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第15話:本当の決着(1)

「あたし、『人間使い』になった」


 タンガクの町。

 シェリルが領主フィオンの館に戻ってきた時の第一声。

 用意された一室でくつろいでいたライルたちに、

 肩車したサンノを誇らしげに見せつける。


 そのサンノは、最初に着ていた粗末な服から、

 今はシロがあつらえた子供用のドレスに着替えている。

 ソラの空間転移で瞬時に移動したことに驚いた様子もなく、

 また、目の前に並んでいる初対面の者達に臆することもなく、満面の笑顔だ。


 対するライルたちは、

 当事者の最強魔族少女と金髪幼女から視線を外し、困惑した顔をソラに向ける。

 この謎の幼女の件について、

 シェリルに問い質しても無駄だろうという賢明な判断の結果である。


「ソラさん……。その子はいったい……?」


 他の者の気持ちをまとめて代弁したのはライル。


 ――まぁ、アタシに聞いてくるよね。


 ソラもこの問いを当然のことと受け止める。

 しかし……。


「アタシもね……この子が誰なのか知らないのよ」


 とりあえず、正直にそう切り出す。


 ――隠す必要は何処にもないしね。


 ソラは、もう全ての説明を終えたとばかりにただニコニコしている主と、

 その頭の上でこれまたニコニコしている幼女に時折視線をやりながら、

 これまでの経緯をその場にいる皆に説明する。


 今後、どういう形になろうと、ヤトカイの町の領主と、

 シェリルに理解のある人間達に、事の詳細を話しておくのに不都合はない。

 そのつもりで、ここまで連れてくることに反対しなかったのだから。


「最初はマリエの母親、マイカから聞いた話なんだけどね」


 そう言ってソラは、黒髪おかっぱ少女に視線を向ける。

 そのマリエは、いきなり自分の母の名前が出て目を丸くする。

 謎の幼女に、自分の身内が関係している、と聞かされれば当然の反応だろう。


 そんな黒髪少女の様子を、特に気にすることもなくソラは話を続ける。


 マリエの両親が営む料理屋に、突然現れた粗末な服を着た金髪幼女。

 サンノと名乗り、ソラの主シェリルを名指しして、会いたいと言う。

 マリエの母親マイカが、その場でソラを待つように促し、

 甘味を食べさせていたが、少し目を離した隙に姿を消してしまった。

 これが昨日、いつものおやつを受け取りに行った時にマイカから聞いた話。


 そしてその翌日、つまり今日、さっきの話。


 シロとクロには幼女の件を昨日のうちに伝えていたのだけれど……、

 ダンジョンの中で騒ぎを起こしていた男たちが、

 眠ったままのこの幼女を、何故だか袋に入れた状態で連れ込んでいた。

 男たちを取り押さえて、ひとりに事情を訊いたら、ここに来る途中で拾ったと。

 で、シロとクロが金髪幼女を保護して、男たちはダンジョンから放り出した。


 そこにシェリルとソラが戻る。

 話を聞いていたシェリルが寝ている幼女に近づくと――


 そのタイミングで目を覚ました幼女は、

 シェリルの顔を見て真っ先にその名を呼び、

 そのまま飛び起きてシェリルに抱き付いたのだ。

 それは初対面とは思えないほど懐いている様子だった。


 名前を問うと、「サンノ」という答えが返ってきた。

 それはマイカから聞いていた名前。


「という感じかしらね」


 ここで重要なのは――

 サンノと名乗るこの幼女が、シェリルの顔を知っていたということ。


 ――だとすれば。


 ヤトカイの町の住人である可能性が高いのだけれど……さて。

 説明を終えたソラが皆の顔を窺っていると、

 まずはシオリがあの不穏な単語について尋ねてくる。


「それでシェリル様は、自分を『人間使い』だと……?」


「魔物に懐かれたマリエが『魔物使い』だから、

 人間に懐かれた御主人様は『人間使い』だそうよ。

