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二人の戦い


「やるじゃん! でもまさか、あの、黒の勇者バンシィが恋人を作るたぁな」

「俺はもう勇者じゃないんだ。それぐらいのことはできるというか、なんというか……」


 改めて誰かに交際のことを言われると、物凄く恥ずかしいと思う。

特に親友のグスタフならば尚のことだとノルンは思う。


「で、頑張ってるジェスタちゃんにベタ惚れなお前さんは、夜な夜な1人で寂しく励んでいたと?」

「そういう言い方はやめて貰えないか? どうにも、なんだ、その……」

「本当、ここに来ていい意味で変わったよ、お前」

「ありがとう。お前のおかげだ、グスタフ」


 グスタフがヨーツンヘイムの山林管理人として仕事を紹介してくれたからこそ、今のノルンがここにある。

彼が穏やかで楽しい第二の人生をくれたのは言うまでもない。


「さぁて、ノルンの惚気話も聞けた……これをお代ってことにさせて貰うぜ!」

「お、おい! 危ないぞ!」


 グスタフはノルンの静止を効かず、目の前で蠢くファメタスの残滓へ近づいてゆく。


「メイガーマグナム!」


 グスタフは鍵たる言葉を叫び、ファメタスの残滓へ向けて光弾魔法を放った。

 黄金の粘液は焼け焦げた。更に魔法によって開けられた地面の穴へ粘液が流れ込んでゆく。


「久々にぶっ放したにしちゃぁ上出来か」

「お前まさか……!?」

「そのまさかよ! 1人じゃ大変だろ? 手伝ってやるって! ちなみにこいつらもだ!」


 グスタフが指笛を吹くと、闇夜を2匹の飛龍が颯爽と過ってゆく。


「ガァァァァ!」

「カァァァ!!」

「オッゴ!? ボル!? どうしてお前達が!?」


 ヨーツンヘイムの空輸を担い、更に最近では葡萄の輸送も手伝ってくれているつがいの飛龍は元気な咆哮をあげている。


「こつらもノルンのことを手伝いたいってうるさくてな」

「し、しかし! 明らかにオーバーワークでは……」

「そりゃお前もだろがよ」

「ぐっ……」

「俺はこう見えても従業員1000人の人生を背負ってる大商人だぜ? ちゃーんと対策は考えてるっての。な? オッゴ?」

「ンガァァァァ!!(ビグ、ラング、集合!)」


 雄飛龍のオッゴが遠吠えをあげる。

すると、更に2匹のよく似た飛龍が飛んでやってきた。


「緑色のがビグで、赤い方がラング。姉妹の飛龍で、我がカフカ商会ヨーツンヘイム空輸隊の新しいメンバーだ! 物品の空輸、葡萄の輸送、ノルンのお手伝いで各1匹ずつ。1匹は必ずフリーにして休ませるからご心配ご無用だ!」

「良いのか、本当に……?」


 ノルンが恐る恐るそう聞くと、グスタフは彼の胸を軽く小突いてくる。


「たりめぇだろ! 友達じゃないか、俺たち!」

「グスタフ……!」

「まっ、もちろんここで協力することが商会の利益になるってのもある。だから遠慮すんな。なっ?」

「本当にありがとう……」


 ノルンは親友へ心からの感謝を述べ、深々と頭を下げるのだった。


「そいじゃ今夜はお前帰れ!」

「し、しかし!」

「なんでも頑張りゃ良いってもんじゃないぜ? しっかり休んで、万全の体制でいい仕事をする。常識だぜ? 今日のところは俺に任せろ。これで俺は、ご存知の通り商人であり、一応魔法使いなんだからさ!」

