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第13話:そのころのシロとクロ(1)

 ヤトカイの町からシェリルのダンジョンへと続く道。

 そこを三人の男が歩いていた。

 全員探索者らしく、それなりの防具と武器を装備している。


「ここは俺の庭みたいなものダ。

 俺たち兄弟に任せておけバ、悪いようにはシない」


 先を歩く二人の男。

 その片方、背の高いほうが後ろの男にそう声をかける。


「牢屋ん中でも世話してヤったように、ここデも頼りにしてくれてイい」


 声をかけられた後ろを歩く男。この男が三人の中で一番背が高い。

 身体つきは細すぎるほどだが肩幅だけは広く、

 肉の削げ落ちた長い顔と鷲鼻、黒目がちというか白目の全く見えない細い目、

 そして紫一色の似合わない防具が、男の雰囲気を異様なものにしている。

 腰には、その身長に見合った長さのある細剣。


「……デカい声で話すな」


 この異様な風体の男の趣味は、ダンジョン内での探索者狩りである。

 過去、大都市キサルイで隠れるように暮らしていた彼が、

 自分の趣味を楽しむ場としていたのは、周辺にあった三ヶ所のダンジョン。

 そこで実行された年に数回だけの男の犯罪は、

 危険なダンジョンの中では目立つこともなく、長年見過ごされていた。


 だが、ある時を境に状況が変わる。

 当時、いがみ合っていた探索者グループ同士の関係が突然良好になり、

 互いの情報が交わされ、不審な事件として彼の所業が明るみに出たのである。

 結果、探索者共同の捜査隊に男は捕縛され、先日まで牢獄に繋がれていたのだ。


「わかっタ、わかっタ。そんな怖い顔をするナ」


 前を歩く男は、彼の忠告に早口でそう答え、心底怯えた顔を見せる。

 見た感じで身体はしっかり鍛えられているようだが、なぜか小物臭が漂う。

 隣りの背の低い男は、これまで一度も言葉を発していない。


「……少し、静かにしていろ」


 念を押すようにそう告げた紫色一色の男は、

 感情を見せない顔の裏で、とある物騒なことを考えていた。


 この二人は、しばらく良いように使って、用が済んだら……と。


 牢獄で知り合ったのは小物臭が漂う方。そっちが兄で、寡黙な方が弟。

 男が次の住処として選んだヤトカイの町で

 兄のほうと偶然再会し、新たな狩場へと道案内をさせているところだった。


 名前はハックとかザックとか。


 俺がハック兄で、こっちはハック弟と呼んでくれと云われたが……、

 そんなことはどうでもいい。


「ん、あそこに誰か倒れてイる。行き倒れカ?」


 こいつは大人しくできないのか……。


 男は己の感情の表現方法を忘れてしまったため、その思いも顔に出ない。

 それを良い事に、ハック兄が「まだ生きているようだ」と駆け出す。


「ガキだが女ダ。とりあえず連れて行って、あとで小間使いにデもしてやるカ。

 使えなけれバ売り飛ばせばイい。弟、担いでイけ」


「……おい、そんな目立つものを担いでいくな。

 ダンジョンで呼び止められたら、仕事がやりにくくなるだろうが」


「そ、そうダな……。それジャあ、弟、袋に入れて持ってイけ」


 何もわかっていない……と、

 男は内心で頭を抱えるが、やはりその感情も表には出ない。


 まぁ、いい。ここで騒ぎは起こしたくない。

 全てはダンジョンの中に這入ってからだ――と、

 男はハック兄弟のやることを黙って見ていた。



 ◇ ◆ ◇



 こちらはダンジョンで留守番をしているシェリルの従者人形――シロとクロ。


 二体並んで、巨大監視モニター前にあるテーブルの椅子に座っている。

 もっぱらダンジョン内の監視をしているのはクロのほうで、

 シロは小さな手に持った小物に、何かの細工をしているようだ。


 クロが画面から目をそらさずに同僚に声をかける。


「ねぇ、シロ。あの男って、どう見ても強いよね」

「どの男ですか」

「いま拡大するよ……。この三人組の、ひょろっとして一番背が高いやつ」

「……そうですわね。人間の言う探索者Aランクはありそうですわ」


「でも、こいつ、新区画に向かって行った」

「あのノルンでさえ、マリエの付き添いで新区画を探索しますし」


「なんか、悪だくみしてそうなんだよね」

「そういうのは、やはりクロには良く分かるのですね」


