深夜の戦い! レッツゴーEDF!
「おっ? こりゃすげぇ! よりどりみどりじゃん!」
「オラ! もっと犬どもに探させろ!」
暗がりの中で、複数人の見るからに人相の悪い男女が蠢いていた。
凶暴な犬が吠えて黒ダイヤタケを見つけるたびに、窃盗犯たちは地面に這いつくばって、森の貴重な恵みを遠慮なく引き抜く。
すでに窃盗犯が用意した籠は黒ダイヤタケで一杯だった。
それでもまだ足りないのか、自分の雑嚢やポケットへねじ込んで乱獲を続けていた。
「……?」
窃盗犯の一人が、地面から起き上がり首を捻った。
「どうかしたか?」
「いや、なんか後ろで音がしたような……」
「おいおい、怖ぇこというんじゃねぇ――がっ!?」
突然、窃盗犯の一人がは短い悲鳴をあげた。
背筋を伸ばし、白目をむき、倒れる。
窃盗犯一党は、きのこ採取を止め、一斉に武器を抜いた。
鎖で繋がれた犬も獰猛に吠えだし、威嚇を始める。
やはり安物の認識阻害の魔法の指輪では、この程度が限界だったらしい。
ノルンは指輪を外して投げ捨てる。
途端、彼の鋭い気配が風となって、夜の森の中を駆け抜けた。
「お、おめぇ何もんだ!!」
「ヨーツンヘイムの山林管理人のノルンというものだ。お前達がきのこの窃盗犯だな?」
ノルンの鋭い眼光が、窃盗犯一党をその場へ縛り付ける。
「こちらとて手荒な真似は好まん。盗んだ黒ダイヤタケを置き、もう二度とここへ立ち入らないと約束をするならば見逃してやろう。どうだ!」
「んだとこの……相手はクソ弱ぇ役人だ! しかも一人だ! やっちまえぇ!」
かくして窃盗犯一党は、ノルンの気配に怯えつつも武器を手に突っ込んでくる。
(警告はした。更に襲い掛かってきたのはあちらから。ならば!)
ノルンは雑嚢から魔法上金属小手を取り出し装着する。
そして砂塵を巻き上げながら地面を蹴った。
窃盗犯どもの斬撃を跳躍で回避する。
そして一人の窃盗犯の背後へ僅かな音のみで舞い降りた。
「一つ!」
「ぐわっ!」
窃盗犯の首へ、裏拳を思いきり叩き込む。
鋼に覆われた手で殴られた窃盗犯は気絶し、泡を吹いて倒れる。
「し、死ねぇぇぇ!!」
「わぁぁぁぁ!!」
二人の窃盗犯が左右から勇ましい声を上げながら迫る。
ノルンは僅かに輝きを帯びている、籠手に覆われた左腕を薙いだ。
瞬間、空気を強く押し出され、激しい旋風を巻き起こす。
「うわっ!?」
「きゃっ!」」
「二つ、三つ!」
間を置かず地面を蹴り、近くの男へ急接近し、腹へ拳を叩き込む。
これで四人目。残りは六名である。
「い、いけ! クソ役人を噛み殺せぇ!」
犬が鎖から解き放たれ、獰猛に吠えながら飛び出す。
途端、犬の身体から真っ赤な輝きが迸る。
ノルンは気配を発して怯ませようとする。しかし犬は動じず、接近し続けている。
「くっ――!?」
物凄い速度で犬が飛びかかり、牙が小手を装備していない右腕を切り裂いた。
(この犬は魔物か!?)
どうやら窃盗犯が飼い慣らしていたのは、ただの犬ではなく、狼よりも凶暴で厄介なヘルハウンドらしい。
封印の鎖で制御されていたようだが、今は魔物としての力を取り戻している様子だった。
「ガウッ!」
ヘルハウンドは次々とノルンへ襲いかかり、牙と爪で攻撃を仕掛けてくる。
旋風の魔法を放っても、音圧を伴った咆哮でかき消されてしまう。
窃盗犯よりも強力で、しかも数が多い。
さすがのノルンでも、現状のままでは圧倒的に不利である。
(相手が魔物ならば、手加減は不要か!)
