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ふぁみりあでいずっ!  作者: 螺子川くるる
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第二話 異世界召喚

──異世界召喚。


 なぜか確信めいた予感が身体中を駆け巡り、これが夢でないことを自覚していた。見下ろした自分の姿は、着慣れたいつもの詰襟制服と、使いつぶしてくたびれた上履き。足元に広がる草原とは不釣り合いな姿だろう。


心地よい風が若草の香りを伴って頬を撫でる。気温はそこまで高くない。少し涼しいくらいだろうか。夏休み真っ盛りだった日本とは違って、こちらはまだ夏ではないのかもしれない。ここに来る前に見た景色を思い出すように、空を見上げる。そこには雲一つなく、突き抜けるように青い空が広がっていた。


ここら辺は地球と同じらしい。青い空も、輝かんばかりの太陽も。


 視線を前に戻すと、少し離れた位置に明るい赤紫色の髪をした少女が座り込んでいることに気が付く。金色の細かい刺繍が施された白いローブとその中に着ている濃い青色をした制服姿。周囲にいる同年代らしき人たちと同じ服装をしていることから、たぶん彼女は僕と同じ年頃の学生なのだろう。


 その姿をはっきりと正面に捉えたとき、先ほどと同じように確信めいた予感が頭の中に浮かぶ。


「もしかしてだけど、──君が僕のご主人様かな?」


 柄でもなく少し格好つけながら、少し戯けたように、言葉を紡いでみた。すると目の前の少女は背筋をピンと伸ばし、僕に目線を合わせた。緊張しているのかもしれない。体はわずかに震え、白く細い手は赤くなってしまうくらいにギュッと握りしめられていた。


「はっ、はいっ! オペラ! オペラ・エリスアートって言います!」


 鈴が転がるような声というのはこういう声のことを言うのだろうか。まだ幼さの残る心地よい声が耳朶を打つ。


「僕は坂鳥陽色。陽色の方が、僕の名前だ」


 地べたに座り込んだままになっている少女に手を差し出し、立たせながら自らの名前を告げた。


「ヒイロ……さん」


 彼女は噛みしめるように僕の名前を呟いた。なんだか少しばかり恥ずかしさを感じる。


「陽色でいいよ。君は僕のご主人様なんだ。敬語を使う必要なんてどこにも無い」


「はっ、うっ、うん!」


 いちいち大袈裟な反応をするオペラの態度に僕は少し笑ってしまう。


「あぁ、でもそうすると僕の方が敬語を使わなければいけないか」


「うっ、ううん。大丈夫、そのままで大丈夫だから。敬語で喋られたら緊張しちゃうもん」


「そう? なら遠慮なくそうさせてもらうね」


「うん。それで、一つ教えて欲しいんだけど……」


「ん?」


 何かを言い淀むその仕草を疑問に思いつつも、彼女が言葉にするのを待つ。そうしてしばらくすると、オペラは意を決したように口を開いた。


「──ヒイロはどんな使い魔なの?」


 その言葉を耳に受けた僕は思わず身体を硬直させる。


「ごっごめんね。だけどどうしても、どうしてもヒイロが人間にしか見えなくて。妖精みたいな羽根もないし、獣人みたいな尻尾も耳もない。悪魔やヴァンパイア、私が知っているどの使い魔にも該当しなくて!」


 目の前の少女が一生懸命言葉を紡いでくれているが、申し訳ないことにその言葉のほとんどは耳に入ってこなかった。


『使い魔』


 彼女は確かにそう言っていた。僕も気にはなっていたのだ。気にはなっていたのだが、それでもその先を想像したくない気持ちからか、目を背けていた。


 錆びついた機械人形のように首を動かし、敢えて視界に入れないようにしていたソレらに目を向ける。

 

──ドラゴン


──動く骸骨


──巨大な昆虫


──エトセトラ、エトセトラ、エトセトラ……


 これはまずい……。いや、みんな? が思っているよりもこの状況はだいぶまずい。だって彼女が言うことが正しいのであれば、僕は使い魔なんだぜ? ってことはだよ? あの凶悪なモンスターたちはもしかしなくても僕の同僚ってことになるんじゃないか?


