第02話:シェリルのダンジョン(2)
「御主人様、だから言ったじゃないですか。ノルンには絶対ばれるって……」
隠れていたところを見つかってしまい、ぐぬぬって顔をするシェリル。
対するノルンは、その隣から顔を見せた空色の人形に矛先を変えて、
激しい口調で責め立てる。
「ソラ! あなたも自分の主人を止めないで、どうするのっ!」
シオリ、アカネ、マリエの三人も、
柱の陰から現れたシェリルと三体の従者人形の姿に、
遅ればせながら状況を把握、驚きで目を丸くして声も出ない。
その理由は、次のノルンの台詞に集約されている。
「初心者の部屋に『最終ボス』がうろうろしているダンジョンが、
いったい何処にあるっていうのよ!」
以前、シェリルの実力を、ここにいるシオリが評した言葉がある。
それは「聖剣を持った勇者百人でも相手にならない」というもの。
また、ある者からは「ちょっとした魔法で町を一瞬に壊滅できる」とも。
これらは「たとえ」でしかないが、あながち間違っているわけでもない。
それほど常識外れの存在が初心者の部屋にいる。
いまのこの状態は、文字通り「最終ボスが最初の部屋に現れた」なのである。
だから、ノルンの問いかけに対して……。
――何処にあるって……いまここにあるわよ。
ソラは、そう言いたいところをぐっとこらえて、
訴えかけるように赤毛の少女に答える。
「ノルン……アタシもね、止めたのよ。
でもね、従者人形には出来ることと、出来ないことがあるの」
「開き直ったわね……」
ノルンがソラの言葉に気勢をそがれた次の瞬間。
シェリルが何を思ったか、いきなり飛び出して、
きりっとした表情に口元に力強い笑み、そして偉そうに腕組みをする。
「わははははぁ、我のダンジョンによくぞ来た!
直々に相手をしてやろう! かかってこい!」
これは最終ボス部屋で、探索者を迎える時の決めポーズと決めゼリフ。
そうやって威厳を取り戻そうとしているのだろうが、
ここ、初心者の部屋では全くの逆効果である。
「初心者相手に、直々に相手をしちゃダメだろ!」
口調すら変えたノルンが的確に突っ込む。
だが、そんなものでシェリルの勢いは止まらない。
「よーし、あたしの五段階の変化をお見せするよ!」
実はこれ、シェリルのダンジョン観光ツアーという企画で過去に見せた出し物。
ここにいる紫紺の戦乙女たちは(状況は違えど)全員見たことがある。
「普通形態はこれ!」と、胸を張る素のままのシェリル。
――アタシにはもう、止められない。
ソラがいろいろと、あきらめ始めた。
紫紺の戦乙女たちも怒涛の展開についていけない。
「第二形態がこれ!」両手を上に掲げて、ウネウネ動かす。
シェリルの得意武器、十本の「鋼糸」が周囲を覆い尽くす。
ただし、その動きを追えるのは、三体の従者を除けばノルンくらいのもの。
人間でこの攻撃に対抗できるのも、ノルンくらいのもの。
シェリルは、ついでだからと、正面で眉をひそめているノルンを攻撃する。
まぁ、手加減はしているのだけれど。
ついでで攻撃され、
いろいろ諦めたノルンは、ジト目でシェリルの鋼糸攻撃をさばく。
残像が残る程の速い動きを見せる両手が、まるで千手観音のよう。
シェリルの口元がまたまた「ぐぬぬ」となり、
ならば「第三形態は……」と、次の段階に移ろうとする。
小声で「ソラ、あれ出して」と空色の従者人形に指示。
あれ、とは……ダンジョンを自作するのに使った「剣先スコップ」のこと。
十本の剣先スコップを、十本の鋼糸、それぞれの先に括りつけての乱舞攻撃。
今では、シェリルお気に入りの装備だ。
とはいえ、それが実戦に使われたことは過去に一度だけ。
ノルンも、この第三形態は相手にできない。
第二形態と同じように攻撃されれば、たまったものじゃない。
主の言葉に、ソラも「どうにでもなれぇ」という感じで従おうとしているし。
