第三話:悪魔さんと危ない召喚術
「星を五つ並べて黒塗りにする。それから火と水と風と土の召喚陣を重ね合わせて……ここの順番が分からないんだよな」
深夜12時を回った夜更け。
僕は黄ばんだメモ書きを手にして、巨大な魔法陣を書いていた。
住んでいる寮を出て十分くらいの林でごそごそしてる姿は、それだけで通報ものだろう。
「くそう……かえの血って何だよ、コメント書くなら他人にも分かるように書いてくれよ……」
そう愚痴りながらも表情は楽しげだ。
ぼっち生活半年の僕の唯一の娯楽――それは祖父の残した悪魔召喚の再現だった。
半年前、死んだ祖父の蔵から役に立ちそうなものがないか整理していた時に偶然発見した。
それは古びたメモ書きの束であり、九割はいらない内容が書かれているが、一割にお宝が埋まっていた。
それが悪魔の召喚術に関する術式であり、僕はその再現をしようと夜な夜な勉強の合間を見つけては、準備してきたのだ。
「さて、38回目の挑戦だ」
メモ書きは他人に読み解かれないように入り組んだ暗号になっており、僕はトライ&エラーを繰り返し、本日はは38回目の挑戦であった。
「……Eloim,Esseim,frugativi……et appelavi.」
召喚呪文は聞いたこともない異世界の言葉で書かれており、学校の教科書は勿論、図書館で参考書がないか調べたが当てはまるものはなかった。
「……Eloim,……Esseim,……frugativi……et appelavi.」
故に呪文の言い回しが正しいのかの確証は持てない。
だが、暗黒の中を彷徨っていけば、いつかは成功する日が来るのではないか。
半ば維持になって僕は今日も呪文を繰り返していたのだった。
「……Eloim,……Esse……――――――ッッ!?」
と、諦めようとしたその瞬間。
目の前の魔法陣が激しく輝き出した。
今までにない強い光。
召喚すら成功したことのない今までとは全く違う。
何かが生まれる瞬間。
異界より権限される感覚。
これは。
これは……っ!
「………………キキっー!」
コウモリが一匹だけ飛び出して空に消えていった。
「……」
「…………」
「…………帰るか」
魔法陣の輝きはやんで、捧げていた供物は既に消えていた。
またダメだったか。
僕は帰りの準備を始めたが、用意してきたカエルの血に余りがあるのに気がついた。
「…………そういや、呪文を文字起こしする方法を試してみるか」
今日、調べ物をしていて知ったのだが、召喚呪文は口述ではなく、文字に書くことでも発動できるそうだ。
僕は魔法や召喚術は、呪文を口で喋って行うイメージがあったのだが、それは先入観で、事前に呪文を杖などに書き込んでおいて、発動することもできるらしい。
「問題はその"発動"ってやつをどうするかだよな」
杖に呪文を書くのはいいが、それと魔法陣の連携方法が分からない。
杖の呪文をどうやって、魔法陣が認識してくれるのか。
「……うーん、一応、授業用の杖は持ってきたが」
初心者向けの安物だが、授業で様々な術を取り扱うため、汎用性は高い。
これの適当なところに呪文を書いて、再度魔法陣に供物を添えてみる。
「えいっ!」
準備の完了した魔法陣に対して、僕は杖で突いてみる。
一瞬だけビビッっと振動が来るが、その後反応は変わらない。
供物が残っていることから見ても、召喚自体が上手くいってないのは明らかだ。
「えいっ、えいっ、えいっ!」
「……」
「…………うーん、分からん」
僕はそれから十分ほど書き込む位置を変えたり、紙に書いてかざしたり、いろいろ試したが、どれも成功することはなかった。
「……だめだこりゃ」
先ほどはコウモリを出せたのに、今度は召喚すら成功しない。
僕は諦めて帰り支度をはじめる。
…………。
と、ふと帰る準備をしながら、何か忘れてることに気づいた。
大切なことがぽっかり抜けた感覚があった。
何か。
何か……。
……。
…………っ!
電撃が走った。
僕はすぐその可能性について考えた。
ありえる? ありえない? ――いや、あり得る。
数学の難問が解けたような。
ゲームの謎解きが判明したような。
全身が痺れる感覚があった。
「……ここにはないな、……よし、家だな」
心臓が跳ね上がるのを抑えながら僕は走り出す。
林を抜けて、寮に戻る。自室のドアを開けて、靴を脱ぎ捨てる。急いで机にある引き出しを開ける。そこから特徴的な丸笛を取り出す。
――――"スレイマンの笛"。
先刻まで魔法陣を設置して、口述での召喚呪文にて召喚自体の成功は確認できた。
だから魔法陣側に問題ないことは明らかだ。
故に課題となるのは呪文サイドの言い回しだ。
この言い回しが分からず適切な呼び出しができないという点を、文字に起こすことで解決する。
ただし文字起こしに手順変更する際の影響として、今度は実行方法が分からないという壁に当たる。
そして今、この実行方法を解決する手段が、きっと――――
「……はぁっ、……はぁ」
おぼろげな綱渡りだと自覚しつつも僕には妙な確信があった。
魔法陣の前に立つと、手にした丸笛に呪文を書き込もうとじっとそれを見つめる。
すると、注意深く観察しなければ分からなかったが、それに細い線のようなものがあることに気がついた。
「割れるのか、これ」
僕は丁寧に力を込め、壊さないように丸笛を二つに分ける。
すると……
「…………何だよ、書いてあるじゃねぇか」
Eloim,Essaim,frugativi et appelavi.
エロイム、エッサイム、我は求め訴えたり。
僕は笛を二つに戻し、魔法陣の前で吹きはじめた。
メロディは考えずとも、息を加えるだけで笛は自然とメロディを描き、魔法陣は白く輝き出した。
Eloim,Essaim,frugativi et appelavi.
Eloim,Essaim,frugativi et appelavi.
Eloim,Essaim,frugativi et appelavi.
「――――――――ッ!」
一度目で月が消えた。
二度目で嵐が渦巻いた。
三度目で世界に暗黒が満ちて、魔法陣と僕以外に何物もいなくなった。
そして――――――