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第20章 叔父

駅の広場まで来た心琴は少し息を整えた。

朝から何一つ口にしていない。


(喉が乾いたな……)


自販機でジュースを買うと一度ベンチに腰掛けて、鞄からノートを取り出す。

一気にジュースを飲み干しベンチに置く。

カランという小気味いい音がする。


(さぁて! 色んなことを考えなきゃ!)


筆箱からペンを取り出し、ノートをベンチに広げる。


(皆は私を忘れちゃった。だけど、このままじゃ皆死ぬ。それは、それだけは絶対イヤ!!)


握ったペンに力が入る。


(先ずは……今の状況とこれからどうなればいいかを考えよう)


考えなしの行動はこの先命取りになる。

いつもは考えるより先に足が動いてしまうタイプだが、今日ばかりは慎重だった。


(私達は今日の事を毎晩夢で見ていたんだよね。記憶は13:30くらいから。そして、14:00に終わる)


そのまま、ノートにペンを走らせる。


(夢の内容は、今日の星祭り。何も無いまま、つまり誰も夢の記憶を保持していない場合。これをノーマルN夢とする。N夢の場合は町長がステージで挨拶を終えた時にエリを庇い、ボディーガードの三上に殺される。その後脱線事故が起こり祭りにいる人全員を轢き殺す)


ここまでが本来の夢。


(次、チームが行動を起こした結果、町長による避難指示により全ての人が助かった場合。これをサクセスS夢とする。S夢の次の日は沢山の人々が記憶を保持。生き残れば記憶が保持されるというのは誰にでも適応されるルールだと言うことが分かった)


そして、次の日に起こった悲惨な夢。


(昨日の夢だけは全然違っていた。イレギュラー夢……I夢としよう。記憶を保持した町長が避難指示を出そうとした瞬間、町長が銃撃に遭う。そして、ビルに避難する間に海馬さんが、三上に騙された朱夏ちゃんはドア越しに、私たちを守ろうと鷲一が三上に飛びかかったけどダメで……最後の最後までエリを守ってくれた連覇くんも……殺された。。私は片腕を吹っ飛ばされたけど、残った腕でエリを抱えて屋上から飛んだ。そして、ギリギリ夢が覚めて助かった)


ここまで書いて……悲しい気持ちに負けそうになる。

でも、もう心琴は泣かなかった。

次の文字は一際大きく、はっきりと書く。



(お願い。鷲一、海馬さん、連覇くん、朱夏ちゃん、町長さん、そしてエリ……)



(みんな……お祭りに来ないで!!! 死なないで!! お願い!!!)


そして、ページの最後にKOKOTO(心琴)と書いた。




(……できた)



これまでの顛末を書いたノートが出来上がる。

そのページを破ると心琴は写真を撮り、アプリのLIVEを開いた。

私たちのチームはそのまま残っていた。

数日前に話し合った時のまま。

鷲一と海馬と連覇のアカウントがチームになっている。


(現実世界での私たちの行動は夢に左右されていない。やっぱり……変わったのは……記憶だけなんだ。つまり……)


心琴はその会話にさっきの写真を投稿した。


(ここに投稿すれば、鷲一達に届くよね?)



ペポン……



送信完了の音がなる。

思った以上に早く既読マークがつく。

しかし、誰からも返事が来る事はなかった。


(いたずらだと思われたのかな……。でも、とにかく……できる事はやろう!)



心琴はまた、ノートを開いた。



今度は大きな文字で【作戦会議】とかく。

そこに今度は適当な字でグチャグチャと思ったことを書き込んでいった。


(うんと。そうだな。まず……どうしたいか考えよう!)


大きく『誰一人死なない!』と書く。


さらに矢印を書いて……二つの大きな丸を描く。

それぞれの丸に『三上に殺されない』と『脱線事故から逃げる』と書いた。


それを見て、ふと……『どうして?』という疑問が浮かぶ。動機、原因と言った言葉が頭に過る。


(うーん。今まで、実際に経験した事ばかりが先立って、あまり事件として考えた事なかったかも)


とにかく、昨日のことを思い出す。

三上は昨日こう言っていた。



『あんただろ? この夢を作ったの。こうして、またお前は……周りにいる人を巻き込んで……。』

『お前の能力のせいでみんなが死ぬんだ。』

『認めろよ!! これが、明日。実際に起こるんだよな?あの時のように!!』



簡単な三上の絵を描いて、吹き出しに覚えてる限りの発言を羅列する。


「お前の能力で皆死ぬ? あの時のように?」


三上はエリに殺意を抱いているのは間違いない。

そして、過去にエリと接触している。

町長は厄介ごとに巻き込まれたと言っていた。

エリは実験に使われていたと。


(エリには三上に殺意を抱かせる能力があるのかな?? 『お前が作った夢』って三上は言ってたけど。まさか、この予知夢はエリの力なのかな?)