焦りを覚えるノルン。
「ちょ、ちょっと、シェリル!」
だが、その程度では、もう最強魔族少女を止めることなどできはしない。
と、この場にいる、ほぼ全員がそう思ったのだけれど……。
そこに雷鳴のような攻撃がシェリルを襲う。
いや、実際は雷などシェリルは避けるし、
当たったとしても大したダメージにはならない。
しかし、その攻撃は……。
「シェリルお姉ちゃん。わたしを心配して、見にきてくれたのはわかるけど、
……邪魔しないでね」
マリエの攻撃『困った顔でお願い』
クリティカルヒット。シェリルに二億八千万ポイントのダメージ。
カッコ、これはイメージです、カッコ閉じ。
がーん……と音がしたかのような衝撃を受け、
初心者の部屋でひざまずくダンジョンの最終ボス。
シェリルの不敗伝説が、こんなところで今にも崩れようとしている。
「シェリル様は相変わらずお茶目っすねぇ」
そんなやり取りを見て、アカネは微笑ましいものを見守る顔になり、
シオリは口元に手をあてて、片目をつぶりながら苦笑している。
「ふふふ、シェリル様、ソラさん……それにシロさんにクロさん。
お久しぶりです。今日は新区画を探索させてもらっています」
シオリのあいさつに代表して応えたのはソラ。
「うん、ちょっとあなたたちを見かけたんだけど、
そしたら御主人様が、マリエの様子を直接見たいって言いだしてね。
で、こんな感じになっちゃったのよ」
と、言い終えた時、ソラは気づいた――
他の探索者たちが、ざわざわと騒ぎ出しているのを。
その理由は簡単。
このダンジョンでシェリルという名前は、当たり前だが有名だ。
その名がチラホラと聞こえて、何だか騒いでいる。
さらに、部屋の片隅でマルスライムの大群が震えている状況。
初心者レベルの彼らの心に、怯えや不安が浮かんでもおかしくない。
――ちょっと、まずいわねえ。
「ほら、御主人様……ここは引き揚げましょう。マリエは大丈夫ですから」
ソラは、心折れた主の肩に、小さな人形の手を添える。
「アタシも、マリエの訓練を何度も見に行って、その強さを確認しました。
この部屋の魔物くらい目じゃないですから。
頑張ってもらって、いつか最終ボス部屋に挑戦に来てもらいましょうよ」
「ソラさん……それはちょっと期待をかけ過ぎっすよ。
マリエちゃんがかわいそうっす」
シェリルのダンジョンで「正式に」最終ボスに挑むには、
探索者Aランク以上でなければならないという規則がある。
それは全ての探索者の中でも、ほんの一握りの猛者だけに与えられる称号。
デビューしたての初心者にとって、はるか遠い道の、その先にある栄光なのだ。
それを知っていて、自分の主をなだめるために、あえてそう口にしたソラ。
アカネに顔だけ向けて、声は出さずに「黙ってて!」と口だけ動かす。
◇ ◆ ◇
この世界では、魔物とダンジョン探索者の強さを、
ランク分けして言い表わすのが一般的である。
魔物の場合――
あるダンジョンの十階層のボス魔物はDランク、
二十階層のボスはCランク、三十五階層のボスをBランクというように。
ダンジョンの魔物は意図的に配置されているため、
ある程度ならば、その強さを、出現する階層で測ることが可能だからだ。
一方、ダンジョン探索者は――
パーティでCランクの魔物を倒した場合、全員を探索者Cランクと認定する。
魔物を直接倒せない、回復役などの実力も評価するためである。
したがってダンジョン探索者のランクは、
厳密に言うと、所属している(していた)パーティのランク。
もちろんパーティを組む者と、
ひとりで行動する者との間には、評価に大きな隔たりが出来てしまう。
それでも、このランク表現を用いれば、
誰もが強さを感覚的に理解できるため、一般の会話の中で重宝されている。
と、いうわけで――
