3.ペットに名前をつけてあげましょう
朝、やっと美しい獣の情報が将軍から届いた。昨日一緒に届けてくれればいいのに。
などとぶつぶつ言いながら早速中身を見る。
『ジルニウス・ラザフォード。25歳。アリレス国騎士団の副隊長。アリレス国第二位の貴族、ラザフォード家の長男。
剣術に優れ、アリレス攻城戦では最後まで抵抗した武将。彼によって第七軍団長リカルド殿が討ち取られる。剣の腕はアリレス国一とも言われる。
また頭脳明晰で、先々月のリルグ平原での戦いでは、奇策により我が軍を退かせた。文武共に優れており、アリレス国での最重要捕虜』
うわぁ。本当に厄介なほどに優秀だ。おまけに貴族。第二位といえば、王弟とかが降格して行く位じゃないか。なんとも最上級の血筋だ。
しかも、副隊長って…。こことは違ってアリレス国は隊長と呼ばれる人間は一人だ。無論副隊長も一人。こんな若さで軍部の第二位ってどんな出世頭だ。
将軍達が目の色を変えて引き抜きたかったのも無理はない。そして、メイドたちが落とせなかったのも。
無理やり服従させれば、精神を崩壊させてしまう。それほどまでにプライドの高い人物のようだ。追記で、捕虜になった時一番最初に行ったのが自害することだと書いてある。
未遂だったが、あの厳重な拘束はそのためなのかと納得する。
その高すぎるプライドや扱いづらい面を含めてもリグレス国にとって、欲しい人材だ。だから、最後で第三軍まで下ってきた。
まったく、気の重い仕事だ。
あれ…?封筒の最後になにか入っている。
液体の入った小瓶と注射器。
……まさか。
『脳が焼き切れるくらい強力な媚薬だよ♪うまく使ってしつけてね。なくなったらまたあげるから♪』
シドネス将軍。あの野郎!余計なものを送ってきやがって!!
なにをどううまく使うというんだ!?
…まあ、いい。使うことは多分ないだろうし。と無造作にポケットに入れる。
さあ、獣とご対面だ。
扉を開けると、転がり苦悶の表情を浮かべる男性が一人。
匂いが変らないところを見ると、この一晩耐え切ったらしい。
処理するための人を呼ぼうと思っていたから、意外だ。まあ、貴族で副隊長なんてエリートがそんな屈辱に耐えれるわけないか。
「んー!んーー!!」
もう限界をはるかに突破しているようだ。
さすがに可愛そうになってきた。
しゃがみこみ、「提案」をする。
「もし、貴方が自分で命を絶たないことをお約束してくださるのでしたら、すぐに手足の枷をはずして、トイレに行かせて差し上げます」
躊躇した様子、だが背に腹は変えられないと思ったのか、苦しげに頷く。
「昨日のようにすぐに破られては困りますので契約書にサインをしてもらいますね」
手枷をはずしてその手を取り、すばやくナイフで指に傷を付ける。驚いた相手の反撃を許す前に懐の書類に血判を押させる。――契約終了だ。
足枷も解いてやり、トイレはあちらですよと部屋の奥を指す。
彼は自由になった瞬間、よろめきながら部屋の奥へ行く。
あ、転んだ。ずっと拘束され続けてたし。うまく動かないのだろう。
「そっちは風呂場です」
隣の部屋に入ろうとしていたのを止める。
慌ててトイレに入ろうとするのが、とても滑稽で可愛かった。
うん、人を睨み殺そうとしていた様子を知っているから、すごく可愛いな。
高すぎるプライドも考え物だ。
だが、ふと考察する。他の将軍のもとでも同じようなシチュエーションはあったはずだ。
シドネス将軍はメイドたちを使って調教するが、第四軍のゼグルス将軍は自分で調教するのが好きだったはずだ。
あのサドは相手が嫌がれば嫌がるほど喜ぶ性癖がある。しかも男が好きというおまけ付き。将軍としては一流だろうが、人としては最悪だ!
そんな彼がこの気高い獣を逃すはずがない。…理由はどうであれ、セグルス将軍も彼に匙を投げたのだろうか。
うーん、もしかして私が女であることが関係する?
女性の前では醜態は見せたくないとか。だったらなおさらの事、理解しかねる点がある。
この契約書にもサインを許してしまうし。うーん。限界は人を変えてしまうのか?