だとすると凄い能力だ。

未来を予知して他人に見せることができるのだ。

誰だって未来を知れたら自分に有利に事を運びたいに決まっている。


(まって!? それってつまりは……毎晩毎晩同じ夢を見ていたのは、エリの能力?!!)


自分が死んでしまうあの夢を、誰かに伝えるために。

みんなが死んでしまうってことを、誰かに伝えるために!!

自分ではどうしようも無いから、助けを呼んでいた!?


(あの夢自体がエリからのSOSだったんだ!!)


心琴はパズルを紐解くかのように考えを巡らせる。


「エリ……。今頃どんな気持ちでいるんだろう」


さっきは窓で祈りを捧げていた。

なんとか助けたい。


ゆっくりと『三上に殺されない』という文字を指でなぞる。


(過去に何があったかは知らないけど、絶対エリは殺させない!)


とは言えあの三上がエリを狙っているのは間違いなかった。

三上は日本では入手困難な武器を持っている。

心琴では太刀打ちは到底無理だろう。

三上は残虐だ。

エリだけでなく、エリを助けようとする人も躊躇なく殺してしまう。

それが三上という女だという事が分かったのもI夢だった。


そこまで考えて、もう一つの大きな丸が目に留まる。


(……脱線事故は? どうして脱線事故は起きるんだろう?)


疑問が沸き起こる。

心琴の経験から言うと、人々の流れは毎回同じとは限らなかった。

『その人間』が『その場にいたら』『そう動く』の結果が単純に現れていたように思う。

実際、迷子の連覇は『私たちが広場で待ち合わせをしていたから』偶々声をかけてきた。


つまり……あの世界での出来事は『強く決心した事』こそ毎回同じ結果となるものの、不注意やうっかりといった類のものはランダムで起こる。



(……おかしいよ! だって、事故って不注意とかアクシデントで起こるものでしょ?)



今まで気がつかなかった事に心琴は気がついた。


(なんで……事故が【毎回必ず同じ場所で同じ時間に】起こるの!? 何回走っても、何回走ってもそこで、その時間に起こるなんて)




「あの事故は……事故じゃない!? ……()()()()()()()()()んだ!!」




自分のたどり着いた答えに思わず声に出してしまう。

目を見開き、自分の結論に驚いた。

でも、そうとしか考えられなかった。

心琴は目の前の駅をじっと見つめた。


(ここで、何かが起こっているんだ。駅の中で故意に事故を起こしている人がいるんだ!)


心琴の夢は13時半頃に始まる。

時刻は9時を回った所だった。


(……脱線事故は……防げるかもしれない!! いや……防ぐんだ!!)


心琴の全身に今までにないほどの決意がみなぎった。


◇◇


「おーらい!おーらい!」


とにかく駅の方へ行ってみよう思って見ていると、左の道路から軽トラックが入ってきていた。

行く手を遮る形で入ってきたため、心琴は足を止めた。


(お祭りの屋台の準備かな……?)


いよいよお祭りに向けて町が動き出していた。


(あの辺りは……S夢の時に連覇君とエリに五芒星レッドのお面を買ったあたりだ)


そんなことを思っていると、到着したトラックから人が下りてくる。

そして、その顔を見た瞬間心琴は驚きを隠せなかった。


(あ……思い出した!)


昨晩、鷲一のお父さんに会った時に感じた、既視感。


(そうだ。鷲一のお父さんとそこの人……五芒星レッドのお面を売ってくれたおじさん……顔がそっくり!!)


しかし、男がこちらを振り向いた瞬間、心琴は息をのんだ。

昨日はお面で隠れていたが、その男の左目から上にかけて、ひどい火傷の跡が見えたのだ。


(やっぱり……似てるけど違う人だ……!)


昨日の晩に話したばかりの相手を心琴はしっかりと覚えていた。

きのう鷲一と喋っていた穏やかな男性にはそんな傷はなかった。


(他人の空似? でも……兄弟……いや、双子みたいにそっくりだ!)


思ってもみないことに驚いていたら、さらに驚くことが起きた。

その軽トラックの助手席からた女の人……それは……。


(み、三上!?!?)


