第01話:シェリルのダンジョン(1)
この世界にはダンジョンがある。
それは、人間に探索されるのを目的とした、巨大な地下建造物。
基本的に複数の階層で構成され、その中を多種多様な魔物が徘徊する。
魔物は倒されると、その肉体は光に還り、魔力の塊「魔石」だけを残す。
階層ごとにボス魔物が居て、討伐すると特別なお宝が手に入ったりもする。
下層に行くほど魔物は強くなり、手に入る魔石もお宝も上等になっていく。
魔石とお宝。スリルと名声。それらを求め訪れる、探索者たちを歓迎する。
そんなダンジョンが、普通にある世界でのお話。
◇ ◆ ◇
そこは誰が見てもダンジョンの通路だった。
地中を進むその道は、自然の洞窟とは言い難く、
かといって完全に整備されたトンネルとも言えない。
足元は平らに整地され歩きやすいのに、激しく凹凸を残す天井と壁。
不規則に設置された灯りと、つづら折りで下る道。
十人程度なら横に並んだまま歩けるほどの道幅はあるのに、
見通しが悪く、妙に圧迫感のある「いかにも」という感じのダンジョン通路。
そこを四人の探索者たちが、ゆっくりと歩を進めていた。
この世界でも珍しい女性だけのパーティ。
全員がそれぞれ思い思いの箇所に、同じ紫色のバンダナを身に付けている。
「マリエ、そんなに緊張しなくても大丈夫よ。
罠とか魔物の気配とか、アカネがしっかりと探っているから」
「シオリさんの言う通りっすよ。それにシェリル様のダンジョンは、
あの人らしくお茶目なところはあっても、無茶なことはしないはずッす。
初心者の部屋までの通路で、命にかかわることなんて絶対にないっすよ」
先頭を歩く二人が、後ろを歩く一人に向けた言葉。
その二人、ともに見た目で二十代前半といった年齢か。
先に声をかけたほうがシオリ。
聡明な美人といった顔立ちだが、どことなくホンワカした雰囲気もある。
黒に近い茶色の長髪を、うなじの位置で束ねて、
背負っているのは美しい意匠がされた弓と、対となる矢をおさめた細長い籠。
振り返った顔に柔らかい微笑みを浮かべている。
そしてもうひとり、口調に特徴があるほう。
周囲に注意を払うように視線を向けているのがアカネ。
シオリとは対照的に、その表情は元気な少年という印象。
茶色のショートヘアがふわりと揺れて、見せる笑顔も快活。
いつ戦闘になってもいいようにと、右手にむき身の曲刀を持っているが、
肩には全く力が入っていない様子。
「ごめんなさい、シオリさん、アカネさん。
シェリルお姉ちゃんのダンジョンがせっかく広くなったのに、
私の訓練が終わるまで、待っててもらっちゃって……」
二人に、こう答えたのがマリエ。
黒髪のおかっぱ頭で、まだ幼さの残る可愛い顔。
身に付けている防具は、前を歩く二人よりも金属製の部品が多く、
緊張からか、いつでも抜けるようにと、腰の剣に右手が添えられている。
左手には金属で補強してある小型の盾。
彼女の背の低さとも相まって、身体に似合わない程大きく見える。
「マリエは悪くないわよ。ノルンが悪いんでしょ。
もうすぐ訓練の最終課題が何とかなりそうだからって、
それが達成できたら、みんなで新区画を探索しようって言うから……」
シオリが口をとがらせて言うと、
アカネが前を見たまま笑顔で「うんうん」と首を縦に振る。
「ノルンからそう言われれば、
マリエちゃんがその課題を終えてから、挑戦しようって思うっすよねぇ」
「でも、それが『大きな自然石を普通の木刀で割る』だなんて、
聞いた時は、開いた口が塞がらなかったわ。
……こっちこそ、ごめんね。訓練をノルンに任せちゃったからね」
「でも、マリエちゃん、それが出来たってことっすよね。
その才能にもびっくりッす。
