その顔は悲痛に歪み、唇を震わせていた。


「──君はこの世界に、完全に召喚されてしまっている」


 それが意味するところを、僕は正確に理解してしまった。


──楽観していた。ただ一言、その言葉に尽きる。


 僕が知る物語の使い魔は、必要な時にだけ呼ばれ、それ以外の時間は元の世界に戻る。そんな、便利屋のような存在だった。だから異世界に召喚されたとはいえ、旅行気分の様な、そんな軽い気持ちがどこかにあった。


──もう一生家族に会えないかもしれない。


 その事実に膝から崩れ落ちそうになる。だがその瞬間、視界に一人の少女の顔が映り込んだ。


 それを見た僕は足に力を入れ、なんとか持ち直す。そしてその少女の方へと歩み寄り、その顔を見つめた。


「ははっ、酷い顔。折角の可愛い顔が台無しだよ?」


 柄にもないセリフが口から出る。目の前の女の子が涙を流していたからだ。いつもの僕だったら狼狽えるだけだったかも知れない。しかし今は、そんないつもの自分を封じ込め、笑顔を浮かべる。


「でもっ! 私が! 私のせいで!」


「別にさ、もう絶対に帰れないって決まった訳じゃないんだ。こっちに来れる魔術があるんだよ? だったら向こうに帰れる魔術もあると思わない?」


「だけどっ!」


「それにさ、丁度良かったんだよ。僕はまだこの世界でやりたい事がいーーーーっぱいあったからね。いちいち帰っていたら全然時間が足りないんだ」


 身振り手振りを交え、わざと戯けた様に、そんな言葉を口にする。


「それでも、この世界に独りぼっちは寂しいからさ。僕が帰ることができるその日まで、使い魔としてだけじゃなくって、友達として、僕と一緒にいてくれないかな?」


 ご主人様は縫いぐるみでも抱くかのように強く僕を抱きしめ、胸に顔を埋めた。


「あぁ゛あ……ひぐっ、う、あああ゛あああ゛あああぁぁあぁ゛ああああっ!!!!」


「これからよろしくね、オペラ」


 子どもをあやすように優しくオペラの頭を撫でる。


「ゔんっ……ゔんっ!」


 そんな様子を眺めていたカーマインさんは、僕の視界に入る様に場所を移動し、頭を下げる。


「私も、君が帰る方法を全力で探そう」


「はい、お願いします」


 こうして、僕が異世界召喚されてからの、長かった一日は──幕を閉じた。


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