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蛇に道案内を頼みました。

 しばらく彷徨い歩いたが、一向に見覚えのある道に出会わず、埒が明かない。二人はいよいよ疲れて、座り込んだ。

――つ、疲れた。

 空気は湿っていて、薄く悪臭がする。おまけに、似たような景色ばかりだから、歩いているだけで気が滅入りそうになる。

「ウィル。あなた、大丈夫? 疲れたでしょ」

「いえ、大丈夫です……」

 見かけによらず、ウィルは健脚の持ち主のようで、息を切らせるほど疲れてはいないようだ。しかし、それでもさすがに少し元気がない様子である。

――このままじゃ、ダメよね。

 自分達が城のどの辺りにいるのか、さっぱり見当がつかない。このまま、無暗に歩き続けても、無事に城の外に出られる保証はない。迷っているうちに他の魔族に捕まるかもしれないし、下手をすれば、気付かないうちに城の深部に迷い込んでしまう恐れもある。

――これは、あまりやりたくなかったんだけど。

 出口を知る方法が全くないわけではない。しかし、その方法は、佐和子にとっては、あまり気の進まないものだった。

――でも、やるしかないよね。

 もはや手段を選んでいる余裕はない。このままでは、いつかは力尽きて、二人で行き倒れになってしまう。

 佐和子はウィルの方を見た。

「ねえ、先に謝っておくわね。さんざん歩き回った後に言うのも、なんなんだけど、実は出口を知る方法が一つあるの」

 ウィルの瞳がパッと輝く。

「あるんですか?」

「うん、あんまり気が進まないんだけど」

 佐和子は口を濁す。

「どんな方法なんです?」

「城の地下に詳しい知り合いがいるの。そいつなら、多分、出口への行き方も分かるかもしれない」

「……その知り合いって、魔族ですよね」

 ウィルの表情が曇る。

「心配しなくても大丈夫よ。魔族といっても、弱い奴だから。ただ、なんというか、めんどくさい奴なのよね」

 佐和子が重い溜息を吐く。

 ウィルは首を傾げた。

「めんどくさい?」

「うん、まあね。でも、背に腹は代えられないから。この近くにいるといいんだけど」

 佐和子は口をすぼめて、息を吸い込む。腹にたっぷり空気を溜めたところで、すぼめた口から細い息を吐き始めた。すると、佐和子の口から、奇妙に高い口笛のような音が発せられた。

 小さくか細い口笛は、誰もいない地下に静かに響いた。しかし、何も反応はない。

「サワコさん。今のは」

 ウィルは佐和子の顔をうかがった。佐和子は肩を落とした。

「あーあ、やっぱりダメかあ」

 もともと、確実に呼べるというものではない。

 しかし、呼べなかったことに、少しホッとしている自分もいる。

――アイツと会話していると、普段の10倍は疲れるのよね。それに、私、どうしても、『アレ』が苦手だし。

 苦笑しかけたその時、天井から声が聞こえた。

「おい、そこのお前」

 佐和子とウィルは、驚いて上を見上げた。

 天井に空いた穴から、一匹の黒い蛇が垂れ下がっている。その蛇はぶら下がったまま、顔を二人の方へ向けた。

「こりゃ、何の冗談だ? 魔族と人間が逢引してやがるぜ」

 口から細い舌をシュルシュルちらつかせながら、蛇はあざ笑うように言った。佐和子は内心で絶叫する。

 そう。佐和子は蛇が大の苦手なのだ。

――あああ、だから呼ぶの嫌だったのよ。

 体中に鳥肌が立つ。長い体も、口から出る紐みたいな舌も、何を考えているか分からない顔も。全てが怖い。

――落ち着くのよ。ここで取り乱してはダメ。

 佐和子は引きつった笑みを浮かべながら、落ち着き払った声で挨拶をした。

「久しぶりね、ジーク」

「よお、ザイン。まだ生きてたのか」

「まあね……」

 ジークと呼ばれた蛇は、天井から佐和子の肩にボタッと落ち、そのまま、ヌルヌルと佐和子の首に巻き付いた。佐和子は思わずヒッと声をあげ、身体を凍り付かせる。ウィルは肩を強張らせ、少し後ずさった。

