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白い光

空気が、まるでセロハンテープを貼ったように止まる。

一定の距離を変えぬまま、二人は静止し、互いを見合う。

神社の静寂は保たれ、風に揺られる木々以外の音はしない。

目が合った以上は無視する訳にもいかなくなったが、しかし過去を思い出した時点で既に、まるで賢者の如く気が萎えていた綺凱は、「会って話す事がない」、「未練があると思われる危険がある」、「別れてから全く話していないから嫌われているのだろう」などと思考し、美紗と話す気が無いことを自分に言い聞かせている。

一方の美紗は、何となく振り向いた先に知人が、しかも元カレがいるとは思わず戸惑っていた。

さらに、彼の顔を見ることで過去の出来事が次々と湧き出るように思い出される。

付き合う前の波瀾万丈、付き合っているときの夢物語、別れてからの一方的な嫌がらせ行為。

今更ながら、何故嫌がらせをしていたのか分からず、正直、素直に謝れない感がある。

それ故に、この状況は好ましくない。

いっその事、一生謝らずに流してやろうとさえ思ったこともある。

成人式で出くわしたら気分次第で謝るかもしれない、という程度で考えていたのは事実だ。

それが、まだ高校生である内に出会うとは思わなかった。

美紗は脳内で必死にこの状況の打開策を巡らせていた。

どうすれば話し掛けずに終われるか、せめて過去の話題が出ないようにするにはどうすれば良いか。


しかし、二人の思い通りに行くことはなかった。

風が吹いた。

強い風だった。

今の季節が春であることと、この街が海沿いにあることが合間ったのだろう。

その風は力強く通り過ぎた。

美紗のスカートを巻き上げつつ。

スカートがなびく。

風に負けまいと必死で抵抗している様にも見えるその光景は、しかし生地の敗北によって終了した。

ストッキングで覆われた艶美な太股がゆっくりと姿を現してゆく。

スカートは風で持ち上げられることで盛り上がり、山陵にも似た曲線を描く。

しかし風圧を抑え切れなくなったそれは、まるでダムが決壊するときの様に勢い良く、その姿を尾根から谷へと変える。

裏返り、裾あげの跡が見え、そして裏地が姿を現した。

驚き、うっかり目線を下に下げると、そこにはストッキングで覆われた下着があった。

下着の色はストッキングが邪魔をして分かりにくいが、おそらく肌色だろう。

地肌との境目が分かり難い肌色の下着は、通常は何も感じないのだが、ストッキングを通して見ることで直接見る時とはまた別の色気が感じられる。

しかし、この至福と言える時間も直ぐに終わりを告げる。

風はすぐさま通り過ぎ、スカートを少しずつ下ろしてゆく。

まもなく下着は隠れ、裾は定位置に戻った。

一体何故こんなハプニングが起こってしまったのだろうか、二人はそんなことを考える余裕はなかった。

彼は、三次元に置いては初めて見る風パンチラに対してどう反応して良いか分からずに硬直している。

彼女に至っては、突然のハプニングに反応が間に合わずスカートを抑えることが出来なかった事と、下着を公共の場で晒してしまった事に対する羞恥心とで、軽く気絶していた。

何故こんな事になってしまったのか・・・

敗北の原因は、恐らくスカートにあった。

制服のスカートはプリーツスカートだった。

プリーツスカートとは、分かりやすい例を挙げるならばセーラー服だ。

そしてそれは風になびきやすい構造をしている。

小説やアニメなどに多用される所謂パンチラシーンを見ればお分かり頂けるだろうが、そのシーンで女の子が履いているのはプリーツスカートだ。

風が吹く、からのパンチラとなれば、女の子が履いているのは確定でプリーツスカートだと言って良いだろう。

そんなプリーツスカートを履いていたために起こったこの出来事は、結果的に二人の思惑を砕き、ぶち壊し、そして二人を再び引き寄せることとなった。


風は通り過ぎ、うるさかった木々も静まり返っている。

誰からも踏まれない砂利は冷たい様子でじっとしていて、唯一の音は、手水舎から聞こえている流れる水の音だけだった。

スカートはすっかり落ち着きを取り戻してじっとしているが、それにつられてか、はたまた脳の処理が追い付いていないのか、あれから2分経っても二人は微動だにしなかった。

しかし、直立不動の状態は綺凱の発言によって終わりを告げた。


「ひ、久しぶりだな」


突然に話し掛けられた美紗は、少し動揺を見せつつ応答する。


「う、うん、久しぶり」


