第14話:そのころのシロとクロ(2)
「ボクと戦うつもり? やめた方がいいよ」
クロの忠告など聞き入れるはずもない。
紫の男が動く。
彼の武器「鋼糸」は、暗器としての使い道もある。
だから、こうして存在を知られてしまったことはマイナスでしかない。
であれば、開き直って先手を取るのが良策。
男はクロに向かって鋼糸を放つ。
明暗の激しいダンジョン通路、その中にきらめく二筋の光。
タイミングをずらした二本の鋼の糸が、右と左に別れて襲い掛かる。
これは単に相手の力量を測るためと、続く攻撃への布石。
もしこれを避けるようなら探索者Cランク以上の実力。
果たしてクロは、男に視線を向けたまま、首を狙った糸を右手で、
腰を狙った糸を左手で、共に人形の小さな手で掴んでいた。
「まぁ、そのくらいはな」
「こんなの、受け止めなくてもよかったんだけどね」
クロが掴んだ鋼糸をパッと放す。
そこをすかさず男が次の攻撃に移る。
見た目は初手と同じ、きらめく二筋の光と共に鋼糸の攻撃。
だが、そこからが違う。
あえて見えるようにした鋼糸の動きから一転、
目で追えない速度で軌跡を変化させ、正面と背後からの攻撃に切り替える。
これに対応できれば探索者Bランク。
クロはやはりその変化した鋼糸にも反応。
軌跡を見切り、右手を正面に、左手を背後に回す。
だが、男はさらにもう一段ペテンを仕込んでいた。
前回の攻撃とは比較にならない威力を込め、
鋼糸を掴もうとした瞬間、その指を切断するつもりでいたのだ。
男はその光景を思い浮かべ、胸の内で愉悦に浸る。
が……クロはこの攻撃も平然と、
男の顔から視線を全くそらさずに、その小さな手でつかみ取っていたのだ。
タイミングをずらし、軌跡を変化させ、見えるはずのない速度。
そして触れるもの全てを切断する、その鋼糸を。
久しぶりに男の顔に感情が戻っていた。
感情表現の薄いこの男は、生まれた時からほぼ無表情ではあったが、
今は眉間にしわを寄せ、それだけで賞賛と驚嘆と不快を示す。
「なんだ、結構強いじゃないか」
「何言ってんの?」
クロにしてみれば、
今のやり取りで「強い」と評価される意味がまるで解らなかった。
それよりも、なぜか胸のあたりがムカムカして仕方がない――
その理由を考えていた。
「それじゃあ本気を出すしかないか……」
「なんだよ、まだ本気があるなら早く見せてよ。
なんだか胸のあたりがムカムカするから」
◇ ◆ ◇
シロはクロの苛立ちの理由がわかっていた。
何故ならシロも同じ気持ちを抱いていたから。
原因は、男が使って見せた稚拙な鋼糸攻撃。
自分の主が使う鋼糸術と、比較するのもおこがましい程度でしかない男の技が。
素晴らしい芸術品を知っていて、その模倣とギリギリわかる程度の粗悪品。
そんな不愉快なものを「これこそ芸術だ」と勝ち誇った顔で見せつけられる。
元となった芸術品のほうを貶められているような感覚。
それが従者人形二体の心を不愉快にさせていた。
それならば――見るのが嫌ならば、
力づくで止めさせればいいし、その力はあるのだけれど、
それが出来ないもどかしさが、そこに加わっているからなおさらだった。
自分とクロはマスターのしもべ。
生まれた時からマスターの戦いを目にしている。
最強魔族少女シェリルの戦い方――
相手の攻撃を全て受け止め、そこから全てを跳ね返す王者の戦い方。
従者人形にとって、それが戦いというものだと認識している。
だから自分も、同僚のクロも、
相手の実力を全て見てからでないと、この戦いを終わらせられない。
仮に、ここにソラがいても「何やってんのよ、イライラするわね」なんて、
そう言いながらも、同じ行動を選択するのが目に見える。
そういった理由で、シロとクロは、おさまらない苛立ちを胸に抱え、
ダンジョンの治安を乱す男の次の攻撃を待っていた。
そんな人形たちの気持ちを知る由もない男ではあったが、
本気を出すと言葉にした通り、全てを出し切る戦いに切り替える。
腰の細剣を抜き、足を使って移動しながらの攻撃。
さらにそこに、操作の難しい鋼糸の攻撃を加える。
この技術、人として到達できる極限と言ってもいいほど。
それほど超絶な技量だが、
シェリルの攻撃を見慣れている二体の従者人形にとっては、
その動きがふざけているようにしか見えない。
これが別の武器であったなら、
クロは「強いね」と、シロは「なかなかの腕前ですわね」と、
敵でありながら称賛したであろうに……この男も運がない。
武器に鋼糸を選んでしまうなんて。
細剣プラス鋼糸二本の攻撃がクロを襲う。
それを受けたのはクロの小さな右手だけだった。
親指と人差し指で細剣の刃を、
中指と薬指の間、薬指と小指の間に鋼糸が一本ずつ挟まっている。
人形の小さな手で、どうやったのかわからないほどの早業。
その状態でピクリとも動かない。
男が全力で細剣を指から引き離そうとしても、
鋼糸に念を込め、人形の指を切断しようとしても。
「な、なんだこれは」
「まだなんかある?」
ついに男が、生まれて初めて怒りの形相になる。
そこにクロが、右手に掴んでいたモノを全て放す。
突然細剣が自由になり、たたらを踏む全身紫の男。