心琴は咄嗟に後ろを振り向いてベンチに座った。

なるべく身を低くして植木に隠れる。


(なんで!? なんで!? こんなところに三上がいるの!?)


見つかったら間違いなく殺されるだろう。

心琴は冷や汗を流した。


(ま、まって。でも……一体何をしているんだろう……?)


心琴は勇気を振り絞って植木の脇から覗いた。

振り返った時には既に三上は歩き始めている。

その背中には大きなギターケースのようなものを背負っていた。


「……!!!」


心琴はそのギターケースの中身を一瞬で理解した。

黒いケースに覆われていたが、あの大きさには見覚えがあったからだ。


(い、今……銃を……銃を持って行ったんだ……!!)


体が震える。


(そうだ。鷲一のお父さんに似たお面屋さんは?)


トラックを見ると何やら黒い四角い箱を持っている。


(あれも……武器かな?)


するとお面屋さんはせっせとどこかへ歩いていく。

三上を追いかけるか、お面屋さんを追いかけるか迷ったが、心琴はお面屋さんを追いかけることにした。


(お祭りの屋台の荷物に見せかけて、三上に武器を渡した人だ……きっと……仲間に違いない……!!)


心琴はそっと後をつけることにする。

しばらく歩くと、駅の横の建物の前で止まる。

関係者以外立ち入り禁止とかかれたその扉を数回ガチャガチャしたかと思うと、扉が開いた。


(え!? 鍵かかってないの!? 扉が開いちゃったよ……)


男はあたかも関係者のような風格で敷地に入っていった。


(ええええ!? ど、どうしよう……)


戸惑う暇なく扉が閉まりそうになる。


(い……いくっきゃない!!)


閉まりかけた扉に指をひっかけて心琴も中へ入った。


入口に入ると玄関になっていて、正面には作業服をかけるところやヘルメット、工具だとか、備品だとかがかけられていた。

それは駅の作業員用の仕事場だった。


狭い廊下には扉があり、古びた木製のドアには小さめのガラスの窓がある。

そのドアの向こうでは作業をしている人々の声や、電話の音が聞こえた。


男はしゃがみもせずにそのドアを通り過ぎ、さらに奥へと進んでいく。

そして奥にある階段から2階へと向かっていくのだった。


男の手には先ほどの黒い箱がちらりと見える。


(あの箱……あの箱さえ手に入れば……)


その様子をじっといていると、後ろから人の気配を察知した振り向いた。


「……あ!?」

「……ひゃ!?!?」



そこには作業着姿の鷲一がいた。


「…………!」


叫びそうになり、心琴は慌てて口に手をあてる。


「おま……。朝の……?!」


心琴はちらちらと階段を見ながら指を口にたてる。

既に男は二階へ上がった後だった。


「(しー!!!)」

「ここは一般人が入る場所じゃねぇ。出てけ。じゃねぇと警察呼ぶぞ」

「(鷲一、お願い、今は静かに……気づかれちゃう!!)」


小声でいうと雰囲気を察知したのか首をかしげる。


「あ?」


心琴が2階を指さす。


「??」


しかし、そこには誰もいない。


「とりあえずこっちへ来い。不法侵入だ」


そういって心琴の腕をつかんで事務所に入れる。


「や、やめてよ!!」


事務所には鷲一の他に鷲一のお父さんがいた。

不審な顔でこっちを見ている。


「あ、あの!! 二階に……変な人が……!!」


心琴は慌てて危険を伝えようとした。

しかし、鷲一は心琴をきッとにらんで、それを制止する。


「変な人はお前だろ。嘘をつくなよ」

「……鷲一……」


泣きそうな顔の心琴を余所に鷲一は電話へ向かおうとしたその時……思わぬ方向から助け舟が来た。


「どうしたんだ? 鷲一……昨日家まで送って行ってあげた子だろう? 喧嘩でもしたのかい?」

「はぁ!? 何言ってんだ親父??」

「!!!?」


他人に言われるならまだしも、実の父親に言われて鷲一は戸惑った。


(そっか!! 鷲一のお父さんは夢に一切出てこない……記憶の引継ぎと全く関係のない人物なんだ!)

