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そろそろ自分のために、リゼルのために。


「おおっ!」

「FJYU!!」


 ノルンは暗色のローパーへ鉈を叩き込んだ。

良い攻撃だった。しかし致命傷クリティカルヒットではなかった。


(さすがは上位種のナイトローパーと言ったところか!!)


 ダメおしで、弱点特攻スキルを付与した薪割短刀バトニングナイフを叩き込む。

ようやく目の前のナイトローパーを倒すことができた。


 一体倒すのにかなりの時間を喰った。

 ノルンは周囲を見渡し、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


 夜行性だがその分強力になった――ナイトローパー。

 赤黒い毛色が名前通り血を連想させる――ブラッドヘルハウンド。

 ホルモンバランスの変化で頭部が赤い帽子のように赤く染まり、闘争本能が飛躍的に向上した上位のゴブリン――レッドキャップ。


(上位種ばかりか……)



 かつてのノルンであれば、上位といえど、難なく倒すことができていた。

しかし今の彼は聖剣を持つ勇者ではなく、ただの人。


(しかしヨーツンヘイムを、リゼルを守れるのは俺だけだ! 負けてなるものか!)



 そんなノルンの決意を打ち砕くように、鈍重な足音が聞こえてくる。

木々の向こうから、巨大な人面樹トレントが徒党を組んでやって来ている。


「ROOOONAAAAA!」

「ア、アルラウネだと!?」


 ノルンは目前の上位魔物軍団の後方に発生した最高危険度の魔物を見て息を呑んだ。


 人の上半身を持ち、下半身は不気味な植物の形をした邪悪な森の支配者。

ネルアガマや対魔連合内でも、危険度SSを誇る最上位の魔物。

ノルンでさえも魔大陸でお目にかかっただけである。


(こんな辺境にまでアルラウネが……状況は最低最悪……だが!)