ノルンは膝に紫電を浮かべて、夜空を高く舞い上がった。
目下にヘルハウンドを収めつつ、雑嚢へ手を突っ込み、中から豆粒大の鉱石をいくつか取り出す。
「力乃扉開け!」
ノルンの詠唱を受け、ばら撒いた鉱石が、星のように瞬いた。
「ビートルジェット! ホークワン! お前達、EDFの力を魔物へ見せつけてやれ!」
ヘルハウンドを指さすと、鉱石はカブトムシと鷲の姿へ変化し、急降下してゆく。
「キャウン!!」
ビートルジェットの立派な角が、ヘルハウンドの腹を貫いた。
鋼のカブトムシは勢いづいたまま、次々とヘルハウンドを倒してゆく。
「な、なんだ、これ!? うわぁー!!」
「ひぃー!」
「おかあちゃーん!!」
ホークワンは翼から爆破魔法を投下し、残りの窃盗犯たちを遠慮なく吹っ飛ばしている。
そんな中、一人だけ難を逃れた窃盗犯が、黒ダイヤタケが満載されているカゴを背負い逃げ出そうとしていた。
(させん!!)
ノルンはその男の前へ舞い降りる。
そして既に魔力の輝きが満ちている左手を突き出した。
「メイガーマグナム! エンドシュート!」
「ぐわぁぁぁぁ――!!」
ノルンの左手から放たれた光弾が、男の腹を穿ち、夜空高くまで吹っ飛ばす。
男は地面へ叩きつけられ、白目を剥いた。
勇者の頃ならば、この魔法で窃盗犯を殺してしまっただろう。
しかし今のノルンではこうして怯ませることぐらいが精一杯だった。
だが、今はこれで丁度いい威力だとも思うのだった。
「五、六、七、八、九、十……これで全部か」
気絶した窃盗犯を数えているノルンの元へ、戦闘を終えたビートルジェットとホークワンが戻って来た。。
どちらにも深い皹が浮かんでいる。活動限界時間が近いらしい。
やはり今のノルンではEDFをそう長い時間は維持できないのだと思い知る。
(さっさと片付けねば!)
ノルンは急いで窃盗犯を縛り始める。
そしてビートルジェットとホークワンへ指示を出し、気絶した窃盗犯達を運び始めるのだった。
⚫️⚫️⚫️
(まずい、夜明けまでかかってしまった……!)
ヨーツンヘイムの中でも最も標高の高いヅダ火山から日が登っている。
そろそろリゼルが起きだす時間でもある。
ノルンは急いで坂を駆け上がり、庭に達する。
途端、玄関戸が勢いよく開いた。
「あっ……」
「……」
しばらく無言で見つめ合ってしまった。
しかしいつまでもそうしているわけには行かず、ノルンの方からリゼルへ歩み寄ってゆく。
「お、おはよう、リゼル……これはその……」
ノルンはヘルハウンドにやられた右腕を後ろに隠しつつ、言い淀む。
すると今度はリゼルの方から歩み寄って来る。
そしてポン、と。
倒れ掛かるように、ノルンの胸元へ身を寄せてきた。
「お帰りなさいノルン様。そしてこの間はごめんなさい……」
「なぜ君が謝るんだ?」
「……朝起きたらノルン様がお部屋にもいなくて……探してもどこにもいらっしゃらなくて……あなたの匂いしかしなくて……そうしたら急に不安になって、寂しくなって……」
「リゼル……」
「きっとこの間、ノルン様も同じ気持ちになっていたのかなって……。そう思ったら、申し訳なくなって、それで……」
リゼルの気持ちが嬉しかった。彼が愛しているのと同じくらい、彼女もまた愛してくれている。
そのことが再確認でき、嬉しさが込み上げてくる。
ノルンは胸の中で肩を震わせているリゼルの頭を撫でるのだった。
「心配ありがとう。俺の方こそちゃんと書き置きせずに出て行ってしまってすまない。実はみなが一生懸命収穫していた黒ダイヤタケを盗もうとしていた悪い連中がいてな。そいつらを懲らしめていたらこんな時間になってしまった」
「謝らないでください。私がわがままなだけですから……嫌ですよね、こんな、自分のことは棚に上げて、いざ自分のことになると、怒ったり泣いたりする我儘な私なんて……」
「そういうところも含めて、俺は、その……なんだ……君を愛してる」
想いがしっかりと伝わるようリゼルを抱きしめる。
するとリゼルからも抱きしめ返してきた。
「ありがとうございます……私も、いつもみんなのために一生懸命で、優しいノルン様のことを愛してますよ……」
麗かな朝日の中、ノルンとリゼルは口付けをかわし、互いの存在を確認し合う。
もうリゼルなしではいられない。そう思えてならないノルンだった。
「ご飯の前に腕の怪我を治しましょうね」
「ああ、よろしく頼む。次からは右腕にも魔法上金属小手を装備することにするよ」
ノルンとリゼルは手を繋いで小屋へと戻ってゆく。
「グファ~……グゥ……」
小屋の中で朝ごはんを待っていたゴッ君はもう慣れたもので、盛大にあくびをかいているのだった。




