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第四話:悪魔さんと初めての出会い

 魔法陣の中央は奇怪な蠢きを伴った。

 狗の如き容貌とも言える。

 樺の如き容貌とも言える。

 鬼か、蛇か、四大聖霊の魔法陣に阻まれているのか、かの邪悪は飛び出すこと無く蠢いている。


(――――そうだ、笛を……)


 続けねば。

 異形に見惚れてとめていた演奏を再開する。

 メロディは先刻と異なり、荘厳な響きを伴い世界に浸透してゆく。

 蠢きはそれに合わせるかの様にゆっくりと動きを止め、一つの"カタチ"へと収束する。


(悪魔が……)

(悪魔が……顕現、するっ!)


 やがて蠢きは完全に動きを停止し、人形となってその場に留まった。

 空を見ると、先ほどまで失われていた月が元に戻っている。

 僕は笛を吹くのをやめて、改めて魔法陣を見ると、



「…………」



 そこには体育座りの少女がいた。

 中学生くらいだろうか、ボサボサの髪に、死んだ魚の目、真っ黒なドレスにマントを着て、黒いスカートからは白い下着を覗かせている。


(いや、最後の描写はいらないんだけど)


 ともあれ彼女が悪魔だろう。

 僕はコミュニケーションを取るべく、彼女に近づいた。

 こう近くで見ると、なんだかお人形さんみたいだ。

 悪魔少女は僕を見上げると、小さくこう言った。


「はじめまして人間」

「えっと、悪魔……でいいのか?」

「悪魔さんと呼ぶのだ。初対面に失礼な」


 ……自分も人間と呼んでるじゃないか。

 そう僕は思ったが言い直すことにした。


「悪魔さん、初めましてええと、僕は夜森といいます。今回は召喚させていただきありがとうございます」

「ヤモリか。ふん、悪くない名前だ」


 と、悪魔さんは魔法陣から立ち上がろうとすると……コケた。


「あたっ……!」

「あ、悪魔さん、大丈夫ですか?」

「…………も、問題ない足が痺れただけだ」


 悪魔も足が痺れるんだ。

 ヨタヨタとバランスを取りつつ、悪魔さんは僕の前に立ち上がった。


「す、すまぬな……この身体は出来たてゆえ、うまくコントロールできなんだ」

「生まれたての子鹿みたいになってましたよ」

「問題ない、それよりも貴様――――きゃぁ!」


 と、今度は魔法陣から出ようと一歩前に進んだら、その場で滑って転んだ。

 再度立ち上がって前に進もうとすると、また転んだ。

 もう一回やっても、また転んだ。


「きゃ、きゃぁ!」

「あ、悪魔さん!?」

「ぎゃ、ぎゃあ、何だこれ!?」


 と、悪魔さんは死にかけの目に涙を浮かべながら周囲を見合わたすと――


「うっわ! 四聖霊の守護陣が完成してるではないか! なんでこんな所に最上級封印魔法があるのだ! バカじゃないのか!?」

「あ、あの、すみません、術式の完成に必要だとあったので」

「バカ貴様! こんなの魔王を封印するような術式じゃないか! オーバーキルが過ぎるぞ! 道理で魔法陣から出れんと思ったわ! 早く消せ、早く消せ!」

「は、はいっ……」


 言われるがままに、僕は魔法陣の一部を消そうとするが……、


「……ちなみに、魔法陣を消したら僕を襲って食べたりなんかは――?」

「バカか貴様。妾は由緒正しい契約にもとづいて魂を頂く悪魔。人を襲って食べるわけなかろう」

「あ、はい、ごめんなさい……」


 どうやら大丈夫のようだった。

 ……。

 ……本当に大丈夫だよな。

 僕の疑いのジト目を見て、悪魔さんは嘆息して落ち着いた口調で言った。


「本当だ。悪魔は人を食べない。一部例外もおるが、少なくとも妾は食いたいなんて思ったことないわ。貴様だって種族は違えど犬猫を食いたいと思わんだろ。ましてや生食なんてする訳ない。もっとこう砂糖菓子とかが食べたい」