あたしらだって、十三歳の時、それができたかっていうと……」
「アカネはできたでしょ。私は今だって出来ないわよ」
「まぁ、当のノルンはもっと小さい時から、
勇者以上の実力があったって聞いてはいたっすけど、
だからこそ……普通人の常識は知らないってこと、忘れてたっす」
「ノルンお姉ちゃんは悪くないです。
今まですごく丁寧に教えてくれましたから。
まだ一年経ってないのに、自分でも信じられないくらい強くしてくれたし……」
マリエの擁護を受けて、ようやく口をはさんだのが最後尾を歩いていたノルン。
この世界の勇者よりも強いと評された少女。
自分に都合の悪い話になっていたので、これまで黙っていたようだ。
「うん、マリエちゃんは才能があったからね。
飲み込みも早いし、これからもっと強くなれるよ」
マリエよりは背が高く、年齢は十代半ばを少し超えたくらいか。
意志の強そうな黒い瞳と、ちょっと癖のある赤毛のショートヘア。
背中に担いでいるのは、彼女の身長を超える長さの槍。
刃先を保護するように布が巻かれている。
「それに、今の実力があれば、初心者の部屋で、
マルスライム一体の魔石を持ち帰るなんて、朝飯前って感じね」
ノルンの言葉に、アカネとシオリが話を続ける。
「そっすよねぇ。っていうか――
もう新区画の最下層くらいまで行けるんじゃないすかねぇ。
そこのボスを倒すのは無理としても」
「最下層、地下五階のボスってDランク相当って聞いたわよ。
シェリル様が作った階層の、最初の部屋――
あのザコ敵部屋の、大ネズミくらいの強さってことよね」
「あの人の手作り部分は『創始の階層』って呼ぶようになったらしいっす。
で、最初の攻略組からの情報で、新区画は地下五階まで。
シオリさんの言う通り、全部攻略してDランクらしいっすね」
「やっぱりマリエの付き添いじゃないと、見て回るのも気が引けるわね」
「一応、あたしらは正式にBランクになりましたし」
「ノルンに至ってはAランク、それも実力の大部分を隠してだものね」
「まぁ、とりあえず……、
マリエちゃんには探索者の本登録で、Eランクになってもらうッす。
まだまだ新区画は深くなるって、タバサさん情報っすから」
そんな感じで緊張感のない会話をしていると、四人の前の道が開ける。
この先が初心者の部屋。
シオリが後ろを振り向き、真面目な表情を見せる。
「さて、おしゃべりはこのくらいにして……。
私たちのパーティ『紫紺の戦乙女』全員そろってのダンジョン探索、
マリエのデビュー戦、そしてシェリル様のダンジョン新区画の攻略。
三つの初めてを始めましょうか」
◇ ◆ ◇
「あっ! マリエちゃんたちが来た!」
初心者の部屋。
複数の初心者パーティが同時に挑戦できるように――と、
他のダンジョン部屋と比較して、幅、奥行き、共に二倍は広い。
所々に、天井を支える太い大理石の柱が屹立して、視界を遮っている。
「御主人様……。あまり激しく動くとノルンに気取られます」
「マスターは気配を消すとか、そういった細かいことが苦手ですわね」
「マルスライムも気配に敏感だからね。御主人、気をつけて」
その柱のひとつに隠れるようにしている奇妙な四つの影。
十代前半に見える少女と、少女の形を模した三体の人形。
この場にいることを、紫紺の戦乙女の四人に知られたくないらしい。
「ノルンたち、マリエちゃんだけに戦わせようようとしてる!」
唇を尖らせてそう言ったのが、深緑色のショートヘアの少女。
つばのない帽子をちょこんとかぶり、背中に小さな黒い羽がちょこんとある。
「ここは初心者の部屋ですし、
マリエが正式な探索者になるための試練ですから」
