第一話 使い魔召喚の儀
本編開始です。
──人と使い魔が暮らす国。
ロイエブールと聞けば、多くの人間がそれを頭に思い浮かべるだろう。大陸の北側に位置する自然豊かなこの国では、古い時代より使い魔と呼ばれる魔力を持つ動物と人が心を通わし、家族として、あるいは戦友として今日この日まで共に生活を続けていた。
王都と呼ばれるロイエブールの中心街では十五歳になった子どもたちを一堂に集め、使い魔と契約を交わす儀式を行なうことが通例となっている。幼少の頃から親や知り合いの使い魔と触れ合ってきた子どもたちにとって、待ち望んでいた一大行事である。
そして今日、王都にある学園ではその儀式が行われようとしていた。
綺麗に整えられた芝生が陽の光を一心に受け、青々とした姿を見せる広場で、黒いローブに身を包んだ男性教師と白いローブに身を包んだ四十人程度の生徒たちが、その時が来るのを待っていた。
教師はローブの下に着込んだ灰色のスーツから銀色に輝く懐中時計を取り出し時間を確認する。そして暫くそれを眺めた後、丁寧に懐中時計を元の場所にしまい眼前の生徒たちに目を向ける。
「──時間だ。これより、ウラスタリオ魔術学園『使い魔召喚の儀』を執り行う」
教師の声がグラウンドに響き渡ると目の前の地面が淡く輝き出す。うっすらと青みを帯びたその光は円を作り、次々と文字が円に沿うようにして散りばめられていく。ゆっくりとその場で回り続ける円は、一瞬にしてただの広場を幻想的な空間へと変えた。
──魔法陣。
この世界においては一般的なものであり、魔術と呼ばれる特異な力を行使する際に出現するものだ。円に沿うようにして書かれた文字は一つ一つが意味を成し、変化させることで様々な効力を発揮する。今目の前に出現した魔法陣は通称『召喚陣』と呼ばれるものであり、ロイエブールに古くから伝わる秘術である。王族や一部貴族など特別な人間しか使うことを許されない代物であり、初めて見る生徒たちは食い入るようにその魔方陣を見つめていた。
「呼ばれた者から前に出ろ」
教師は魔法陣が正常に可動しているか一通り確認した後、生徒たちに向かい言葉を発する。
「一番──」
一人の少年がびくりと肩を震わせる。まだあどけなさの残る少年だ。少年は胸に手を当て一度ゆっくりと深呼吸をした後、召喚陣の前へと一歩進む。最初の召喚ということもあり、全生徒の目がその少年へと向けられていた。一度にたくさんの生徒に見られた少年はすっかり委縮してしまい、心なしか震えているのが見て取れた。それを見かねた教師は一度ため息を吐いた後、少年の緊張をほぐすように話しかける。
「緊張するなとは言わん。術式自体はすでに組んである。ゆっくり息を整えてから自分のタイミングで始めろ。やり方は事前に説明したとおりだ。心に使い魔のイメージを思い浮かべながらゆっくりと魔法陣に魔力を込めろ。魔力が満ちれば精霊界と繋がり、呼応した使い魔が現れる」
「はいっ!」
その言葉を聞き少しだけ緊張が解けた少年は、ゆっくりと召喚陣に魔力を込める。すると込められた魔力に呼応して召喚陣が輝きを増し、天高く立ち昇った。そうして光の柱となった後、光は霧散しその中から一匹の生き物が現れる。
「リトルワイバーンか」
教師は小さく呟いた。リトルワイバーンとは前腕が翼に変化したトカゲの姿をした生物であり、龍種と呼ばれる極めて珍しい種族の一つだ。召喚されたリトルワイバーンは赤い鱗に覆われていることから火属性の適性があることが推測できた。そして「リトル」の名前から分かる通りその体はまだ小さく、一メートルにも満たない。
召喚されたばかりのその使い魔はクリッとしたつぶらな瞳で召喚者の顔を見つめた後、甘えるように擦り寄り鳴き声をあげる。その様子を見つめた少年は涙を堪えるようにして体を震わせた。それは召喚が大成功、と言っていい結果だったからだ。
「やった……やったやったっ! やったぁああああっっっっ!」
自らの使い魔を思わず抱きしめその場で飛び跳ねる少年の姿に、皆が羨望の眼差しを向ける。儀式開始当初とは違い既に生徒たちの顔に緊張の色はなく、自らの使い魔への期待だけが浮かんでいた。そうしてその後もまた一人、また一人と生徒の名前が呼ばれ、自らの使い魔との邂逅を果たしていった。召喚を終えた生徒は使い魔に名前をつけたり、他の生徒と自慢し合うなどしており、その場は最初の空気とは正反対の穏やかな空間を築いていた。
──そして……
「次、オペラ・エリスアート」
「ひゃいっ!」
一人の少女が名前を呼ばれた。裏返った声を発した少女は決して教師に目を合わせることなく、おどおどとした態度で召喚陣の前へと移動する。
とても目を惹く少女だ。肩にかからない程度に短く切り揃えられたその髪は華やかで明るい赤紫色。瞳は紫色で透明感があり、美しい宝石のようだった。そしてそれらの特徴をより際立たせているのは乳白色の肌と桜色の頬。一般的に見て十分魅力的な女性と言えるだろう。
その少女、オペラはゆっくりと呼吸を整えた後、一度自らの頬を叩き召喚陣に魔力を込めた。──いや、この場合は込めてしまったと言った方が正しいかも知れない。
「──っ! おいっ! 落ち着けっ! 一度に魔力を込めるなっ! ゆっくりだっ!」
今まで落ち着いた声で生徒達に指示をしていた教師が急に焦った声を発する。それも仕方がないことだろう。何故なら今召喚陣にはそれ程の魔力が注がれていたのだから。
ゆっくりと回転していた召喚陣は文字が見えなくなる程の速度で回りだし、淡く輝く光は目を覆いたくなるほどに強さを増した。それは時間の経過と共に速く大きくなり、周囲に突風を生み出す。
「すっすみませんっ! でもっ! 全然抑えられなくてっ!」
「一旦魔力の供給を止めろ!」
教師は声を張り上げるが少し、ほんの少しだけそれは遅かった。
膨大な魔力が集められて収束した光は一つに束ねられ、まるで世界に穴を空けるかの如く凄まじい光の奔流となって天を穿った。反動で崩壊した召喚陣からは煙が立ち昇り、その場にいた人間全ての視界を塞ぐ。
そして煙が少しずつ薄れていった頃、召喚陣の中心で一つの影が揺らめいた事をその場にいた多くの生徒が認識する。
煙の中から出てきたのは詰襟の黒い学生服に身を包んだ一人の少年。黒髪黒目に黄色い肌と、特に特徴のない少年だ。あえて特徴を挙げるとすれば、その服装とやる気を一切感じさせない瞳くらいだろうか。
少年は一通り周囲を見渡した後、目の前で腰を抜かして座り込む明るい赤紫色の髪をした少女に問いかける。
「もしかしてだけど、──君が僕のご主人様かな?」