とつらつらと考えて早30分。トイレはしーんとしている。
これはやはり――
トントンと戸を叩く。
「このトイレの窓は格子で閉じてありますよ。仮に出られたとしても5階ですから」
「――!!」
やっぱり逃げることを考えていたらしい。
「トイレからも脱出なんてできませんからね。あなたの体格ではトイレに足を詰まらせて泣くだけです」
「!!!」
さすがにこんな馬鹿なことは考えていないだろう。…考えていないよな?
さて、この後に起こることは一つ。
勢いよく開けられたドアからの攻撃をうまくかわして、相手の首筋に手刀を入れる。
ドサリと意識を失って倒れる男性。
先のことを見越していたのなら、こんなことは容易にできる。
ずるずると体を引きずり、部屋の中央まで持ってくる。口枷をはずし、今度は手を前に交差して手枷する。もちろん、足枷も付け直す。
たしかこの辺に…と強制的に意識を戻すためのツボをぐっと押す。
ガバっと男が身を起こす。後ろ手に枷をつけてないから、前よりも動きやすいようだ。
「……」
私の顔を見た男はすぐさまに――舌を噛み切ろうとする。
――瞬間。
「うぐぁぁぁ!!」
苦悶の表情を浮かべる
「ですから、契約したでしょう?自分で命を絶たないと」
はぁはぁと荒い息を吐く彼は何が起きたのか、理解できないでいるようだ。
「この契約書は魂の契約と呼ばれています。強力な術により、書かれたことは破ることはできません」
男は、苦々しげに私を睨みつける。そして――
「…そうか、ならば失敗したな侍女よ。私を隷属させる契約にすればよかったものを」
凛とした声。初めて聞いたテノールの声は美声といっても良いものだった。
たぶん、この声だけでも女の子落とせるんじゃないかと思うぐらいには魅力的だ。
「契約には代償がいります。人一人の人生すべてをかけるのにはそれなりの代償が必要ですので」
「ふん、では今回の契約の代償には何が掛けられているのだ?」
「あなた様が契約を破られた際には私の命を」
「!!」
「これは契約者が契約を破った際に発動します。重ければ重いほど契約も破りにくくなりますので」
「舌を噛み切ることができませんでしたでしょう?」
「…」
そう、たとえば私の代償が一食抜くといって軽いものであれば、彼は容易に自分の舌を噛み切っただろう。
他の人がこの方法を使わなかったのは…代償のリスクを考えたから。
そして私が選ばれたのもこれが理由だ。
この契約ができる術者は限られている。これを見越して、シドネス将軍は私を指名したのだろう。
「…」
「さて、貴方の名前を教えていただけますか?」
「……貴様に名乗る名などない」
「ならば、勝手に呼ばせていただきますよ」
「…」
無言は肯定と同じだ。
「銀色の髪をしていらっしゃるので、クリームちゃんとかどうでしょうか?」
「なんだその名前は!?髪の色関係ないだろ!!」
「じゃあ、私はりんごが好きなので、アップルちゃんと」
「やめろ!!」
「プリンちゃん」
「ふざけるな!!」
「じゃあ、ラッシーとかでいいですか?」
「……っ!!ラッシーだと!!?」
ラッシーは犬につける代表的な名前。
さすがにおちょくられているのがわかったのか、顔を真っ赤にして怒っている。ああ、面白い。くけけっ。
「…ラザフォードだ」
変な名で呼ばれるよりはましかと彼は嫌々名乗る。が、しかし。
「ジルニウスって長いですよね。ジルと呼びます」
「名前を知っているではないか!!」
キレて大きな声で怒鳴りつける、ジル。
あぁ、本当に面白い。
真面目で誇り高い人間ほど反応が面白くていい。
「では、ジル。私の名前はレイニーとお呼びくださいね」
にっこりと笑みを作る。できるだけ一番可愛らしい笑みになるように。
「…誰が呼ぶか」
「ご主人様でも良いですよ?」
「レイニーだな」
「マスターでも可です」
「…」
本当に嫌そうな顔をしている。妥協したのになお言うのか、みたいな。
うん、名前もつけてあげたし、良い感じなんじゃないかな?
彼を苛める楽しみも出来たことだし。
今やっているMMORPGのプレイヤー名を「ジルニウス」の名前から拝借しています。
そのため、とてもお世話になっている名前なのですが…読み直すととことん酷い目にあわされていて、ちょっと不憫に思いました。