4.ペットが悪いことをしたら、きちんとお仕置きをしましょう
さて、さすがに身動きもできないほどに縛るのは可愛そうだ。
若干緩めることのできる手錠タイプのものにするか。
「そのままではトイレにも行けませんよね。こちらのタイプに付け替えますから、暴れないでくださいね」
さすがに大人しく手を差し出してくる。ここで暴れても不利になると思ったのか。
手枷を鎖で繋いだ少し余裕のある手錠に替え、足を外した瞬間――
蹴りが放たれる。
無論、拘束何日目かの足さばきでは私に一撃を加えることができない。
「暴れるなと言いましたでしょう?」
やすやすと足を取られたのが不服なのか、顔を不機嫌そうに歪めるジル。
まぁ、全快の時に食らったらさすがの私も吹っ飛ばされると思うが。
そう考えれば考えるほど、華奢なマリアなどに任せなくて良かったと思う。この男は危なすぎる。
「…この国の人間は女でも強いのか?」
「一応死なない程度の護身術を身に付けているだけですよ。私も3年目ですからね」
そう、3年。護身術は無事に生き延びるためには必要なことだった。
「…3年目?」
どうやら私にちょっと興味を持ったようだ。手錠と同タイプの足錠を足にはめながら、少しなら話ても良いかと考える。
「ええ。この国では男も女も18歳で徴兵されますから。私も兵役三年目です」
「!!?」
さすがに驚いたようだ。この国ではそうやって大量の兵を集めていく。死に行く兵を…。
「お前21か!!子どもじゃなかったのか!?」
…なぬ!?驚くのはそこか!!?
「それでその身長と胸とは…もう育たないとは憐れな…」
心底憐れまれてしまった…この男。殴り飛ばしたい!!
必死に我慢しつつ言葉を投げ掛ける。
「余計なお世話ですよ。身長は160ありますし。決して低くはないです」
「…幼児体型なのはその乳のせいか」
ぶちっ!!!
「余計なお世話だ!!恵まれた体躯の貴様に何がわかる!!!」
胸ぐらを掴んでいつもの口調で怒鳴ってしまった。
ジルは驚きつつも形勢逆転とばかりに優越感たっぷりにのたまった。
「貧乳」
ブチリ!!
我慢の血管が切れた音がした。
大きく手を振りかぶってっっ!!!
――ダメだダメだダメだ。
我慢しろ我慢。ほら、打つとなつかなくなると言うじゃないか。
犬のしつけとかで。
短気な自分を押さえつける。
弱味を握ったとばかりににやりと笑う男。ムカつく!!
――そうか、あれがあったじゃないか。
ニヤリ。
くく…悪い犬にはちゃんとお仕置きをしないとな。
逆ににやにやとし始めた私を不信に思ってか、怪訝な顔をしている。
「どうした?貧にゅ―」
「次その言葉を言ったら死ぬほど後悔させてやる」
「…脅しか?貧乳」
私の笑みが深まる。
「その言葉、後悔させてやるからな」
ポケットに入っていたビンを取り出し、注射器で中身を抜き取る。すっと相手の腕を取り、血管に注入する。
その間わずか5秒。医療課で鍛えた早業に、ジルは抵抗が出来ないまま注射されていた。
「きっ貴様!!何を打った!!」
「さあ?数分もすればわかりますよ」
さて、準備のために少々席をはずすか。
「ちょっと物を取ってくる。ああ、いい子にしていろよ」
まぁ、動きたくても動けないだろうがな。くくくっ。
注射されたものがなんなのか不安に思っている男を残して部屋をでた。
その十分後、戻ってきた私は息を荒げてのたうちまわる男に迎え入れられた。
「さすが脳が焼き切れるくらい強力な媚薬だ。効果抜群だな」
体が変に火照って苦しいのだろう。「きっきさまぁ」と非難をあげる声は妙に色っぽい。
うわぁ、これは男色家でなくともめろめろになってしまうな。
頬を染める姿とか、好きな人はたまらないだろうなぁ。
もちろん、私にも刺激が強い。目滅茶苦茶笑える。大爆笑だ。
「ふふ。苦しいだろう?苦しいよなぁ。人の嫌がることは言っちゃいけないと思うよな?」
しゃがみながら嫌味を言ってやる。
「だ…れが、き…さまなど…に…」
はぁはぁと息が荒い様子。感覚を一気に高ぶらされて苦しいんだろうな。
「もう、人の胸のことについては言わないな?」
「…う…くっ」
「言わないな?」
「…」
コクンと可愛らしく頷く。というか、言葉も出ないのだろう。
「よし、いい子だ。楽にしてやる」
「!!じょ…せいにさせる…わけには」
さらに真っ赤になり、慌てるジル。
「いや、さすがにそんなことしないし」
たぶん、シドネス将軍のとこのメイドなら喜んでしただろうな。
「鎖に余裕があるから、自分で処理しろ」
知識として男性が…その、あれをするのは知っているが、さすがにそれは私にはできない。というか、ヤダ。やりたくない。
「ほら、そのために持ってきたんだ」
と言って、ティッシュ箱とゴミ箱を彼の前に置く。
「…ほうら、うさちゃんとねこちゃんがお前の痴態を見ててくれるぞ~」
「!!!」
彼が侮辱と屈辱に唇を噛む。
そう、私が他の部屋から持ってきたのは、ファンシーなウサギの顔のついているティッシュ箱と猫のゴミ箱。
――無論、成人を過ぎた男性が使うのをためらうほどのファンシーなヤツだ。
「情けだ。一時間ほど席を立ってやろう」
がくり、と男が敗北感で崩れ落ちるのを横目に見ながら、私は部屋を出た。
ああ、楽しい。
さて、この一時間何をして過ごそうか。
と考えているとぱたぱたと走る足音が聞こえてきた。
「レイニー様ぁ!私の部屋にあったうさちゃんティッシュとねこちゃんゴミ箱知りませんかぁ??」
「許せ、マリア。彼らは捕虜の監視を命じられたんだ」
「ええ~!?あのティッシュ。バラの香りがして高かったんですよ~」
憐れ、ジル。それに気づいたらさらに落ち込むだろうな。
「悪い悪い。今から町に出るから、なにか可愛い物を買ってくるよ」
「本当ですかぁ!じゃぁ、可愛いクマの人形が欲しいです!!」
「あぁ、ぬいぐるみか?」
「いえ、木彫りのクマですぅ」
「…」
木彫りのクマは可愛いのか?鮭を狩る姿しか思い浮かばない。
「レイニー様は何を買いに行くんですかぁ?」
「雑誌。あとファッション誌とかお菓子とか」
「…サボる気満々ですね」
もちろんだ。さて、最近町に出てなかったからな。
部屋で苦しむ男をすっきりさっぱり忘れて町へ繰り出した。