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他人から手紙は何度も貰ったことがあるが、ここまで開封に緊張感を伴うものは初めてで、なかなか中身を見れそうにない。
晴は休憩を告げられ、カフェの制服の上からTシャツを被っただけの簡単な格好で小走りに店の裏口を出た。
とても誰かに邪魔されるような空間で読むべきものではない様に思えたし、動揺する自分の姿を見られたくなかったのもあり、スタッフの休憩用にと用意された部屋ではなく、わざわざ外に出て商店街の外れに位置する誰も居ない小さな公園に来たのだ。
毎日近所で働いているが、子供が遊んでいるのを一度も見たことがないくらいに寂れたこの場所は、夜に恋人たちが忍びながらイチャつく用途くらいにしか使用されないのであろう。
誰も手を入れていないために草は伸び放題。錆が目立つブランコに揺られながら、精神を落ち着けるために煙草を一二本吸って晴はやっと一枚の封筒をポケットから取り出した。
小さな街燈の光に照らされるのは、あらゆる文房具店を巡って探したモモエと同じ犬種のシール。
――僕のと、全くお揃いだ。
キコもあそこで買ったのかな?
空想して、胸の奥から湧き上がる名前の解らない気持ちに耽った晴は、
"美野和 晴様"と几帳面な筆文字が書かれた封筒を暫く見詰め、深呼吸を繰り返す。
これを渡してきた時の冷たいキコの視線には身がすくむ思いがしたが、
もしかしたら案外、良い知らせが書いてあるかもしれないという希望が少し過り、静かに中身を取り出す。
しかし、期待は大きく外れた。
そこには素っ気ない短文が二つだけ。
"弁解したければ、これが最後です。
仕事が終わり次第、即時帰宅しなさい"
晴は一瞬で終わるその手紙に驚き、
大きな目をさらに見開いて、そうすれば他に何か浮かび上がる文字が見えるかもしれないとでもいうかの如く、便箋を凝視する。
しかし何度そうしても、文字数は増えず、暗号が隠されている様子も見当たらない。
キコが店にやって来たのは昼過ぎだが、今は空の色も濃紺の夜になっている。
仕事が終わり次第、と書いてあるが、晴の仕事が終わる時間をキコは把握していないはずで。
「もしかして……また待ってる?」
夏なのに身体の芯が冷えていく感覚に陥りながら、晴は静かに呟いた。
時間を書けばいいのに、と思う。
何時までに帰って来い、とか、もしくは何処かで待ち合わせをするとか。
でも、そうだ。
晴は時間が解らないのだった。
恐らく気を利かして、キコはこういう風に書いたのだろう。
という事は、やっぱりもう全部バレているのだと晴は頭を抱える。
「あの子には絶対に、知ってほしくなかったな……」
"これが最後です。"
もう一度、棘の様に心を刺してくるその一言を見詰めて、晴は立ち上がった。