「……わかった」


 今夜は素直にグスタフの提案を受けることにした。

 ビグの背中に乗せられ、山小屋へと戻ってゆく。

すると、山小屋には珍しく明かりが灯っていたのだった。


「ただいま……」

「やぁ、お帰り」


 やや疲れ気味には見えるものの、ジェスタが笑顔で出迎えてくれた。


「珍しいな、戻ってくるなど。醸造は終わったのか?」

「いいや、まだまだやることはあるさ。でも、シェザールに一度帰って休めって叱られてね。それにノルンも寂しがっているかと思ったり?」

「そうだな。やはり何日もお前がいないこの家に帰るのは寂しく感じていた」

「今日はやけに素直じゃないか?」

「そうか?」

「そうだとも!」

「そうか」


 闇雲の頑張れば良いというものではない。

 自分を大切にしながら、良い努力をすることが、結果として良い仕事を生み出す。

大切なことをグスタフやシェザールから教わったような気がしたノルンだった。


「な、なぁ、ノルン……」

「ん?」

「こ、今夜はその……一緒に寝ないか! あ、あ、で、でも寝るって言っても、そういうことは無しだぞ! ただ一緒に、同じベットで……ど、どうだ……?」

「実は俺もクタクタなんだ。そんなことをする余裕はない」

「そ、そっか……」

「もう遅い。休むとしよう」


 ノルンはそっとジェスタの手を取り、自分の部屋へ導いてゆく。

そしてベッドに転がり込めば、すぐに睡魔が襲ってきて、深い眠りに落ちてしまった。


「おや? てっきり唇くらいは奪ってくると思ったのにな……ふふ」


 先に寝てしまったノルンを見て、ジェスタは笑みを浮かべた。


「お休み、ノルン。後少し、お互いに頑張ろうな」


 ジェスタは眠りに耽るノルンと口づけを交わす。

そして彼女自身も深い眠りに落ちて行くのだった。



⚫️⚫️⚫️



 山の季節は秋に移り変わろうとしていた。

 吹きすさぶ風は冷たく、朝は特に寒さを感じるようになった。


 収穫を終えた葡萄の木はすぐさま葉を落とし、また来年を待って休眠に入る。

 そしてジェスタのワイン醸造も、いよいよ佳境に入りつつあった。


「今日からトーカさんにもお手伝いをいただくことになりました。ですのでお嬢様はどうぞ、適宜お休みください」

「シェザールさんと一緒に頑張ります! よろしくお願いします!」

「ありがとうトーカちゃん。それじゃあ、あとはよろしく頼んだよ」


 ジェスタ自身も反省したのか、相変わらず山小屋へは帰らないものの、醸造場で随時休むことを心がけるようになっていた。


(残りの仕込みはあとは最後の収穫をして、仕込むだけ……だけど良いワインを作るために、今はゆっくりと休まないと……)


 心に余裕ができると、それだけ良いものが作れると思い知ったジェスタだった。


それはノルン自身も同様だった。


……

……

……


「この辺りを爆破してみれば流れが良くなると思う」

「なるほど! 確かに!」


 ファメタスの残滓の討伐も、グスタフや飛龍たちの力を借りて順調に進んでいた。

 すでに一部はヅダ火山の火口に達していて、わずかながら溶岩によって燃え出している。


(あと少しだ……もう少しで!)


 終わりはもう目前だと断言できた。

しかしはノルンは早る気持ちを堪えた。

無理をしても良いことは何一つもないと思い知っていた。ならば常に冷静に、確実にことを成す。

それこそが成功の近道だと気づくことができていたのだった。


「ギャー! ギャー!!」


 すると、空の向こうから妙に焦った赤い飛龍のラングの声が響き渡ってくる。

 嫌な予感がしたノルンはラングの元へと走った。


「どうしたラング、何かあったのか!?」

「ギャー! ギャー!!」


 ラングは切迫した様子でノルンとグスタフへ必死に何かを訴えかけようとしている。


「行くぞ、グスタフ!」

「あ、ああ!」


 2人はラングに飛び乗り、空を行く。

そして葡萄園の上空へ達した時、お互いに表情を強張らせた。


 葡萄園のほど近く、木々の間。

そこに見え隠れする黄金の粘液がゆっくり、未だに実をつけたままの葡萄園の区画へ迫ってきている。


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