第十七話 覚悟の時。傲慢の産声
申し訳ない!少し遅れました!
よろしくお願いします!!
あぁ、死ぬんだな。俺はそう確信した。
死にたくない。そう思う。なぜ俺が、そう思う。だが、思うだけで俺の体には力は入らなかった。その場から引くことすらままならなかった。
そして、俺は光に包まれていく……。
ことは、無かった。
「無事か?イース」
固く瞑った目を開けて前を見ると、そこには青い髪があった。
青空よりも濃い青。よく知る青。その色は彼女を示す色。
俺の方に向けるのは黄水晶のような美しく凛とした瞳。頭上には真っ白な一重の輪、背から髪を割って生えるのは二対四枚の猛禽の翼。
ソレらを持った人物を俺は一人しか知らない。
「ロゼ、姉……?」
「あぁ、そうだ。やはり意識がしっかりしていないか。不得手だが、回復させねばな」
そう言ってロゼ姉は俺の方に手を伸ばすと何か唱えだした。最近よく耳にするようになった回復の魔法だ。
淡い光がロゼ姉の手から発せられ、俺を包む。少し経つ頃には今まで感じていた刺すようなそれでいてずっしり来る痛みは引いていた。
「ふむ、よさそうだな」
「ロゼ姉……なんで、ここに?」
「いやなに、少しお前に用事があってな。探していたのだが何処にもいなかったからトレーニングでもしているのかと思ってここに来たんだ。
そしたらまぁ……」
ロゼ姉は丘の上にいるアリーゴ司教を睨みつける。そして言葉をつづけた。
「アリーゴ司教。トレーニングにしては少々やり過ぎではないですか?」
その言葉には明らかな怒気が含まれていた。
だが、それを何ともしないのか、彼は淡々と答えた。
「ルイーゼ天司祭か。そこを退け。私は貴様にかまっている暇はない」
「司教。私が聞きたい言葉はソレではない。あなたが何故彼に危害を加えるのか。そう聞いているのだ」
「……。なぜ?簡単であろう。後ろの者が天界勢力の仇となりうる者だからだ。私は未来の危険分子をまだ脅威ではない段階で摘み取ろうとしているだけだ。」
「彼はその天界勢力から認められ私がスカウトしたのだが?大天使様方が自らの敵となる存在を身の内に入れたと、司教はそう言うのか?」
「否である。大天使様はその者が自らの罪を御し、それを償いの為に使うことを期待し望みその者に課したのだ。だが、その者は罪を御せぬとそう言った。つまり、その身がいずれ災禍となることを認めたのだ。
ならば、私は災禍の化身となる前にその者を断罪するまで。ソレが私の使命だ」
「なるほど……。よくわかった」
彼の言葉を聞き、ロゼ姉はそう短く返しす。その体から怒りを発露させながら。
ロゼ姉の体から凄まじいプレッシャーが放たれる。
「つまり、司教は何を問おうと私の義弟に害をなすことは変わらないというわけなのだな?
