第四話 『禁忌』との邂逅
人間、思いもよらぬ出来事に遭遇しては、声が出ないものである。それはクルミとて例外ではない。いざ自分の目標としていた場所についた途端、膝を抱えた筋骨隆々の男が待っていたのだ。それも全裸で。恐怖でもなく、気圧されている訳でもなく、ただただ今の状況に困惑していた。
サングラスの奥の瞳が物悲しそうにしている。クルミに気が付いたのか、眉が一瞬、ぴくり、と八の字に動く。
ゆらり、と男が立ち上がった。
呆気にとられていたせいで、クルミは手で目を覆うのが遅れたが、有難いことに男の股間は葉っぱで隠れていた。しかしクルミは肌色に一点混じる、股ぐらの緑色に気づかなかった。当然、見ず知らずの(知り合いだとしても)男の股間なぞ見たくないものだが、クルミにとっては、ただ単純に、それ以上に目を奪われるものがあったからだった。
縦長い半円を描き、鈍い音をさせ幾重にも垂れ下がる鎖。
両方の手首を覆う、手甲と見紛うほどに重厚な鋼鉄の輪。
即ち———
「『手枷隊』・・・!」
思うより先に、言葉が出ていた。
「———ッ!」
反射的にクルミは自分の口を塞ぐ。思わず言ってしまった。口に出してしまった。魔術学校でも、禁句だと、禁忌だと、再三云われていたというのに。
「ぁ・・・す、いませ・・・」
呂律が回らない。さっきまで困惑し、硬直していたはずの身体が震えだす。なんとか半歩、右足を後ろに動かす。しかし、男が一歩、ゆっくりとクルミへ迫ってくる。自分の倍はある背丈。いや、実際は倍ほどの差はないのかもしれない。しかし今のクルミには、そう思うほど男が巨大に見えた。男の逆立った黒髪が余計にそう感じさせる。
外は暑いのに、震えが止まらない。身体の芯が冷え込む。恐怖して。気圧されて。きっと噂通り、嬲られる。辱められる。殺され———
「なァ。」
頭に靄がかかる。もはやクルミは自分の末期しか考えられなくなっている。
だが男にとってそんなことはどうでもよかった。
そしてもう一歩、クルミに近づき、思いの外、高い声で告げた。
「食いモン、持ってない?」