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大親友(*前半ジェスタ視点)


(いつまでも凹んでいるわけには行かない。大事なワインが私を待っているのだから……)


 ジェスタは気持ちを切り替え、醸造場へ向かってゆく。

 すると、蔵の鍵が壊され、引戸が空いていることに気がつく。


(この状況で盗人か。ええい、鬱陶しい!)


 ジェスタは足音を殺して、そっと醸造場へ入ってゆく。


「ほぉーこれがダダンチャクラの言ってたステンレスタンクかぁ。あいつも良い仕事するようになったじゃん!」


 見知った背中。今は色々とあったのでできるだけ避けたい人物がワインの入った銀のタンクを見上げている。


「おい、引きこもり! てめぇがそこに隠れてんのはわかってんだ。出てこいよ!」

「……さすがだな、アンクシャ」


 ジェスタは渋々とタンクの裏からアンクシャへ姿を晒す。

彼女は相変わらず仏頂面だった。


「んったくよぉ、あんな鍵じゃ閉まってるうちに入らねぇって。これ、おめぇの大事なワインなんだろ? もっと上等な鍵を用意した方が良いぜ?」

「……ここになんのようだ?」

「こいつがおめぇの大事なワインってやつなんだよな?」


 アンクシャは不気味な笑みを浮かべつつ、杖でタンクを叩いてみせた。


「そうだが……なんの目的で……」

「んなもん、この状況で分かるだろうが! へへっ!」


 ジェスタから一気に血のけが引いた。 

彼女は咄嗟に膝を折り、床へ平伏す。


「た、頼むアンクシャ! 私はいくら殴られたって構わない! 魔法で焼かれたって構わない! しかしそれだけは! そのワインは私だけのものではなく、ノルンや、ヨーツンヘイムの皆のものなんだ! だからどうか、どうか、それだけは!!」

「ふ……ふざけたこと言ってんじゃねぇ!! たしかに今の僕は超絶お怒りモードだけど、酒を粗末にするようなことしねぇって!!」


 どうやらジェスタの早とちりだったらしい。

彼女がホッと胸を撫で下ろしていると、アンクシャが見下ろしてきた。


「とりあえず一杯飲ませろ。僕はそのためにわざわざ鍵をぶっ壊してこん中入ったんだからな!」

「あ、ああ。分かった」


 ジェスタはアンクシャの行動の意味に首を傾げつつグラスを用意した。

 タンクに備えられている試飲用のバルブを捻りワインを注ぎ出す。

未だにパープルの色調が強い赤ワインがグラスへ満たされてゆく。


「ほら」

「どんも。ほぉー、綺麗な色してらぁ……そいじゃ」


 アンクシャはコクリと、赤ワインを口へ運んだ。


「ど、どうだ?」

「色合いと香りは良いけど、なんか薄くね? それにすっげぇ酸っぱい」

「これはまだ仕込んだばかりだからな。このタンクで一年、更に樽に移し替えて一年、合計2年をかけて熟成させてから瓶詰めする予定だ」

「ふーん……でもさ、美味いよ」


 アンクシャはワインをもう一口含む。

 その横顔はとても嬉しそうだった。


「酒はその土地の文化や時に人を映し出すってな。まるでノルンみたいにおおらかで、ヨーツンヘイムのように平和で、だけどジェスタみてぇに変なところで神経質な味がする」

「アンクシャ……」

「だけどこの酒は成長して、きっともっと美味いもんになるんだろうな。みんなやジェスタが一生懸命、この酒を作ることに情熱を注いでいたのが分かるよ」

「……」

「想像しただけで今から……へへ、2年後のリリースが楽しみだぜ!」


 アンクシャはグラスの中身を一気に飲み干す。

 そして彼女はジェスタを見上げた。


「気に入った! てめぇのワインすっごくうめぇ! だから発売が開始されたら、僕が全部買い占めてやんよ!」

「本気か?」

「おおさ! 僕が嘘をついたことあるかい?」

「だいたい嘘ばかりじゃないか、お前は」

「てめぇ、僕に喧嘩売ってんのか? ああん?」


 ジェスタとアンクシャは睨み合う。

しかしすぐさまはお互いに醸造場へ盛大な笑い声を響かせた。


「おいジェスタ、てめぇのワインもっと飲みてぇ! じゃんじゃん持ってきな!」

「良いだろう。今日は私のワインでお前をベロベロに酔っ払わせてやる!」


 どういう心境の変化かは分からない。

それでも、ジェスタはアンクシャが笑いかけてくれたことが嬉しかった。

また無二の親友と言い争いでき、笑い合うことができた。

 ジェスタは胸を弾ませつつ、ワインを取りに駆け出す。

するとアンクシャが、そんな彼女を呼び止めた。


「どうかしたか?」

「……かった……」

「……?」

「さっきはボコって悪かったぁー!!」


 アンクシャの大絶叫が醸造場に響き渡る。


「ノルンと幸せになぁ! ワイン造りもがんばれぇ! 僕は、ジェスタのことが、やっぱり大好きなんだぁぁぁぁ!!」

「私もアンクシャのことが大好きだぁぁぁ!!」


 醸造場での酒盛りは、夜がふけるまで続いてゆくのだった。



⚫️⚫️⚫️



(なんとかしなければ……このままでは三姫士が! やはりここは俺が……!)