「ケーキとか?」

「ああいいな……うちの家系は爺様も父様も大の甘党でな。よく地上にあがっては買ってきてくれたわ」


 何だかその話しぶりを聞いてると本当に大丈夫そうだ。

 僕は魔法陣の一部を消し去って、詠唱効果を起こさないように無効にしてしまう。


「はい、消したよ」

「ふふふ……引っかかったな」

「え」

「バカな人間めが! 妾の食料にしてくれようぞっ!!」

「ぎゃぁぁぁぁぁあぁぁぁっぁぁあ!!」


 と、僕は悪魔さんに飛びかかられる。

 そのまま馬乗りにされて、僕は終わった……と思ってると、いつまで経っても悪魔さんが噛み付いてくる様子はなかった。


「……あ、あれ?」


 ゆっくり目を開けると、呆れ顔の悪魔さんがいた。


「……冗談じゃ。貴様、ヤモリと言ったな。あまりに油断しすぎじゃ、悪魔なんだからもう少し警戒しろ」

「は、はい……」


 冗談だったのか。

 しかし、凄いパワーだな。一瞬で押し倒されたぞ。

 僕は改めて起き上がると、悪魔さんが意地の悪そうな表情を浮かべて、こちらを見ていた。


「さて、あらためて自己紹介をしようではないか。妾の名は――メフィストフェレス。人間の欲望を満たし堕落へ導く悪魔、天上の星を手にすることも、地下の深き楽しみを極めしことも、全ての望みを叶えし大悪魔、さあ召喚主よ貴様も望みを聞こうではないか!」

「おおーすげー悪魔っぽい」

「ふふん、そうだろう」


 と悪魔さんは得意気になった。

 何だかとても親しみやすいなこの悪魔さん。

 彼女はひとしきりドヤ顔をしたあと、コホンと、一拍置いた。


「それで人間よ。貴様も何の用事もなく妾を呼び出したことはあるまい? 望みを言うが良い、妾がその魂と引き換えに貴様の願いを叶えてやろう」

「…………」


 と、尋ねてくる悪魔さんに僕は考える。

 ……そうか、望みか。

 悪魔召喚に関する書籍の多くを漁ると、確かに悪魔を召喚する目的の殆どは術士の願いを叶えてもらうといったものだった。

 ――自らの魂を代償として。

 それは、死んだ時に天国へ行かず、魂を悪魔に手渡し、地獄に落ちるといったものだった。


(願い、か……)


 正直、地獄行きは怖くない。

 僕に死後の世界の恐怖はない。

 今生きているこの世界が全てであり、死後に自分の魂が地獄行きになろうが、どうでもいい。

 だが、心配はそこじゃない。

 悪魔に願いを叶えてもらう場合によくあるケース。

 それは、願った人間の"意に沿わない形で"望みが叶う、といった類の話だった。


 例えば、大金持ちになりたいと望んだら、家族が死んで保険金が入ってくるとか。

 例えば、好きな人と一緒になりたいと望んだら、二人して交通事故に遭って植物状態になるとか。

 例えば、勉強で一番になりたいと望んだら、脳を改造させられて機械にされてしまうとか。


「…………ねぇ、悪魔さん。例えば僕が望みを言ったらそれを叶えてくれるんだよね」

「勿論なのだ。富・名声・力、この世の全ては妾の手のうちにある。何でも叶えてくれようぞ」

「何でもか」


 ……そこで、僕は爺さんが残してくれたスレイマンの笛のことを思い出した。

 この笛は、悪魔に自分の言うことを聞かせられる。

 先ほどまで吹いていたそれを彼女に見せたらどういう反応を返すだろうか。


「ねぇ、悪魔さん。これって使えるかな」

「なんじゃ。妾の契約には割引クーポンとかはないんだ、が…………」


 と、悪魔さんは僕の取り出したスレイマンの笛を見ると、死にそうだった両目を大きく見開いた。


「あ、知ってるっぽいね」

「す、すすすすすす『スレイマンの笛』ではないか! ばっか、どうして貴様が持ってるんだ! 父様も爺様もその上の初代メフィストフェレスも苦しめられた時その伝説の笛を」

「やっぱスゴイんだこれ」

「ま、マズいぞ、調子に乗って顕現するのではなかったわ。ダメだ、妾の悪魔人生はお終いだ。妾のバカ、どうして『何でもする』なんて言ってしまったのだ。きっとこの男に、ああ、マズいマズいマズい!」


