04
「今時バイトをしているのに、携帯を持っていないなんて。」
キコは眉を潜めて呟いた。
急な連絡など、固定電話で取り合っているのだろうか?
いや、単に家に置いてきたという可能性もある。
「家。鍵はありますけど、何号室か解りませんね…」
即時救急車を呼ばないと、目の前の人間は死ぬ。
解っているが、キコは取り乱すことなく平然としていた。
普段なら、自分がただの発見者、という立場になってしまった場合は絶対に面倒を避けて通り過ぎる所だ。
しかし今回はそういう訳にはいかない。
この騒動を巻き起こした発端はモモエにある。
恐らく、晴が死ねばあの女はモモエが関与していることを周囲に漏らすだろう、となれば渋谷で、中型犬を飼っている十代の女の情報を警察が捜査するに違いなく、日常的にこの辺りを散歩するキコと、その愛犬のことがバレるのは時間の問題だろう。
人間を殺した犬がどうなるか、想像に難くない。
自分の不注意で曾祖母から引き離されることは避けたかった。
キコは立ち上がると、マンションに在宅している人間がいる可能性に賭けて、近くのドアに駆け寄ってチャイムを連打する。
窓を確認できれば、どの家に明かりが点いているのかが解るが、廊下側にそれはなく、
今更一階に降りて外から回ってそれをチェックするという時間も惜しいと感じられた。
数件その行動を繰り返し、もしやこのマンションには誰も住んでいないんじゃないかと訝しんだ所で
晴の傍から動かずにいたモモエが勢いよく吠えだした。
「どうしたんですか?」
キコはその場へ戻り、モモエが促す通りに晴の顔を眺めた。
密かに、だが、確かに瞼が痙攣しているのが解る。
「生きてますか?」
キコが声をかけた。
「部屋、何号室ですか?救急車呼びますので動かないでください。」
「そんなこと言われても、一ミリぽっちも動けないよね……」
晴が顔を顰めながら目を開けて、苦しげだが答えたのを受けて、
なんだこの人案外余裕だな、とキコは思う。
「大丈夫じゃないと思いますけど、まあ待っててください。」
晴は果敢にも起き上がろうとして、上手くいかずに再び元の寝そべった格好に戻る。
その際、自分の状況を認識したのかガックリ気落ちした様子で呟いた。
「救急車なんて、待ってる間に死ぬよコレ……
見てよこの足首、ヤバいよねぇ。
曲がっちゃいけない方向いてるもん……」
「いや、それよりも頭の方が緊急事態ですよ」
「だよね。冬の冷気に晒されてスースーするのは多分、血が出てるからなんだよ。」