 まだ僕は使い魔の役割というものを正しく把握しているわけではない。それでも、先ほどから嫌な想像が頭の中から離れない。


 いや、まだだ。まだあきらめるには早い。異世界召喚といえばチート。チートといえば異世界! なら僕の中にも特別な力が宿っているに違いない。


 目を閉じて意識を体の内側に集中する。






 アカン。これはアカンやつや。


 どんなに集中しても、何の力も感じられない。


 冷汗が頬を伝う。


「あっ……あのっ!」


 焦った様な声が耳に届き我に返る。


焦点を定めると、僕を心配しているような顔が目の前に現れる。その表情に気まずい気持ちになるが、このまま黙っていても何にも解決はしない。


「ええと、その……あれだ。なんて言えばいいのかな……すごく言いづらいんだけど、そのぉ……僕は……さ、ただの人間なんだ」


──悪戯がばれた子どもの気分だ。


 ここで嘘を吐いたところで状況は何も変わりはしない。口にした後、耐えきれなくなり彼女から目線をそらした。


 もしかして、怒っているだろうか? 失望しているだろうか?


 そんな言葉が次々と頭の中に浮かぶ。


 恐る恐る彼女の顔を見る。


──そこにあったのは、僕が思っていたどの表情とも違う、今にも泣き出してしまいそうな、そんな顔だった。


「いっいや、その、あれだよ? そりゃあ確かに僕はただの人間かもしれないけどさ、ほら、実は何か凄い力が宿っているかもだし、こう見えて運動は結構得意だし! 料理とかもちょっとは出来るかなぁ……なんて」


 慌ててどうにか宥めようとするが、効果は感じられない。そりゃそうだ。僕の言葉に説得力のある言葉などない。彼女にとって喜ばしい要素など一つもない。それは、僕が一番自覚している。


 まずは謝ろう。こんな僕でごめ──


「ごめんなさいっ!」


「え?」


「私が、私がいけないんですっ! 私が召喚陣を暴走させてしまったからっ!」


 必死な表情だった。今にも泣きだしそうな表情だった。


「僕の方こ──」






「ちょっと聞いた? あの子、無関係な一般人を巻き込んだんだって」


「なにそれ最悪じゃん」


「やっぱ『テンサイ』様は違うわぁ。私だったらそんな真似できないもん」


「何で人間召喚したわけ?」


「ほら、アイツ独りぼっちじゃん。友達が欲しいですぅって考えながら召喚したんじゃない? 若しくはそう言う趣味だったとか」


「それで男を召喚とか、ただのビッチじゃん」


「つかどうすんの? 召喚陣暴走させてさ。まだ召喚出来てない人だっているんだよ」


 なんだ、なんだこれは……


 耳に届くのは、全方位から聞こえてくる悪意のある声だった。


 彼女の言うとおりであれば、確かに、確かに召喚陣を暴走させてしまったことは良くなかったのかもしれない。それも他人を巻き込んだとなれば尚更のことだ。でも、でもこの扱いはいくらなんでも……


 少女に目を向ける。


彼女は周囲に向かい何かを言い返す素振りは見せず、ただじっと、制服の裾を握り締めながら必死に耐えていた。


「僕の方こそごめんね。それとさ、そんなに落ち込むことなんかないよ。多分だけど使い魔は通常何かしらのモンスターが召喚されるんでしょ? それなのに人間が召喚されたってことはさ、きっと何か特別な意味があったんだよ。それは多分凄く素敵な事でさ、これからの毎日がキラキラ輝き出すんだ。少なくとも僕は君に召喚されたときそう感じたんだ。嘘じゃないよ? いつか君は思うはずさ、僕を召喚して良かったって、笑顔で今日のことを思い出すんだ。うん、これは確実。僕が保証するぜ? だから、だからさ……そんな顔しないでよ」


 大丈夫。大丈夫。大丈夫だから。


「……うん」


 彼女は、ずっとそうして生きてきたのだろう。声をかけると、僕の顔色を伺い、取り繕った様に口元を歪めて──不器用に笑った。


「っつ!?」


──こんな顔で笑う人間がいるのか。


 全てを諦めて、何にも期待をしていない──そんな顔。


 体に力が入る。それが目の前の少女に悟られないように唇を噛む。彼女の今までに何があったのかは知らない。ただ、少なくとも今回の件に関しては僕にも責任がある。何故召喚されたのかは分からない。何のために召喚されたのかは分からない。それでも、やるべき事だけはハッキリとした。


 最後まで味方でいよう。

──そんな表情(かお)をしてほしくないから。


 立派な使い魔になろう。

──みんなに自慢できるように。


 努力しよう。

──君の笑顔が見たいから。


 そう心に誓った。


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