 間違っている訳じゃないけど……多分、今のアタシの気持ちはシオリと同じよ」


「そうですか……」


 当のシェリルとサンノは顔を縦に並べて笑顔のままだ。

 そこに、このとりとめのない状況を何とかしようと、

 この場で一番の良識派であるライルが、現実的な話を始める。


「とすると、その子は……身元がわからないのですね」


「そうなるわね。シェリル様の顔を知っている人間は、

 ヤトカイの町以外には、ほとんどいないはずなんだけど。

 特に、こんな小さな子供なら、なおさらね」


「であれば、とりあえず役場に届け出だけでもしていただけますか。

 それと……このままシェリル様が預かるのに反対はしませんが、

 出来たら、町の誰かに身元引受人になっていただくのがいいと思うのですが」


「だめ、サンノはあたしの『使い人間』だから」


「あぁ、それ、『使い魔』の人間バージョンの言い方だから。

 御主人様がさっき作ったんだけどね」


「そ……、そうですか」


 シェリルの口から出た『使い人間』という単語のインパクトに、

 あの冷静沈着なライルが怯んでいる。

 だが、さすがライル。一瞬で持ち直す。


「いえ、シェリル様。表向きだけです。

 シェリル様が町を歩かれる時は、基本的にピンクキャットの姿。

 別の意味で目立ちすぎると思います。

 他の誰かが預かっている子供だとしておけば、周りに説明がしやすいでしょう」


 それからライルは一言付け加える。


「それと、その『使い人間』というのは、ちょっと誤解を招きかねないので……」


 ソラもライルの言っていることに異論はない。


「御主人様、ここはライルの助言の通りにしましょう」

「うん……じゃあ、それで」


 首をかしげたシェリルは、まぁ、いっか……みたいな表情をする。


 ――とはいえ、こういう時、丸投げはありがたい。


 ソラはほっと胸を撫で下ろす。

 こうして方向性が決まったところで、ライルが話を続ける。


「では身元引受人を誰かにお願いしましょう。

 僕がなってもいい気持ちはあるのですが、

 やはり僕の立場と年齢だとちょっと難しいので……申し訳ないですが」


 町の領主であるライルであれば、これほど確実な立場はない。

 が、しかし、彼自身はまだ十代半ばの少年。

 幼女を引き取るのは、体面とかもあって、いろいろと都合が悪い。


 ――許嫁と勘繰られてもおかしくないし、それはライルには悪いわよね。


 だとすると……。


「そうね……頼みやすいのはシオリかアカネなんだけど、

 結婚もしていない二人に頼むのは悪いし……」


 ソラから名前が出て、シオリとアカネは苦笑する。


「それでもあたしはいいっすよ」


「アカネ……、やっぱり今みたいな仕事をしていると、

 小さな子供の身元引受なんて、なかなか周りが納得してくれないわよ」


「そっすかねぇ」


 と、その隣――

 当事者なのに、話にすっかり飽きたシェリルは、

 サンノを肩車したまま、マリエにニコニコと話しかける。


「マリエちゃんのポンタと同じ」


 胸元にあるサンノの足をポンポンと軽く叩くシェリル。

 サンノは目を見開いて興味深そうに、

 マリエと、彼女の頭の上、帽子に擬態したポンタを見つめる。


「それがポンタ? 触っていい……?」

「うん、いいよ」


 笑顔で返すマリエ。頭をサンノに向けて傾ける。

 そこにサンノは小さな手を伸ばして、

 ポンタの天辺に生える二本の触角のうちの一本をぎゅっと握る。


「ほわわ」


 サンノが、その握った感触に何とも言えない表情を浮かべる。


 マリエは、その可愛らしい様子に、

 思わずサンノのほっぺたに指を伸ばし「むにゅ」

 サンノはそのまま表情を変えずに首を傾げる。


 その動作に、ぱああああっと瞳を輝かせるマリエ。

 ソラとライルたちにクイッと顔を向けて、唐突に宣言する。


「はいっ! その身元の何とかっ!

