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ふぁみりあでいずっ!  作者: 螺子川くるる
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第五話 ご主人様はお金持ち?

「お待ちしておりました」


 学園の外に出た僕たちを出迎えたのは、黒い執事服に身を包んだ高齢の男だった。高齢、と言っても背筋は真っ直ぐに伸びていたので、まだまだ現役と言って良いだろう。瞳は蒼く、灰色の髪は綺麗に後ろで纏められ、口髭を携えた端正な顔立ち。セバスチャンと呼ばれていそうな男である。


 後ろには豪華な装飾の施された一台の白い馬車。しかし決して品がないというわけではなく、一つ一つの装飾が丁寧に作られており、バランスの整えられたそれらは、その馬車の美しさを一段階も二段階も引き上げていた。馬車を引く馬は漆のように輝く体毛をたなびかせ、引き締まった筋肉を惜しげもなく晒していた。


あまりの衝撃に一歩後ずさってしまう。それとは反対に、ご主人様は一歩前へと進み、男に向かって頭を下げた。


「ごめんなさいエクリム。急に呼び出してしまって」


 セバスチャンではなかったらしい。


「頭をお上げください。このエクリム、お嬢様のためとあらばいつでも参上致しますとも。それに話はウラスタリオ様より伺っておりましたので、余裕を持って到着しております」


「ありがとう。──ヒイロ、紹介するね。この人はエクリム。私の家、エリスアート家で執事をしてもらっているの。凄く敏腕で、何でもできるから家では人気者なのよ」


 ご主人様は僕の方へと振り向き執事の男を紹介する。先ほどまでの表情とは違い、少しだけ自慢げな表情をしていることから、この執事がとても大切な存在である事が窺える。


「ご紹介に預かりました、エクリムと申します」


「坂鳥陽色です。よろしくお願いします」


「ヒイロ様とお呼びしても?」


「大丈夫です」


「ではそのように。さてお嬢様、今日はお疲れでしょう。まずは馬車にお乗りください。どうぞ、ヒイロ様もご一緒に」


 執事さんに誘導された僕たちは馬車の中へと移動する。それを確認した後、自らは御者台へと座り、馬に一声掛けてゆっくりと走らせた。


 馬車には魔術式が施されているらしく、全くと言って良いほど揺れはない。移り変わる景色と車輪が動く音さえ聞こえなければ、まだ発車していないのではと考えてしまう程である。車内は革製の柔らかい椅子が備え付けられており、そこに対面するように僕とご主人様は座っていた。


「しかし格好良かったなぁエクリムさん。僕も将来あんな風になれるだろうか? まずは髭を生やすべきかな? あれさえあれば魅力は一気に上がると思うんだよね」


 口元に手をやり、想像の中では生えているであろう髭を撫でてみる。


「ヒイロに髭は似合わないと思うよ?」


「そうかなぁ? 僕ってば結構紳士なところもあるし、案外似合うんじゃないかな」


 キリッとした表現をご主人様に向けてみる。


「あははー……そうかもね」


「何その適当な相槌!? ……まぁいいさ、いつか僕のダンディさに恐れ慄くがいいよ」


 いつか来るその日を想像しながらほくそ笑む。


 興奮が冷め、ある程度落ち着きを取り戻した後、肩肘を付いて窓の外へと目を向ける。視線の先には西洋風の建物が立ち並び、それに沿うようにして露天が出ていた。そこには見たことのない果物や串焼きの様な物を売る人の姿があり、人の数から賑わっている事が分かる。


──平和な街、なのだろう。人々の顔は笑顔に包まれ、各々が幸せな時間を過ごしているのが一目で分かる。そんな景色を眺めながら、改めて自分が異世界に召喚された事を自覚する。


「ご主人様ってさ……」


「ん?」


「この街は好き?」


「──うん。好きだよ」


 そう言ったご主人様は僕と同じように窓の外へと視線を向けた。


「私はね、この街で生まれたんだ。小さい頃は良く親に内緒で買い物したり遊んだりしてて、しょっちゅう怒られてたの。こう見えて私、結構お転婆だったんだよ? でも、それでも外出はやめなかった。それは多分、この街が、ここで生活するみんなの笑顔が、大好きだったからだと思うんだ」


 お転婆だった。その言葉にどこか納得する。諦めたように卑屈に笑い、周りから蔑まれても何も言い返さないのに、僕と会話する時は様々な反応が見え隠れしていたから。多分それが本来の性格なのだろう。だからこそ余計に考えてしまう。ご主人様をここまで変えてしまった何かについて。


 一応気になる言葉はあった。僕が召喚された際に聞こえた侮蔑の中に。


──テンサイ


 確かそう呼ばれていた。普通に考えれば『天才』なのだろう。しかしご主人様は召喚陣を暴走させていたし、学園長室で聞いた限りでは、適性も火属性のみだと言っていた。揶揄だとしてもそう言われる理由になり得るものはなさそうだった。


 だとするなら多分……まずはそこから調べてみるべきか。


「……そっか。じゃあさ、今度良かったら街を案内してよ。できれば、ご主人様がおすすめする場所とかさ。どうかな?」


「任せて。その時はとっておきの場所を案内するね」


「ありがと」


──まずは仲良くなろう。何も知らないのだから。何が好きで、何が嫌いなのか。普段何をしていて、何に興味があるのか。一つ一つ知っていこう。彼女の為に。努力する理由を。


「お嬢様方、歓談中に申し訳ございません。そろそろ到着いたします」


 執事さんの声を聞き窓の外へ視線を向けると、その進行方向にはとてつもなく大きな家があった。いや、家というにはそのサイズは大きすぎる。『白亜の城』というのが正しい表現だろう。赤い屋根と噴水の青、広大な緑がその城の美しさを引き立て、そこを別世界へと変えていた。


──まさかとは思うけど……あれが家? あれかな? あれは実はホテルで、その一室に泊まっているとかそういう事なのかな?


 そんな非現実的な事を考えてしまう。


「あのさ……」


「ん?」


「もしかしてだけど、ご主人様ってすごいお金持ち?」


「そっそんなことないよっ!」


「そっそうだよね! ごめんね? 変なこと聞いてさ」


「お金持ちなのは、お父さんだよ」


「…………」


──最初に知ったのは、ご主人様が富豪ということでした。


 思わず天を仰ぐ。馬車の天井しか見えないが。執事の登場と馬車での送迎。これらの事からある程度の家である事は想像していたが、まさかここまでとは思っていなかった。


 というか何でお金持ちなのに虐められてるの!? 普通虐める側じゃない!?


「到着致しました」


 執事さんの声とともに馬車が止まる。そして暫くすると扉が開いた。


「お降りください」


 その声に従い馬車を降り、目の前に広がる景色に目をやった。


「これが……ご主人様の家」


 改めて見ると馬車で見た時より大きく感じた。どこまでが敷地なのか分からないほどに広い庭。家へと繋がる道の途中にある大きな噴水広場。そしてやはり一番目を惹くのは、視界に収まりきらない程の大豪邸。


 異世界召喚されたのに、今度は異世界転移したのではないか? そんな風に感じてしまうような非現実的な光景。


 ごくりと唾を飲む。


「ヒイロ、行こう?」


 視界の端からひょっこりと顔を出したご主人様が手を差し出す。僕はその手を握り、ゆっくりと家までの道を歩いて行った。

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