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蛇との出会いを思い出しました。

「どうした? あの娘、顔が真っ青だぜ」

 後から追いついてきた佐和子とウィルを一瞥したジークが、ウィルの、ほんのり赤く火照った顔を見て、そう言った。

「ほんとね。ウィル、大丈夫? 顔が赤いわよ?」

「大丈夫です……」

 そう言いながら、恥ずかしそうに目を伏せるウィル。ウィルは顔を隠すように、少し前を歩いた。

 そんなウィルの様子を見たジークは、佐和子の肩に巻き付きながら言った。

「お前、何かしたのか?」

 佐和子は目を逸らしながら、

「ううんと、軽いスキンシップを少々」

 と言った。ジークは少し沈黙した後、ふいっと顔をそらし、佐和子の体から降りた。

「フン」

 少し不機嫌そうなジークを見て、佐和子は言った。

「何よ、何か文句でもあるの?」

「別に。人間に入れ込むなんて、常識的な奴だと思っただけだ」

 棘のある言い方に、佐和子は少しムッとする。

「あんたこそ、どうして、案内を引き受ける気になったのよ。最初は断っていたくせに」

「……どうでもいいだろ」

 スルスルと逃げるように床を這って行くジーク。

 彼が案内を引き受けた理由は、答えを聞かなくても、佐和子には何となく察しが付く。

 彼はきっと、嬉しかったのだ。誰かから、信頼されたことが。

 イヴルスネークの天邪鬼は、個体の性格には関係なく、本能のようなものだ。

しかし、本能とはいえ、反対のことしか言えないイヴルスネークは、魔族の間でも、嫌悪の対象になっている。信用できない奴の代名詞として使われるほどだ。

 おまけに、魔力も弱い。そのため、他の魔族の餌食にされたり、いたずらに殺されることも珍しくない。そういった意味では、ザインと立場は近しい。

 佐和子は、ジークと初めて会った時のことを思い出した。


 城の地下の見回りをしている最中だった。とある部屋から、生き物の気配を感じ、外からその部屋を覗いた。

 部屋を覗いた瞬間、むせかえるような血の生臭い匂いが鼻腔を刺激し、ザインは軽く顔をしかめた。部屋は、床が血の海になっており、身体を引きちぎられた、大量のイヴルスネークが積み上げられていた。

 血の海の真ん中にいたのは、天井まで頭が届くほどの巨大なイヴロッグ。巨大蛙だった。

蛙は、どっしりとした体を血で濡らしながら、満足そうに、身体の千切れた蛇達をもてあそんでいた。

 部屋の入口にいるザインに気付き、蛙は軽く喉を膨らませた。

「なんだ。何か用か」

 せっかくの楽しみの時間を邪魔されて、少し不機嫌そうな声だった。

ザインは無表情のまま、

「この部屋の個人使用は、禁止ですよ」

 と言った。

蛙は鬱陶しそうに喉を鳴らした。

「黙れ。亜人風情が偉そうにモノを言うな」

 そう言いながら、水かきのある前足で器用に蛇をつまみあげ、口の前まで持っていく。体が半分に千切れているにも関わらず、蛇にはまだ息があった。その蛇を、まるでスナック菓子でもつまむように、蛙は口に放り込む。口をもぐもぐさせるたびに、ニチャニチャとした嫌な音が辺りに響いた。

 魔族が魔族を喰らうと、食った魔族は、食われた魔族の魔力を、自分の体に溜めることができる。それゆえに、こういった同族食いは、わりと頻繁に行われていた。

もっとも、イヴルスネークは、魔力が弱いため、山のように食べても、それほど魔力の足しにはならない。よって、この殺戮は、蛙のたんなる趣味なのであろう。

「何か言いたそうだな。文句でもあるのか」

 蛙は嘲るように、そう言った。

ザインは黙っていた。黙るしかなかった。亜人よりもイヴロッグの方が、魔族としては、はるかに格上だった。

「なんなら、お前も食ってやってもいいんだぞ」

 ザインは少し黙り込んだ。

「もう少しで、ここに別の見回りが来ますよ。ルール違反がバレたら、マズいんじゃないですか」

 無表情のまま、ザインは言った。

「その手に乗るか。しばらくは誰も来ないことは、調査済みだ」

 蛙はゲロゲロと盛大に喉を鳴らした。

「なんだ? 同じ下等種同士、同情でもしたのか? 頭の悪い亜人が、高等種である俺を謀ろうなんて、身の程を知れよ。お前もこいつらと同じだ。せいぜい、他の魔族の踏み台になるくらいしか存在価値のないクズども。魔力もほとんどない、魔族の面汚しが。役に立たないんだから、せめてもの慈悲として、俺の魔力の足しにしてやっているんだ」

 そう言いながら、近くにいた蛇をつまみあげる。その蛇は、身体こそ千切れていなかったが、それでも、重傷を負っていた。

「ムカつくんだよ。弱い奴を見ているとな。無性にいたぶりたくなる」

 蛙はそう言いながら、大きな口を開いた。

 次の瞬間、大きく膨らんだ蛙の喉から、盛大な血しぶきが舞った。

 蛙は、一瞬、何が起きたのか分からず、目を白黒させる。思わず、つかんでいた蛇を床に落とした。その隙に、間一髪で難を逃れた蛇が、部屋の隅に逃げる。

 蛙は、自分の傍に立つザインを見た。ザインの手には、血が滴る、錆びた大ぶりの剣が握られていた。

「お、お前……」

「悪くないでしょう、この剣。城に迷い込んだ人間が、落としていったものです。古いし、鈍らだが、それなりに役に立つ」

「こんなことをして、ただで済むと思っているのか」

 ゴボゴボと血の泡を吹きながら、蛙は言った。

「ただで済みますよ。だって、もうすぐ城の増殖があるんですから。この部屋だって、別の場所に移動する。あなたの死体ごとね。誰も、俺がこの部屋に来たことなど、分からない」

「お前……」

「頭の悪い、下等な亜人風情の説明だと、分かりにくかったですか?」

「お前ええええ‼」

 飛びかかろうとする蛙の懐に素早く入り込み、ザインは蛙の腹に深々と剣の刃を突き立てた。

「魔力が弱いとね、魔力に頼れないから、技を磨くしかないんだよ――あんたら、高等種には、想像もつかないだろうけど」

 ザインはそう言い、刺した剣を、蛙の腹から思い切り引き抜いた。蛙の腹から、天井に届くほどの血しぶきが噴き出す。蛙は、しばらく体を痙攣させ、やがて絶命した。そんな蛙の死体を冷たく見たザインは、

「さっき、あんたが言っていたこと、同感です。弱い奴って、ムカつきますよ。特に自分の弱さに気付いていない、あんたみたいな、バカの付く奴は」

 と吐き捨てた。

 おそらく、蛙が本気だったら、ザインは完全にやられていただろう。

しかし、蛙は、ザインのことを完全に見くびっていた。それに加え、肥え太った重たい体に、動きづらい狭い室内。それらの要因が重なって、不意を付けたことが、ザインの勝因だった。

 強い魔力の上に胡坐をかき、自らの戦闘能力を過信した。その結果が、この末路だ。

 ザインは、部屋の隅に避難していた蛇を見た。先ほど、蛙が取り逃がした蛇だ。蛇は、「なぜ、助けた」と言いたげに、ザインをジッと見つめていた。ザインは、蛇に背を向ける。

「お前のためじゃない」

 そう言い、部屋を出て行った。


 それが、ザインとジークの出会いだった。


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