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第11話:タンガクの町(2)

 ノルンとアカネが駆けて行ったあと、すぐに行動を開始するシェリル。

 自分の従者に指示をする。


「見に行くよ、ソラ」

「……はいはい」


 ――そう言うと思った。


 ソラには主の考えなんて、すっかり読めていた。


 外の三人の会話を盗み聞いたところでは、

 街道に立ちふさがっているのは、かなりの強さを持つ魔物の集団らしい。

 そして十中八九、友好的じゃないとも。

 ノルンとアカネは戦闘になる心構えをして出ていったようだし。


 だとすると、二人の戦いを御主人様が見物したいと思うのは至極当然。

 こと戦いとなれば、血が騒ぐのを止められない性格なのだ。

 それに、次に続く言葉だって想像がつく。


「マリエちゃんも一緒に」

「……はいはい」


 ――やっぱりね。


 マリエも自ら戦いに身を置く仕事を選んだのだ。

 だから彼女にも見せてあげたい、見るべきだ――なんて、主の考えはお見通し。

 であれば、その望みを正しく叶えるのが従者の務め。

 まずは、隣に座っている黒髪おかっぱ少女に確認する。


「マリエ……ノルンたちの戦いを見に行きたい?」


 問われたマリエは「えっ……」っと、ためらいを見せる。

 彼女は今、護衛としての仕事中。素直に頷けないのも無理はない。


「大丈夫。行きたいのなら、アタシからみんなにお願いしてあげる」

「……見に行きたい」


 真剣な表情を見せる少女にソラは首肯して、すぐに次の行動へ。


「ライル、シオリ、悪いけどマリエを借りるわ」


 馬車の中、にこやかに笑うライルと、

 馬車の外、いかにも「仕方がない」といった表情のシオリ。


「はい」

「……早く行かないと、ノルンが全部終わらせてしまいますよ」


 二人からの承諾に、身体を小さくして礼を言うマリエ。


「ありがとうございます、ライル様、シオリさん」


「じゃあ、さっさと行くわね。

 シオリの言う通り、ノルンが本気を出すと一瞬だからね」


 ソラが「では、行きます。御主人様」と言うと、

 シェリルが笑顔で「うん!」と返す。

 直後、馬車の中からシェリルとソラ、

 そしてポンタを頭に乗せたマリエの姿が音もなく消える。



 ◇ ◆ ◇



 シェリルたちが次に現れたのは、街道の上空。


「あわわわわっ!」


 いきなり空中に放り出されてマリエが驚きの声を上げる。

 だがこれは、ソラの持つ空間転移と空間固定の能力。


「大丈夫だよ、マリエちゃん」


 安心させようと、シェリルがそっとマリエの右手を握る。

 それだけで気持ちを落ち着かせたマリエは、顔を上げて笑顔を見せる。


「ありがと、シェリルお姉ちゃん」


 ――結構、肝が据わっているわね。


 かなり下方に地上が見えるという状況に、思った以上に早い順応を見せる少女。

 その様子にソラは感心するが、ここで時間をかけている暇はない。

 森の中央を走る街道の先に視線を向けると、

 目的の集団に接近するノルンとアカネの姿を発見する。


「もう一度、跳びます」


 返事を待たず、再び空間転移で集団のいる上空へ。

 少し高度を落とし、事の様子が見て取れる高さで止まる。

 さらに、気配を消す結界を周囲に張って、

 これから起こる事態に対して、邪魔をしないようと配慮も忘れない。


 それからもうひとつ、マリエにサービス。


 シェリルとソラは、この場所からでも地上の会話を聞き取れるが、

 そこまで能力のない彼女のため、結界内に声が届くよう空間を操作する。

 至れり尽くせり。まさに高みの見物状態。


 準備万端整ったところで、

 集団に残り数十歩の位置まで接近したノルンの声が聞こえてくる。


『あなたたち、ここで何をしているの?』


 シオリの情報で、彼らは全員オークゾンビ。

 顔を隠し、武器防具を装備している。個体数は八。うち一体は隊長級らしい。

 ノルンの問いかけに対する彼らからの返事はない。


『言葉が通じないの? それとも答えたくないの?

