城が増殖しました。
お前のためじゃない、というザインの言葉は、嘘ではない。
彼は、強者からいたずらに食い物にされる蛇と、自分自身の境遇を重ねたのだ。無残に殺される蛇の山と、似た光景を、ザインはかつて、自身の故郷で見たことがあった。
――といっても、ザインが他者を助けたのは、この時だけなのよね。
ほとんど気まぐれで助けた、一度限りの行動で、ザインという男を肯定できるわけではない。しかし、佐和子はザインの境遇、過去を全て知っている。
――ああ、ほんと、嫌になっちゃう。
何の迷いもなく、最低な男と軽蔑することができれば、こんなモヤモヤした気持ちにならずに済んだのに。
その時だった。
ズシンという地響きと共に、城全体が大きく揺れた。
「な、なんですか⁉」
前方でウィルが叫ぶ。佐和子は舌打ちした。
「まずいわ。こんな時に、城の増殖が始まるなんて」
「増殖って」
「さっき言ったやつよ。城が成長するの」
増殖のタイミングに、明確な周期性はない。いつも、唐突に始まり、唐突に終わる。
「増殖に巻き込まれたら、壁に潰されたりして死ぬこともある。二人とも、気を付けて!」
「気を付けてって、言われても」
激しく揺れる地面の上では、立っているだけでやっとだ。ウィルは壁に掴まったまま、動くことができない。
「ウィル!」
佐和子がウィルの方へ向かおうとしたその時、突如、佐和子とウィルの間に、二人を遮るようにして、横から壁が生えてきた。
「サワコさん‼」
ウィルが手を伸ばしたが、時すでに遅し。あっという間に、二人の間に新たな壁ができてしまった。
「ウィル‼」
佐和子は壁を叩いて名を呼んだ。その間も、城の振動は続いていた。周囲では、まるでルービックキューブのように、部屋その物が移動したり、新たな壁が生えたりしている。あまりに揺れが大きすぎて、佐和子もまともに動くことができなかった。
しばらくすると、揺れは次第に弱まり、やがて完全に収まった。揺れが完全に止まった時には、周囲の風景は、全く違うものになっていた。
佐和子は改めて壁を叩いた。
「ウィル‼ 大丈夫? 返事をして!」
佐和子の渾身の呼びかけに対し、壁の向こうから、かすかに返事が聞こえる。
「サワコさん!」
「ああ、よかった。無事? 怪我してない?」
「私は大丈夫です。サワコさんは?」
「私も平気よ。ジークもそっちにいるの?」
「はい」
「そう……とりあえず、無事が確認できてよかったわ。でも、困ったことになったわね」
佐和子は堅い壁に額を付けて、途方に暮れた。
――どうしよう。こんなことになるなんて。
他の魔族にも、ほとんど遭遇しなかったから、油断していた。もっと警戒して、離れないようにしなければならなかった。
――この壁、どうにかして壊せるかしら。
増殖直後の壁は、まだ比較的柔らかい。壁越しにウィルの声が聞こえる所を見ると、それほど、厚い壁でもないようだ。佐和子は、再び壁の向こうに向かって声を張り上げた。
「ウィル、少し待っていて! この壁を壊せないか、試してみる」
「迂回路を探した方が良くありませんか?」
「下手に動くと、迷って二度と会えなくなるわ。そこで動かずに待っていて! ジーク! そこにいるのよね? ウィルのこと、頼んだわよ」
「ゆっくりやれよ!」
とジークの声。
もちろん、こちらだって、早く壊したいけど、いくら魔族とはいえ、この壁を素手で壊すことは難しい。
「壁を壊せそうな物がないか、辺りを探してくるわ。いいわね。絶対に動いちゃダメよ。もし、他の魔族が現れたら、どこかに身を隠して」
「分かりました。サワコさん、気を付けて」
ウィルは心細さを押し殺しながら、そう言った。