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遂に始まる醸造期。明らかになる最後の大問題。


「これより今季のワイン造りの成功を祈念するセレモニーを始める! それではお嬢様、どうぞ!」

「「「「おおー!!」」」

「「「きゃー! ジェスタさまー!」」」


 男どもは一斉に色めきだった。

 女性陣、特に若い女性から黄色い声が上がったのは、ジェスタがみようによってはイケメン男子のようであるからかもしれない。


 赤を基調とした可愛いドレスに、素足へ靴を履いたジェスタは堂々と大桶の前に向かってゆく。

桶の中には今朝収穫したばかりの葡萄の房がたくさん入っている。


 これを純潔の少女が足で踏み潰すのが、伝統らしい。


(なるほど、これがあるからジェスタは俺に我慢を……しかし来年からはどうするんだ?)


 などとノルンは自分にとっては重要だが、他の人にはどうでもいいことを一生懸命考えていた。

実際、純潔の有無など、葡萄を踏み潰すことになんの影響もない。

ただの迷信である。


「トーカちゃん、よかった一緒にどうだい?」

「えっ? い、良いんですか!?」


 突然、ジェスタからご指名を受けたトーカは目を白黒させている。


「むしろお願いしたいのはこっちの方さ! シェザールお母さんの娘として一緒にフミフミしようよ! いいよねシェザール!」


 シェザールは言葉の代わりに笑みで答えた。


「お母さんからも許可がおりたよ。どうする?」

「じゃ、じゃあ……よろしくお願いします!」

「こちらこそ! それと……ええっと、どこに……あっ! いた! リゼルさーん!!」

「はぇ!?」


 突然名前を呼ばれて、流石のリゼルさんも狼狽えていた。

村人たちも何事かと一斉にリゼルさんへ視線を寄せる。


「リゼルさんもよかったら一緒に!」

「え? いえ、でも……」

「貴方との出会いが無かったら、私はヨーツンヘイムでワイン作りをしていなかったと思うんだ。だからお願いだ! 一緒にフミフミして欲しい!」

「ええっと……」

「お願いだ! こっちへ来てくれ、リゼルさん!

「……わかりました!」


 リゼルさんは少し戸惑い気味だがジェスタのところまでやってきて、彼女を手を取った。


(リゼルさんは一体に何に迷って……まさか彼女は!? いやあり得るぞ。リゼルさんはかなり気立てのいい女性だ。過去に恋人の1人や2人いても……むぅ……俺はいったい何を考えているんだ……。最悪最低じゃないか……。すまんリゼルさん……)


 1人で考え、勝手に落ち込むノルンなのだった。


 ジェスタはトーカとリゼルさんと手を結び、大きな桶の前に立つ。


「それじゃ2人とも、一気に飛び込むよ? せぇーのぉー!」

「えーい!」

「わわっ!?」


 3人は手を取り合って、桶の中へ飛び込んだ。

 綺麗な身脚に踏まれた葡萄が、サクリと割れ、甘く芳醇な香りを放つ。


「さぁ、踏むんだ! 一杯フミフミするんだ!」

「ふーみふーみ! ふーみふーみ!」

「これ冷たくて気持ちいいかも!!」


 ジェスタたちは皆笑顔で、踊るように葡萄を圧搾して行く。

 村人たちも微笑ましげにーー一部男性は鼻の下を伸ばしながら……ーー彼女たちの様子を眺めている。


「こりゃあれだ! まるで“運命の三姫士“みたいだな!」


 どこからかそんな声が上がった。


「教会の頑張り屋さんのトーカちゃん! 診療所の看板娘のリゼルさん! そして葡萄とワインに情熱を燃やすジェスタさん! こりゃいい!」

「よっ、頑張れ! ヨーツンヘイムの三姫士さん! 村の未来を頼んだぞ!」

「ジェスタさまー素敵でーす!! きゃー!!」


 そんな声を聞き、ジェスタは少し苦笑いを浮かべていた。


(きっとジェスタが本物の三姫士の1人と聞いたら皆驚くだろうな。しかし、ヨーツンヘイムの三姫士か……これは新しい観光資源になるぞ……グスタフへ提案しなければ!)


 ノルンは楽しげなジェスタの横顔を眺めつつ、そんなことを考えていたのだった。



……

……

……


「さぁ、俺も一杯……」

「ノルン! 貴方はこっちだ!」

「ぬおっ!?」


 セレモニーも終わり、皆と一緒に一杯ひっかけようとしたノルンを、ジェスタが醸造場まで引っ張ってゆく。


「な、何をする!?」

「今から仕込みだ!」

「今からなのか!?」

「そうさ! ノルンは誠心誠意私に尽くしてくれるんだろ? だったら仕込みも一緒さ!」

「そ、そうか」

「後でご褒美にキスしてやるから頑張ろう!」


 交際を始めてからというもの、ジェスタは随分とノルンを引っ張り回すようになっていた。


(だがこうしてジェスタに頼られるのは悪くない……むしろ嬉しい!)


