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第16話:本当の決着(2)

 銀製の全身甲冑を着た男は、

 商隊の護衛からタンガクの町の盗賊事件の顛末を聞き出し、

 約束通り金貨一枚を渡して、礼儀正しく別れを告げた。


 そして――


 いつかこの街道を通るであろう、ヤトカイの町の領主が乗る馬車を待つため、

 付近を一望できる、この丘の上に気配を消して座っていた。

 彼はいつになるかわからない一行をいつまでも待つつもりでいたが、

 それは思っていたよりも早かった。


 話をしてくれた護衛の男は、

 タンガクの町で起こった騒動について、期待していた以上に詳しかった。

 盗賊の件も、盗賊を退治したと豪語して町の門を破壊した男のことも、

 そして、その男の意識を、無手の一撃で刈り取った人物のことも。


 運が良かった――そう甲冑男は考えていた。


 もちろん、話をしてくれた男は商隊の護衛として、

 タンガクの町の情報を集めるのも仕事だったのだろう。

 盗賊事件も、町で起こった騒動についても、その男は詳しく知っていた。

 だがそれだけでなく、甲冑男が最も知りたかった、

 その騒動を解決した人物についても詳しかったのだ。


 盗賊事件の解決を請われて、

 タンガクの町を訪れていたヤトカイの町の領主。

 彼の護衛は、なんと女性だけ三人のパーティだそうだ。


 そう話してくれた男は何度かヤトカイの町に滞在したことがあり、

 その女性だけのパーティ全員の顔まで知っていた。

 とはいえ、彼女たちが、

 名を知られるほどの実力を持っている――という理由もあるのだろうが。

 その内の二人は、ヤトカイの町で有名なBランクの探索者らしい。


 そして乱入男を一撃で沈めた女性こそが、

 まだ少女としか言えない年齢にもかかわらず、

 高ランクの魔物が現れることで有名なヤトカイの町近傍にある魔物の森、

 そこの魔物のヌシ――推定Sランク――をたったひとりで倒し、

 その実績で町の英雄と讃えられている人物だとか。


 仕入れた情報を頭に浮かべ、自分の目に映る光景を確かめる。


 今はまだ遠い場所、

 女性の護衛三人に守られた馬車が、今まさに森を抜けようとしている。

 そして、その先頭を歩く長槍を持った女性。

 如何な手段で察知したのか分からないが、こちらに意識を向ける。

 これだけの距離があり、なおかつ気配を消している自分に対してだ。


 甲冑男は確信した。

 あの人物こそが町で起こった騒ぎを鎮めたのだと。


 盗賊を退治したと豪語して町に乱入してきた男――

 そんな屈辱的な評価を受けている自分の主人、キズナタ様を捕らえたのだと。


 勇者に匹敵する能力を持つはずの我が主様を、

 ただの一撃で打ち負かした実力者なのだと。


 人に見せられぬ容貌のため全身を甲冑に包む男。

 その正体は――将軍級オークゾンビ、キズナタから与えられた名前はドーンズ。


 彼は顔を覆う兜の中で、

 はるか遠くでこちらを睨む少女から視線を外さずに、小さく呟く。


「どれだけ強かろうとも、我が能力で……」



 ◇ ◆ ◇



 ことは、タンガクの町周辺を騒がしていた盗賊団を始末した時から。


 ドーンズの主であるキズナタが「タンガクの町で領主に話をつけてくる」と、

 そう言って、部下のオークゾンビ達を連れて出掛けたあと、

 彼は、全てが片づいた盗賊のアジトの入り口前で、一人残っていた。


 その命に従い、その場で夕暮れ近くまで待っていると、

 彼の主人が、珍しく血相を変えて帰ってきた。


「おい、あのオークゾンビ共の姿がねえぞ」

「それは、どうしたことか」


「ちっ、おまえも知らなかったのか。わかった。

 だとすると、ヤトカイの領主にやられちまったのかよ。

 やっぱりあの馬車がそうだったのか……。

 いや、ドーンズはいい、ここに残っていろ。俺に考えがある」