ならば、私は貴君の敵となろう」
ロゼ姉の傍らに剣が現れる。柄と剣身には薔薇と蔦が彫られた青い剣だ。美しく凛々しいそれをロゼ姉は握る。
「そうか、貴様は庇うか。天界のそして大天使様方の障害となりえるその者を。天使である貴様が」
「そうだが、特に問題はあるまい。私は貴君のように天界や大天使様に身を捧げたわけではない。私の身は私の意思のもとにある。そして私の意思は私の愛する者を守れと言っている」
「まぁ、良い。であれば、貴様ごと未来の災禍を断つとしよう」
司教が杖を振るう。俺の時と同じくして、背後に多数の魔法陣が現れ、光が俺たちの方へ飛んでくる。
シャァンという音と共に、その光の全てが真っ二つに分かれ、四散する。
見れば、ロゼ姉が剣を振りぬいた格好から体勢を直すところだった。
「こんなものか?」
ロゼ姉が挑発しながら司教の方へと視線を直す。
司教は何も言わずまた杖を振る。またしても背後に魔法陣が展開されるのだが、その数と模様の複雑さは先ほどと比べ物にならない。
スッと杖を前に出すと、光が飛び出る。それも時差によって段階的に。
シャァンという音が幾重にも響き、それらを四散させていく。だが、魔法の数が多すぎるのか、俺やロゼ姉の傍をギリギリで掠める物も少なくない。
「ッチ!一発一発は軽いくせに、数が多すぎる」
ロゼ姉もそう零した。
「イース。動けるようなら、近くにあるコンソールまで行けるか?アレの近くはコンソールが壊れないように小さな結界が張られている。そこで少し隠れていてくれ」
「なっ!お、俺も……!!」
戦う。と言いたかったが、ロゼ姉はそれを頭を振って制する。
言外に、足手まといだと伝えられる。
唇を噛み締める。また自分は何もできないというか。自分のせいだというのに、その後始末を姉に任せて安全なところへと逃げるしかないのか。
あの日の光景を思い出す。真っ赤に染まる部屋と赤い槍を持つ姉。そして、姉の最後に聞いた言葉。
悔しくて悔しくて、でも何もできない。今の俺では、何も……。
俺は不甲斐なさでどうにかなりそうなまま、ロゼ姉の言うようにコンソールへと駆けようとした。
だが、それを結界に阻まれる。
「お前の退却は許されんぞ、大罪人」
そして、俺の足元に魔法陣が浮かんでくる。
「やっとルイーゼ天司祭の元より離れたか。これで、断罪となそう」
魔法陣が複雑さを増す。キュィィンという音と共に魔力が集まるのを感じる。
「イース!!!!」
ロゼ姉の叫び声が聞こえ、引っ張られる。
茫然とする中、魔法陣の中に俺と入れ替わるようにロゼ姉が入っていく。
その直後、光の奔流が真上から降り注いだ。
「ああぁぁぁぁ――――!」
悲鳴が聞こえた。光の柱に飲まれた、ロゼ姉の悲鳴が。
「ロゼ姉ェッッ!!!!!」
叫び、手を伸ばすが間に合うわけがない。今更過ぎた。
光の奔流が次第に止む。地面に浮かんだ魔法陣は消え去り、眩しい光はとうに消えた。
そして、残ったのはボロボロになり血を流すロゼ姉だけだった。
「う、ぁぁ……。ァァアアア!!!」
言葉にならない声を発しながら慌てて駆け寄る。ロゼ姉を掻き抱。ヌラリとした感触は彼女の血で、グッタリとした体は重く重く感じる。
「ロゼ姉!!!ロゼ姉!!!」
名前を問うても応えはない。あるのは、微かに聞こえる鼓動と呼吸。
まだ生きている。けれど長くはもたない、そう感じさせるような弱弱しい音だった。
遠くから声が聞こえる。これを為した男の声だ。
「……庇ったか。あのまま見過ごせば多少の禁錮だけだったろうに、罪人を庇い死ぬとは……哀れな」
「ふ、ふざけるな!これは、お前がやったことだろう!!!何が哀れだ!!!」
「私がやったこと……?何を言うか、貴様がやらせたことであろう?」
「な、に……?」
「少し考えろ。もし貴様がその罪を御すことができていれば、私が貴様を断罪することはなくルイーゼ天司祭はお前を庇い傷つくことはなかった。つまり、私は行為を行ったが、その原因を作ったのは貴様だ。貴様が悪いのだ、罪を抱えられなかった貴様が、御し切れなかった貴様が。
全て、貴様が原因だよ。イース・レリジン」
原因は、俺……?
その言葉は俺に強い衝撃を与えた。
また、俺のせいで大切な人を傷つけてしまった……ッ!