「それって、どういう意味……?」

「特に深い意味はありません。そのままですわ」

「……まぁ、いいよ。ちょっと受付に訊いてみる」


 そういってクロは、テーブルの上、

 手元にあるミニチュアの木人形――木人形緑零号――に小さな手を添える。

 この零号人形は、木人形全体を統括する特別な個体で、

 各木人形との連絡にも使えるのだ。


「緑四号、さっき中に入っていった男たちってどうだった?」

『ハイ、一番背ノ低カッタ男ガ探索者Cランク、他ノ二人ハEランクデシタ』


 口もないのに小さな木人形から硬質な声。

 これがダンジョン入口で受付を担当している木人形からの返事だった。


「あの大きな袋を担いでいた奴だけがCランク?」

『ソウデス』

「ふーん、そう。わかった」

『ハイ、ソレデハ』


「クロ、さっきの男たちが最初の行き止まりの通路に入りましたわ。

 あそこは、すでに地図が配布されて、

 先が行き止まりだと町の人間全員が知っているはずなのに」


「周りから見えない所で立ち止まったね」

「あの大きな袋は……人間の……子供ですわね」

「ひょろッとした男がいま何か……、シロ、一緒に来て」


 モニターに映し出されたのは――


 袋から出され、通路の端に横たえられた幼女の姿と、

 通路中央、全身紫色の防具を身に付けた背の高い男の前で、

 残りの男二人が何かに首を締め上げられ、苦しんでいる光景だった。



 ◇ ◆ ◇



 クロが、主のシェリルから託された魔法は「闇魔法」と「重力魔法」

 ともに上級魔法と呼ばれ、人間であれば才能ある一部の者だけが使える魔法だ。

 そのうちの闇魔法は、呪いと暗闇をつかさどる魔法で、多種多様な術がある。


 その中のひとつ、闇魔法【影移動】――

 影に身をひそめたまま、影のある場所ならどこへでも、

 獣が走るほどの速度で移動できる、闇魔法の中でも難易度の高い魔法。


 ただし、これは使用者が人間の場合。


 クロの場合は、その移動速度はさらに上。ほぼタイムラグ無しで移動できる。

 加えて、多くの荷物を影の中に入れて運ぶことも可能だ。

 それが人間であっても、数十人程度まで。


 この効果は、ソラの持つ空間転移と収納空間に良く似ている。


 ただし、影がつながっていなければならないとか、

 影への入りと出に多少の時間がかかるとか、

 同時に運ぶ量に限界があるとか、長時間は影に入れたままにできないとか、

 他にも多くの制約があり、ソラの空間魔法には遠く及ばない。


 クロがこの魔法の使用を好まない理由である。


 とはいえ、クロの影移動は数ある闇魔法の中のひとつ。

 ソラの収納空間と空間転移は、空間魔法の存在意義そのもの。

 仮に同じ効果だとしたら、ソラのほうが納得できないだろう。



 ◇ ◆ ◇



 ダンジョンの中に這入った途端、男の心の闇がうごめき始めていた。

 今すぐにでも、人間の苦しむ顔が見たい。

 はやる心を抑えて、ハック兄弟の後ろを歩いていた。


「どうダ、この先は行き止まりデ……、

 この角を曲がるト、周りからは見えない空間ダ」


 ハック兄がそう言い、ハック弟は担いでいた袋を降ろし、中から幼女を出す。

 男はもう我慢ができなかった。


 腰に付けた細剣は趣味の時には使わない。

 両腕に巻いてある鋼糸――長さは身長の十倍近く――を繰り出して、

 全く警戒していなかったハック兄弟の首を締め上げる。

 男の口の両端がつり上がるが、どう見ても笑っているようには見えない。


「ぐバっ! ばびごずグっ!?」


 おそらく「なにをする」と叫んだのはハック兄。

 ハック弟は、こうまでされても声を出さずに、ただ苦しんでいる。

 男はその様子を静かに眺めていた。

 昂ぶる感情はやはり表に出ることはない。


「探索者同士で争うのはダメ」


 そこに突然、背後から声をかけられた。

 吊り上げたハック兄弟をそのままに、後ろを振り向く。

 後方をとられたことに、未だかつてないほど驚いてはいたが、

 それも彼の表情に出ることはなかった。


「……なんだ、おまえは」


 男の後ろ、十歩ほど離れた位置に居たのは、黒いドレスを着た少女姿の人形。

 大きさは人の背丈の半分もなく、男の目の高さで浮いている。


「ボクはこのダンジョンの管理人。今すぐ、そっちの人間を放して」


 声質は見た目通り少女。

