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善良な村人達はクズでした。

「私の村は、マエストラ王国の東のはずれにあります。魔領域との国境付近にある小さな村で、そのせいで、国境を越えてきた魔族から、たびたび村が襲われることがありました」

 魔領域とは、魔族達が治める地域の総称だ。

 魔族と人間との諍いの歴史は、千年以上続いている。

特に、魔領域と、それに隣接する人間達の国、マエストラ王国は、約100年前に大きな戦争があった。その戦争で、人間達は辛くも魔族達に勝利した。

それ以来、人間と魔族の関係は危うい均衡を保ちながら、互いにできる限り干渉しないよう、努められている――はずである。

 しかし、それはあくまで表向きの話。

人間と魔族は水と油の関係だ。住む場所が隣接している以上、問題が何も起こらないわけではない。

さらに、魔族の中には、人間を好んで喰らう種族もいる。そういう連中が、人間の村を襲ったという話は、それほど珍しくない。

 ウィルは弱々しく続けた。

「王都の偉い方々も、我々を放っているわけではありません。村が襲われるたびに、兵を挙げて、魔領域に赴いてくれます。村を襲う魔族は、大抵、国境付近をねぐらにしている下級魔族なのです。それらの下級魔族達を、王兵達が退治してくれて、それでしばらくは、私達も安心して暮らせるのです」

――下級魔族か。

 ザインも下級魔族に属する。なんだか、複雑な気持ちだ。

「だったら、あなたが一人でこんな所に来なくても、その王兵達が来ればいいじゃない」

 ウィルは首を横に振った。

「王兵達が相手にしているのは魔族だけではありません。人間の近隣諸国や、それに、北の山脈に住まう火炎竜からも、国を守らなければならない。彼らは長く王都を空けるわけにはいかないんです」

「火炎竜?」

「北の氷の山脈に住まう、火と毒を吐く巨竜です。大昔、建国の勇者が北の山脈に封印したと伝えられている伝説の魔物で、今も、北の山脈に封印されています。竜を封印した建国の勇者が、今の王族の祖先です」

 ウィルは少し誇らしそうに、そう言った。

「ウィルは、その竜を見たことがあるの?」

 ウィルは慌てたように首を横に振った。

「まさか! 私のような下々の者は、北の山脈に足を踏み入れるのを禁じられています。あそこは、今も竜が吐き出す毒で充満していて、大変危険なんです。国の偉い方々以外は、行くことができません」

――魔王の城もすごく危険な場所だと思うけど。

「じゃあ、一般人は、ほとんどの人が、その竜を見たことがないのね」

「もちろんです」

――なんか変ね。

 どことなく、作為的なものを感じる。

「誰も見たことがないのに、どうして竜がいるって信じられるの? 王族が嘘を吐いているかもしれないじゃない」

 そう言うと、ウィルはキョトンとした。

「そんなはずないじゃないですか。大体、そんな風に考えるのは、不敬です。罰が当たります」

――なんだろう。この権力者に対する、盲目的な信頼は。

 どことなく、気味が悪い。

「話を戻すけど、つまりは、王様達は忙しくて、魔王退治には来られないと。だからって、どうしてウィルみたいな子が勇者なんてやる羽目になったの?」

佐和子の疑問に、ウィルはしおしおと項垂れた。

「さっきも言ったように、私達の村のように、魔領域に隣接している小さな村々は、たびたび魔族の襲撃を受けています。そのたびに、王都からは王兵達が出向き、私達を助けてくれます」

「そうね。さっきもそう言ったわね」

「王兵達は、本当は王族を守るための尊い任に就いています。王族と、ひいては国全体を守る大切なお役目を担っている。それなのに、私達のせいで、彼らの手を煩わせてしまっているのです」

――煩わせる?

 胸の中がザワッとする響きだ。

「あなた達人間は、王族に税を払っているのではないの?」

「え? はい。払っていますが」

「なら、自分達で手に負えない事態が起きた時に、国に守ってもらうのは、当然の権利じゃない。それが彼らの仕事でしょう? 感謝することは大切だと思うけど、どうして、そんなに申し訳なさそうに言うの?」

