07
キコは叫び声ひとつ上げなかった。
これからどうなるかが予測できるにも関わらず、静かに瞼を閉じる。
急に重い人形の様に力を抜いて動作を止めた彼女に、男たちは慌てて頸に手を当て鼓動を確認した。
「だ、大丈夫…か・?」
「イケるイケる、」
そう言うなりキコの口に丸めた布の塊を押し込めた上級生は、目元だけでも解る下品なニヤ付きを隠さずにシャツの下から手を入れ、キコの胸を乱雑に触ってから、一気にタイツを下着ごと降ろした。
そして瞬時に、驚愕の声を上げる。
「お、おい!!これ、見ろよ!!!!!」
緊張の空気を溶かす間抜けな叫びに、何だ何だと残りの3人が興味津々で覗き込む。
只でさえ、好奇心旺盛な中学生たちなのだ。
気が抜けるのも仕方なく、キコが標本のようにじっとしていたのも彼らを油断させるには十分だった。
元より抵抗されなかったことで腕を拘束する役割の二人は力を抜いていたし、キコの局部をしっかり見ようと身体を動かした為にそれはますます適当なものとなる。
その隙を即座に見抜いてキコは全神経を集中させ、上半身を起こして上級生の男に思いっ切り頭突きを食らわせた。
「いっ……てっ!!!!!」
目だし帽で顔全体を被っているために衝撃はある程度吸収されているだろうが、鼻に直撃したのだろう、俯いて手を当てたまま硬直している。
「何してんだよ!!!」
呆然と見ていた他の男たちから逃れ、キコは立ち上がると足元に縺れたままのタイツも気にせず
一目散に窓際へ走った。
恐らく出入り口は施錠されているだろうし、階下の体育館にも人はいない。
駆け寄る男たちに再び肩口を捕まえられながら、それでも詰め物を口から出してキコは言い放つ。
「城西大医学部長の孫、賛善舞美の命令ですか?」
ヒュッと、息をのむ音が聞こえた。
「うるせーよ!!!」
キコの頬が拳で殴られる。
「止めろ、カメラ止めろ!!」
「今の入ったか?!」
「編集で、何とかすれば…」
「入ったのかって聞いてんだよ!!!!」
バタバタと慌て出す男たちを横目にキコは首を全力で振り切り、また頭突きをした。
しかしその相手は今度は人間ではない。
――――激しい打撃音とともに、砕け散ったのは窓硝子だった。
まるで魔法で時間が停止したかの様に全員の動きがストップし、吹き飛んだ欠片が地面に落ちる小さな音がやけに遅れて聞こえた。
男たちが黙ったままキコを危険物の様に怯えた目で見て、手を離す。
それを見計らってキコは窓枠に残った大きな破片を引き抜き、自ら肌蹴たシャツをたくし上げると、
白い腹にその鋭い切っ先を滑らせた。
「あっ!!!!!!」
全員が同時に叫ぶ。
体操に使う白いマットに鮮血が飛び散り、点々とシミを作る。
「もう撮ってないんですよね…」
硬直する男たちに注目されながら、手と制服を真っ赤に染めたキコは静かに問いかけ、
カメラをだらりと手に提げた男は何度も首を縦に振った。
その反応を見るや否や、カシャンと手から硝子を滑り落とし、キコはそれを思い切り踏んで粉々にしてから足で散らせた。
「医療従事者の身内が、こんな狂った遊びをしてるなんて、大問題でしょうね
……私、自分がやったとは言いませんよ。」