 どちらにしても、あなたたちみたいな魔物が街道の真ん中で、

 そんなふうに物騒な気配を放っていると、こっちの対応はひとつなんだけど』


 ノルンの言葉が言い終わらないうちに魔物の集団は動いていた。

 兵士級らしき七体が剣を振り上げ、ノルンを急襲する。


 その動きは通常のオークゾンビのようにゆっくりしたものではなく、

 シオリが評したCランクの魔物に相応しい速度を持っていた。

 だが、それはノルンにとってはどちらでも同じこと。大した違いはない。


 七体の魔物の剣が振り下ろされるまでに――

 ノルンは背負った長槍の柄を右手に持ち、肩掛けの革帯から外して持ち替え、

 刃の保護布を左手で取り去り、構えながら肉体と武器に強化魔法を施す。

 そこまでを一瞬で終え、身体と長槍が淡く輝いたところで唇を動かす。


『そうくるわけね』


 魔物たちの剣が、直前までノルンがいたはずの地面を叩く。

 それと同時、突然吹いた風に街道沿いの木の枝があおられる。


「ノルンはあっち」


 上空の見物結界の中でシェリルが指摘する。


 視線の先――

 離れた位置で動かずにいた隊長級のオークゾンビ、

 その胴体を、愛用の長槍で横に薙いでいるノルンの姿があった。


 並の動体視力しか持たない者には瞬間移動にしか見えなかっただろう。

 おそらくマリエにはそう見えたはずだ。

 間近にいたCランク魔物である兵士級のオークゾンビも。


 いや……動体視力が並でなくとも同じだった。

 Aランクの魔物――襲撃された当事者である隊長級オークゾンビ、

 後方にいたBランク探索者アカネ、そして驚くことに結界内のソラまでも。


 この場にいる者でノルンの動きを追えた者はただ一人、シェリルだけだった。

 最強魔族少女だけは最強人族少女の動きを一挙手一投足まで。

 長槍が隊長級の胴体を横一閃した後、彼女が一瞬動きを止めたところまで。


 ノルンが動きを止めた理由は、

 隊長級オークゾンビが持つ再生力の高さを目の当たりにしたため。

 長槍が胴体を上下に分断したはずが、

 振り切ったあとには、もう胴が繋がるほどの凄まじい再生力を見せたため。


 しかし、それは――

 能力が極限まで高まったゾンビ、その身体が持つ反射的な現象でしかなかった。

 斬撃に対応できたわけでもなく、その後に反撃するでもない。

 そこまでを見て取り、ノルンは攻撃を再開する。


 再生するのなら、勝手に再生すればいい。

 このまま切り刻めば、いつかは生命力が尽きる。

 単純な答えに向かって、ノルンは作業するように長槍を振るう。


 斬――斬――斬――斬――斬――斬――斬――斬――斬――斬……。


 見る者が二呼吸程するほどの短い間に、

 数十回の斬撃を受けた隊長級のオークゾンビ。

 その身体の輪郭が徐々に薄れていき、やがて……ふわっと光に消えていった。

 Aランクの魔物に何ひとつさせないまま光に還したノルン。


 ――やっぱりすごいわねぇ。


 その実力にソラは素直に賞賛を送る。

 だが、もうひとつの戦いがまだ残っている。

 同じことを考えていたソラの主が、

 ノルンの戦いから目が離せなくなっていたマリエに声をかける。


「アカネの戦いも見よう」


 アカネ対オークゾンビ兵士級七体。

 すでにこの時点で、敵三体を光に還していたアカネ。

 この結果も賛辞に値する。


 単純に考えて、探索者Bランクの者がひとりで、

 Cランク魔物を七体同時に相手にするのは多少無理がある。


 探索者Bランクとは、Bランク魔物一体を「複数人で」退治できる力量のこと。

 従ってCランク魔物を相手にした場合、

 一対一であれば楽勝だが、七体同時となると、かなりきつい戦いとなるはず。


 だがアカネには、それを覆す武器「聖なる短剣」があった。


「やっぱり、あの短剣、ゾンビにも有効みたいね」


 高みの見物のソラは、

 真剣な表情でアカネの戦いを見守っているマリエに、親切な解説をする。


「オークゾンビたち……あの短剣に怯んで動きが鈍くなっているし、

 彼らも相当な再生力があるはずなのに、完全に打ち消している。

 ほら、アカネの一撃だけで光に還っていく」


 残り三体。


「それと、左腕の怪我、治ってるみたいね」


 アカネの左腕、防具のない二の腕部分の服が、切り裂かれ血で赤くなっている。

 最初の接敵あたりで受けた傷だろうか。

 だが、動き回るアカネは痛みに耐えている様子もなく、

 それ以上、血の跡が広がる様子もない。


「あの短剣、治癒の能力ちからもあるの?」

「まぁね、シロの祝福を受けた短剣だから、それくらいあっても不思議じゃない」

「シロちゃんの祝福……」

「シロの祝福で、あの短剣は聖剣と呼んでもいい武器になっているわ」


 そんな話をしているうちに、アカネが最後の一体を仕留めていた。

 終わってしまえば、あっけない戦いだった。


 相手にしたのは、Aランク魔物一体とCランク魔物七体。

