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「あら、百重さん。どうして体育に出なかったのかしら?」
昼休みの延長で午後の授業を屋上でサボっていたキコは、廊下を歩いているといきなり賛善舞美に肩をぶつけられた。
体操服から制服に着替え終わり、まだ運動後の熱が抜けきらないのか、それともキコに因縁をつける為に興奮しているのか。
上気した面持ちで舞美は続ける。
「グループ分けとか、後片付けとか。色々大変なのだけれど。」
いつもの取り巻きが、無言で張り子人形のように首を上下させるのをバカらしい、という目でキコは見詰めた。
確かに体操服を新調したものの、キコは一度もそれに袖を通してはいない。
「どうしてって、そういうのが面倒くさいからに決まっているでしょうが。」
キコは憮然とした表情で言ってのけた。
今までほぼ無遅刻無欠席で授業を受けてきたのだ。
成績が落ちることはあれども、留年するまで単位を落とすことは無いので、
嫌がらせを受け始めてからは体育をほぼ欠席し続けている。
「そういう態度。よろしくないわよ。」
「あんたナニサマですか。」
キコは舞美の怒りを煽るように言った。
先ほど見た写真が脳裏にチラつき、笑ってやりたくて仕方ない。
「従姉の為に、私をイジメてるなんて、凄まじい身内の結束力ですが――。
それとも、何か他にストレスが溜まってるのでしょうかぁ?」
キコは眉を下げて、小さな子供をあやす様にゆっくりと言った。
「どういう意味っ、かしら?」
「さあ?」
キコは自分よりも身長の低い舞美を、見下す様に眺めながらくるりと方向転換して教室へ入って行った。
ガチャガチャ、と足取りに合わせて工具箱が煩く鳴る音に、舞美を慰める取り巻きの声がかき消される。
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翌日。
朝から学校中の空気がヴァレンタインデーという一大イベントに飲まれていた。
男女ともにふわふわ華やいだ雰囲気になり、カラフルな包装紙が女子たちの間でやり取りされる。
「みなさーん、是非うちのチョコも召し上がってくださいませー。」
朝のホームルーム開始五分前に教室の前方に進み出て、舞美が煌びやかな装飾の施された箱を徐に紙袋から取り上げて言った。
クラスの人数分あるらしいそれを、舞美は一人一人の座席へと声をかけながら配っていく。
「前川くん、この間の試合、おめでとう。」
「三浦さん、いつも保健委員お疲れさま。」
と言った具合に、だ。
そして、キコの席へ静かに辿りついた舞美は一瞬口を開き
「何かしら。」
と、そこにゴミでも落ちているかのようにキコの座る席を冷ややかに見た後、
その後ろの男子にそれまでと変わらぬ調子でチョコを手渡したのだった。
教室中に嘲笑と、囁きのざわめきが起きる。
キコは無表情で前を向いたまま、それを小さなさざ波のようだと思っていた。