探索者のランクは、最初はEランクから始まり、
Dランクは初心者卒業、Cランクは職業探索者として一人前という評価。
とはいえ、この時点で普通の人をはるかに凌駕する能力が必要だ。
なにせ、ドラゴン(その中の最弱種ではあるが)を倒せる実力なのだから。
そして、ここから先、越えられない才能の壁がある。
Bランクは人の限界を超え、Aランクはさらにその上、超人の中の超人。
それ以上をSランクと呼称し、一般的には、世界にいる八人の勇者を指す。
◇ ◆ ◇
初心者の部屋でひざまずいて、青い顔でうなだれているダンジョン最終ボス。
なんともシュールな光景だ。
「戻りましょう。御主人様」
「マスター、回復魔法は必要ですか」
「御主人、管理室で見てたほうが楽だよ」
従者人形三体に手を引かれて、最強魔族少女はしょぼぼぼーんと退場する。
マリエは、その哀愁漂う背中を見て心苦しく思ったのか、
別れ際にシェリルに声をかける。
「シェリルお姉ちゃん……心配してくれてありがと」
その言葉を聞いた途端、
シェリルは後ろを振り向いて、顔をぱあっと輝かせる。
「うん! マリエちゃん、
いつか最終ボス部屋に挑戦に来るの、待ってるからね!」
――それは、無理ですってば。
同じことを自分で言っておきながら、こんなふうに心の中で呟くソラ。
そのやり取りを見ながら、腰に手を当て、やれやれという表情のノルン。
「シェリル、明日の最終ボス挑戦者はわたしだから」
彼女は以前、ある勇者の弟子を(自分の実力を隠して)務めていた。
事情があり、その勇者は己を鍛え直すと決め、別行動中。
そこで、昔からペアで活動していたシオリとアカネが、
独りになってしまったノルンを預かっているという形だ。
「首を洗って待っているように」
だから彼女だけ探索者Aランク。
こうして定期的に最終ボス挑戦者に選ばれる。
現在、挑戦者の資格を持つ者の中で、
最強はノルンであり、その点ではシェリルのお気に入りなのである。
「うん、わかった」
マリエに見せた満面の笑みとは数段落ちるが、
それでもきりっとした笑顔で、シェリルはノルンにそう答えた。
そして、三体の従者人形に連れられて初心者の部屋を後にする。
「またね!」「邪魔したわね」「ごきげんよう」「戻ろ」
こうして最終ボス乱入騒ぎも収まり、
ようやく初心者の部屋に正しい緊張感が戻ってくる。
片隅で固まっていたマルスライムたちも、己の使命を思い出す。
そこでアカネが元気に声を上げる。
「よーし。じゃあ、気持ちを改めるっすぅ!」
「マリエ。ここにいるマルスライムの魔石を持ち帰れば、
正式にEランクの探索者よ。頑張ってね」
シオリの言葉に緊張した面持ちでうなずくマリエ。
しかし、腰の剣を抜き、盾と共に構えた時、
少女の瞳に、ある決心と共に、力強い意志の光が宿ったのである。
その光は消えることはない――
いつか……このダンジョンの最終ボスと対峙するときまで。
◇ ◆ ◇
ここは、シェリルのダンジョンから、はるか遠く離れた地。
そこにあるのもダンジョンだった。
ただ異なるのは、ここは打ち捨てられたダンジョン。
あるべき機能はすでに無く、その形状に面影を残すのみ。
その最奥――最終ボス部屋だったはずの場所に、ひとりの人間の姿があった。
誰もいない……、そう、魔物すらいない場所で、
直接、地面の上で横になり、粗末な貫頭衣を着た身体を丸めている。
何故か一ヶ所だけ生きている小さな光源に照らされて。
「まだか……。まだ……シェリルの居場所は……わからないのか」
誰もいない部屋で、誰も聞くことのない声が響く。
◇ ◆ ◇
そして……新たな物語は幕を上げる。
第02話、お読みいただき、ありがとうございます。
次回は「探索者のお仕事(1)」
シェリルと紫紺の戦乙女たちの物語が動き始めます。
更新は2月4日を予定しています。