 すっかりジェスタにベタ惚れなノルンなのだった。

 そうして真新しい匂いが漂う、広い醸造場に連れ込まれた。

そこで一番最初に目にしたのは、見上げてしまうほど巨大な、蓋のない金属のタンクだった。


「これは……!?」

「新鋼材で作られた密閉式のタンクさ」

「また物凄いものを手配したな?」

「アンクシャの伝で知り合った鉱人の鍛治屋に特注で作ってもらってね。もちろん、費用は私のポケットマネーから捻出したので、ワインの価格に上乗せなんてしないぞ!」


 そういえばジェスタは一国の未来を担う姫君だった……本物の超が付くくらいのお嬢様なので、ポケットマネーも破格なようだった。


「このタンクを使って、運営資金を確保すべく新酒……ヌーヴォーを仕込みたいと考えている!」

「なるほど、その手があったか!」


 ワインは通常仕込んでから最低1年から2年ほど保存をして、酒質を落ち着ける必要があった。

仕込みたてでは決して美味いものではないからだ。

だからこそ初年度は収穫をして、普通にワインを醸しても、それをお金に変えることは難しい。


しかし特殊な製法で醸す新酒ならば、最短で2ヶ月ほどで出荷が可能となる。


「念のために確認するがノウハウはあるんだろうな?」

「もちろん! それともノルンは私の腕を信用してくれていないのかな……?」

「そ、そんなことはない! 信用している! 信用しているとも!」

「ありがとう。貴方にそう言ってもらえて、とても嬉しい……ではこれは褒美だ」


 ジェスタはノルンの頬へ軽く口づけをしてきた。

 こんなに可愛いジェスタを、今この場で押し倒したくてたまらなくなるノルンだったが、今は我慢のしどきである!


「さぁ、始めよう! シェザール、護衛隊のみんなよろしくね!」

「はっ! お任せください、姫様! 護衛隊前へ!」


 いつの間にか現れていたシェザールと護衛隊は、足早に作業準備取り掛かる。


(先程ジェスタを押し倒さなくて正解だった……もしもしていたら俺はどうなっていたことか……)


 かくして、新酒の仕込みが始まった。


 ワインは通常、白ワインならば果汁のみを絞りだし、赤ワインならば実を皮と種ごと砕いて果汁を絞りだす。


「ノルン! ペース遅いぞ! 頑張れぇ!」

「あ、ああ!」


 ジェスタに励まされつつ、ノルンはひたすら桶に入った葡萄を巨大な新鋼材のタンクへ放り込んでいる。


 新酒の仕込みは果汁を絞ることもなく、実を砕くこともなく、房ごと行うのが特徴だった。

タンクがギュウギュウになるまで葡萄の房をタンクへ落とす。

当然、最初の辺りに投げ込んだ葡萄は上の葡萄に押されて潰される。


「もっとだ! もっと!」

「も、もう入らない様子だが!?」

「押し込んでくれ! それが重要なんだ!」

「おおおおっ!」


 ノルンは限界まで葡萄を投げ込み続ける。


 底に近い葡萄が潰れ、果皮の酵母が果汁を発酵させる。

すると炭酸ガスが発生する。蓋を固く閉ざせば、発生した炭酸ガスがタンク内に充満する。


「よぉし、今日はここまで! お疲れ様だ!」

「こ、こんなので本当にワインになるのか?」

「こうすることで果実の中で発酵が始まるんだ。これは細胞内発酵といってだな……この方法でワインを作ると、熟成には向かないが、色調鮮やかでフルーティーな、瑞々しいワインが醸せるんだ! これをマセラシオン・カルボニックという!」


 ワインの話をしている時の、ジェスタは本当に活き活きとしている。

やはり彼女の戦場は、葡萄園であり醸造場であると思うノルンだった。


「とりあえずノルンは一休みしていてくれ」

「そうさせてもらう……」


 クタクタなノルンは醸造場を出る。

 夜風が心地よく、熱った体が癒されてゆく。


 しかしそんな心地よさは束の間だった。


「まさか……? こんな時にまで……」


 ノルンの感覚が、魔物の気配を感じ取った。

しかし今までのメガフィロキセラのものとはだいぶ違う。


「この気配はいったいなんなんだ、シェザール?」


 背後へ影のように現れたシェザールへ問いかけた。


「お疲れのところ大変申し訳ございません。御同行願えないでしょうか?」

「わかった」


 ノルンはシェザールに導かれ、森の中を駆け抜けてゆく。

次第に異質な魔物の気配が強く感じられるようになってゆく。


「なっ……これは!?」


 そして断崖に達し、目下の様子を見て絶句した。


 森が再び、黄金の粘液に包まれていたのである。


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