クロが少し距離をおいて「次があるなら早く見せて」と無表情で言う。
男が怒りに任せて細剣を振るい、鋼糸を放つが、ことごとくをクロが避ける。
そこに宙に浮くこと以外の魔法は存在しない。
得意の闇魔法も、敵の行動を阻害するのに適した重力魔法も。
そして短い時間、男の攻撃を全て避け切ったあと。
「なんだ。もう終わりなんだ。早く言ってよ」
「なん……」
男はつづけて「だと」と言いたかったに違いない。
だが、その言葉は最後まで声にならなかった。
気づいた時には地面にはいつくばっていたから。
その圧力で、肺の中の空気を、声にする前に全て吐き出してしまったから。
「シロ、こんなとこでいいよね」
「ええ、いいんじゃないですか」
「じゃあ、シロ、こいつ眠らせてくれる?」
「わかりましたわ」
シロが魔法で男を眠らせる。
次に男が目覚めるのは、ヤトカイの町正門前。
全ての装備をはぎ取られ、布一枚でいる自分に気づくだろう。
ちなみに男の協力者でもあり、被害者でもあるハック兄弟も、
その隣に同じ姿で横たわることになる。
さらに余談ではあるが、ハック兄弟ではなく、
ザック兄弟が正しい呼び名なのだが、本筋には全く関係ないことである。
◇ ◆ ◇
こちらはタンガクの町。
金髪ツンツン頭男――キズナタの騒動から一夜明け、
彼の主張を裏付けるため、盗賊のアジトに警備隊が向かっているころ。
町の領主からの要請もあり、
事件の終結が確認できるまで、町での滞在を続けることにしたライル一行。
シェリルや紫紺の戦乙女たちと共に領主の館で待機していたソラに、
ダンジョンの留守を守っているシロから念話が届く。
『ソラ……今は大丈夫ですか』
「あれ、もう挑戦者が来たの? 早いわね」
『いえ、そちらはまだです。それではなく、昨日ソラから聞いた、
サンノという、人間の子供らしき人物がここにいるのですわ』
「えっ……そうなの?」
『はい、そちらに問題がなければ、
マスターと一緒にこちらに戻ってきてくださいな』
「そう、わかったわ」
◇ ◆ ◇
ライルたちに事情を話し、
いつものお役目の時間よりも早く、ダンジョンに戻ったシェリルとソラ。
「お帰りなさいませ」「おかえりー」
主を迎えるシロとクロに、ソラが「戻ったわ」と応える。
続いてシロが「あそこに……」と、
視線で壁際にあるソファーに横たわる金髪の幼女を示す。
その姿は、確かにマリエの母親マイカから伝え聞いたとおりだった。
ソラは、シロとクロに詳しい事情を尋ねようとするが、
その前に、シェリルがトコトコと寝ている幼女に近づき、
寝顔をまじまじと見始めたためか、ふと幼女が目を覚ましてしまった。
その第一声は――
「シェリル!」
幼女は目の前の顔が、誰だか知っていた。
最強魔族少女の名を呼びながら身体を起こし、その勢いで抱き付く。
その小さな身体を、ためらいもなく抱きしめ返すシェリル。
そして「おおおう」と驚きなのか喜びなのか区別のつかない声を上げる。
幼女は抱きしめられたまま――
「シェリル! 会いたかったのじゃ!」
「うん」
そこで身体を離し、お互い満面の笑みで話を続けるシェリルと幼女。
「あなた……サンノって名前なの?」
「そう、あたしの名前はサンノ。サンノって名前なのじゃ」
「サンノ、あたしに会いたかったの?」
「うん、会いたかった!」
「そう!」
その様子を黙って見ていたソラだったが……。
――御主人様とこの娘じゃ話が進まない。
とりあえず、この金髪幼女がサンノだということだけは、はっきりした。
ならば、あとは自分が――と、ソラが会話を引き継ぐ。
「サンノ、ちょっと聞かせて。
どこで御主人様のことを知って、何で会いたかったの?」
「……?」
「何処で知って、何をしたいの?」
「……? わかんない」
首をかしげるだけのサンノに頭を抱えるソラ。
そこにシェリルがさらにややこしいことを云う。
体勢はサンノの両手を握りしめたまま。
「ソラ! あたし、新しいスキル手に入った」
そんな突然の告白に戸惑いはするが、
主の言葉を理解しようと努める空色の従者人形。
御主人様のことだからそれも有りだろうけど、
こんな時に手に入るスキルって何だろう――と、ソラは首をひねる。
「マリエちゃんとおそろい!」
ますますわからない。
「マリエちゃんは魔物に懐かれて【魔物使い】!
あたしは人間に懐かれたから……あたしは【人間使い】!」
――いや、御主人様。
そのスキル名は、そこはかとなく危険です。
人間の前では口にしないでください。
それに……「人形使い」って肩書はどうなったんですか。
「よーし、サンノ、あたしの頭の上に乗るんだ!」
「うん!」
――それは無理ですって。
頭にポン太を乗せるマリエを真似しようとしているのだろうけど。
そこはシェリルも無理だと理解したらしい――結局、肩車に落ち着いたようだ。
「あとは組合に行って『使い人間登録』だね」
――いや、もう……どうすればいいんだ。
これが、シェリルとサンノの出会いだった。
第14話、お読みいただき、ありがとうございます。
次回――ライルと紫紺の戦乙女一行に大きな試練が訪れる……です。
次回更新は……すみません。すこし時間がかかります。
必ず掲載しますので、しばらくお待ちください。