 こちらは、実質Sランク超えのノルンと、聖剣持ちのBランク探索者アカネ。

 戦力差からも当然の結果なのだが、戦いのレベルが低かったわけではない。


 短い時間にギュウと濃縮された力と力、技と技のせめぎ合い。

 それを十分に堪能し、シェリルも満足したようだ。

 機嫌よくソラに指示を出す。


「よし、戻ろう。ノルンに見つかると、またうるさいからね」


 シェリルだってちゃんと学習する。

 ソラはそんな主の言葉に素直に従い、

 シェリルとマリエ(ポンタもいる)を連れて、

 地上の二人に気づかれないよう音もなく、その場から転移をした。



 ◇ ◆ ◇



「シェリル、盗み見してたでしょ!」


 すました顔をして、ノルンとアカネの帰りを馬車の中で待っていたら、

 一番にノルンから指摘された。やはり彼女の勘の良さは侮れない。


 ノルンは子供のころの苦い記憶から、自分の強さを見られるのが好きではない。

 ヤトカイの町に来てからは、かなりその傾向は少なくなっているが、

 相手がシェリルだと、そしてマリエも連れて一緒に見ていたと知ると、

 一言文句も言いたくなる。


 それに対して、ソラの主は目をそらして、

 吹けない口笛で「ヒフー、ヒフー、ヒフー」と誤魔化す。

 まったく大人げない。大人じゃないけど。


 ライルと側近のレックスは苦笑い。マリエは上目遣いで「ごめんなさい」と。

 仕方がないので、主のため話を逸らすソラ。


「ライルとシオリに、状況を説明するほうが先じゃないの?」


 正論である。

 その後に聞いた報告で、ライルは表情を引き締める。


「すみません、皆さん。

 お話のとおりの魔物がいたのなら、町に何かあったのかもしれません。

 急いでタンガクの町に向かってもらえませんか」


 ライルの指示を受け、

 側近のレックスが急ぎ馬車を進めるよう御者に声をかける。

 そこにシオリが提案する。


「先に行って様子を見てくる。アカネとノルンは馬車と一緒に走ってきて」

「わかった」「了解っす」


 魔物ハンターとして子供のころから野山を駆け回ったシオリ。

 彼女の脚力を持ってすれば、町まで走り切るのは造作もないことである。



 ◇ ◆ ◇



 馬車より先行して、シオリはタンガクの町に到着。

 真っ先に門番に話を聞いたところ、何も変わったことはないとの返事だった。


 というか、ここ数日は盗賊の話が世間に出回って、

 町を出入りする人がめっきり減ってしまっているそうだ。


 今日一日、その少ない旅人から、

 盗賊に関する話も含めて不審な報告は何もなかった――と、

 嘘偽りなく教えてもらえたのだ。


 とすれば、あのオークゾンビに遭遇したのは自分たちだけだったのか――と、

 シオリは不幸中の幸いに胸を撫で下ろす。


 遅れてやってきたライルたちにそう報告をして、

 一行はさっそく町の領主に会うため、門をくぐり街中に馬車を進める。


 すると――


 多くの人が行き交う中、ひとりの目立つ男とすれ違う。

 背が高く、ツンツンとした金髪、黒い服に黒い防具。

 その男を目立たせていたのは、背負っている彼の武器。


 巨大な剣。


 刃を保護布で覆っているが、

 その幅は人の胴体くらい。長さも胸元から足のつま先に届くほど。

 見る物に十分過ぎるほどの威圧を与える武器。

 その大剣を扱うために必要な膂力はどれ程なのか。


「あの男、相当できるね」


 男とすれ違った後、ノルンがシオリに話しかけてきた。


「能力は見た?」

「見てないわ」


 確かに目立つ相手だったが、魔物に対してならいざ知らず、

 人相手に【能力感知】をむやみやたらと使うのは控えている。

 プライバシーの侵害だし、

 ノルンみたいに使われたことに勘付く人間もいることだし。 


「そう……仮に、あいつがこの町の用心棒だったら、

 盗賊だろうと、さっきのオークゾンビだろうと安心ってレベル」


「そこまでの実力なの……?」

「わたしの勘だけど」


 ノルンの勘なら間違いはない。

 男の能力に興味をそそられたが、

 今はこの町の領主に会って、周辺に出没する盗賊と、

 先程のオークゾンビの話をつき合わせて、状況を把握する方が先決。


 シオリがそう考えたのも無理はない。

 この時の彼女は知らなかったからだ。


 大剣背負うこの男が、オークゾンビの件に深く関係していることを。

 たった今この男が、この町の領主の館でしてきたことを。



 第11話、お読みいただき、ありがとうございます。


 次回は「タンガクの町(3)」

 町ですれ違った目立つ男の正体は……です。


 次回更新は一週間後、3月14日の予定になります。

 よろしくお願いいたします。


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◇  ◆  ◇

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