04
築50年は優に経っているであろう事が一目で解る、オンボロ集合住宅の一室。
キコはレトロな雰囲気漂うドア横のチャイムを鳴らし住人が出てくるのを待ったが、壁の向こうは沈黙を保ったまま一向に返事がない。
恐らく、あの手紙は自分を何処かへ呼び出す物だったのだろう。
キコは思い当たる場所を幾つか考えたが、ウロウロ捜索するよりもここで待ち構えていた方が確実だと、
いつかの螺旋階段に腰を下ろして家人の帰りを待った。
日が落ちて、冬の風が猛威を増し冷気を容赦なく浴びせたが、キコはその場を動かなかった。
「あ……うそ……」
そして、晴が漸く顔を見せたのは、夜九時を過ぎたころだった。
「どうしたの?何で、なんでここにいるの?」
マフラーに顔を埋めて、丸まるキコに晴が気付いて声を掛ける。
「先輩こそ、今まで何処に行ってたんですか。」
逆ギレとしか言いようのない態度で、怒りを露わにしながら言うキコに対し
晴は眉を下げて明らかな困り顔で答えた。
「僕……も、人を待ってたんだ。
けど、来なくて。
手紙、出したんだけど、もしかしたら、違うとこに入れちゃったのかも。」
それが誰宛だと言わないのは、晴なりに気を遣ってのことだろうか。
これまで邪険にされ過ぎたせいで、キコが自分を待ってくれていたという事実を理解できずに困惑しているのがありありと伝わってくる。
「そうかもしれませんね。
でもまあ、そんなことは過ぎたことなので。
要件をお願いします。」
「ああ、うん、そうだね!」
晴はパッと笑顔になって叫んだ。
最早どうしてキコが此処にいるのかという疑問は一瞬にして吹き飛んだようで、
いそいそと手に提げていた鞄から小さな箱を出して両手に乗せ、キコの前に差し出す。
それにはあの封筒と同じ、犬のシールが貼ってあった。
「友チョコ!
初めて作ったんだー」
照れながら言う晴に、キコは驚いて目を見張る。
「――あ、どうも。」
これを渡そうとしていたのか……まじまじと箱を見ながらキコは全身が脱力するのを感じた。
「あの、学校を休んで、家に来ていたというのは?」
「うん、うちには製菓道具なんてないし、キコの家で作ったんだよー」
ケロリという晴に、キコは唖然とする。
「私に下さるものを、私の家で作ったんですか…」
「そりゃあ、実家には沢山あるけど、僕って勘当同然だし、
独り暮らしなのに道具集めるのって大変でしょ。
オーブンも無いもん。」
「はあ、そのまま置いといて下さっても良かったのに。」
キコが言うと、晴は少し気まずそうに呟いた。
「だって、何かキコの家族の人に見られてる前で渡すのとか恥ずかしいし!」
照れ隠しのつもりか、ブンブン、と羽虫か何かを振り払う様に、水色の髪の毛が左右に揺れる。
……たかが、友チョコに。
という言葉を飲み込んで、キコは素直に言った。
「ありがとうございます。」