 悪魔さんは凄い勢いで後ずさり、ブルブルと首を横に振っている。

 それと、凄い失礼なことを言われてる気がする。


「い、いや何もしないよ。ちゃんと願いを叶えてくれたなら、笛は使わないし」

「…………」


 僕は笛をポケットにしまって徒手空拳であることをアピールする。

 すっかり小動物のように縮こまっている悪魔さんは、涙目でこちらに近づこうとしない。


「ほ、ほんと……?」

「本当だって」


 そう言って、僕は改めて、自分の願いごとを考える。

 悪魔さんも僕が嘘を言ってないことを信じてくれたようで、改めて向き直る。


「な、ならば、よいっ……全く驚かせおって。願いはきちんと叶えるわ。不条理なことなどしない」

「ありがとう」

「…………それでは、改めて問おう。貴様の願いは何だ? 」

「僕のお願いは――」


 と、僕は答えを出した。

 天涯孤独の身の上、友達も恋人もおらず、このまま朽ちていく存在。

 父と母は幼き頃に死別し、記憶すら朧げだ。

 だから、僕は。



「――――――家族が欲しい」



 悪魔に頼む願い事ではないのかもしれない。

 もっとお金持ちとか、勉強とか、権力とか、そういう分かりやすいものがいいのかもしれない。

 でも。

 僕の十六年の人生を振り返った所で、確実に欠けている部分はそこなのだ。


 ならば欠落は埋めなくてはいけない。

 たとえ悪魔と契約を結ぶことになろうとも、足りない部分を補填せずに進む人生にはきっといつか崩壊が待っているから。


「…………ふーん、それでいいのか」

「うん」


 悪魔さんはソロモンの笛を取り出さない僕を見て、本気だと確信したようだ。


「構わんが、代わりに貴様が死んだ後、魂は妾が貰い受ける。それで問題ないな」

「ないよ。現世意外に僕は興味がない」

「…………変わった思想の持ち主よの、貴様は。あまり共感できぬ部分もあるが、それもまた人間の有り様か」


 と、悪魔さんは口元から何やら呪文を唱えはじめた。

 ぶつぶつぶつ、と。

 早すぎて聞き取れない。

 高速詠唱に伴い、彼女の足元が黒ずみはじめる。

 ぶつぶつぶつぶつぶつ、と。

 一瞬だけ、驚いた表情をするが、その後も変わらず詠唱を続け。



「――――――――ッッ!」



 彼女の身体が淡く光りだす。

 そして光が消える。

 いや、彼女に収束していった方が正しいか。

 悪魔さんは機械的な口調でこう言った。


「貴様の望みを――"承認"した。これで貴様に家族が増える。喜べ人類。貴様らはまた一歩堕落に近づいた」

「ありがとう、ございます……」


 と、僕はつぶやくが、何が変わったのか分からない。

 寮に帰ったら家族が増えているということだろうか。

 頼んでおきながら、それはそれで気味が悪いなとも思った。


(それとも、じーさんが……)


 だったら、それは条理を捻じ曲げてはいるが、少しだけ嬉しいかもしれない。

 もちろん、そんなもの遠い未来の別れを先延ばしにしてるだけだけど。


「さて、行こうか」

「は、はい、悪魔さん、あの、ありがとうございました……」


 もう帰るのか。

 僕は現実感のない今の時間が終わってしまう気がして、少しだけ寂しい気持ちになってしまう。

 悪魔さんは、こちらをじっと見つめて、それから動こうとしなかった。


 一秒、二秒。

 いつまで経っても動こうとしなかった。


「……」

「……」

「……あ、あの悪魔さん」


 すると、悪魔さんは不機嫌そうにこう言った。


「なんじゃ、人間。だから『行こう』と言ったじゃないか。早く家に案内せい、いつまでもこんな所におったら虫に刺されてしまうぞ」

「え」


 すると、悪魔さんは契約を結ぶ前に見せた意地の悪い表情とまったく同じ顔を見せて。


「貴様の望みは家族が欲しい、だろう? 安心しろ人類。貴様の願いは叶えてやった。ここにいる妾が家族だ」

「え」

「これで貴様の望みは叶えられるし、妾は魂を取りこぼす心配もない。一緒に暮らせば完璧じゃ」


 あ、そ、そういう感じですか?


「あ、あの、よろしくお願いします……」

「うむ、よろしく頼むぞっ!」


 どうやら、そうして、いきなりであるが。

 僕は――悪魔と一緒に暮らすことになったらしい。

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