「我が主様よ、吾輩にも手伝わせて欲しいのだが」


「だめだ、おまえはここに残れ。それと……いいか。

 絶対に町の人間にお前の存在を知られるなよ、何があってもだ。

 おまえは俺の切り札なんだからな」


「……了解した」


 主の命令は彼にとって絶対だ。

 仕方なくドーンズはその場で待つことを選択する。

 だが結局、翌朝になってもキズナタは戻らなかった。


 さてどうしたものかと考えていると、静かに接近してくる男たちの姿。

 彼らに気づかれる前に、

 ドーンズは気配を消し、盗賊のアジトの入り口前から一旦離れる。

 銀製の甲冑に身を包んでいても、

 余程の相手でなければ、悟られることなく行動できるくらいの技量はある。


 現れたのは、揃いの制服を着込んでいる二十人近い男たち。

 その訓練された動作から、町の警備担当のような集団だろうとアタリをつける。


 ドーンズは主の命に従い、彼らとの接触を避けるが、

 この時点で、主の身に何かが起こったのではないか、との考えが浮かぶ。

 だが、これも主様の何かの計画の内なのかも知れぬ――とも。


 ドーンズの主、キズナタは勇者にも匹敵する能力の持ち主。

 その信頼から、この時はまだ自分から動くことはしなかった。

 からになった盗賊のアジトと周辺の調査を終えた集団を見送ってからも。


 だが、さらに翌日になっても帰らぬ主に焦りを覚え、

 タンガクの町から離れた街道沿いで情報収集を試みる。

 その結果が、あの商隊相手の交渉だったのである。


 盗賊退治の依頼を受け、タンガクの町を訪れたヤトカイの町の領主一行。

 なぜ主の件に、ヤトカイの領主が出てきたかは想像に難くない。

 盗賊事件の一環として頼まれたからだろう。


 彼らは、盗賊事件が解決したあと、

 学術都市に行く予定だ――という情報まで手に入った。

 であれば、それほど経たずに町を出るはずだ。


 ドーンズは、そう考えて街道が見渡せる今の場所で

 ヤトカイの町の領主一行が来るのを待ち伏せしていたのである。


 この選択は間違っているのかもしれない。

 彼らが町を離れるのにまかせて、そのあと主を救出に向かえば良いのだから。


 ドーンズの戦闘力はキズナタに及ばない。


 そのキズナタに反撃を許さず勝利する人物――

 Sランクの魔物をひとりで倒せる実力者――

 あの少女に邪魔されることもなく安全なのだから。


 だが、その選択がドーンズにはどうしてもできなかった。


 勝利の目算は……ある。

 ドーンズの持つ、とあるスキル。

 それを使えば、相手がどれ程の実力者だろうと無力化できるはず。

 ただし、この状況で、手段を選ばなければ……という条件付きで。


 だが、それ以上に――

 ドーンズには、キズナタの名誉を回復したいという思いが強かったのだ。



 ◇ ◆ ◇



 こちらはライル一行。街道沿いに馬車を止めている。

 真剣な表情を浮かべているノルン。


「ちょっと、シオリたちには相手をさせたくない」

「それほどの相手なの……?」

「たぶんね。シオリはあいつの能力、感知できる?」

「いえ、私には何処にいるのかもわからないわ」


「そう、でも、これ以上近寄るのは危険だから。みんなは此処で待ってて。

 もうあいつはこっちを標的にしてるみたいだし。戦うしかないみたいだから」


「大丈夫……?」


「そうね……町で暴れたあの男よりは弱い気がする。

 ただ、相手は準備万端で待っているから、先に仕掛けるのは無理みたい。

 でも周りを気にしないで戦えるから、そんなに心配しなくても大丈夫。

 何だったら、さっき話していた砦? そこに行っててもいいよ」


 ここまでの話を聞いていたライルが即断する。


「わかりました。ノルンさんにお任せします。

 とりあえず、ここで待機していますが、何かあったら砦への避難も考えます」


 ノルンが真剣に相手をする魔物となれば、その強さはドラゴン級。

 距離があっても安全とは限らない。

 

