プロローグ
──心地よい風が、若草の香りを伴って頬を撫でる。恵の季節が近いのだろう。とても好きな匂いだ。空は雲一つなく、突き抜けるように青い。快晴というのは今日みたいな日を言うのかもしれない。
「そういえばあの日もこんな天気だったなぁ」
そんなことを独り言ちる。
あの日のことを思い出すだけで頬が緩む。正直、いい日だったかと言われると、返答に窮するところはあるのだけれど……
それでも頬が緩んだのは、その日がとても大切な思い出で、始まりの日だったからだ。あの日君に出会わなければ、きっと今こんな風に思い返すこともなかっただろう。
──君は覚えているだろうか
──初めて出会った日のことを
──初めて約束をした日のことを
──長期休暇にみんなで遊んだり、友達のために冒険をした日のことを
少し思い出すだけで元気が湧いてくる。目まぐるしくて、キラキラしていて、幸せな日々。
そして、中でも一番の思い出は──
そこまで考え、体の温度が一気に上昇するのを感じた。本当に、自分の体のことながら笑えてしまう。こんな風になってしまったのは、きっと、絶対──君のせい。
頭に浮かぶ思い出の中には必ず君がいて、いつも勇気をくれた。
──得意げに笑った表情が大好きだ。
──時折見せる真剣な表情が大好きだ。
声も匂いも仕草も、何もかもが愛おしくて……
──多分、全身で恋をしているんだと思う。
そんなことを考えながら視線を移し、君を見つめる。大好きな顔だ。でもいつもと少し違ったその表情に、つい苦笑を漏らしてしまう。多分、もうあまり時間がないことを察しているのだろう。だからといってそんな顔をしないで欲しい。こっちだって涙を堪えるのに精いっぱいなのだから。
でもどうにか、少しでも安心させたくて、震える声を必死に押し殺しながら言葉を紡ぐ。
「──もし、もしもだよ?」
あぁ神様。どうか、どうかこの願いを聞き届けてください。