「もし、貴様がそれを悔いるというなら、今ここで死ね。そうすればその力は貴様の守るべき者を傷つけることはない。貴様が、貴様の愛する者を壊さずに済む。簡単なことだろう?」
もうこんなことを起こさないようにと、教会へ来たというのに、俺はまた……!
「受け入れろ、自らの罪を。そして、裁かれろ」
――――。
何がいけなかったのだろう。何が足りなかったのだろう……。
悔しくて、きつく噛んだ唇から血が流れる。
もう嫌だ。俺のせいで誰かが傷付くのは……ッ!もう嫌だ、逃げ出すしかできないなんてッ!もう、嫌だ!!!
ドクンと心臓が跳ねた気がした。思い出すのは、俺の中にいる金色の獅子のこと。
「『覚悟と傲慢を我に見せろ』……。」
足りなかったのだろう。覚悟が、傲慢が。
覚悟を決めよう。たとえ、どうなっても大切な人を守ると。そう決めよう。
なら、どう示せばいい?
傲慢になろう。弱くても、抱えきれない罪と傷を負ってでも、皆を護る。それが俺の傲慢だ。
なら、どう見せればいい?
ガサリという音がする。見れば、ポケットからウリエルさんからもらったお札がはみ出ていた。
「『大罪神装は負の力がエネルギー源、天使の持つ正の力を使えば、抑えるくらいはできる』、『使えば、人間を辞めることになる』……。」
今の俺では、傲慢の力は制御できない。なぜなら扱おうとする力が大きすぎるからだ。なら、それを抑えられれば俺にも扱えるかもしれないッ!
使えば人間じゃあなくなる。でも使わないと俺は誰も護れない。
グイっと唇から流れる血を手の甲で拭い、叫ぶ。
「なら、使うしかないよな?それが俺の覚悟だろ?
人間を辞めてでも、大切な誰かを護るッッッ!それが、俺の覚悟だろう!?
大きすぎる力を人外となっても使ってやる!それが俺の傲慢だッッッ!!!」
お札を取り出し、血の付いた手の甲に押し付ける。
「出てきやがれ、レグルス!!!てめぇに見せてやる俺の覚悟と傲慢を!!!!」
ドクンと心臓が鳴る。それと共に魔力が渦巻いた。
手の甲からは白い清らかな魔力が流れ出る。俺の心臓からは柴金の魔力が溢れ出た。
混ざり合うそれらは俺を中心に渦になり、勢いを増していく。
『なるほど、いい塩梅ではないか。我が宿主』
ふと見れば、俺の目の前には獅子がいた。
金色の獅子__レグルスは俺に向かってこう言ってくる。
『貴様は人を辞め、身に余る力を持ち何を為す?』
「決まってるだろ。俺の大切な人を守るんだ」
『それは時に自らの身を滅ぼすものであってもか?貴様の大切な人とやら以外が傷付くものだったとしてもか?』
「当たり前だ。もう俺は何もせずに逃げるだけなんてこりごりだからな。自分の体なんて死ぬまでこき使ってやるし、俺の大切な人は何があろうとも守り抜く。
それが……」
『貴様の覚悟と傲慢、か』
ニィっとレグルスが笑った気がした。
『いいだろう。面白い。自らの為ではなく他の為にこの力を使おうとはな。呆れるほどの……傲慢だ』
そう言って、レグルスが近寄ってくる。
『叫べ、我の名を。貴様が振るう、傲慢の力の真名を』
名前__こいつの名前、人格ではなく、器の名前。
「『傲慢なる獅子』オォッッッ!!!!」
――――。
光が爆ぜる。その爆音と共に、咆哮が響く。
その咆哮は産声だった。これから人の世界と人ならざる世界を駆ける、柴金の獅子の産声だった。
結構急な展開にさせてもらったけどこれで大丈夫だろうか……?
てことで、次回はイース初の戦闘回です!よろしくです!!!