 お父さんとお母さんになってもらいます! わたしが説得します!」


「そうね、知り合いの中では一番適任かな。

 御主人様……あとでお願いしに行きましょうか」


「うん!」


 ――サンノのことはこれで良しとして。


「で、こっちの状況はどう?」


「先程、盗賊のアジトに向かった調査隊から一報が入りました。

 戦闘の跡があって、盗賊の姿は消えていたそうです。

 あの男の言ったことは嘘じゃなかったようですね」


 そう言って、ライルが肩の力を抜く。

 経緯はどうあれ、依頼されていたこの町の問題が結果的に解決したからだ。

 

「今日いっぱい周辺の探索をして異常がなければ、

 領主のフィオン様が終結宣言を出す予定らしいです」


「そう、じゃあ、ライルたちはどうするの?」


「今日中に終結宣言がされれば、明日にでも町を発つ予定です。

 今日のところは、フィオン様から連絡がつくところに居て欲しいと。

 町の観光くらいは良いみたいですので、

 シェリル様と一緒に、甘味処ツアーにでも行こうかと考えていたのですが」


「行くっ!」


 シェリルの元気な返事と、おそらく何もわかっていないサンノのいい笑顔。


 ということで、サンノの件をヤトカイの町役場に報告する件と、

 身元引受をマリエの両親に頼む話は、明日、町の外に出てから。


 ダンジョンのお役目をするより先にヤトカイの町へ行き、

 シェリルとサンノを連れて、ソラが話をつけてくることになった。

 もちろん「さすらいの武闘家集団」ピンクキャットの姿で。


 マリエは、自分が両親を説得すると言っていたが、

 やはり今はライルの護衛という任務中、そちらが優先である。

 仕方なくマリエは、両親への「絶対にお願い!」という伝言を、

 ソラに依頼するだけに止めた。


 そして、この日の夕方――

 シェリルやサンノを含めたライル一行が甘味処ツアーを満喫したころ、

 この町の盗賊事件について、終結宣言が出されたのであった



 ◇ ◆ ◇



 翌朝。


 他の地方への行き来に不自由していた者たちが、

 盗賊事件の終結宣言を受け、朝一番で町を出ていく。


 その中のひとつ。日の出とともに町を発った商隊があった。

 街道上に馬車を五台並べて、すでに町からそれなりの距離を進んでいる。

 護衛の数も、馬車の外にいる者だけで十名以上。


 そんな彼らの前に、現れた不審な姿。

 顔を含めた全身を、銀製の甲冑で包んでいる。 


「何者だっ!」


 護衛の半数が前に出て、そのうちの一人、

 リーダーと思しき男が、不審者に対し大声をあげて威圧する。


 対する全身甲冑姿の者は、その場で両手を挙げる。

 離れた場所から動かず、敵意のないことを示しているようだ。

 だが顔を覆う部分を上げもせず、自分の正体を見せるつもりはないらしい。


 それが商隊の護衛たちの警戒心を高める。

 甲冑姿の者に向けて全員が武器を構え、一瞬即発の状態になる。


 がしかし、そこに甲冑姿の者が低音の男性の声で、

 護衛たちを刺激しないようにと、落ち着いた様子で話し始める。

 静かだがよく通る声、堂々とした話し方、そこに敵意は微塵も感じられない。


「すまない……吾輩はドーンズという者だ。

 とある事故で、人様にお見せするには多少衝撃的な容貌になっているため、

 このままの姿で話をすることを許されたい」


 両手を挙げたまま、武器を持っていない事を示す甲冑男。


「この辺りを騒がしていた盗賊について情報を教えて欲しいのだ。

 その解決に力を貸そうとタンガクの町に向かっているのだが、

 見たところ状況が変わっているように見受けられるのでな。

 手間は取らせない。そちらの予定地へ街道を進みながらで良いし、

 それなりの謝礼を払わせてもらう。不躾であるが金貨一枚でどうだろうか」


 筋の通った理由と無理のない願い。甲冑男の真摯な態度。