 ウィルはポカンとした。

「サワコさんは面白いことを言うんですね。それとも、魔族の方は、人間とは考え方が違うのでしょうか」

「私、何かおかしいこと言った?」

「だって、王族の手を煩わせることを、当然の権利だなんて。私達には口が裂けても言えません」

 なんだか、胸の奥がザワザワする。ウィルの言葉を聞くたびに、心の中がささくれ立っていく。

――まてまて。まずはちゃんと彼女の話を聞こう。

 佐和子は、ウィルの話から感じる違和感には、とりあえず目を瞑った。

「つまり、あなた達は、王族に対して負い目を感じているのね」

「はい。といっても、私達の村は貧しいですし、王族に恩返しをすることもできません。ですので、せめて、王族に対して誠意を見せるために、村から定期的に勇者を選出して、魔族討伐に出向くことになっているのです。そうすることで、村の王族に対する忠誠心を示すのです」

 佐和子はポカンとした。

「えっと、それって」

 二の句が継げない。

――誠意? 忠誠心? 権力者に誠意を見せるために、女の子一人を犠牲にしたってこと?

戸惑う佐和子をよそに、ウィルは淡々と続けた。

「私達の村では、数年おきに、村人の中から勇者を一人選出し、魔王討伐に向かわせます。勇者に選ばれた者は、村で英雄として讃えられ、皆に感謝されます。とても、名誉なことなんです」

 口ではそう言うものの、ウィルの口調は悲しげである。佐和子は、そんなウィルを痛々しく思った。

 自分の意思で勇者になったとは、とても思えない。

「ちなみに、どうやって選出されるの? まさか、ジャンケンとかじゃないわよね」

「ジャンケン? なんですか、それ」

「あーごめん、気にしないで。それで、あなたはどうやって勇者に選ばれたの?」

「村にある勇者の剣を、石の台座から引き抜いた人間が、勇者としての任を負うことになります。村人全員が、一人ずつ、剣を引き抜く試しを行うのです。今回は……私が引き抜きました」

 ウィルの表情が曇る。

 剣を台座から引き抜く。まるで、アーサー王伝説のようだ。

 しかし、こんな細腕の子に、そんな力技ができるだろうか。

「ねえ、本当に、あなたが台座から剣を引き抜いたの? さっきだって、剣を持つのがやっとだったじゃない」

 その剣だって、先ほどのどさくさで、落としてきてしまったようだ。

 ウィルはシュンと項垂れた。

「……私が、最後に試しを行ったのですが、私の番になった時には、台座が壊れかけていて」

「はあ?」

 佐和子は思わず間の抜けた声を上げた。

「それ、ちゃんと誰かに言ったわけ? そんなの、例え剣が抜けたとしても、無効じゃないの。主催者側の不手際よ。管理不行き届きだわ」

「言いましたが……これも運命だと、聞き入れてもらえませんでした」

 佐和子は頭に血が上りそうになった。

 なんて理不尽なのだ。

――ばかばかしい。何が運命よ。

「あなたの親御さんは、なんて言ったの? 当然、反対したはずでしょ?」

「私に両親はいません。孤児なんです。赤ん坊の頃、村の入口に捨てられていた所を拾われ、それ以来、村の孤児院で育てられました」

 ウィルは力なく笑いながら、そう言った。

――つまり、彼女を全力で擁護してくれる人は誰もいなかったのね。

「ちなみに、ウィルの前に勇者をやったのは、どんな人達だったの?」

「えっと……」

 ウィルは言いにくそうに口ごもった。

「身内が誰もいなかったり、村人から厄介がられていたり、そういう人達だった?」

 ウィルはハッと顔を上げ、やがて俯いた。

 どうやら、当たりのようだ。

 佐和子は溜息を吐いた。

「あのね、ウィル。あなた、村人達からはめられたのよ。剣を引き抜く順番だって、多分、仕組まれてた。最初から、あなたを勇者にするために、準備されていたのよ」

 誰だって、自分の家族に、こんな危険な役目を負わせたくはない。その点、身内が一人もない者を勇者にすれば、後でもめることもない。つまり、孤児のウィルは勇者という名の人身御供に適任だったわけだ。