「でもね! この部屋の魔物はたくさんいるから、
周りを守るくらいはやってあげないと、マリエちゃんが危ないよ!」
ぶんぶんと手を振る深緑髪の少女。
どうやらパーティ『紫紺の戦乙女』のメンバーとは知り合いらしく、
中でもマリエに対して特別な思い入れがあるようだ。
「ちょ、ちょっと御主人様……。御主人様にも協力していただかないと、
アタシの結界だけじゃ、御主人様の気配を完全に消しきれないんですってば。
シロ、クロ、二人からもなんか言って!」
ワタワタと手を振りながら困り顔で少女の相手をしているのは、
少女人形のうちの一体。空色の髪に、着ているドレスも空色。
「やはりマスターの存在力は、ソラの結界を軽く上回るのですね。
百万分の一にはできても、ゼロにはできないということですか」
すました顔でゆっくりと頷いたのはもう一体の少女人形。
白い髪と白色のドレス、胸元に青い宝石のブローチ。背中に天使の羽がある。
「ソラ、シロはそんなこと気にしないから頼んでも無駄だよ。
あっ、マルスライムが御主人の気配に気付いたみたい」
冷静に指摘したのは最後の一体。
黒い髪と黒いドレス。背中に黒い翼が生えている。
三体の少女人形は、深緑髪の少女の半分にも満たない大きさ。
如何なる能力か、少女を囲うように宙に浮いて、人間の言葉を話している。
空色の人形がソラ、白色の人形がシロ、黒色の人形がクロ、という名前らしい。
豊かな表情をするソラとは対照的に、無表情に近いシロとクロだが、
それでも、ただの人形と比べれば、その顔にはしっかりとした生気がある。
「御主人様……。結界が、もうダメっぽいです」
ソラが作った気配を隠す結界を破り、
主と呼ばれる少女の存在が、部屋の中の魔物――マルスライムに知れ渡る。
最弱の魔物と云われているマルスライム。
形は潰れたまんじゅう。見た感じはぶよぶよしたジェルの塊。
てっぺんから二本の触手がアホ毛のようにぴょこんと出ている。
ぷよよよよん……ぷよよよよん……ぷよよよよん……ぷよよよよん……
大きさは手のひらに余るくらいから、抱えるくらいまで様々。
体色も様々。模様も一色だけから、水玉、縦じま、マーブルとこれまた様々。
結界から漏れ出た少女の気配に何を感じたのか、
広い部屋に点在していたマルスライムたちが、散り散りに逃げ惑う。
その数、およそ百体。
ぷよよよよん……ぷよよよよん……ぷよよよよん……ぷよよよよん……
最初からこの部屋にいた他のパーティの探索者達は、
マルスライムたちの突然の行動に、ただ困惑するのみ。
それは、紫紺の戦乙女の初心者マリエ――
だけでなく、上級探索者であるはずのシオリとアカネも同様だった。
空色の人形が構築した結界は、その程度には完璧だったのだ。
だが、ただひとり、ノルンだけはその理由を看破した。
実力を隠してさえ探索者Aランク。
気配に敏感というよりも、天性の鋭い勘を持つ赤毛の少女。
部屋の右端にある一本の柱に鋭い視線を向けて、バシッと指をさす。
「シェリル! なんでこんな所にいるのよ!」
ノルンがいま口にした名前は、
彼女たちの会話に出てきた、おそらく、このダンジョンの持ち主の名前。
そう――
ノルンの視線の先、柱の陰からヒョコッと首だけ出しているのは、
三体の少女人形を従えて「むむむっ」と言いたげな深緑髪の少女。
このダンジョンの主であり、最終ボスでもある存在。
全ての戦いで不敗伝説を持つ最強魔族――
シェリルだった。
「自作ダンジョンで最終ボスやってます!」続編、始めました。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は「シェリルのダンジョン(2)」
本日、夕方に更新予定です。