07
明日で冬休みが終わる。
キコは、編み物に精を出す曾祖母と、モモエと一緒に炬燵を囲みながら、宿題の見直しをしていた。
夕食を終えて、後は眠るだけという緩やかな時間、夜空では雪が軽やかに舞っている。
「キコちゃん。何かあったの。」
沈黙が降り立っていた部屋の中、曾祖母が優しく声を掛ける。
恐らく、ずっと気にかかっていたかのような口ぶりで。
「何のことでしょう?」
キコはノートから顔を上げて一応、とぼけてみた。
曾祖母には隠しごとが出来ないのだが、キコのことを心配するあまり、
とんでもない行動力と人脈を使って、ひ孫の平和を護ろうとするのが彼女の性格であり、
あまりプライベートなことは話したくないというのが本音だ。
「クリスマスの夜、散歩に時間がかかったあの日から、ちょっと様子が変ですよ。
学校のお友だちに会った、と言っていたけれど。」
「ええ…。」
キコは言葉を濁した。
曾祖母にはあの日、友人と話し込んだだけだと伝えてある。
まさか、この世界の絶対常識(魔法なんて存在しない)を根本から揺るがす出来事に遭遇しただなんて馬鹿正直に言えるわけがない。
タダでさえ、キコは数年前、親戚縁者に壮大な迷惑を掛けた爆弾のように危なっかしい存在と認識されている。
『気がフれた』なんて噂でも出回ってしまったら、今後ますます厄介なことになるに違いない。
「はい。ちょっと…学期初めに…テストがあるらしくて。
冬休み、呆けておりましたので正直自信が無いんですよね。」
キコは嘘を吐いた。
曾祖母は、十代女子の考えてる事なんて実は全て見通しているのよ(でも黙っているわ)、
というような余裕の笑みを見せて、
ゆっくり頷いた後、炬燵の向いから静かに立ち上がった。
「そうなの。私の学生時代はそんなに真面目では無かったわ
…皆でお茶の時間を楽しむ為にお勉強していたようなものよ。」
「そうですか。」
「少し休憩にしましょう。お正月に頂いた美味しいお菓子があるのよ。」
曾祖母が台所へ行って、戻って来た際、手に抱えられた大きな箱を見てキコは驚愕した。
それは、如何にもキコが遭遇した魔法使い
――美野和 晴の実家が営んでいる
老舗和菓子屋"美野和堂"のそれだった。
東京に住んでいて、まず知らない人はいない秋の定番銘菓
"くいな餅"発祥の店。
あまりに有名なので正月に持参する客も一人はいるだろう、偶然と言えなくもない、が……
「お婆様、それって……」
炬燵の温度は最適で、決して熱すぎるという訳ではない。
しかしキコの手には汗が滲みでてきて、グッと握りしめる。
「ほら、議員の古内さん。今年のお礼だって持ってきてくださったのよ。」
曾祖母はさらりと答えて、鮮やかな花々の描かれた包装紙を綺麗に剥がしていく。
「私が若かった頃はこれが大好物で。少し前に話したのを覚えていて下すったのね。」
「そうですか。」
キコは乾いた口内を潤すために、傍らの冷め切ったお茶を飲んだ。
「あ、じゃあ私…新しいお茶淹れてきます。」
「そうしてくれる?」