 ウィルはしばらく黙った後、やがてポツリと呟いた。

「……分かってました。仕組まれていたということは。村の皆が、私を勇者にしたがっていたということも、気付いていました」

「それなら、どうして」

「でも、逃げるわけにはいかなかったんです。私がやらなければ、他の誰かがやらなくちゃならなくなる。それが分かっていて、逃げ出すことはできません」

 ウィルは拳をギュッと握りしめた。

 佐和子は、そんなウィルの姿に、かつての――前世での同僚の姿を重ねた。

『逃げるわけにはいかないんです。今辞めたら、逃げたことになる。そうですよね』

 懐かしい声が、佐和子の頭の中でこだまする。

『それに、誰かがやらなくちゃいけないことだから、誰かに押し付けるくらいなら、私がやらないとって思うんです』

 そう言って、無理に笑う。懐かしい声。

――駄目よ、そんなこと思う必要ない。

 どこの世界でも同じだ。現代日本でも、ファンタジックな異世界でも、本質は同じ。優しくて真面目な人間が、真っ先に犠牲にされる。

――必要以上に背負い込みすぎる必要なんてないのに。

 人にはそれぞれ、キャパシティがあるのだ。それは、本人の精神力だけでどうにかできるものとは限らない。下手をしたら――潰されてしまう。

 佐和子はウィルの肩にそっと手を置いた。

「ねえ、ウィル。聞いて。あなたの心意気は立派だと思う。でも、やっぱりあなたがこんなことを強制されるのはおかしい。控えめに言っても、あなたの村の人達は、クズだと思うわ。魔族の私に言われるのは、不本意かもしれないけど」

 ウィルは何か反論しようとしたが、とっさに言葉が出てこず、息を吐いた。

「そんなこと、言わないでほしいです。悲しくなる」

「どうして、そこまで村人達の肩を持つの?」

「私は親がいないから、赤ん坊の頃から、村の人達に育てられたんです。私の村は貧しくて、子供一人養うのも楽ではありません。だから、私は、私を育ててくれた村の人達に感謝しなければならないんです」

 しなければならない。するべきだ。それは、自分の本心に枷をはめる言葉だ。

 佐和子は静かに首を横に振った。

「大人が子供を養うのは、当たり前のことよ。親がいなければ、周りの大人達が。それでも無理なら、国が養う。さっきも言ったけど、感謝することは大切だと思う。でも、それは、自分を犠牲にしてでも報いなければならないということではないわ」

「でも……」

「大体、その仕事は、あなたが自分の命を犠牲にするほどの価値がある仕事なの? 自分がどんな目に遭いかけたか思い出してみて。あなたが、魔族になぶり殺しにされて、それで、あなた自身にどんな見返りがあるの?」

「……見返りなんて。勇者は名誉職です。見返りを期待していいものではありません」

 佐和子は溜息を吐いた。

「あのね、こんなこと言うのは、残酷だと思うけど、世の中には、そうまでしてやる価値のない仕事というのは存在するのよ」

 さすがに聞き捨てならなかったのか、ウィルはキッと佐和子を睨み付けた。

「そんなことありません! どんな仕事にも、意味はあります。やる価値のない仕事なんて、存在しません」

「そうね。確かに少し言い過ぎたわ。やる価値の全くない仕事は、きっと存在しないのかもしれない。どんな仕事でも、組織や、あるいは、誰かにとっては、きっと意味のあるものなのでしょう。でもね、それがやる人間の労力に見合っているかどうかは、また別の話。やる人間の労力と、やる意味を天秤にかけた時、必ずしも釣り合っているとは限らないの」

「よく、意味が分かりません」

「考えてみて。あなたがどんなに意を決して命がけで体を張って勇者の役目を果たしたとしても、それで得られる結果って何?」

「それは……」

「せいぜい、あなたの村に対する王様の評価が、ほんのちょっぴり上がるか、もしくは、今より下がらないか程度の結果にしかならないでしょう。確かに、村の面目は保たれるかもしれない。王様に対する忠誠心を示したとして、お褒めの言葉をあずかることもあるかもね。でも、それって、人一人の命を犠牲にするほどの価値があることなの?」

 ウィルは少し黙り込んだ。

「……でも、王族からの評価が下がれば、今後、村を助けてもらえなくなるかもしれません」

 たしかに、それはありうるかもしれない。

 それならば。

「ねえ、あなた、いっそのこと村を捨てたら?」

 佐和子の言葉に、ウィルは目を丸くする。

「それって、どういう……」

「言葉通りの意味よ。村を出て、別の土地に移住するの。あなたを大切にしてくれる場所は、きっと他にあるわ」

「そんなこと、できるわけ」

「ないかしら?」

「当たり前です。生まれ故郷を捨てるなんて、そんなの、非常識です」

「でも、生まれ故郷の方は、あなたのことを捨てようとしてる。違う?」

「それは……」

 ウィルは桜色の唇を噛んだ。

「あなたを大切にしない故郷を、あなたが守る必要があるの?」

 ウィルはまた少し黙り込んだ後、力なく首を横に振った。


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