「昨日はというかここ一週間くらいずっとその子と楽しそうにしてたじゃないか……?」

「……え? 俺が?」


心琴はこれはチャンスだと思った。

思いっきり心配しているような表情で鷲一より前へ出る。


「お、お父さん。今日、鷲一が変なんです!!」

「な!?」


鷲一は何が何だかわからないという顔だ。


「LIVEの返事さえしてくれなくて……私……心配でここまで来ちゃいました」


純粋に鷲一を心配している女の子を演じる。

とにかく、今はここを出てあのお面屋さんを追わなくちゃ。

警察に連絡されたら、一瞬で終わる。


「おやおや、息子を案じてくれたのか。でも、ここに入ってきちゃいけないよ??」

「ごめんなさい。すぐに帰ります」


心琴はぺこりと頭を下げる。

そして廊下へ出ようとしたその時、お父さんがさらにこう言ったのだった。


「鷲一。今日はもういい。この子を家まで送ってあげなさい」

「はぁ!?!? なんで俺が?!」

「お前は疲れてるのかもしれないな……。昨日まであんなに楽しそうだったのに」


父親は引きこもりの息子が友達の話をし始めたことを喜ばしく思っていたに違いない。

それが急に警察を呼ぶといい始めている。

精神疾患だった頃を思い出したのかもしれない。


「……今日はもういい。休みなさい」


とても優しい言い方だった。


「……なんか……よく解んないけど、変なのは俺なんだな?」

「僕は今、そう思っているよ」


その助け舟にのっからない心琴ではなかった。


「……いこ! 鷲一!」


ぐぐいと鷲一の腕を引っ張った。


「ちょ、ちょっとまってくれ!」


父親からそう言われて鷲一は訳の分からぬまま、上着と鞄だけ取って部屋を出た。


◇◇


廊下に出た瞬間、鷲一は感じている疑問をすべて投げかけてきた。


「なぁ、お前は誰だ?」

「ここと。もう、何回目? いい加減覚えてよ」

「……なんで俺の名前を知っているんだ」

「……一週間くらい前に出会ったんだよ?」


寂しそうな顔で鷲一に伝える。


「……おれ、記憶喪失……なのか?」

「うーん。ある意味……そうだと思う」


夢の世界で死んだから……とは言わなかった。


「まじか……!?」

「だってさ、スマホにLIVE入れた事知らないでしょ?」

「え!?」


鷲一は慌ててスマホを取り出す。


「なんだこりゃ……」


見慣れないアイコンがスマホにはあった。


「ほら、これ見てよ」


心琴がスマホをチョチョイといじるとそこには、チームのみんなとの会話が表示された。


「……!? お、おれが……これを入力したのか……?」

「うん」


見覚えのない会話が繰り広げられているが、自分の名前はそのままなので自分だとわかる。


「……俺がおかしくなっちゃったのか?」

「あー……そのことだけどさ。話せば長くなるんだ? でも、悪いのは鷲一ではないよ」

「どういうことだ?」


本気でへこみ始める鷲一に心琴はなんとかはぐらかす。


「今ちょっと時間がないから今度ゆっくり話すね?」

「時間がない?」

「14時に脱線事故が起こされる」


そう。「起こる」のではない。「起こされる」だ。


「い、いってる意味が解んねぇ……」


困惑はしばらく解けそうもないので、心琴は話を進めた。


「ねぇ、ここの2階に何があるか教えて? 変な人が黒い箱を持ってここに侵入するのが見えたの」

「……? ここは確か……無人貨物車を制御する装置があったはず」

「無人貨物車?」


聞きなれない言葉だった。


「そう、最近導入したんだって、親父が言ってた。貨物車は夜間での走行などが多いから、AIに任せて無人化する。そのテストを何故かここでやってるんだってよ」


その言葉に心琴は閃いた。


「それだ!!!!!」


思わず叫んだ。

そして、鷲一をつかんで二階へと向かう。

階段を上りつつ心琴は鷲一に言った。


「あのね? 私たちは毎晩同じ夢を繰り返していたんだよ。脱線事故の夢を」

「は? 夢?」


いきなり出てくる夢の話についていけないことは百も承知で話し始める。


「毎回起こる脱線事故……。人が運転したものじゃなかったんだ!! だから、時間通りに同じように脱線する」

「……???」

「あの黒い箱はその無人貨物車をおかしくする装置なんじゃないかな!?!」

「はぁ!?」


2階へ一直線に上ってきた心琴と鷲一は2階の廊下へ差し掛かった。

横に一つ、そして奥に一つ部屋がある。


「このままじゃ……このままじゃみんな死んじゃう!! あの黒い箱を壊さなきゃ! お祭りに来た人々がひき殺されちゃう!! あの、鷲一のお父さんによく似たお面屋さんに!!」