一先ず普通に会話できたことに喜びを感じつつ、彼は会話を続ける。


「えっと、ごめん」


腰を約30度曲げて謝罪する。

きっと許してくれるだろう、と彼は高を括っていた。

しかし、待っても何も返事が帰ってこない。

焦れったくなって、彼は顔をあげた。

美紗を見ると、その手に銃を持っていた。

おもちゃのゴム銃だった。


「動くな」


彼女はそう言って、綺凱に狙いを定める。

限界まで引っ張られたゴムが彼を見つめている。

はち切れんばかりのそれは、一部が白化していて、本当に限界まで引っ張られていることが嫌でも分かる。


「眼、瞑っておいたら?当たって失明したら大変だし」


背筋がゾッとする。

体の体温が少しずつ退いていくのを感じられ、同時に筋肉が硬直していく。

綺凱は慌てて目を閉じ、痛みの恐怖に怯えつつ、直立不動の状態だ。


「私の羞恥、その痛みで償え!」


暗闇に、不意にそんな声が響く。

間もなく、綺凱の額に強烈な衝撃が走った。


「いっっっ!」


痛いとさえ言えない程のその痛みは額の一点に止まり続けている。

その一点には真っ赤な斑点が刻まれ、燃えるように熱い熱を放っている。

また、電撃にも似た痛みは全身へ伝達し体を痙攣させ、行動不能状態へ追い込んでいる。

やがてそれが回復しだした時、美紗が声を掛けてきた。


「反省した?」

「っってーな!何すんだよ!」

「何って、さっき言ったじゃない、償いよ」

「不可抗力をどうやって償えってんだよ!」

「だからゴム銃で撃たれることで、償わせてあげようと」

「割りに合わなさすぎるわ!つか、何で上から目線なんだよ」

「被疑者が被害者に対して遜るのは当然でしょう?」

「お前、司法に喧嘩売ってんのか?!」

「司法?私の御父様がねじ曲げてくれるわ」

「お前の父さん何者だよ!」

「官僚」

「まじで?!」

「を、裏で操ってる黒幕」

「怖っ!!」

「嘘だけど」

「うん、だろうね!」

「でも官僚なのは本当」

「え、まじ?」

「うそ」

「嘘かよ!」

「どうだった?信じた?」

「人間不信になりそう・・・」

「大丈夫よ、私は人間じゃないから」

「いや、人間だろ」

「いいえ、違うわ・・・」

「え、何で深刻そうな顔してんの?」

「だって私、中学の時、あなたに言われたんだもの」

「何を?」

「『貧乳は人間じゃない』って」

「言ってねぇよ!!!」

「2016年6月20日16時47分」

「え?」

「私があなたに『貧乳は人間じゃない』って言われた日時よ」

「何でそんなに詳細に覚えてんだよ!」

「私、一分ごとに腕時計を見ないと死んでしまう病なの」

「嘘つけ!」

「そう言われることを見越して嘘をついておいたの」

「小学生の屁理屈じゃねぇか!っていうか、うちの中学は腕時計禁止だっただろ」

「あら、ばれてしまっては仕方ないわね」

「やっぱデタラメだったのかよ!」

「当然じゃない、分刻みで出来事を覚えている人なんている筈ないわ」

「なに開き直ってんだよ!っえ、分刻み?」

「2016年6月20日16時は本当の事よ」

「え、まじか」

「まじよ」

「嘘ついてない?」

「ついてない、ついてない」

「そ、そうか・・・って違ぁぁぁう!」

「何が違うの?」

「俺はお前に『貧乳は人間じゃない』なんて言ってない!」

「ちっ、気付かれたか」

「舌打ちしてんじゃねぇ!」

「でもね、橘」

「な、なんだよ」

「貧乳とは言われたわ、これだけは紛れもない事実よ」

「ぎくっ」

「私、あの時はすごく傷付いたわ。家に帰ってからずっと泣いていたもの」

「え・・・」

「だって、彼氏にコンプレックスを指摘されたのよ?女の子だったら誰だって傷つくものよ」

「ごめん、本当に・・・」

「ま、泣いてないけど」

「俺の罪悪感を半分返せ!」

「危うくリスカするところだったわ」

「え」

「嘘よ」

「なにお前、虚言癖なの?」

「ねぇ、橘」

「なんだよ」

「失礼よ」

「お前が言うな!」

「ねぇ、橘」

「なに?」

「この会話、時間の無駄だと思うのだけど」

「・・・」

「異論は?」

「・・・無いです」

「それじゃ、私は帰るから」

「え、あ、うん」

「Asimi0413」

「え?」

「私の新しいLIMEのID、登録しておいて」

「えっ、あっ、お、おう」

「バイバイ」

「あ、あぁ、またな」



しかし、二人が別れることはなかった。

白い光が、二人を包み込んだ。

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