 逃げ出すつもりは毛頭なかった。

 もしもこのまま放置してしまえば、魔物共は山を下り、村へ襲いかかるだろう。今日は祭で特に人手が多いので、甚大な被害は容易に予想できる。


 時間が経つほど事態が悪化するのは明白。ならば、急ぐ他ない。

 ノルンは砂塵を巻き起こしながら地面を蹴り、アルラウネへ向かって走り出す。


力乃扉開フォースゲートオープンけ! レッツゴー! EDFアースディフェンスフォースッ!!」


 ノルンは詠唱と共にありったけの鉱石をばら撒いた。

 鉱石はさまざまな生き物の形をとって飛び立ち、上位魔物軍団へ勇敢に襲いかかる。

EDFのおかげで、隊列が乱れ、活路ができた。


「ビムサーベルっ!」

「GAGAG!!」


 風の力によって緑に発光する薪割短刀で、レッドキャップの頭部を吹き飛ばす。


「メイガ―マグナム! エンドシュートっ!」


 ブラッドヘルハウンド群れへは光弾を放ち、一気に消滅させる。多くの魔物を葬れた。

 それでも敵の一部を駆逐したに過ぎなかった。


「ぐわっ!? くぅっ……!!」


 ナイトローパーの触手が背中を切り裂いた。

 足にはブラッドヘルハウンドが噛みつき、肉を食いちぎろうとしている。

そんなノルンの様子がおかしいのか、レッドキャプ達はゲラゲラと不愉快な笑い声をあげている。


「クッ……月光よ! 我に力を! 凍てつく輝きの力よ、我が身に集え! シャドウムーン!!」


 ノルンによって集められた月光の力が、鋭い刃となって放たれた。

 足に噛み付いていたブラッドヘルハウンドはバラバラに切り裂かれ、周囲にいた魔物さえも肉片へと変える。

しかしノルンもまたシャドウムーンの影響で身体中に切り傷を受け、血を流す。


「RONAAAー!」


 そんなノルンの様を見て、アルラウネは人面樹トレントへ襲いかかるよう指示をする。

その時既に、ノルンの左手は真っ赤な炎で燃えていた。


「しゃ、灼熱っ! フレイムフィンガーッ!!」


 炎の力で肥大化した左手が、巨大な人面樹へ掴みかかる。

 人面樹は炎に巻かれ、悶え苦しんでいる。


「ブラスト……エンドぉッ!!」


 炎が爆ぜ、掴んだ人面樹を爆破する。

その衝撃は徒党を組んでいた他の人面樹さえもなぎ倒す。



 さすがのアルラウネも、動揺を隠し切れず、周囲に無数の蔓を展開する。そしてすぐさま、槍のような鋭さで、ノルンへ蔓を差し向ける。


「やらせんぞ……!」

「RONAAAAA!?」


 蔓を切り裂かれたアルラウネは苦しそうな悲鳴をあげた。

 それでも繰り返し、蔓を放ち続ける。

しかしその度に、竜の牙の大剣――断空龍牙剣を引きずるノルンによって蔓を断ち切られる。


「どんな敵が現れようとも……たとえ目の前にいるのがアルラウネだろうとも……俺は、守る……!」


 ノルンはエクスポーションを頭から被り、傷を無理やり治す。そして龍牙の大剣を掲げ、高く飛んだ。


「ぐっ……!」


 相変わらず斬空竜牙剣からの反発は凄まじく、持っているだけでも辛かった。それでも大剣へありったけの魔力を注いでゆく。


 大剣は電撃を帯び、激しい熱を発する。逆にノルンから体温が奪われ、体の感覚がなくなってゆく。

それでもノルンは魔力を注ぐのをやめない。


「もう二度と、お前達に大切な時を、場所を、人を奪われてなるものか!」

「RONA!?」

「愛の力を源に……! 邪悪な空間を断ち斬る……! らいッ! 斬空龍牙剣!!」


 激しい稲妻を帯びた大剣が、アルラウネへ振り落とされた。

 アルラウネは瞬時に、蔓で大楯を編み、これを押し留める。


 受け止められた大剣が、自らの力の逆流によって次第に崩壊してゆく。


「消えろぉぉぉ!! 邪悪な魔物よぉぉぉ!!」


 ノルンは獣のように吠えながら、それでも大剣を押し込んでいった。



⚫️⚫️⚫️



「はぁ……はぁ……はぁ……」


 朝日が昇り始めた頃、ノルンはようやく山小屋へ辿り着くことができた。

 自分でも、この傷を負って、よくここまで辿り着けたと思った。


 しかし家まであと少し。

 ノルンは最後のポーションを飲みこんで、瓶を投げ捨てた。

何とか出血は止まった。多少はマシに歩けるようになった。

最後の力を振り絞って、足を引きずりながら坂道を登ってゆく。


「……」


 そしてやはりというべきか。

リゼルは昨晩と同じ格好のまま山小屋の前に佇んでいた。


「ッ……」


 またやってしまった。

 ノルンはやや重い心持ちで、リゼルへ歩み寄ってゆく。


「お帰りなさい、ノルン様」


 怒られると思いきや、リゼルは穏やかな声だった。


「た、ただいま……」


 安堵のためか、急に足から力が抜け、リゼルに倒れかかってしまう。

するとリゼルは血まみれの彼を優しく抱きとめてくれた。


「すまない……」

「これぐらいへっちゃらなんですよ」

「いや……倒れかかったこともあるが……」

「……まずは手当てしましょ?」

「お、怒らないのか……?」

「もう諦めました」


 言葉は辛辣。しかし温かみを感じる。


「ノルン様はどんな立場になろうとも、やっぱりみんなを守る素敵な勇者様なんです。だから私がとやかくいうのは間違っていますし、私の大好きなノルン様はそういう方なんだと思うようになりました」

「そう、か……」

「だから一つだけ約束してください!」


 リゼルは腕に力を込めて、身を寄せてくる。

肩が微かに震えていた。


「必ず帰って来てください。絶対に死なないでください。この約束だけは絶対に守ってください……」

「……分かった。その約束、必ず守る」


 冷たい風が吹きすさぶ。

 厳しい冬は近い。しかしリゼルとならば、暖かく、そして楽しく過ごして行ける。


 ポーションが効いているのか、リゼルが傍にいるからなのか、身体はすっかり元気になっているので問題は無い筈!


