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「お疲れさまっしたー」
「お疲れー」
「んー、今日も疲れたねー!」
カフェからバーへと営業形態を変えた後、まだ働くメンバーに声をかけつつ
莉々が裏口を開けながら夜風のそよぐ外へ踏み出し、続いて遠野と晴が後に続く。
「新作のパスタさー、超美味しいんだけど」
「あー、あれは清水さんが実家の農園で採れた茄子を送ってくれてんだよ。
やっぱ有名なだけあってそこらで売ってる物とは全然違って…って、
で、どうする?」
「ミノッチとは初飲みだから、いつもの店行ってみよっか。」
「あー、今からならまあ大丈夫か。……晴タロ、俺らがたまに行ってるとこあんだけど…」
莉々と話し合いながら、遠野は一歩遅れながら無言でついてくる晴の顔を振り返る。
「……お前ね。さっきから、つーか今日調子悪いだろ。」
「うんうん。悩み事があって暗い顔してんなら、うちら全然聞くよ?
でも、しんどいならおうち帰る?」
莉々の言葉にピクリと反応した晴は重い頭を即座に上げてそれを拒否する。
「やだ!帰らない!!」
「あー、ミノッチは独り暮らしだったっけ。」
莉々が晴を落ち着かせるように肩へ手を置く。
「家に帰っても辛い…んなら、どうしよっか?」
そう言われて助けを期待するように見上げられ、遠野は諦めた様に息を吐き、首に手をやりながら言った。
「腹減ってて、家帰っても何もねーってんなら、取り敢えず俺んち来るか?
超散らかってんだけど。」
「やった!遠野くんのお家探索っ、莉々も初めてだよー。」
莉々が無駄に盛り上がって晴を誘う。
「ね、独り暮らしだと色々困る時もあるよね。遠野君のお家だったらぜーんぜん遠慮しなくていいし!
行こうよ。」
「まあ、初っ端から無礼な奴には槍が飛んでくる仕掛けあるけどなー」
二人は晴のあずかり知らぬところで其々解釈したらしく、
元気づけようと年長なりに考えている。
「うん、じゃあお邪魔しようかな…」
晴は少し笑顔になって言った。
「じゃあ、俺んちは最寄りが山の手沿いの……だから、ちょっと距離あるけど駅からは近くて」
歩きながら遠野が路線の説明をする。
「あーね、莉々はSuicaあるからオッケー。ミノッチは?」
「僕も持ってる。」
そして、商店街を抜けた時、その人物は彼らの目の前に現れたのだった。
「お待ちなさい。」
その一言とともに、晴の頬が平手で叩かれる。
乾いた音がした後、一瞬呆気に取られていた莉々が遠野の袖を引き、口パクでジェスチャーをする。
"さっき言ってたあの子、あの子!"
しかし言われなくても遠野には解っていた。
街灯に照らされ佇む少女は、名作映画か一流ブランドの広告でしかお目に掛かれないくらいの美しい金色の髪と、サファイアの様に輝く大きな瞳、まるで発光しているかのような白い肌を持つ、幻想かと思えるほどの美貌だった。
「キコ……」
油断していたところに力任せでビンタされ、口の中が切れたらしい晴はくぐもった声で彼女の名を呼ぶ。
「晴さん、どういうつもりなんですか。
私ではなく、この方たちに魔法を使うのですか。」
「…何のこと…」
「それとも、もう治してしまわれたのですか?」
氷の様に冷たい目で見詰められ、晴は思考しようとするが、脳内は渦が巻いたように混濁していた。
「なに……僕、…治してない」
「行きますよ。」
キコはそう言うと、晴の腕を渾身の力で掴み、黙って見守る二人に会釈もせずバスターミナルへ突き進む。
「え、ちょっと。」
そこに停車してあった一台の黒い車の後部座席に晴を放り込んだ後、キコも乗り込み運転席にいるスーツ姿の男へ声を掛ける。
「出して。」
「かしこまりました。」
場所を告げても居ないのに走り出したその車の進む先は確実に晴の部屋を目指していた。
「ごめんね。」
晴が、窓から外を見るキコの頭に呟いた。
「――逃がしませんから。」
表情は見えないが、返ってきた声は恐ろしいほど冷酷だった。




