08
曾祖母の好物である美野和堂の相生饅頭は、一個の中に味の違う餡が二つ、くっついて入っていて
外から見てその境目が解らないように皮で覆われている。
少し大きめのそれを二人で食べる際に割った時、ちゃんと二つの味が楽しめるように均等に分割出来たら、永遠に仲良くいられる……というのは有名なおまじないだった。
「一個目でダメだったら、もう一個買ってね。
ちょっとズレてる、とか言いあって何度もお店の売り上げに貢献したものよ。」
曾祖母が嬉しそうに、夢見るような口調で言ったのを覚えている。
キコがこれを初めて食べたのは、この家に引き取られることになってほんの二、三日目のことだった。
「キコちゃん、これ知ってる?」
とウキウキした顔で見せられ、小学六年生のキコは無表情で「知りません」と答えた。
なら、と得意げに上記のエピソードを披露して、見事に両方の味の餡が楽しめるように曾祖母は切り分けたのだった。
あの日は夏だから、漉し餡と柑橘系の餡だった。
爽やかに口の中へ広がる、少し大人びた雰囲気の和菓子にキコは少し感動した。
今は冬だから、中身の味も変わっている筈だ。
それにしても、今、このタイミングであの思い出の菓子を持ち出されるとは……
キコは気が気ではなかった。
もしかしたら、自分は曾祖母の部下に尾行されているのではあるまいか、とキコは思った。
まさか……?
「――お婆様、あの…」
キコは熱い緑茶を用意して、炬燵に再び足を入れようとして思い留まった。
玄関のチャイムを、何者かが鳴らしたのだ。
「こんな時間に、どなたかしら?」
「モニター、見てきますね」
立ち上がりかける曾祖母を制し、キコがインターホンの画面を確認しにモモエを伴って廊下を進む。
「炬燵の部屋にも、モニターが有ればいいんですけど。」
キコはモモエに呟いたが、それは曾祖母の"和室に現代的な家電は置きたくない"というポリシーによってかなえられそうにないのは解っていた。
「はい、どちら様でしょうか。」
キコが通話ボタンを押して、外にいる人物に声を掛ける。
知人の多い曾祖母のこと、もしかしたら年賀祝いの宅配便かもしれないとキコは軽い気持ちで画面を確認した。
しかし鮮明に映し出される外の映像に、ヒトはいなかった。
「……もしもし?」
玄関のチャイムが鳴ったのは確かである。
その証拠に、押されたことを示すランプも光っていた。
外へ見に行くべきだろうか。
キコは一瞬考えて、ストールを羽織りサンダルを履いた。
玄関から門へのアプローチに雪が少し積もっているのを発見して、モモエは興奮しながら中庭へ駆けていく。
キコはその様子を微笑ましく見送りながら、扉へ手をかける。
少し開いた、その時、手首が外から何者かに力強く捕まれたのだった。
「とき子ちゃん、やっと会えたねえ。」