 抑揚の少ない話し方で、それでいて有無を言わせない威圧感がある。


 男は考える。


 このダンジョンの管理人であれば、

 何かの力で突然背後に現れても不思議はない――というか、納得はできる。

 人形の姿も、本体がどこかにいるか、もしくは使役人形なのだろう。

 それならちょうど良い。頼みたいことがある。


「……ダンジョンの管理人か。

 俺の要望に応えてくれるのなら、この二人は放してやってもいい」


 この場所で探索者狩りをさせてくれ。


「取り引きはしないよ」


 黒い少女人形は男の要求を一言のもとに却下する。


「そうか」


 男はハック兄弟の首から鋼糸を外し、そのまま地面に落とす。

 二人の顔色はどす黒い。既に心臓が止まっているのかもしれない。


 すると背後の闇から、別の人形が浮かび上がってきた。

 今度は白い少女人形。


 横たわるハック兄弟に近づき、右手を兄のほうに、左手を弟のほうに向ける。

 まばゆい光が小さな手のひらから放たれ、ハック兄弟の身体を包む。

 二人とも次第に血色を取り戻し、息を吹き返した様子がはっきりと見て取れる。

 

「この二人は大丈夫です。

 そして、こっちの子供は……単に寝ているだけですわね」


 白い人形が黒い人形にそう告げる。



 ◇ ◆ ◇



 シロが、主のシェリルから託された魔法は「光魔法」と「神聖魔法」

 この二系統の魔法も上級魔法と呼ばれている。

 そのうちの神聖魔法は対魔や解呪、そして回復等の効果を持つ。


 特にシロの使う回復魔法の効果は、人の使うそれとは一線を画す。

 心臓が止まっていても、時間が経っていなければ蘇生が可能だ。


 さらにその驚異的な効果を説明しようとすると、

 肉体的なグロい描写が必要になるので、ここでは差し控える。


 そしてここ、シェリルのダンジョンでは、

 主の意向で、人が命を失うような事態を極力排除する方針が取られている。


 それは決して人間の命を重く見ているのではなく、

 ただ単に探索者の数が減ることを憂えているだけではあるが。


 理由はどうあれ、これまでシェリルのダンジョンで命を落とした者はゼロ。

 それに最も貢献しているのが、シロの回復魔法であった。



 ◇ ◆ ◇



 男は黒人形と白人形に意識を集中する。


 ハック兄弟の息の根を止めたかと思ったが、あの状態から回復させるとはな。

 白いほうが回復役なら、こっちの黒いほうが攻撃役か――と、当たりをつける。


 この場を見逃してくれるようには見えない。

 それ以上に、楽しみを途中で中断させられて、燻ぶった高ぶりが止められない。

 仕方がない。この人形で気分を晴らさせてもらおう。

 ダンジョン管理者の遣いなら、それなりの腕前を持っているはずだしな。


 とはいえ、鋼糸を見られたのは失敗だったかもしれない。


「おまえでいい」


 クロと男の戦いが始まる。



 ◇ ◆ ◇



 黒い従者人形と紫色の男が睨みあっている中、白い従者人形は、

 意識のない三人――二人の男と一人の幼女を、離れた位置まで順番に運ぶ。


 シロは、クロやソラのように、

 重いモノを運ぶ特別な魔法やスキルを持っていない。

 神聖魔法にある浮遊術で一人ずつ小さな手で持ち上げるしかない。


 ちなみに、背中の天使の羽がフヨフヨと羽ばたいているが、

 そこに意味はなく、あくまで浮いているのは浮遊術の能力。

 運び終えた男二人と幼女を庇うように、三人の前に浮いているシロ。


 どうやら戦いになりそうですわね。

 とはいっても、この男の実力でクロに何かできるわけもないですし。


 こうして、クロと男が戦う場所として、

 ダンジョン通路が――多少手狭ではあるが――用意されたのである。



 第13話、お読みいただき、ありがとうございます。


 次回は「そのころのシロとクロ(2)」

 紫色の男とクロの戦いが始まる。その決着は?

 そして金髪幼女サンノはシェリルに会えるのか?……です。


 次回更新は……すみません。出来上がり次第です。

 よろしくお願いいたします。


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◇  ◆  ◇

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