 一日中ジェスタとアンクシャのことで思い悩んでいたノルン。

彼は意を決して、立ち上がる。

 まずはアンクシャを探し出して、きちんと話をしなければと……


「おいこら、ジェスタ! 自分で立て! 家に着いたぞ!」

「らぁー!」


 突然扉が開き、ジェスタを抱えたアンクシャが現れた。


「んったく、僕に合わせて飲むからこんなことに……」

「あんくしゃー!」

「な、なんだよ? ってーーふぐうっ!?」


 ノルンの目の前でジェスタが、アンクシャの唇を奪っていた。


「て、てめぇ! なにいきなりしやがるぅ……僕のファーストキスになんてことを……!」

「好きだ……!」

「へっ?」

「ひょっとすると私は、ノルン以上に、アンクシャのことが大好きらぁぁぁ!」


 ベロベロに酔っ払ったジェスタがアンクシャへ襲い掛かろうとする。

その時、ジェスタの背後へ音もなくシェザールが現れた。


「成敗!」

「がはっ!」


 ジェスタは白目を剥いて、シェザールにもたれかかる。


「大変失礼をいたしましたアンクシャ・アッシマ・ブラン皇女殿下。なにぶん、阿呆がノリと勢いでやってしまったということで、寛大なる処遇をお願い申し上げます! どうか、どうか!」

「お、おう、良いぜ。別にそんな怒っちゃいねぇし……」

「御心に感謝いたします! それではこれで! 行きますよ、このおバカさんが!」

「らぁー! アンクシャぁー!!」


 シェザールはジェスタを抱えて、スタコラサッサと山小屋を出てゆく。

まるで嵐が過ぎ去ったかのような静寂が訪れた。


「アンクシャ、一つ聞いてもいいか?」

「ん?」

「なにがあったんだ? お前達は喧嘩をしていたのだろ……」

「あ、仲直りしたよ。だからさっきまで一緒に飲んでた! あいつのワインをたらふくね!」


 どんな経緯があったかは知らないが……とりあえず三姫士の解散は防がれたらしい。


「まぁ、これで君とジェスタとはお別れだけどね」

「別れだと……?」

「うん。いっぱい泣いてすっきりしたけどさ、幸せそうなノルンとジェスタを見ているとやっぱりね……いつまた、我慢できなくなって、ブチ切れるかわかんねぇし!」


 アンクシャは無理やりいつもを装って、いつものように笑っている。

さすがのノルンでも察しがついた。

彼女が自分のことをどう思っていたのか。


「まぁ、戦いのことは僕に任せな! だから2人はこのままヨーツンヘイムでワインを作りながら静かに暮らすと良いよ」

「いや、しかし……!」

「大丈夫、大丈夫! なんてったって僕は大陸一の魔法使いだし! それにね……まぁ、安心できる要素も他にある訳だ」

「どういうことだ?」

「まっ、そのうちわかることさ……だから君たちは、もうそのままで良い。そのまま静かに暮らしていて欲しい……」

「……」

「で、さぁ、ノルン……」


 アンクシャはどこか思い詰めたような表情をみせた。


「なんだ?」

「これで君ともお別れなんだけどさ……僕のこと忘れないように、記念品を渡したいんだけど……」

「記念品、か……」


 本当はまた会いにきて欲しかった。

しかしそれは自分のわがままで、アンクシャを苦しめることになる。

ならば彼女の覚悟を、想いをしっかり受け止めなければならない。


「……わかった、受け取ろう」

「へへ、あんがと! じゃあちょっと屈んで」

「あ、ああ……」

「もっと、もっと!」

「そ、そうか……ーーッ!?」


 突然、視界いっぱいにアンクシャの顔が広がる。

次いで唇に感じた、柔らかな感触。

長い沈黙の果て、アンクシャは名残惜しそうに爪先立ちをやめた。


「これで僕のこと忘れないでしょ?」

「……そうだな」

「それにファーストキスが親友とだなんて、格好つかねぇし! だからこれでさっきのは帳消し! これが僕の最初で最後のキスなんだ!」

「……」

「バイバイ、ノルン。ジェスタと幸せにね……! 大陸の平和は僕たちに任せておけってんだ!」


 アンクシャはそう叫び、山小屋から出てゆく。

 ノルンは跡を追うが、外には既にアンクシャの姿はなかった。


「達者でなアンクシャ。おれとジェスタのぶんも、どうかよろしく頼む……」


 満点の星々が浮かぶ夜空の下、ノルンはずっと頭を下げ続けるのだった。


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