「わかった。じゃあ、こっちはシオリとアカネに任せるからね」

「ええ」

「わかったっす」


 マリエは馬車の中から不安そうな顔で見ている。

 そちらに向けてノルンは笑顔を見せる。


「ポンタ、マリエのこと守ってあげてね」


 マリエの頭の上にいるポンタは、

 その身をプルプルと震わせ、ノルンの言葉に応えた。


「ノルンお姉ちゃん……気を付けてね」

「大丈夫」


 マリエに力強く頷いて、ノルンは街道の先に向かって走っていった。



 ◇ ◆ ◇



 街道沿いにある丘の上で、

 愛用の槍を持ったノルンと、銀製の全身甲冑に身を包むドーンズが対峙する。

 両者の距離は歩数にして百歩程度。


「吾輩はドーンズと申す者。貴殿は我が主キズナタ様に勝利した御仁か」

「タンガクの町で騒ぎを起こした男のことなら、そのとおりね」


「吾輩、これから我が主様を助けに行くつもりである。

 その邪魔をしないと約束してもらえれば、これからの戦いは必要ないのだが」


 ドーンズにこの戦いを避けるつもりはないのだが、

 目の前の少女の反応が知りたいがために、あえて問う。

 だが、やはり返ってきたのは当然の答え。


「それは、多分無理。

 それを聞いてしまった以上、わたしの雇い主がそれを許さないから」


「では……ここで決着をつけさせてもらう」


 その言葉を合図にノルンが戦闘を開始。一瞬で距離を詰める。

 対するドーンズは動かない。

 いや、その場を動かずにスキルを発動していた。


 それは――


「くっ!」


 突進してきたノルンの前に突如現れ、立ちふさがるオークゾンビ。

 その数――数十体。肉の壁となってノルンの前進を阻む。


 隠れていたわけではない。

 見晴らしのいい丘の上。身を隠す場所もない。

 地面から浮かび上がる様に見えたが、地面の下に隠れていたのでもない。

 地面が掘り起こされた様子もないからだ。


 彼らは、今、この場で生み出されていた。

 これがドーンズの能力。


 タンガクの町に向かう途中で出会ったオークゾンビの集団。

 彼らを生み出したのは、キズナタではなく、このドーンズだったのだ。


「貴殿は我が主様を打ち破るくらいだ。さぞかし強いのであろう。

 先程の突進も、目で追うことすら出来なかった。

 まともに戦えば、なぶられるように体力を削られ、なす術もなかっただろう。

 だが、突出した個の力は、訓練された集団の力に勝てはせぬ」


 そう言葉にしている間にも、ドーンズはオークゾンビを生成し続ける。

 一回の生成で現れるのは、隊長級一体と兵士級が七体。

 最初居た場所に座り込んだドーンズの周辺に、次々と出現する。


 それに負けじとノルンは槍を振るう。

 眼にも止まらぬ速度でオークゾンビたちにダメージを与えていく。 


 だが数の力に加えて、隊長級オークゾンビが持つ驚異的な再生力。

 ノルンの実力をもってしても、目の前の肉の壁を破ることが出来ない。


「それに、この戦い、吾輩は手段を選ばない。

 卑劣だと云われようと、貴殿に勝利する最善の策をとらせてもらう」


 途切れることなく生み出されるオークゾンビたち。

 その内の半数あまりが、

 ノルンを無視して、丘から街道に向かって駆け降りていく。


「貴殿が護る者たち……彼らを人質に取った時点で吾輩の勝利だ」



 第16話、お読みいただき、ありがとうございます。


 次回――大量のオークゾンビ相手にノルンは仲間を守りきれるのか……です。

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◇  ◆  ◇

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