 ならば予定通り自分のため、そしてリゼルのためにも、一つ区切りをつけておかねばならない。今日この場で、これから……。


「リゼル、遅くなってしまったが、大事な話をしたい」

「大事な話って、今じゃなくても……」

「ダメだ! 今じゃなきゃダメなんだ!」


 この瞬間を逃してしまったら、きっとまた怖気ずくに違いない。そう思ったノルンはリゼルの瞳に自分自身を映し出す。

 リゼルは僅かに肩を震わせて、黙ってノルンを見上げている。


(その前にきちんと手を拭かねば……!)


 ノルンは慌てて、ズボンで血に染まった手を拭いた。

血が渇いていたお陰で、ポロポロと綺麗に落ちた。


(これで問題はなし。いざ……!)


 ノルンは意を決して、雑嚢の奥へ大事にしまっていた箱を取り出した。指を震わせながら蓋を開け、真新しい銀の指輪をリゼルへ差し出す。


「リゼル! 俺の妻となってくれ! よろしく頼む!」


 色々とセリフを考えていた筈なのに、結局出たのは実に短く、ありきたりで、飾り気など全くない言葉だった。

合格点すら貰えるかどうか怪しかった。


「もはや俺はリゼルなしでは生きて行けん! だからどうか! どうか! 俺の妻に!」


 リゼルがなかなか指輪を受け取ろうとしないものだから、ノルンは重ねて願いを申し出る。


「うっ……うっ……ひっく……」

「ど、どうしたんだ!?」


 顔を上げると、涙をボロボロ流しながら、嗚咽を漏らすリゼルに出くわした。想定外の事態に、ノルンはただただ狼狽えることしかできない。


「やはり嫌か? 俺のような危険な男は……」


 情けないノルンの言葉へ、リゼルは首をブンブン思い切り横へ振って見せた。


「これ、嬉し涙です! それぐらい分かってください!」

「ならば……!?」

「はい、喜んで……! 私をノルン様の妻にしてください……!」


 これまでの中で、一番のリゼルの笑顔だった。

 リゼルは服が汚れることもいとわず、再び抱き着いてきた。

ノルンもそんな彼女を強く抱きしめ返す。


「汚い恰好ですまない……」

「本当ですよ、もう……。治療が終わったら、一緒に水浴びしましょうね」

「そうだな」

「でもノルン様は怪我人ですので、今日は私へのおいたはしちゃダメですよ?」

「ぐっ……善処する!」


 これ以上の幸せなど、地上のどこにも存在しない。

 勇者の頃よりも遥かに幸せ……ノルンは改めてそう思うのだった。


「春になったら皆を招いて、正式に婚姻の儀を交わそう。盛大に! 皆に祝福されながら!」


「はい!」


「時に、婚姻の儀は教会か、寺院のどちらが良いか?」


「どっちでも良いです。ノルン様との結婚式ならどちらでも……」


「いや、それは困る! 今から予約や準備をするのだから! どちらかが良いかきちんと決めて貰わないと……!」


「じゃあ一緒に決めましょうか? 結婚式は教会か、寺院か、どっちが良いかを二人で」


「そうだな! それが良い!」


「教会でのドレスは憧れですけど、寺院で厳かなのも良いですね……あっ、後産院の目星もつけときましょうか?」


「何故産院を?」


「もしかしたらほら、結婚式のあと……すぐにできちゃうかもしれませんし。ノルン様、すっごい野獣ですから……」


「なるほど、確かに……しかしそれはリゼルも、だろう?」


「ふふ、そうですね。でも私はノルン様限定のすっごい野獣です!」


「俺もリゼル限定のすっごい野獣だ!」


「お互いに好き過ぎて困っちゃいますね」


「全くだ」


「さっ、まずは治療をしましょ?」


「ああ。よろしく頼む」


 早く暖かくなって、式を執り行いリゼルと正式な夫婦となる日を迎えたい……ノルンは強くそう願う。


「グファ~……グゥ……!」


 窓からノルンとリゼルのやり取りをみていたゴッ君は、『ようやく決めたか』と言わんばかりに、欠伸をしているのだった。


★まずは一言……『結婚式の準備に積極的な相手って良いですよねぇ……(笑)』


なんだか終わりのような感じですけど、2章はあと2話残っていますし、本作自体もまだまだ続きます。

78話以降の章もぼちぼち完成予定です。更にその続きも順次書き進めて行く予定です。

どうぞこれからも『勇者クビ山』をよろしくお願い致します!

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