「ねぇ、そのお面屋さんって……僕ちゃんの……ことかなぁ?」




とにもかくにも鷲一に聞いてほしくて、つい普通の声で話をしてしまっていた事を後悔した。

すべてお面屋さんに聞かれていたのだ。


「や……やば……!!」

「うふふ。声、出したらだめだよ? 両手を上げて」


心琴の額にはすでに銃口が突き付けられていた。

素直に両手を上げる。

心琴はちらりと鷲一を見ると、ひどい汗をかいていた。

信じられないものでも見たという顔だった。


「さぁ、こっちへおいで。鷲一」

「な……なんで……」

「話はそっちの奥の部屋でしよう。邪魔が入っては興が覚める」


移動するときに手前の部屋が見えたが、駅員さんが血を流して倒れていた。

パソコンのようなものに黒い箱からはコードのようなものが伸びて接続されている。


「……!!!」

「大丈夫、死なない程度に眠ってもらってる」


何も大丈夫じゃなかった。


「君もああなりたくはないよね?」

「……」


ひとまず言う通りに動くしかなく、奥の部屋に心琴と鷲一は連れていかれた。

その後にお面屋さんが入ってきて、扉は締められた。

奥の部屋は押入れのような部屋で、必要がなくなった椅子やロープが転がっている。

扉を閉めるや否や、お面屋さんは嬉しそうに鷲一に声をかけた。


「うふふ。久しぶり。鷲一」

「なんで……叔父さんがここにいるんだ…………!?」


(やっぱり……お面屋さんは鷲一のお父さんの兄弟なんだ……)


外見は似ていても中身は似てもにつかない。

鷲一のお父さんはとても紳士的だけど、この人からは狂気しか感じない。


「うふふ……」


お面屋さんの気持ち悪い笑い声が耳につく。


「隣の子はガールフレンドかな? ずいぶん色々なことを知っているようだけど」

「っ……!!」


心琴は身をこわばらせた。


「……」

「うふふ。まぁ、良い。うーん。これなんてちょうどいいかな?」


お面屋さんは倉庫を漁ると、ロープを持ってきて心琴と鷲一をぐるぐる巻きにする。

言いなりになるしかなく、状況は悪化するばかりだった。


「……!!」

「この女の子は……いらないな」


銃ではなく足に隠してあったナイフホルダーから刃渡り10cm程のナイフが出てきた。

手入れされて綺麗に光るそのナイフはよく切れそうだ。


「こ、こないで……」


お面屋さんはゆっくりと心琴に近づく。


「や、やめろ!!」


鷲一は青筋を立てている。

鷲一にやめろと言われた瞬間、お面屋さんはすぐに踵を返して鷲一の隣に座る。


「うふふ。やめてもいいよ? その代わり、鷲一は何をしてくれる?」


ほっぺたを両方の手でつかんで顔を覗き込む。


「う……。や、やめろ……。俺に触るな!! ……触らないで……ください……」


鷲一は心底怯えているようだった。

心琴はこんな鷲一を見たことがない。

死に直面している時でさえ凛として、みんなを守ったあの勇ましい鷲一はここにはいなかった。

目は泳ぎ、子供のようにおびえ、震えていた。



「やだよ。ねぇ、鷲一? 今度こそ、僕の物になってよ」



耳を疑うような発言だった。

少なくても50代のおじさんが高校生の男の子相手に言う言葉ではない。


「もう、邪魔な母親は死んだろう? 今度こそ、君は僕の物だ」

「やめろ……母さんを侮辱するな……!!」


鷲一は振り絞ったような声で反論した。

しかしそれが気に入らなかったのか、お面屋さんは急に表情が変わった。


「アンナヤツ!!! あいつさえいなければ!! 鷲一は僕の物だったのに!!」

「違う!! お前のせいで……お前があんなことしなければ母さんは死ななかった!!」


(母さん……? あんなこと……?)


ロープで縛られた心琴はただただ二人のやり取りを聞くしかなかった。


「いやぁ、僕もいっぱい考えたのさ。……どうやったらお前ら家族を不幸のどん底にたたきつけられるかをね!!」

「ひ、ひどい……!!」


心琴は思わず反応してしまった。


「おや、ガールフレンドさん。……知らないの?」

「え!?」


何のことだかわからずに困惑する心琴を見てお面屋さんはニタァと笑った。


「鷲一。だめじゃないか。きちんと皆に自分の過去を明かさなきゃ」

「な!? や、やめろ!!」


鷲一は慌てるが、お面屋さんはむしろ嬉しそうに鷲一の過去を話し始めるのだった。


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