「あ、あの、サワコさん。その蛇……」

 ウィルの表情が引きつっている。

「大丈夫よ、ウィル。いきなり噛みついたりしないわ」

 佐和子の首に巻き付いたまま、ジークはウィルをジロジロ眺めまわした。ウィルは警戒しながら、ジークを見据える。

「こいつは……」

 ジークの舌がウィルの顔に近付く。ウィルは思わず顔をそらした。

「すっげー不細工だな。見れたもんじゃあねえぜ」

 突然の暴言に、ウィルは唖然とする。佐和子は苦笑した。

「よかったわね、ウィル。褒められたわよ」

 佐和子の言葉に、ウィルは思わず声を上げた。

「どこがですか⁉ 思い切り貶されたんですが?」

「こいつはイヴルスネークのジーク。天邪鬼なの。こいつの言うことは、全部あべこべなのよ」

 ジークは佐和子の方を向き直る。

「お前はあいかわらず爽やかな面してやがるな。喋り方もイカしてるぜ」

「大きなお世話よ。それより、あんたに聞きたいことがあるの。出口への道を教えてほしいのよ」

「喜んで!」

 ジークは舌を出しながら、居酒屋店員のように即答した。『やなこった』と言われたのだ。

「そんな言わないで。私達、道に迷って困っているのよ」

「気の毒だな。今すぐ力になってやりたいぜ。何せ、俺は暇だからな」

 訳すると、『自業自得だろ、自分で何とかしな。俺は暇じゃねえんだ』ということだ。

――面倒くさい。

 これだから、コイツと話すのは疲れるのだ。

「あの、どうしてもダメでしょうか?」

 ウィルがおずおずと尋ねた。ジークがウィルの方へ向き直る。ウィルは両手を胸の前で祈るように組んだ。

「お願いします。もし知っているなら、私達に道を教えてもらえませんか? 今はあなただけが頼りなんです。私にできることなら、なんでもしますから」

「ダメよ、ウィル。魔族にそんなことを言っちゃ」

 佐和子は厳しい声でたしなめた。

「でも」

「でもじゃない。人間が魔族と取引なんて、絶対にしちゃダメ。ましてや、何でもするなんて、口が裂けても言っちゃダメよ」

「でも、この子はサワコさんのお友達なんですよね?」

 ウィルはふわりと微笑んだ。

「だったら、きっと悪い魔族じゃない。そうですよね」

 佐和子は肩を落として盛大に溜息を吐いた。ウィルのお人よしには、時折、頭を抱えたくなる。

「あのね、私達は別にお友達ってわけじゃ……」

「おい、人間」

 佐和子の言葉を遮るように、ジークが言った。

「何でもすると言ったか? 何でもすると」

 低い声でそう尋ねた。ウィルはごくりと息を飲む。

「はい。私にできる限りのことであれば」

「じゃあ、お前の目を俺に食わせろって言ったら? お前は、自分の両目をえぐり取って、俺に差し出してくれるのか?」

 ウィルの顔からみるみる血の気が引いた。

「それは……」

 ウィルの顔色の変化を見て、ジークは、

「できもしない迂闊なことは言うもんじゃねえぜ」

 あいかわらず何を考えているのか分からない蛇顔で、淡々と言った。

 ウィルは少し考え込むようにして口をつぐんだ。そして、やがて真剣な顔で、懐から小刀を取り出した。

「ウィル⁉」

 佐和子は驚いて声を上げる。

「私は、死にたくないんです。生きて、この城を出たい。そのためには、今、光を失うわけにはいかないんです。でも、小指くらいなら」

 そう言い、自分の手の小指に小刀の切っ先を当てるウィル。佐和子は慌てて、ウィルの手から小刀を取り上げた。

「バカ! 何を考えているのよ⁉」

 顔を真っ赤にして怒る佐和子に対し、ウィルは微笑んだ。

「いいんです、小指の一本くらい。それで、この城を生きて脱出できるなら、安いものです」

「バカなことを言わないで」

「もともと、勇者に選ばれた時点で、死ぬ覚悟はできていました。サワコさんに助けられていなければ、とっくに殺されていたでしょう。それに比べれば、小指くらいどうってことないです」

「ダメよ、そんなの。自分を犠牲にすることに慣れちゃダメ。そんなの、全然偉くもなんともないのよ」

 佐和子は毅然とした声で言った。

「サワコさん……」

「あなたはもっと自分を大事にしなきゃダメ。あなたを幸せにしてあげられるのは、他ならなぬ、あなた自身なのよ」

 二人の話を聞いていたジークは、何を思ったのか、おもむろに佐和子の体から這って地面に降りた。そして、そのまま、するすると地面を這い、暗い通路を進み始めた。その姿を見たウィルが、慌ててジークを呼び止める。

「待って!」

 ウィルの呼びかけに、ジークは這う動きを止めた。

「付いてくるな」

 ジークは、それだけ言い、暗い通路の奥へ進んで行った。佐和子は困惑するウィルの肩をポンと叩く。

「付いて来い、だってさ」

「え?」

「どうやら、道を教えてくれるみたいよ」

「でも、どうして? まだ何もあげていないのに」

 ウィルの疑問に、佐和子は苦笑する。

「まあ、とにかく、今は後を付いて行きましょう。見失っちゃうわ」

 疑問はこの際、脇に置き、二人はジークの後を追うことにした。


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