 そして商隊の護衛たちにも、何かあった時に対応できる自信があったのだろう。


 護衛のリーダーが先頭の馬車の中に声をかける。

 話をしているのはこの商隊の責任者だろうか。

 短く話を終えたリーダーが、振り向いて甲冑男に近づく。


「わかった。話は俺がする。商隊を先に行かせるから、少し離れろ」


 そう言って甲冑男を街道の端に誘導し、

 それと同時に、止まっていた商隊が再び進み始める。


「それで……聞きたいのは盗賊事件のことか」


「そうだ。吾輩、このような姿なので、気弱な者たちには用心されてしまい、

 話しかけることすら出来ず難儀しておったのだ。

 貴殿たちのような屈強な者なら、吾輩を恐れずに話をしてくれると思ってな。

 呼び止めてすまなかった」


「あぁ、そうだろう……その姿で来られたらな。

 だが、俺が雇い主から許可をもらったから教えてやる。

 タンガクの町の盗賊事件の顛末をな」



 ◇ ◆ ◇



 街道が安全になったということで朝一番に出発する商隊が多く、

 ライルたちは混雑を避けるため、時間をずらしてタンガクの町から出発した。


 町を出てすぐ、昨日の計画通り、

 サンノを肩車したシェリルと共に、ソラはヤトカイの町に転移する。


 残ったライルと側近のレックス、そして紫紺の戦乙女たちは、

 タンガクの町を後にして、学術都市への旅を再開する。


 時間をずらしたために、前にも後ろにも他の旅人の姿はない。

 すれ違う人もいない。

 それは、まだ午前中という理由だけではなく、

 この街道が安全になったと知られていないため、

 タンガクの町方面への旅人がいないからだ。


 ライルたちが進む街道は、

 一度森の中に入り、その後、見晴らしの良い草原に抜ける。

 そこで道が左右に別れ、馬車は右側に進んで行く。


 馬車の中から外の景色を眺めていたライルが、

 進む方向とは逆の、左に向かう道に視線を向け、誰ともなしに口を開く。


「向こうに小さな砦があるんですよ」


 馬車の中のマリエと、馬車の左を護るシオリがライルの言葉に顔を向ける。

 先頭を歩くノルンと、馬車の右を護るアカネも耳を傾ける。


「今では使われなくなりましたが、昔はその先に魔物がたくさんいたそうで。

 まぁ、砦と言っても、崖の中腹に建てられた小屋みたいなものなんですけどね。

 ただ周りを囲む、丸太を並べた壁はかなりしっかりしていますよ」


 シオリはライルの言う方向に視線を向けるが、

 途中に地面の起伏があり、その砦自体は見えない。

 だがこの話、魔物ハンターとして、知っていて損のない知識だ。


「よくご存じですね」


「父の昔話に出てきたのです。それで学術都市に行く途中に何度か寄りまして。

 今でも使えると思いますよ、誰かが定期的に手入れをしているみたいです。

 もう魔物は出なくなっているようですが、いざという時の為なんでしょう」


 ライルの父は、前領主――ライルの祖父――から領主の座を譲られる前に、

 事故で亡くなっている、という話はシオリも聞いた事がある。


 だから、その件には触れないよう、

 砦の話をもう少し尋ねようとした時だった。


 突然、ノルンが皆を制止する。


「どうやら、オークゾンビの件……まだ終わっていないみたい」


 彼女の視線は、右手方向――街道を見渡せる位置にある丘の上に向いていた。



 第15話、お読みいただき、ありがとうございます。


 次回――ライルと紫紺の戦乙女たちの前に立ちふさがる敵の姿は……です。


 更新は、一週間以内の予定です。

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◇  ◆  ◇

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